都合のいい「ひと」
「都合がいい」ってなんなのだろう?
私の人生はありふれた「都合がいい」で覆い被されている。
私にとってあなたはどうですか…??
「ねー!ごめん。今日からお願いできる?」
「え、は、はい。わかりました。行っておきます。期限は明日でいいですか?」
「お願いします!ほんっとありがとう!!いつかまたお礼するから!ごめんね!」
そう言い残して私のそばから駆けていった彼女は、周りの人からは憧れの存在で、仕事優秀。容姿端麗。適度にサバサバした性格と愛嬌のある声質。彼女がいるだけで華やかになる。
もちろんのことながら、会社の男子は彼女に釘付けで私なんてどう生まれ変わってもなれないような、そんな存在。
仕事はちょうど繁忙期とやらで、各々仕事に追われている。
「また私に仕事押し付けられた…。」
ラベンダーの香水が彼女のいた形跡を残し、その匂いが嫌でも鼻についてしまう。今月で何回目だろうか、トイレに行き鏡を見るたび押しつけられた回数が露わになる。
(また残業か…)
憂鬱になりながら仕事場に戻る私の足枷は日を追うごとに重くなってゆく。その途中でこれもまた何回目だろう。
聞こえて来てしまうのだ、私の枷を重く、重くしてゆく彼女の声が。
「また、彼女にお願いしちゃった。」
「マキさんも人が悪いんだからぁ。」
「そんな!私は彼女がやりたそうな目をして見てくるからお願いしてるの。」
「もぉ、あんまりやり過ぎるの良くないですよ?」
「分かってるわよ。でも、今日は彼とディナー行く約束があるの、しょうがないじゃない。」
「え!!彼って最近よく口にする!?」
「そーなの!!それでさぁ…」
このやりとりも何回目だろう。わざわざ他の人に自慢するようなそんな声量で言わなくてもいいだろうに。
[悪い人。]そんな彼女のお願いを強く言い返せないのがまた悔しい。言い返さず、仕事が増え、クタクタな顔で帰る私は、やはり【都合のいい「ひと」】なのだろう。
そんな私でも、今日は早く帰りたかった。
「会うの、いつぶりかしら。」
そんなことを時折考え、仕事に取り掛かる。渋々作業に取り掛かったがなんとか定時から1時間くらいかけ終わらせることができた。まぁ元より「悪い人。」にお願いされなければもっと早く帰れたのだが。
帰る前に、化粧室で自分の髪、顔、服を今一度整える。
やはり酷い顔。でも、久々に会うのだからしっかりしなくては。鏡を見て、及第点とも言える外見で、私の中でしょうがない。と諦め歩き始める。
「ごめん!!今から帰るね。」
「今日も残業?お疲れ様。」
「そう。また意地悪された…。」
「また、後で話聞くよ。僕もちょうど今から向かうところ。」
「ありがとう…!!それじゃ、また後で。」
「うん、また後で。」
彼とそうメッセージを交わし、自宅へと向かう。
どんな嫌なことがあっても、彼に会えるならいいと思える。
今では私にとっての支えになってくれている。
心なしかさっきよりは表情も軽いみたいだ。
心弾ませ私は自宅へと帰ってきた。
(もう少しで着くかな。)
気になってスマホを取り出そうとしたところで、タイミングよくチャイムがなった。
「久しぶり。」
「久しぶり。」
互いに顔を合わせ手を振り笑顔が溢れる。
その様子を見て彼も嬉しそうに笑ってくれるのが堪らなく癒しだった。
その後はいつもの如く、愚痴大会だ。
コンビニで買って来たツマミをあて。それと、砂肝のねぎだれを一緒に作り互いにビールを流し込む。これがお互いの好みも合わせ行き着いた答えである。
「聞いてよ!!それでさぁ…」
「それは中々…。断る勇気が欲しいね。」
「そうなんだけどさぁ…。」
「ねぇ、そろそろいつもの。」
「えぇ、もう、んっ。。もぅ。しょうがないんだから。」
「だって久々に会ったんだし。」
「それは、ん。。。ねぇ、ここはやだ。」
「可愛い。」
「ばーか。」
そんなやり取りを交わし、いつも普段から行っていることを行う。少し食い気味にきた彼が珍しく私はこれまた嬉しかったのだ。時間が経ってゆく。この会話が朧げになるくらい。後でまた思い出せるよう噛み締めながらことが進んでゆく。
「気持ち、よかった?」
「分かるでしょ。そっちは?」
「以下同文です!」
「ほんと可愛いなお前は。」
「えへへ、嬉しい…。」
こうして抱き寄せると私は小柄だなって思う。
彼もまた、少し痩せたような気がする。
「ごめん、電話が。」
「うん…。いいの。でて。」
「ごめん、すぐ戻る。」
お詫びのウィンクと手で合図をしながら離れてゆく彼の温もりは、やはり1人では寂しいと思える。
でも仕方ないのだ。これもまた私の「都合のいい【ひと】」なのだから。
しばらく経ち、戻って来た彼は、これまた申し訳なさそうに私のところに寄ってくる。
「ごめん、もう行かなきゃ。」
「もう少し一緒にいたい。お願い。」
「ごめん。」
「……いやだ。」
なんの気の迷いなのだろう。いつもなら許せたのに。仕事の疲れなのか、久々に会えたのにあっけなく終わってしまいそうになったからなのか。彼の腕を引きベッドへと引き寄せる。
「おっと。。強引すぎないか?」
「だって。。ねぇ、これ次の人?」
「あ、見たなぁ。そう。最近よく会うんだ。」
「そうなんだ…。どんな人なの?」
「見た目とかは良いんだけど、性格がな…。アピールが凄くてね。」
「ふーん…。そうなんだ。」
「ごめん、次はもっと時間作る。」
「分かった。また連絡する。」
「ありがとう。ちょっと準備だけしていこうかな。」
そういって彼は身支度を済ませていく。
今日はもっといれると思ったのに。寂しいけど、仕方がないと、諦めるしかないのだ。
「最近匂い変えたんだ。」
そういって彼は首元、手首、耳の裏に付け、フワッと匂いを嗅ぐわせる。
「へぇ…やっぱり。」
「ん?なんか言った?」
「いや、私も見送りくらいちゃんとしたいから。」
「そんな気を使わなくていいのに。」
「お手洗い行ってくるね。」
「分かった。待ってる。」
しばらく時間が経ったが、まだ時間がかかるようだ。
少し悩んだが彼も時間が時間のため声だけかけ、やはり出かけようと玄関まで歩くことにした。
「ごめん、もう出かけるね。」
そう言い残し玄関まで向かい、高めなブランドものであろう、革靴を履き替え鍵を開ける。
「連絡だけ入れるか。」
彼はそう思い、玄関の扉を開けエレベーターで一階まで降りてゆく。
久々にあった彼女はやつれていたという印象だ。
相当仕事場で酷い目に遭わされているのだろう。そう思いながら歩いて次の相手へと気持ちを切り替える。
僕は仕事の生業、とてもありがたいことに次々へとお客さんが増えてゆく。彼女もその1人だ。
「体力的に後1人が限界かなぁ。」
そう思いながら次の相手の元へと歩いていく彼女の容姿をうっすらと思い出す。
「まぁ、普通に可愛いよなぁ。」
そう思い、数キロ離れた道であったため事前に取っていたタクシーを呼びつけ、向かってゆく。
15分程度道を走らせたところでやっと着いた。
「いつ見ても豪邸なマンションで。」
立派なタワマンに住む彼女は立地も設備も警備すらも完璧で、加え、容姿も完璧ときた。いつも用意してくれるお酒も高価なもので、僕としては至り尽せりだ。
彼女に連絡を入れ、暗証番号を入力していく。
もちろん監視カメラもバッチリで周りに誰かいないか一応確認しながら打つことにしている。
暗証番号を入力すると部屋番号につながり、次の彼女の声が聞こえる。
「はぁい、今開けるね!!」
「ありがとう。」
そう言って厳重な扉が開き、エレベーターを登ってゆく。
インターホンをおし、無事彼女のところへつく。
「嬉しい!!今日も会えた。」
「僕も会えて嬉しいよ。お邪魔します。」
そう言って中に入ろうとする直前。あまり見慣れない番号で電話が鳴り響く。
「ごめん、ちょっと出てもいいかな?」
「えーー!早くして、ね?」
胸元を押し付け、準備はできているとのごとくアピールしてくる。機嫌が悪くならないよう、注意を払い、電話に応じる。
「もしもし?どちら様で?」
「わたしって、【都合がいい「女」】なんですよ。」
「はい??」
いきなり低い声で意味のわからないことを言われるものだからつい聞き返す。
「都合がいい。その言葉疲れちゃった。」
「誰!?!?いやぁぁぁ!!!」
ブスっ。
悲鳴と共に血塗られた彼女を目の当たりにする。
「き、君は。」
見覚えのある顔。そして、見覚えのある包丁。
「いい人は疲れた。」
そして、彼女はこう言い残す。
「都合のいい【ヒト】になってよ。」