充実した一日
「私も言われる瞬間に言われると思ったわ。我ながら気持ち悪い組み合わせだったなって」
「美味しいなら良いんだけどね」
「そうよ。私が美味しければ構わないのよ。それを貴方は気持ち悪いだなんて、ホント人として最低ね」
態度に表して、若干イラついたように口の中に切ったパンケーキを運んでモグモグを繰り返して言った。
「さっき俺に言われたことを返しただけで、そんな辛辣に返されるんだ」
中々に理不尽であり不憫である。けれどこれも倉木お得意の冗談なので気にしない。
「本気よ」
おっと。大丈夫と思っていた遥は、本気で機嫌を悪くしたと言う倉木にそう思わされてしまう。冗談と思っていたが冗談じゃないとは。
「嘘よ」
「……情緒不安定だね」
「人を欺くのが好きなの。いえ、訂正するわ。貴方を欺くことが趣味になりそうなのよ、六辻遥」
倉木にとって、遥という純粋無垢な存在は騙して遊ぶにはちょうどいいのだろう。全てを真に受けるし、慣れてきたら逆を突く。そうして女王気質ながらも遥をいじめることを趣味にするなどと、まるで桜羽の気持ちを理解した気にもなれる。
「そのうち倉木さん不信になっても知らないよ?助けられないからね?」
「そうかしら?私は、貴方なら私が酷い目に遭っていたなら助けると思うけれど?」
凄まじい洞察力だ。遥は一度関わった相手が善人で今後も長い付き合いになると分かれば、その時点でその人を大切にすることを決める。それが性根の良さなのだろうが、だからこそ見捨てることはしない。
それをたったこれだけの時間で見抜くとは、心理状態を読むと言うより一挙手一投足で性格を読み取ることに長けているのだろう。
「よく分かるね」
「貴方のその魅力と、不信になって助けられないって言葉が出てくるのは、それを憂慮としている自分がいるからよ。それは誰だって見抜ける簡単なこと。余裕よ」
「へぇ、俺には無理かな」
人には個人の心理がある。気性の荒い人が皆同じ心理状態でないように、少なくとも個人の変化はあって精神は形成される。今回は違って簡単だとしても、そもそも人の心理状態がどうなっているかすら見て分からない今の遥に、それを読み取ることはマリアナ海溝に全裸で潜るくらい不可能だ。
「ふふっ。そうね。ここで『流石、社長令嬢』なんて煽てないとこも好きよ」
「俺の好きなとこ何個も生まれるね」
「それだけ貴方は私の親友候補として近づいてきているということよ。それに貴方は特別な存在。逃したくないから私が貴方を調子に乗らせているのよ」
「それ、良いの?」
「嘘よ。調子には乗らせるつもりはない。ただ、私が貴方を好きだと言って私のことも好きになって親友になるという、狡猾な手段なのは本当よ」
「……冗談見抜けるようになったと思ったけど、そんなこともなかったっぽい」
本当と冗談、組み合わされば見抜けなくなるなんて思っていなかった。可能なら分けて話してくれると助かるが、それを言えばドSのような倉木は更に攻めて冗談のオンパレードと、遥へのいじわるがエスカレートするだろうから言えない。
「これからよ。まだ長い付き合いになるんだから」
「そうだね」
落ち着いて冗談を言ってくれるならまだいい。これからの倉木との接し方は、少し頭を使うことになるだろう。
そうして、遥と倉木は共に食べ進めた。歓談しつつ、相性指令についてイベントについて、これからについて。それらは細かく話すことはなかったが、決して倉木が過去について聞いてくることはなかった。
気になっているだろうに、相手を気遣って聞かない。ツンツンしてても道理を弁え、脛に疵持つ他人を詮索しない。人として完成したような人格者だった。
それだけを知れて、遥は倉木と親友になることを共に目指す気になれた。きっと倉木となら先で仲違いが起きたとしても修復は容易いだろうし、本音で意見を言い合える関係にもなれる。
やはり相性指令は、お互いにとってメリットのある試験なのだろうと、今回改めて理解させられた。
暫時、残り3軒をそれぞれ1時間半程度で回り終えると、時間は夕刻へと入っていた。夕日がオレンジに輝いて、梅雨とは思えない天候の良さに、今日相性指令が出されたことも僥倖だったんだと思わされる。
途中、支払いに関して話題になり、しれっと白色の生徒手帳――特待生ということを教えると、倉木の驚き方は一瀬たちより落ち着いていたが、目を見開くくらいには驚いていた。
それでも変わらない対応をしてくれたから、無理に迎合することもなく接してくれたとよく伝わった。
「どうだったかしら?私とのデートは」
寮に最短のコースで戻りながら、隣並ぶか弱くも端正で怜悧な美少女は問うた。
「充実したと思う。楽しかったとか、幸せだったとか思えなかったから言わないけど、この時間になるのが早かったとは思うよ」
感情がなくても、申し訳ないと謝罪の気持ちはある。喜び方、悲しみ方、怒り方、笑い方、それらの基本の感情は完全に欠如していても、残された小さな感情はある。その1つがこの、無感情の自分で接する罪悪感だ。
それを表に出すことは不躾かもしれないが、それでもデート終わりに出してしまうのは遥が少なくとも若干の負い目を感じているからだ。
「そう。それが楽しいってことだったんだと未来で思ってくれるよう、私はこれから貴方と接することが大事になるわね」
けれど倉木は一切それに言及しなかった。ただ、遥が感じたままのことを素直に受け止めて、まだ感情が戻らないから私がまだなのね、と、尽力することを決めるくらいポジティブに捉えていた。
「今日はありがとう。貴方のためでもあるけれど、大半は私のために貴方を連れ回した。本当なら愚痴を零しても良いのに、貴方は本心から1つとして不満を持つこともなく、私に零すこともなかった。それは本当に感謝してるわ」
改めて今日のデートを振り返り、顔を見て下から上へ、笑顔を見せて伝えられた。
「ううん。それだけ充実したってことだから、俺からもありがとうだよ」
「ホント、貴方って不思議で恐ろしいくらい優しいわね」
嫣然が遥の心を溶かすことはない。しかし、綺麗だとは思わせた。
「増えたね」
「ええ。これからも次第に増えるわよ。今貴方は私の友達。そして今後親友になる存在なんだから」
「増やせるよう、俺も努力するよ」
「当たり前よ。そうしなさい。そして私を楽しませなさい」
「嘘よ、か、冗談よ、でしょ?」
「ふふっ。さぁ、それはどうかしらね。賢くなれば分かることよ」
「はぁぁ……難しいよ」
畢竟、六辻遥は最後の最後まで倉木杏の手のひらの上で踊らされるだけの不憫な1日を過ごして、己の魅力について理解を深め、親友となる友人を得た良き日を満足して終えた。




