さぁ、行こう
「えっ、じゃない。今日は休日だし、元々私は出かける予定だったの。それを邪魔されて来たのよ?少しくらい付き合って」
「そうなんだ。分かった」
「嫌だった?」
「早速嘘はつかないよ。勢いが良かったから驚いただけ」
驚ける感情すら淡いから、少し固まる程度の驚いたと思えない驚き方だが。
「そう。なら外で待ってるから、着替えたら出てきて。私が貴方の無感情について知る機会にもなるし、この社長令嬢の私が感情の1つくらい出させてあげるから」
冗談とも本気とも捉えられた。けれど、倉木なら何とかしてくれる気はした。勘だ。ただの勘でしかないが、天啓が下ったようにそれは確かに思えた。
同じ経験はしてないし、過去も同等の惨劇を経て今この場に立っていない。それでも、自信に満ちて今後を楽しみにしたような相好は、初めての経験を嬉々としているようで、昔の自分を見ているようだった。何かを人のためにしたいと思う自分を。
「すぐ着替えるよ」
「当たり前よ。私を待たせるなんて許されないんだから」
いいや、きっと許してくれる。そんな気がするから。
言ってすぐに部屋を出た倉木を確認して、部屋着から外出用の私服に着替える。既に半袖の時期で、夏もすぐそこかと思う湿ってどんよりとした空気感はやはり好きになれない。
それでも倉木に期待している遥は淡々と着替え終えた。何かが大きく変化し、更には感情の1つが本当に戻るとは思っていない。ただ、成長の鍵となる何かを得られるならそれで良かった。
だから過度な期待もなく、たとえ何も得られなくて時間を費やしただけだとしても、それもまた人を知れたことに繋がってメリットになる。結局無駄のない時間を過ごせるんだ。倉木に付き合わない選択肢は遥になかった。
それから暫時、ドアを開けるとそこには当然倉木が居た。
「遅い」
「これでも急いだんだよ」
「嘘よ。急いでくれてありがとう」
「いえいえ」
倉木はよく冗談を言う人なのかと思いつつ、鍵を閉める。「ありがとう」としっかり伝えてくれるから、何事にも倉木のためにする価値があると思えてしまう。感謝は当たり前でも、気持ちのこもった感謝を伝えることは多くない。
倉木は容易くそれをやる。社長令嬢として叩き込まれた常識なのだろうか。
「これからどこ行くの?」
「行きたいカフェがあるの。そこで有意義な時間を過ごしましょ」
「カフェ?意外だね」
「そうかしら?」
「ツンツンしてるから、そういう女子の好みそうな場所行かないと思ってたから」
「早速包み隠さず伝えてくれるのはありがたいけれど、いざ言われてみると女らしくないと言われているようで悲しいわ。でも、そういう関係が私も好きよ」
同時に友人が少ないからそういうとこにも行かないのかと言おうとしたが、流石にそれは控えた。桜羽に同じことを言って、不憫の立場が確定したのを思い出すと、迂闊にも口にできないのだ。
「私は意外と乙女だから、貴方が思ってるより女の子よ」
「記憶しとくよ」
「ありがとう。さて、行くわよ。蒸し暑くて溶ける前に」
梅雨の時期はまだ続く。しんどくても続く。その鬱屈を晴らしてくれそうな倉木とデートすることは、きっと幸せなことなのだろう。
手を引かれることも引くこともなく、隣に並ぶだけの遥はただ隣に立つだけ。話しは途切れないから続けられて、目的地のカフェに着いた頃には倉木の冗談さえ分かるくらいになっていた。
ちなみにしっかり「嘘よ」と言ってくれるので、誰にだって冗談と分かるのが倉木の優しいとこだ。
「そういえば、今はまだ昼前だけど昼食もカフェ?」
「そうね。サンドイッチやパスタしかないけれど、それで我慢してくれると信じて来たわ」
「どっちも好きだから大丈夫」
「じゃないと怒るわ」
「理不尽」
「嘘よ」
なんなら言わせてるまである。口癖だということに気づいているのか不明だから、興味があって誘導するように。それに気づかないとこ、倉木も自分のことには疎いのかもしれない。
「混み出す前に来れて良かったわ。それと、貴方の好みも知れて」
「倉木さんは……まぁ、来るくらいだから好きだよね」
聞かなくても分かる。カフェに行くと言って、更に混み出す前ということを知っているのは最低でも二度目ということ。嫌いなら足を運ばないのが、さっきの会話で分かった倉木杏の性格だ。
「もちろんよ。あっ、言い忘れていたけれど、満腹はダメよ?サンドイッチやパスタは今後食べないでしょうけど、これから後3軒は回る予定だから」
「そんなに?」
「私の趣味に付き合わせて、今日は貴方を連れ回す予定よ」
「暇だから歓迎だけど」
お金も必要ない。学期ごとに更新される成績だから、A評価なのは4月から変化なし。お互いに第一学年所属ならば、倉木も同じ評価だ。
稀に違反を犯して下げられることもあるらしいが、そんな阿呆には見えないから安心だ。
「私的には私のことはどうでもいい。正直乗り気でもなく、どうせいつもと同じような対応されると思っていた矢先に貴方と会った今、私は貴方に興味が湧いているから、今日はとことん知るわよ」
「覚悟はしてるけど、俺も全ては答えられないし、答えないよ?」
「大丈夫よ。私が知りたいことは貴方の私に対する態度と気持ちだから。私には今は好機と思えることが起こってる。それを逃すようなことはしないわ」




