特待生二号
「ん?君は……」
「あぁ、どうもどうも。隣の教室で毎日騒がしくさせてもらってる――朱宮乃愛です」
「えっ、あの朱宮乃愛?」
「あの、がどのか分からないけど、多分この学校に朱宮乃愛は1人だけだから正解だよ」
笑顔を崩さないその少女は、何かを知っていそうな九重を驚かせていた。口は開きっぱなしで「えぇ……マジか」と零す。それだけの人なのかと、先程から人目を集めていることからなんとなく分かるが。
桜羽でさえ注目はされないのに、この朱宮乃愛は注目される。他クラスの生徒だからという理由もあるだろうが、それ以外に何かあるはずだ。顔の良さならば桜羽と大差ない。違うのは系統だ。クールな桜羽に対して可愛い顔立ちの朱宮。それだけとも思えないが。
桜羽は大半の時間をポニーテールに結っているが、朱宮は常に結っていないことが分かるロングヘアだ。身長も160程度の桜羽や一瀬と変わらないくらい。何か天才的なオーラは漂っていないようだし、特別朱宮を褒める何かもない。
遥の目には今、端正な顔を持ち怜悧そうな一面もあるような美少女として映っていた。
「へぇ、そんな有名人なんだ」
「そんなことないよ」
「それで、何をしに来たんだ?」
「そうだった。これを返しに来たんだよ」
そう言って紙袋から、先日購入して掛けた大きなバスタオルを2つ見せて再び入れた。
「傘は風で飛んでいって無くしちゃったから返せないけど、タオルだけは飛ばされなくて。私が寝てるの気遣ってくれたんだよね?ありがとう、六辻遥くん」
伸ばされる腕は乳白色で綺麗。傷もなくて、か細い。女子の手の極致のようだ。
「えっ、返さなくていいのに」
「いやいや、お金使ってなくても返すのは常識だよ。それに私はこのバスタオルのおかげで風邪を引かなかったんだし、感謝を伝えるためにも会うつもりだったから」
「そっか」
元々自分のためだった。当時見捨てて風邪を引かれると罪悪感が身に染みそうで嫌だったから、それを回避するために被せた。それを善意として受け取ってくれたのは、少々お門違いにも思えた。けれど真っ直ぐで穢れのない透き通った純真な瞳は、遥に受け取らせないといけないと思わせた。
「ありがとう。――六辻、これはどういうことだ?」
貰うか悩んでいると、代わりに桜羽が朱宮の持っていたタオルの入った紙袋を受け取る。その後の質問は、何故朱宮がバスタオルを持っているのか気になったからの問いだろうが、それを朱宮が一旦止める。
「ん?なんで貴女が受け取るの?」
「六辻が動きたくなさそうだったから、代わりにと思ったんだ」
「そういうことね。だけど私が貰ったんだし、私が返すのが道理だから大丈夫」
そう言って素早く朱宮は自分の手元に戻す。
「……そうか」
続くかと思われたそれは、桜羽が折れることで終わりを迎えた。どこか納得したけど悄然とした桜羽は不憫なようで久しぶりだ。
「ありがとう」
「ううん。もし次も寝てたら構わず起こして良いから」
「分かった」
ならば従うまで。罪悪感も背負わなくて済むのなら問題ない。
「それにしても、なんで俺のって分かったの?名前もないのに」
「明らかに新品だったから、近くのコンビニで買ったのかと思って誰が購入をしたのか確認しに行ったの。そこから六辻遥って生徒だってことが分かって、ここに届けに来たんだよ」
だから傘のことも知っていたのだろう。無駄になったが、何も置かないよりマシだったから後悔はない。
「わざわざそこまでしてくれたんだね」
「それはこっちのセリフだよ」
きっと朱宮は優しいのだろう。誰から被せられたか分からないバスタオルを、遥なら何も手がかりなく突き止めようとしない。それなのにコンビニまで戻って調べてここまで持ってくる。賢いということもあるのだろうが、人気者らしい人格は持っているようだ。
「それで、六辻くんは何したの?」
ずっと気になっていたのか、桜羽の問いと同じことを一瀬が聞いてくる。
「金曜日、料理教室から帰宅途中にこの朱宮さんがベンチに寝てるとこに遭遇したんだ。その時朱宮さん、お腹とか足とか露出が激しくて、その日大雨で気温も低かったから風邪引かないようにバスタオル買って被せたんだよ」
「いつもの六辻の善行か。相変わらずお前も人格者だな」
「ありがとう」
「それよりよく大雨の日にベンチで寝てたね」
「最近色々あって寝不足だったから」
答えとしては理解に苦しむが、睡眠不足だからってコンビニ近くのベンチで寝る意味は人それぞれ。どこでも寝られる体質なら納得するので、そう思うことにした。
「さっ、渡しに来ただけだから私はここでお暇するね。改めて私のためにありがとう。またね、六辻くん」
「うん」
「あと、これからよろしく」
「よろしく」
それだけを言って、手を振ると背を向けて教室から出ていく。隣のクラスなので急ぐ必要はない。予鈴まで残り5分あるのだから。
「何だか完璧超人が現れたって感じの人だったね。スクールカーストの最上位って感じの」
ズレた桜羽を調整しつつ、自分にとって邪魔にならない位置に固定して一瀬は言った。
「そりゃそうだろ。確か……コミュニケーション能力が長けてて、誰とでも分け隔てなく接し、更には嫌悪感を与えないっていう才能を持った――特待生なんだから」




