甘いもの
そんなこんなで一瀬と他愛ない会話をしつつ、時に冗談を言われてそれに純粋に対応して笑われて、有意義な時間を過ごした2人は指定の5015号室の前に来た。
インターホンを鳴らす。部屋に居なかったら後でイジメるから、と一瀬が勝手に決めて連絡もしているので、すぐに「待っててくれ」とカッコよく一言言って玄関から出てくる。
「六辻も居るとは聞いてないが、私に用事とはなんだ?」
上にカッターシャツ、下はショートパンツの只今寛ぎ中とも意味するような服装で現れた。一瀬だけと思っていたから何も気にしてなかったのかと思うが、自分に興味のないと言っていた桜羽は本当らしく、狼狽することもないことから見られて嫌とは思う性格でもないらしい。
「さっき相性指令が出されたから来たんだよ」
「相性指令?一瀬に、私と接触する相性指令が出された、と?」
「そういうこと」
その内容が忘れ物なんて微塵も思ってはいない様子。ついさっき帰宅してまだリュックの整理整頓をしていないのか、それとも過去のことすぎて忘れたのか。
「それは六辻と一緒にということか?」
「俺はただ付き添いだよ」
「確か料理教室もこの後だから、流石にそうか」
遥の友人は大半料理教室がある時間帯を知っているので、いつ行くかも当然のように知られている。
「それで、私に何を求める?達成のボタンを押すだけなら簡単だが、そうでもなさそうだしな」
「求めることは何もないよ。忘れ物を届けるだけだから」
「忘れ物?何かしてたのか……?」
思い当たる節がないということは、それだけ大切でもない忘れ物か。それならば一瀬の言うように、これだけで相性指令とは中々人使いが荒い。
「らしいよ。はい、これ」
本当だと、先程回収した2つの忘れ物を手渡す。
「タオルとキーホルダー……あぁ、思い出した。確か私が入学式後に無くした物だ。寮から出て学校に着いた時には既に無くしてたんだ。リュックが半分開いてたのに気づいたのが到着してすぐで、然程大切でもないからと探さなかったんだ」
「そんな忘れ物を渡されるだけの相性指令って、意味分からないよ。今日は朝から夕方までお疲れの日か……」
「桜羽さん、ホントに大切じゃない?」
遥も気になっていた。桜羽にとって無価値の忘れ物を届けることが、果たして成績に直結する重要な試験となるのかが。
「うん。タオルはそこのコンビニで買ったし、キーホルダーはチャックを開けやすいよう適当に買っただけの安物だ。思い入れはないから、もう新しいキーホルダーも買っている」
しかし桜羽に嘘を言っている仕草は見当たらない。本心から思っていることをただ淡々と口にしているだけで、それ以上の意味は汲み取れなかった。
「そんな忘れ物を私に届けることが相性指令とは、ただ一瀬が私と会話したいだけの嘘じゃないのか?」
「ペナルティを受けないなら私は今ここで堂々と優に見せてるよ」
見た相手だけではなく、見せた本人、つまり相性指令を出された人が内容を見られることもペナルティ対象となる。本当なら桜羽にだけ見せて桜羽だけペナルティを受けてほしいのだろうが、残念ながらそれは歯を食いしばりながら我慢するしかない。
「そんな怖いことを言うな。ほら、折角私の部屋に来たんだ。入って少し暇潰しにでも付き合って帰るといい」
「無理ー。それなら帰るよ」
「私が指紋を認証させなければ減点だが?」
「そう言うと思って私の隣に六辻遥を持ってきた」
言いながら遥の肩に手を置いて、用途がまだあったことと雑な扱いに桜羽の気分を理解し始めそうになる。これが不憫というやつかと。
「はぁぁ……一瀬はホントに私が嫌いだな」
「嫌いじゃないよ。ただ今日は疲れたから部屋で休みたいだけ」
「なら私の部屋で休むといい」
「1人が良い時あるでしょ?常にボッチの優なら分かると思うけど」
「余計な一言だが、分からないことはない」
「ということで、指、借りるよ」
結局遥を使うことはなかった。渋々指を出して指紋認証すると、その瞬間達成というなんとも味気ない終わり方で、一瀬の初の相性指令も終わった。
「ありがと。それじゃ、私と六辻遥はここで」
「もう六辻は拘束具で定着してるんだな。ようこそ、不憫の世界へ」
「今日だけだよ。桜羽さんの世界に俺は入れないから」
それだけを残して、絶対仲間にならない意思を伝えて帰ろうとする。しかしそれに待ったをかけたのは、またしても桜羽だった。
「なんだ、面白くない。まぁいい。折角一瀬の大好きなプリンを用意していたが、それも無駄になったな」
その言葉を遥が耳にした時、既に先を歩く遥の右腕は掴まれていた。その先に居るのは一瀬逢であり、足を止めて顔は桜羽の方へ向いていた。
「……今、なんて?」
「なーに。一瀬があれだけ食べたがっていたプリンを私は入手したんだが、残念なことに一瀬は帰ると言うんだ。仕方ないから私が1人で食べようとしているんだが?」
形勢逆転とはまさに今の一瀬と桜羽だ。完全に一瀬が遊ばれる側へ誘われている。
「……それはホント?」
「聞いてどうする?もう帰るのなら無意味では?」
「……六辻くん。まだ時間あるよね?」
「えっ?あるけど」
「なら、お願いがあるんですけど……一緒に優の部屋に残りませんか?私1人より六辻くんも居た方が楽しいと思うので……」
低姿勢ながらも欲には抗えない。一瀬のスイーツに対する想いは重々しいようだ。




