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隣の住人は律儀で予想外




 荷物はタンスに収納する衣服と、一応手料理などするだろうということで食器など。更には洗剤やブラシといった掃除道具まで。数こそ少ないが、それぞれ役割のある場所に置くことが面倒だった。


 寝起き故の怠惰を好んだ体は、18時にしても鈍い。動かそうとしても言うことを聞かないのは、長年の引きこもりによる癖なのかと、2年間の過去を呪っていた。


 しかし、いつまでもその気分では終わりは見えない。だから遥は考え方を変更した。テレビやベッドなど、元々置かれていたものもあって少しは楽だと、そう思うようにしたのだ。


 (我ながらバカの考えっぽいけど……)


 たったそれで何が変化するか。いや、今は現実の変化よりも頭の中の精神的苦痛を減らすことを選択したのだから、無駄を考えないようダンボールを忘我して開け続けた。


 これはこれあれはあれ、洗剤を運ぶために往復することさえ苦痛でも、いつかはしないといけないと言い聞かせて動かす。時に投げて時短して、時にスタイドさせて時短して、時に使う時で良いかと補充用はダンボールに見捨てて。


 それから可能な限り静かに足音を鳴らし、淡々と始めて淡々と終わるを繰り返すこと30分。あっという間に片付けは終了した。吐いたため息36回。ダンボールに苛立ちを覚えたのが2回。もう金輪際こんなことはしたくないと、寝起きですることの後悔を存分に味わっていた。


 「はぁ……しんどいな……」


 冷蔵庫から取り出した、昨晩買っていた水を一口。コップに注ぐのも嫌で、ペットボトルに口をつけて戻したくもなかったので、350ml入りをたった一口で飲み終える。


 「……もっとしんどい」


 無駄にお腹が膨れて苦しくなるのは分かりきっていたことでも、面倒と嫌悪に抗うことはできなかった。


 結局、壁に寄りかかってタプタプのお腹が食事を求めることもなく、時間が過ぎるのを、何となくつけたテレビを観ることで待つ。


 そんな時だった。訪問者を知らせるインターホンが突然部屋内に響いたのだ。何かと思えば、それは外に誰かが居て、早く出てこいと催促しているということでもあった。


 誰かと、一瀬や慎也が過って向かう。小走りに。そしてポチッと。


 「はい」


 「あっ、どうも」


 (えっ、また?)


 丁寧にインターホン越しに一礼する人が見える。そこに映ったのが先程からよく視界に入っていた、眼鏡を掛けた1組の女子生徒だった。その女子生徒は更に続けて言う。


 「私、隣に住んでる――一色美月(ひといろみつき)と言います。隣ということで挨拶がしたくて、それとこれからよろしくお願いしますということで訪ねたんですけど、時間大丈夫ですか?」


 更に丁寧にも初対面だからと律儀に挨拶とは。


 手には何かが持たれていて、それを渡したいからさっさと出てこいということなのだろう。思えば昨晩の入寮故に、何度もここに訪ねようとしていたが断念していたと思うと、それはもう、申し訳ない気持ちが溢れた。


 「あぁ、はい。少し待っててください」


 「分かりました」


 ピッと切って、それから再び走って玄関へ。解錠して開けると、そこには少し下がってドアの当たらないよう気を配った立ち位置の女子生徒が当然居た。先程の私服とは違って既に部屋着のよう。部屋着を見られることへの抵抗感はないようで、遥もまた、部屋着に変わってることにすら気づいていなかった。


 「すみません、わざわざ」


 「いえ」


 「あの、これをどうぞ。つまらないものですけど」


 そう言って渡されるのは苺大福だ。しかし、それを何もなく受け取っていいのか、初めての体験である遥は戸惑う。


 「ありがとうございます。でも、俺は何も用意してなくて……」


 「大丈夫ですよ。私がしたくてしてるので。受け取ってくれるだけで十分です。それに、これはさっきすれ違った時に買いに行った物ですから」


 微笑んで、気にすんな、と。そして先程はこれを買いに行ったのかと、答えが見つかったことに不思議と納得する。


 「分かりました」


 結局受け取ることにする。相手がそう言うなら従うのが遥だ。深読みしてそれが違ったらどうするか。そして相手が本気でそう思っているなら、それ以上の拒否は良くない。だから素直に受け取る。


 だが、お返しということは大切だと信念として持つ遥は、受け取るからこそ何かを返したいと思う。義務感ではなく、ただ自分がそうしたいと思って。


 「ありがとうございます。では、確か同じクラスの六辻さん、ですよね?これから学校でも会うと思いますし、ここでも会うと思うので、その時は仲良くお願いします」


 (普通にコミュニケーションを取る人なのか……)


 予想外のイメージとの齟齬で、これは一本取られる。実は真面目で人とも会話のできる賢い人なのか。早々に帰宅しただけで、人の本性は理解しきれないようだ。


 「はい。こちらこそ」


 ありがたくも貰った苺大福を手に、遥は何を返そうかなと思ってふと、手の上の感覚からダンボールを連想したから、咄嗟に言う。


 「あっ、うるさくなかったですか?今ダンボールとか開封して、整理整頓の真っ最中だったので、ドタバタしたり豪快にダンボール開けてて、音とか大丈夫でした?」


 「いえ、全く聞こえませんでしたよ。防音完璧らしいので、そんなに響かなかったんだと思います」

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