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春が来た




 翌日の放課後、遥は頼まれていたことを完璧に果たしたと、九重に昨晩のことについて全て話した。


 「つまり、気になる人は居るってことだよな」


 「多分」


 居なければ狼狽に似た反応は見せないだろうし、恋ということがどういうことか、自分なりの意見をスラスラ言えるとも思えない。淡々と語った内容が、それはもう九重と合致したようで、遥も薄ら相手が誰か分かるくらいだ。


 「ちなみに、それを聞いてどうするの?」


 「どうするって、まぁ、それはなんて言うか、まだ言えないな」


 「そっか。よく分からないけど頑張って」


 「よく分からないで頑張ってって言えるのお前くらいだな。ホント、ありがとな。助かる」


 感謝を伝えるための笑顔は、どこか八雲の笑顔と似ていた。やり方じゃなくて、タイミングと雰囲気。その2つが妙に類似で、きっと常に2人で居ることが増えたことに関係することは簡単に分かった。


 相性。


 それはやはり人間関係に欠かせない概念だ。今こうして九重が忘我して夢中になって熱中してしまうくらい、人は隣に居て心地良い人を求めてしまう。


 幽玄高校は全員が全員、恋愛感情を利用して成長するため、恋愛を主軸に相性の良い相手を集めているわけではない。ただ恋愛感情があれば大躍進する生徒同士のそれを利用することもあるだけ。だから全ての生徒が恋をして成長することはなく、他に趣味やマイペース、思考や矜恃を相性の善し悪しで判断することもある。


 そんな中での今回の件――早速恋愛的価値観を利用した成長を促すペアが生まれたと言っても過言ではない今回の件は、遥にとっても幽玄高校の実態を理解し、慎也の言っていたことを本当だと思える良い機会になった。


 まだ4月の下旬だ。それでも既に他クラスには交際を始めたという人たちも居ると聞く。だから珍しいことではない。それにこの学校のことだ。最初から仲を深めてその人が自分の相手なのか確かめるため、交際という手段を選ぶのも今後の為になるだろう。


 とはいえ、相手も居なければ恋愛なんて桜羽の言うように見るだけで十分という立場に仁王立ちすることには、何も変わりはないのだが。


 「そんじゃ、俺この後用事あるから先に帰るわ」


 「分かった」


 軽く交わして走って教室を出る九重の背中を見送った。


 最近、学校に慣れてきたから落ち着くと思っていた身の回りは、慣れたからこそ忙しくなった。八雲と九重は2人の時間、星中は普段遥たちではなく、違うグループと会話が増えたし部活にも入っている。一色とは看病以来会ってない。


 部活だったり、確立を始めた人間関係。相性指令など様々なことが重なって、余裕という余裕がなくなったのだ。ただそれも全員というわけではない。ちょうど入れ替わりで教室へ入って来た一瀬と桜羽は余裕を見せつつ今も過ごしていた。


 桜羽に関しては部活に入ることは結局断念したらしい。本当はどこかしらに入部して実力発揮で羨望の眼差しを向けられたかったと言っていたが、退屈そうな部活を見てどうもやる気が起きなかったと。なんとも桜羽らしい理由だった。


 「一緒に帰らなかったのか?」


 そんな桜羽からの疑問が投げられる。


 「用事あるって言われてるし、最近は料理教室もあって途中で別れることになるから、最初から1人だよ」


 「まぁ、あの様子だと帰宅が用事なんだろうが、六辻はそのピュアさをいつまでも保っていてくれ」


 「ん?」


 「あははっ。ホントに分かってないの六辻くんらしくて好きだよ」


 一瀬もそれに乗じて笑うが、意味は全く不明だ。


 「今日も料理教室行くの?」


 自分の席に座って帰宅の準備を始めながら聞かれた。


 「いいや、今日は休みだよ」


 「それくらい分かるだろ。九重が八雲と帰宅するんだ。九重がいつも料理教室の八雲を誘ったということは、つまり六辻も休みということだ」


 「そんなこと一々考えないよ。それに聞く方が楽で早くて良い」


 桜羽の存在はいつまで経っても不思議の領域から抜け出さない。考え方も行動の意味も読めなくて、唯一無二という言葉が似合う存在だ。それは一瀬も同じらしい。


 「よし、帰ろ。六辻くんも用事ないでしょ?」


 「うん」


 「なら優の相手するの手伝って。帰る時くらい、私も静かに帰りたいから」


 「良いよ」


 「そこは何故私の相手をしないといけないのか聞くとじゃないのか?」


 「ほら始まった。六辻くん出番だよ」


 流れるように面倒を手渡されているのだが、それでも遥は気にしない。


 リュックを持って忘れ物がないか確認して席を立つと、一瀬は早足で桜羽から離れた。それに追いつこうと遥も足を進めて、隣に並ぶとその横に桜羽も来る。間に挟まれると両手に花のようだ。


 「私を嫌われ者扱いするな」


 「恋愛しか頭にない変人は嫌いだよ」


 「まだ嫌われてるんだね、桜羽さん」


 「純粋にそう思う六辻が一番いじわるだな」


 「っ……」


 そう言いつつも、遥の額を中指で軽く弾く。弾かれる隣、一瀬はその途中弾かれているとも知らずに口を開く。


 「あっ、やっぱり春が来てるっぽいね」


 廊下の窓から下を覗いて言った。それに天然というより阿呆で無知な遥は首を傾げる。


 「ん?俺がってこと?」


 「あぁ、そっか。六辻くんの下の名前は遥か。今言ったのは季節の春だよ。ほら、あの2人見てよ」


 「なんだ?」


 言われるがまま一瀬の視線の先を辿ると、そこには九重と八雲が肩を寄せ合う距離感で帰宅しているのが目に入った。お互い笑い合い、頬を指で突いたりして仲睦まじい様子を隠さず見せるように。


 「何も驚かないな。当然の組み合わせということだ」


 「確かに。結局何も手助けなしで付き合えるなら、私たちはおめでたく思うだけだしね」


 「あの2人に、私は興味はないがな」


 ボソッと呟いたのは桜羽だ。遥にだけ聞こえた打ち上げの時のようなデジャブ。全く同じ声量で鼓膜に届いた。一瀬は気づいていない様子だ。


 「さっ、羨ましがってないで私たちも恋人じゃなくても見つけられるよう頑張ろう」


 「そうだな」


 「うん」


 その「うん」に、深い意味は込めていない。だが一瀬や桜羽が相性の良い人を見つけられる後押しをするという意味で頷いた。


 4月の下旬に生まれた、友人で1つの組み合わせ。2人がどう今後の道を歩むのか、この時は無知で交際を始めることすら勘づかない遥は、高校最初の月を無成長で終えた。

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