君の恋って何?
「六辻くん、帰るよー」
九重に頼まれた日の料理教室。既に終えて20時という4月でもすっかり真っ暗闇となった時間帯に、八雲から帰宅の誘いをされる。
「うん。少し待って」
「はーい」
今日も今日とて片付けに時間を費やしてしまうこととなった遥より、必要最低限の道具で作業した八雲は圧倒的に帰宅の準備が早かった。待たせるのも申し訳ないが、然程差はないので気にすることはない。
「お待たせ」
「いえいえ、それじゃ帰ろう」
以前「夜道をか弱い女の子1人で帰らせないよね?」と言われてから、平日の午後にしか料理教室に通わない2人は共に帰宅することになった。ただそれだけだが、八雲の人柄を知ることもできて、何より頼み事を果たせる時間が容易く作れたことは僥倖だ。
「今日はどっちから帰る?最短?それとも少し遠回り?」
ショッピングモールへの道、又は帰宅の道は、主に2つある。学校から寮への道が2つあるように、こちらも分けられる。
1つは最短で帰宅する道。人通りが多くて幽玄の生徒が何人も通って安心安全の最も人気の道だ。そしてもう1つ、人通りが少なくて遠回りだが、その分娯楽施設が多く立ち並んで暇を潰せる道。
「遠回りにしようかな。夜風に当たりたい気分だから」
「了解。そんな気分、六辻くんにもあるんだね」
「うん」
春から夏にかけての夜風は心地良い。それを知ったのは引きこもりとしてランニングを始めた時だ。明確に気分が晴れ晴れすることは感じないが、心の陰気が緩和されるようで飽きずに走り続けられた理由の1つだ。
遠回りを選んだ理由はその他に、九重に頼まれたことを長々と聞くにはちょうど良かったからだ。口下手で何を聞けばいいのか忘れそうになることもある、何に於いても不器用な遥らしく、少し付き合ってもらうことにした。
「八雲さんって、相性指令届いた?」
珍しく遥から話し始める。そこに違和感を持たれても、自分はやれるだけのことをするだけ。その覚悟だけ持って問うた。
「あぁ、六辻くんは届いたって聞いたよ。私は全然届いてないけどね」
「そっか」
「どうだったの?簡単だった?その看病は」
「はじめましての人じゃないから簡単だったよ。困ることは多かったけど、今はネットがあるから看病のやり方にあたふたすることはなかったし」
嘘も多くあるが、信じれる内容も多くある。看病の際、何度も調べて共通点を見つけ、メリットを探していたのは正直苦労した。けれどそれらが徒労に終わることがなかったのが幸いだ。
「なら、私が風邪引いても大丈夫ってことか」
「絶対じゃないよ」
「ふふっ。それでも大丈夫だよ」
「そう言うなら、そうかもね」
きっとこの笑顔も、九重にとっては至高の笑顔。誰よりも輝いて見え、恍惚としてしまう唯一心に届いた笑顔なのだろう。
「それでさ、看病してる時に恋ってなんだろうって話になったんだ。俺はよく分からないし、その人も謎らしくて、何がどうなることが恋なのかって気になって興味が少しだけ湧いたんだけど、八雲さんはどう思うとかある?」
一色の学校に通う目的を言うことはなく、それでも言われたことを借りる。恋がどういうことなのか、それは単純に遥が知りたいと思うことでもあるから、今聞くことは賢いと判断して問うた。
すると「んー」と唸って若干黙考すると言う。
「つまり、好きとは何かってことだよね?それを私個人の考えで言うなら、相手に好かれたいって行動すること、じゃないかな?」
「と言うと?」
「相手を好きになるとさ、どうしてもその人の傍に居て一緒に笑い合いたいって思うでしょ?他にも多くの経験を共にしたいってさ。そんな時、当然相手に好かれてないとそれらは実行できないわけで、相手から好かれるよう努力しようとする。その行動が人を好きになるってことだと思うよ。好きじゃなかったら相手のためにって行動するより、面倒とか呆れて諦めて終わりでしょ?でも好きだと、苦手なことも嫌いなことも不得意なことも、やろうって意欲に駆られる。それが恋かなってね」
(それって……)
まるで九重を想像して言っているような考えだった。料理教室に通っているのは九重に美味しいと言わせたいからで、不得意なことでも九重のためにやろうと頑張っている。あの答えは出ているような気もする。
「六辻くんから恋なんて言葉聞けるとは。これは何かの前兆かな?」
「八雲さんの意見を聞いても、正直まだ分からないよ。でも八雲さんの考えはきっと正解でもあるんだと思う」
もし、たった今九重のことを浮かべて言ったのならば。
「答えはないからね。私だって誰でも共通の恋の考えがあるとは微塵も思ってないし、私個人の意見以上の意味もないと思ってる。同時に間違えではないとも思うよ」
そうだろう。八雲の思いに歪みは感じられないし、己に実直に思ったことを口にして伝えただけ。そこに確かな人影を感じたのは、遥の勘違いではなさそうだ。
「そう思える人は居るの?」
だから聞いた。その恋の枠組みに入る人は居るのかと。九重からは気になる人が居るか聞く程度と言われていたが、大差ない意味を込めているのだから、誤った問いではないと思って。
すると予想外の質問だったのか、八雲は「えっ」と呟くとほんの少し沈黙を作った。




