早速行こう
何かを決めた後、それが自分にとってメリットであるのならば、遥の決然からの実行は早い。暇という、人生の無駄を表現したような単語の似合う時間は、成長を最優先に行動する遥には好まれない。だから料理教室に行こうと決めたなら、次の日に申し込みに行くのが普通だった。
しかし一色の看病の翌日が日曜日。料理教室の申し込みは可能だったが、残念なことに料理教室お休みの日だったので悲しくも翌日の夜から、初めての料理教室となった。
だから今は月曜日の夜――18時半に、ショッピングモール一階に設備されている料理教室に足を運ぼうとしていた。
「あれれ、こんなとこで1人寂しく何してるの?六辻くん」
そんな時、ふと後ろから聞き慣れた声が鼓膜に届いた。一瀬や一色の明るくても落ち着きのある声色でも、桜羽のように女性にしては若干低めの声色でもなく、陽気さを伺わせる圧倒的な元気を感じる精彩な声色。
「ん?あぁ、八雲さん」
「ども、八雲だよ。九重と遊びに来てた?」
軽く挨拶代わりに笑顔と共に右腕を挙げて言った。
やはり八雲にとっても九重の距離は近いようで、六辻を「くん」付けで呼ぶのに対し、九重は呼び捨てだ。それだけパーソナルスペースに入ることを許しているのだろうか。
「ううん。1人で来たよ」
「あら、誰も誘わずボッチで来たの?優のこと言えないねぇ」
本人の居ない場所で桜羽を不憫にもいじりつつ、「ほれほれぇ」と、肘で横腹を何度もつついてきた。
「それも違うよ。今日は元々1人で来る予定だったから」
「そうなの?まぁ、1人の方が好みって言ってたし、そっちの方が気楽で良いのか」
「うん。八雲さんは何故ここに?」
料理教室の開始時刻は19時。少し早めに来たので時間潰しにも駄弁に興じる。幽玄高校の学生限定のコースに申し込んでいるので、時間的な融通は利く。そもそも一般人とも関わることは許されないので、どう足掻いても学生だけにしか申し込めないが。
「ふふーん。それはだね、ここに今日から通うんだよ!」
言いながら遥の背中側に回ると、料理教室と題した看板の目の前で両手を広げて言い終えた。だから「ここ」がどこか、それがとても分かりやすくて、同時にそんな奇跡も起こるんだと驚きも薄く思っていた。
「料理教室に?」
「そう。私、この前自炊しようと思って料理をレシピ見ながらしたら、なんと出来上がったのは黒曜石だったの。本当なら美味しい唐揚げが作れるはずだったのに、温度調節とか難しくて、てんやわんやしてたら真っ黒ー。それに危機感覚えて、いざ料理教室へ!ってね」
「八雲さんも、苦手なことあるんだね」
「料理だけが欠点だよ」
満面の笑みで語られた不得手な料理内容。唐揚げを真っ黒に染めるのは、きっとそれなりに料理下手なんだと、知識に疎くて失敗がどこの範囲か知らない遥でも、なんとなく理解していた。
「そっか。なら、一緒に頑張ろう」
「うん。一緒に頑張ろ……う?ん?一緒に?」
ノリノリでテンションが高いのは、それだけ意欲が高いということなのだろうが、そこに九重も関わっていそうな気がするのは、きっと間違いではないだろう。
「今日から俺も、料理教室通うことにしたんだ。だからよろしく」
「えぇっ!ホントに?凄い偶然じゃん!」
「ホントだよ」
「へぇー。六辻くんも苦手でしかも料理に挑戦とか、めちゃくちゃ意外なんだけど」
「暇だから、することもなくて良いかなって。3ヶ月だけの暇潰しだけどね」
期間は長く決めていない。様々なことに挑戦し、その都度何かを幅広く吸収し、何かを得られるならそれだけ得だ。だから1つに絞らず、挑戦は積極的にするつもりなのだ。
「そっか。なんか安心する。知ってる人が居ると、緊張もしないしそれだけ会話も弾むし、不安もないから料理に集中できるよ」
「そうだね」
「逆に話しすぎて料理できなくなりそうだけど」
「確かに、八雲さんなら有り得そう」
こうして積極的に会話をしてくれるのだから、静かな空間は好みではないのだろう。そうなれば無言で料理なんてしないだろうし、料理が知識として技術として身につかないことにもなる。だから最もな心配はそれだ。
「まぁ、私は常に喋ってる元気な人だから、料理しながらなんて簡単簡単」
講師が説明し、一度作ったものを見て作るのではなく、渡されたレシピを見ながら作るのがこの料理教室。だから同時進行でもないので、レシピさえ見る余力があれば歓談だって自由だ。
「失敗したら、その時はその時。楽しく料理するのが一番だしね」
その心構えが何よりも、八雲佳奈という存在を悄然とさせないのだろう。圧倒的なポジティブに、誰であろうと陽気に接する天真爛漫な性格。今も尚、全容は掴めなくとも、八雲の人の良さはよく知れている。
「そうだね。あっ、そろそろ時間だし、中に入ろう」
時計を見て、初めてで時間も費やすことを視野に、45分になったので早めに入るとする。
「初日から黒曜石は作りたくないよね。最悪でも、この前のたこ焼きみたいに、味はおかしくても見た目は整ってるようにしたい」
「最初から目標のレベルが、これから料理をする人とは思えないよ」
「えへへっ。それでも私には高難易度なんだよ」
それを克服するために来ているのだろうが、なんとも安心感というか信頼のできないグッドを見せて八雲は中へ入って行った。




