楽だと良いなぁ
月一度のイベントも終わり、何事もなく純粋に友人たちと楽しむことのできた今、頭の中に西園寺尊という生徒が居たことは忘れ去られており、友人の誰もがその名を口にすることはなかった。
「今日で入学して二週間。そして相性指令が出されて二週間でもあるのか。明日から早速出されたらどうしよう」
イベントに出たチームメイトが偶然にも席が近い人たちだったから、イベントだけの友人ではない関係へと発展している。しかし一瀬の席を中心に放課後も会話が弾むのは、一瀬と遥だけだ。
八雲と九重は既に帰宅。星中と不憫な桜羽は部活を見に行っていたので、暇のある2人が必然的に残ったということだ。
「初めから過酷なことは、学校側も出さないと思うよ。成績に関係あるからって無理難題も出るだろうけど、不可能な相性指令は絶対に出ないだろうから」
それは確実だ。成績に直結するのに不可能を出されては、それは公平に生徒を導く学校として不適切だから。その人の今に合ったコミュニケーションを確保する相性指令でなければ、それは受け入れ難い。
しかし、何もコミュニケーションに関係することだけ、人と接することだけが相性指令ではない。人助けをしたり相談事を聞いたり、相性と入っているだけで、実は相性と無関係のことも時に出されるという。
だから人と関わることが苦手な人なら、尚更、入学して間もない不慣れを慣れにしようと奮起する中で、早速見知らぬ人と関われということは考えにくい。一瀬に関しては積極的だから、きっとそんなこと関係ないのだろうが。
「だといいけど。知らない人に関わりに行くって、絶対緊張するし」
「人生経験ってやつだよ。今後の為だし、悪いことではないと思うから」
「もし悪い方向に繋がったら?私が失敗して怒らせたりさ」
「それは考えすぎじゃない?一瀬さんならそれは杞憂に思えるよ」
思い出される入学の日。積極的に話しかけてくれた一瀬の裏に、1つの緊張も恐怖も不安も見えなかった。自分が孤独に見えないようにと、自ら発言して友人となってくれたことは鮮明に覚えている。だから憂慮の欠片もなかった。
「そうかな?常に最悪の私を考えるから、どうしても上手くいく未来を想像できないんだよね。したくないだけなのかもしれないけど」
自己肯定感が低い。まるで西園寺と真逆のように。
「それでも、初日に俺に話しかけてくれたのは一瀬さんで、そこから今の九重たちとの関係に繋がってるから、俺からすれば一瀬さんの接し方は助かるよ。メリットしかないから、杞憂を持っても忘れてしまえるくらいになれば、何事も上手くいくと思うよ」
「ありがたい言葉だよ。やる気になれる」
「うん。二週間毎に出されることもないだろうから、今はそんなに思い込むことはないよ。気楽にね」
罰則に触れなければ停学以上の扱いはされない。相性指令を失敗したからといって、それに咎めはないし成績が急降下することもない。積み重ねればE評価という絶望の評価になるだけで、1つのミスでも内容によるが一気にワンランクダウンは基本有り得ないらしい。
だから高校をただただ気楽に、幸福を感じながらも青春とやらを謳歌する時間と並行して過ごすこと。それが最優先である考えを変えることはないだろう。
「そういえば、部活って決める時だよね?入部か無所属か」
期間的にはもうそれが問われる期間で間違いない。何にするか、いや、どこにも所属する気のない遥は元々どの部活も見学に行っていないが。
「そうだね。一瀬さんは決めた?」
「私は無所属かな。趣味を見つけるのも良いけど、人間関係が大きく変化するこの学校で精神的にも疲れが増えそうだから」
常に誰かと居ないと落ち着かない、寂しいと思う人は居ても、一瀬はその類ではない。自分だけの時間が欲しいと思う普通の人なので、やはり気にする事も普通のことだ。
「六辻くんは?」
「俺も同じく無所属。興味ある部活は探せば見つけられるんだろうけど、優先順位的にも不必要で運動はランニングと体育で十分」
無駄だと思った。スポーツ選手にもなるつもりはないし、卒業までに成長して感情を取り戻すことだけを目標にしているから、それ以外はどうだっていい。就職か進学か、それすらも今は全く考えてないのだから。
「そっか。毎年どこかしらに入部する人は200人中80人程度っていうし、そこまで珍しくもないよね」
「そうなんだ」
「後から入部もできるし、今からじゃなくても、落ち着いてきた2年生くらいで考えてもいいかもね。新入生と同じタイミングで」
「うん」
思っていたより少ないが、妥当とも言える数だ。それだけ部活という校内だけの活動は人気ではないということ。実際運動好きな人たちが運動部に所属しても、校内だけでは上限があるし、文化部でも精神性を鍛えたりする程度しか意味はない。
「まっ、今は慣れること最優先に早く相性指令をやってみたいって気持ちが何より強いから、部活はなくていいよ」
「楽だといいね、最初の指令が」
「六辻遥と帰宅せよ、とかなら超簡単なのに」
「多分それと大差ない指令だと思うよ」
誰がどの指令を下されるか、それはこれから分からなくなる。嘘をついてしまうことだってある。仲がいいから、それはただの建前で、実は別の意図があったんだよ、なんてこともきっと無数に有り得るのだから。




