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それ俺のコップ




 嚥下までに時間がかかっているのは、脳が飲み込んで良いかを判断するのにそれだけ時間を費やしているということだ。味蕾は味を飲み込めると判断しても、脳は未知の味を、しかも美味しいと思えない味を飲み込めるのか不安なのだ。


 だがずっと口の中に居られるのも困る。だから無理矢理言い聞かせて飲み込んだ。口の中にしっかり残ったイチゴの香りは、今後抜けるのに5分は必要だろう。そう思って顔色1つ変えなかった。


 「ほら、私たちは食べたんだ。最初の、なんて拘りももうなくなったし、ここからは楽しむだけだ」


 「そうだね。お腹も空いたし、食べようか」


 天真爛漫で誰からも好かれるだろう八雲の勢いで、ようやく空腹から解放されるように各々箸と紙皿を手に取って、最初はたこ焼きだろうと手を伸ばした。


 九重には八雲が、星中には桜羽が選ぶことで、当たりを選んで逃げないようにした。選ばれた時の顔で既に当たり外れが分かるが、それでも紙皿に置かれたなら食べる以外の選択肢はない。覚悟して口に運んでいた。


 「グミ入ってんだけど」


 「俺が入れたからな。恋斗にお似合いだな」


 「どこがだよ」


 「私のはパリパリしてるんだけど。スナック菓子でも入れた?」


 「俺が入れた。流石八雲、外れを引いてくれるんだな」


 心底嬉しそうな九重を見ると、後押しをしたいと思える。


 「私は美味しかったよ。何もなかったと思う」


 「一瀬のやつは、何もないとこだからな。ちなみに俺も何もなかった。幸運分けてくれてありがとな、桜羽」


 「今後もその幸運に肖れるように、私を崇めてくれても良いんだが」


 「それは遠慮する」


 ということは、桜羽か一瀬の選ぶたこ焼きを選択すれば、正解を引くかもしれないということだろうか。だとしたら今後全てを託したいが、逆に他力本願として不幸に見舞われる気もするので自力にする。


 それから歓談が続けられて、たこ焼きとお好み焼きが数を減らしていくとまた作られて追加される。誰が一番食べたとか食べてないとか、そんなことを時に交えながら、空気が凍ることもなく入学してから二週間も経過しないうちに、これだけ仲を深めれる人が増えたのかと感慨深く感じていた。


 「六辻、アップルジュースを取ってくれないか?」


 それぞれ満腹になったり、甘いものを求め始めて休憩をしているとこ、意外にも6人の中で最も食べるスピードが遅かった桜羽は今も尚食べ進めていた。そして喉が渇いたらしい。


 「うん。桜羽さんって、ジュース飲むんだね」


 渡しながら目を見て、ジュースと総じて言われる飲み物を飲まないと偏見で思っていたから、ふと疑問になって口に出した。


 「私も人間だからな。頻繁に飲むことはないが、こういう楽しい日には飲む。――取ってくれてありがとう」


 「そっか」


 (楽しい……か)


 高ぶる感情はない。このメンバーと出会えたことに良かったと思えるだけで、心が動いてメンバーと共に興奮することは何もない。だから共感はしないし、個人の性格の一端を知ることもできない。楽しいということを共有できないことに胸苦しいこともない。有るのはこの先1人ではないという安心感と、1人ではなくて良かったと思う気持ちだけ。


 いつかその気持ちの1つでも、喜怒哀楽に繋がってくれることを、誰も聞こえない心の中という虚無の空間に、ぽつんと呟いて木霊させた。


 それから我に戻って、テンションが常に最高潮である八雲たちを見る。九重の肩を揺さぶって遊ぶ八雲を筆頭に、机に肘をついてテレビを眺める星中。残ったお好み焼きを静かにパクパク続ける一瀬に、何故か遥のコップにアップルジュースを注いでそのまま飲もうとする桜羽。目に映った時には遅かった。


 「あっ、それ……」


 声は小さくて、騒ぐ八雲によって届かなかった。


 桜羽は自分のだと思い込んでいるようで、気にすることなく遥のコップを手に取ってそのまま使ってアップルジュースを飲んだ。するとコップを置いた瞬間気づいた。


 「あれ?私のコップは……これか?」


 「うん。今使ったのは俺のだと思うよ」


 「ホントか?」


 「狙ったでしょ、優」


 何かあれば即座に槍が投擲される。その向かう先は桜羽だ。


 「いや、これはホントに狙ってない。置く場所を固定しなかったのが悪かった。スペースがあったから、つい場所的にも私のかと思ったんだ」


 「ふーん」


 訝しげに見られても、それを絶対否定する根拠はない。だから桜羽もどう説明しようか懊悩しているようだ。


 「今日は六辻中心にバチバチだな、そこ。八雲と九重(こっち)も騒がしいし」


 それを見て星中は誰もが思っていることを代弁する。今日は本当に多いんだと。


 「私は優が何か企んでるんじゃないかって思ってるだけ」


 「それにしては執拗じゃないか?私だって偶然の成り行きでこうなっただけだ。ホントのホントに」


 「まっ、別に気にしたことでもないけど。私に何もデメリットないし。あったらその時から喧嘩が始まるだけだけど」


 「なら、そんな目で見ないでくれ。私だって一瀬とは楽しく関わりたい」


 「私もだよ」


 女子の人間関係は複雑で難しいと聞いたことがある。それを今目の前にしているとしたら、然程男子も女子も、遥にとって大きく変わりのないことだということは明白なことだった。


 「はい、新しいコップ」


 15個入りの紙コップを積み重なった頂点から抜き取ると、桜羽の使った遥のコップと交換して置いてくれた。

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