口調の理由
一般的という概念が、人それぞれあって決められているのかもしれない。しかし、桜羽の口調は遥の価値観では女性にしては荒々しいというか、滅多に聞かないようなものだから、初めて声を聞いてから頭の片隅にそのことがあった。
「なるほど。私のこの喋り方か。答えは単純で面白くはないが、ただ厳しい家庭環境で育てられたからというものだ。厳しいと言っても、門限があったり規則があったりするわけではない。私は幼い頃から両親の喧嘩を頻繁に目の前にして育ったから、いつの間にか自分を見失っていたんだ。その結果、父親の荒々しさが強く残ったんだと思う。それだけだ」
先程と同様な哀愁はなくて、むしろ快く説明してくれた。顔色も悪くないし、聞かれたことに不満もなさそう。
「思い出させてごめん」
けれど遥は、悪いことを聞いたかもしれないと思った。それを否定するよう、首を振って桜羽は言う。
「いいや、気にすることじゃない。元々、この幽玄高校に入学したかった理由は両親から離れたかったからだ。もう嫌になってたんだ、喧嘩で不幸せな家に帰るのは。だから一旦両親から離れて自分1人の世界が欲しかった。そして今ここに居る。入学できたのは運が良かった」
月一度のイベントも学校行事も、生徒と関係ある人は幽玄の地に足を踏み入れることは許されない。ショッピングモールに行くことも海水浴場に行くことも、全て生徒に関わることを阻止した規則。だから退学や特例以外で3年間親戚と会うことは決してない。それをメリットとして入学したと言うが、多分稀有な理由の1つだろう。
「そうなんだ。なら、思う存分満喫できるんじゃない?」
「ただ、誰かと笑って幸せになって、あわよくば恋をして失恋して、笑って泣いて、とにかく充実した日々を過ごすことが私の目標だ。叶うなら良いんだがな」
「失恋したいの?」
恋という言葉に理解を深く求めるから、鮮烈に残った不思議な言葉に謎を抱く。失恋とは悲しいことであって、可能ならしたくない部類の人生経験の1つだ。それを経験したいと思う理由を、興味深く知りたかった。理解するかしないかは無関係に。
「いいや、全くしたくないが、いつか経験はしそうだから覚悟をしているだけだ」
「桜羽さんなら、失恋しなさそうだけどね」
端正で精緻な顔。そして絡みやすい性格といじりやすい性格。一途かどうかは知らなくても、桜羽が失恋するとは思えない。叶わない恋をしていたり、一方的の恋なら分からないが。とはいえ、十人十色の性格好みがあるのだから、思えないだけであって、桜羽が絶対失恋しないと断言することは今後もない。それだけ人は好みの種類が存在するのだから。
「そう見えるのか?」
「うん」
「それは嬉しいことだ。まぁ、恋なんて私ができるとは思わないがな」
「自信ないの?」
「ないな。私は女としての魅力がないことを知っているから、諦めていると言った方が適切だな。だから恋する女子生徒には嫉妬をする時もある」
「魅力があるかないか、それを決めるのは桜羽さんを評価する人たちだから、今から諦めなくてもいいんじゃない?」
多分、桜羽本人が言うのだから、それだけ自分に諦めはついているだろう。だから自分から恋心を抱いて恋することはきっと無理なのかもしれない。だが逆は可能性が残っている。
桜羽を好きになる人は絶対に居る。桜羽の全てを好みだと言ってくれる人が居るはずだ。だから恋することを諦めても、恋されて人と関わることを諦めなくても良いのでは?と、遥は意味を込めて言った。
「確かにそうだな。だが、自分から恋したいと思わないか?諦めた私が言えば矛盾だが、可能なら好きだと思って人と付き合いたい。我儘でも、そんな経験がしたいんだ」
「意外と乙女?ってやつだね、桜羽さん」
「そうか?口調は荒々しくても、心は誰よりも乙女なのかもしれないな」
軽く微笑んで、自分に持たれる印象と真逆のことを言われても動じることなく受け入れる。恥じらいというものが少ないのだろうか。
「俺は今、恋よりも他のことに専念してるから、全く共感もできないし理解もできないけど、自分から成長したいって思うことと似てるし、何となく分かるよ」
「大変だな、六辻は」
「誰しも大変なことはあるよ。ただ、俺が不運だっただけ」
「だとしても、不運の後は幸運が待ってる。不運と逆に、六辻には多くの幸運が舞い降りるはずだ。その幸運に、私も混ぜてもらえると幸いだ」
「貪欲?」
「私は――性格が悪いからな。貪欲以上に」
「それは恐ろしいよ」
再び微笑む桜羽に対して、感情のない作り笑顔を返す。やり方もぎこちなくて、口角の上げ方や目の開き具合、それらを全て忘れた笑顔は、決して優しいと言える笑顔ではなかった。それでも桜羽はどこか楽しげに相好を崩していた。
(笑うとこは、女子なんだな)
誰もが作れる笑顔は、誰もが作れるからこそ個性が表れる。桜羽という可愛げのないと自負する少女でも、笑顔は雅やかで優艷。桜羽だから出せるギャップがあった。
「では、そろそろ私たちも帰りながら話そう。友達ができたことを自慢しながらな」
時計を見て、ボッチだと言われたことを常々引きづりつつ、友人という1つ進んだ関係として帰宅の誘いをされる。
「そうだね」
深い意味もなく、楽しく会話をしていた遥。他人の過去はどれもこれも幸せばかりではないんだと、不幸せだけの人生を歩んできたことにシンパシーを感じて、桜羽と共に自室へ帰宅した。




