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人それぞれの価値観




 顔は思い出せないが、声は思い出せる。「逢ちゃん、今日――」一瀬と会話していた時にそう言って振り向いた、陽気そうな女子生徒。一瞬だけだが、笑顔がハッキリと記憶されていて、特に輝きの加わった瞳は鮮烈だ。


 「その人と共感することが多かったりするの?」


 「ああ。あれもこれもってわけじゃないけどな」


 「そっか」


 素直に良かったと、それだけを思う。他人が誰と相性良いかなんて興味は微塵もないが、それでも友人は違う。仲良く接してくれる人が幸せを得られていること、それは不思議と良いことだと思える。


 「それが相性の良い相手に抱く感情なのかは知らないけど、今のとこもしかしたらって思ってる。そんなに多くの人に接してないから、ただの勘違いかもしれないけどな」


 「だとしても、そこまで言うなら可能性は高いと思うよ」


 「だと良いけどな」


 様々な相性があって、その中で恋心を利用した相性で選別を行った結果、九重優斗は隣の席の人に目を奪われつつある。完全に奪われるか否か、それを決めるのはお互いの意思でも、恋愛専門学校に入学し、男女間での相性を求める九重が「もしかしたら」という相手は、かなり九重の価値観に迫る性格の持ち主らしい。


 「んで、お前は何を買うんだ?」


 半周程度したとこで、会話に夢中になっていた遥に本題について問いかけた。


 「あぁ……この半周何も見てなかったから決まってない」


 「だろうな。最近有名のプリンは売り切れってのしか、俺も記憶してないし」


 (売り切れか……)


 最近有名なプリンが1つしか思い浮かばない故に、遥は期間と個数限定のプリンだと確信して購入の選択肢から消す。ならば切り替えて違う商品にするしかないが、まだ慣れない店舗場所に1から探す面倒を感じさせられる。


 「取り敢えず座るか」


 立ちっぱなしも疲れる。九重が行く方について行き、テーブル席に空いた椅子2つに腰を下ろす。


 「それにしても、人多いよな。見てるだけで疲れる」


 「人気らしいからね」


 平日なのにフードコート満席になる寸前のよう。日本で最も大きなショッピングモールとして知られるが、それでも橋1つだけ掛けられた埋立地にわざわざ足を運ぶほど人気なのは他に理由があるからだろうか。


 ただ大きいだけが理由でも無さそうだ。


 そんなことを思っていると、落ち着いて周りを見渡していた遥の視界に【新作】という文字が入る。有名ドリンク店の新作らしく、食べ物ではないが良いだろうと即座に思考する。


 「九重、俺買うもの決めたから行ってくる」


 「は?突然過ぎだろ。まぁ、席は取っとくけど」


 咄嗟だった。限定ではないが、新作商品は売り切れるのが早いだろうと、刹那も無駄にしてはならないと思って即座に行動へ移した。それに九重は驚きつつも待つことを承諾。唖然としたような相好は九重に似合っていて、それを記憶しつつ向かった。


 不慣れな買い物でも、幽玄の生徒なら簡単に済ませられる。セルフレジならば部屋番号を、店員が居るなら生徒手帳を見せるだけで終わり。当然A評価の生徒だからできること。遥は新作を頼んで、まだ残っていたことに安堵しつつ生徒手帳を見せて、1つだけテイクアウトして購入を終えた。


 「早いな」


 「決めてたからね」


 「新作の抹茶オレか。ナイスチョイスだな」


 戻るとスマホをいじりつつ席を移動することもなかった九重が迎える。背もたれに全体重を載せたような怠惰の姿勢は見事で、遥が戻ると同時に座り直した。


 「好きなの?九重も」


 「好きな方だな」


 「ならもう1つ買ってこようかな」


 「待て待て、なんでだよ。要らないって」


 再び席を立とうとした遥の腕を引っ張って止める。勢いはなかったが、何故だろうと思って座らせられる。


 「九重にもよろしくの挨拶に買おうかなって思ったんだけど」


 「いやいや、え?お前これから関わる相手に毎回何かプレゼントすんの?」


 「うん。その方が良いかなって」


 「お前……。確かに挨拶はするけど、別に何か与えないといけないって思わなくて良いんだぞ?俺はお前と関わることに対価が必要とは思わないし、普通に仲良くする関係を築けれればそれでいい。お前が渡したいと思うのはいいけど、人それぞれ、貰って嬉しいと思う人と貰って困る人が居ることも知っとけよ?」


 「……なるほど」


 今度こそ呆れ果てた様子。遥の考えが違うとは否定しないが、やり過ぎなんじゃないかと指摘。それはごもっともで、流石に言い返す言葉もなかった。


 「分かってくれれば良いけど、貰うことを普通と思ってない人もいるからな」


 遥が最初そうだったように。


 一色から貰って、自分が返したいと思ったのは一色にだけ。思い返せば九重から何かを欲しいと言われたことはないし、仲良くするために求められたこともない。一瀬だって最初は何も求めなかった。仲が深まって友人と言ってくれて初めて何かを渡そうと思った。


 (そうか……ならいいのか)


 渡したいと思うのは良いことでも、渡すことが良いこととは限らない。遥はそれを心に留めておくことにした。


 「難しいね」


 「お前だけだ。そう思ってるの」


 多分間違いない。


 「よし、それが買いたいもので、買い終えたら次したいことあるか?」


 「ないよ」


 「んじゃ帰るか。お前のことは知れたし、相変わらずって思えて良かった」


 何を思えたか、遥は全く理解不能。それでも満足したようで辟易したような九重を見て、そんなこと些末なことだと思うことにした。


 「それ、飲み物なら今日中に渡せよ?お前忘れそうだから一応言っとく」


 「分かってる。ありがとう」


 問題児として認識されたか。だとしたら、今後手間をかけることに、少しだけ申し訳なく思いつつ、2人は席を立った。

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