初めての訪問は成長の報酬
そんな遥を見ず知らず。ガチャと鍵を開けてドアを開けると、そこには昨晩見た格好と何1つ変わらない服装の一色が居て、焦りも恥じらいもなく迎えてくれた。
「ごめんなさい、突然。これ、昨日貰ったお返しみたいになりますけど、単に俺が渡したいだけの気持ちなので、受け取ってくれるとありがたいです」
「いえいえ、こちらこそありがたいですよ。しかもこれ、大人気のプリンじゃないですか。よく買えましたね」
驚きを見せる一色のその驚きが、全く低評価ではないことに安堵する。
「一色さんに渡す食べ物を選んでいたら偶然見つけて、美味しそうだったので運良く買えたんですよ」
「1日50個限定で、時間もランダムで10分だけしか出されないレアなプリンなんです。それを偶然で買えるなんて、運良いんですね、六辻さん」
「そうかもしれないです」
多分そうなのだろう。今まで不運の権化の人生を送っていた遥には、運の善し悪しなんて微塵も感じないが、今回のは一色の喜びが心の底からのようで、流石に良かったのかと感じた。
「苦手じゃなかったなら良かったです」
「甘いのは大好物なので」
微笑む姿もまた可愛らしい。
「では、後でゆっくり食べてください」
「あっ、折角ですし2つ買ってくれたなら六辻さんも食べません?」
帰ろうと手を振ろうとした時、それを止めるように一色は紙袋の中を覗いて気づいたように言った。
「これを機に運を使い果たして今後買えなくなるかもしれないですし、きっと美味しいですから」
「分かりました」
そうかも、と思うと甘いもの好きな遥は承諾した。その方が良いと一色が判断したのなら、それが彼女にとって最善の選択。それを無下にはしようと思わない。
「ありがとうございます。では、どうぞ」
「え?」
ドアを更に開けて人が1人入れるくらいのスペースが生まれる。それに、プリンを貰って自室で食べると思っていた遥はどういうこと?と首を傾げた。
「今から一緒にってことですか?」
「あっ、嫌でした?それとも予定が?」
嫌でもないし予定もない。だからその問いに正直に答える。
「自室で食べるのかと思っただけです」
「なるほど。休日ですし少し話せるかと思ったんですけど、そうしましょうか」
悲しそうでもなく、ただ遥の言い分を尊重したような一色は、お互いに悪くないだろう判断を選んだ。だが遥は言われたことを反芻して、それは違うのだと手のひらを一瞬にして返した。
「いえ、同じクラスですし、今お互いを知るのも大切なので、一緒に食べましょう」
これは遥がしたいと思った行動が紡いだ結果だ。挨拶として何かを返したくて、そして自分でモールに足を運んで買って、得たのは一色の誘い。それはつまり自分が1から歩んだことの報酬であり、それを受け取らないのは昔の自分と同じだと、頷くのは成長を実感する良い機会として承諾した。
「良いんですか?」
「はい。これから暇になるより、誰かと話してる方が充実するので」
もう1人は飽きた。つまらないのだ。ただ空虚な心は過ぎる時間を眺めるだけで、死にたいと精神が嘆き出すこともない。だから魂のない物体がそこにあるようなかつての遥は、教訓として今、誰かに触れ合う遥の役に立っていた。
「そうですね。では、どうぞ」
「どうも。お邪魔します」
1つの成長を感じつつ、久しぶり他人の部屋に入るという行為をし、懐かしく感じることもなく歩く。高校で初めてが女子の部屋だとしても、それに特別を抱くことは無い。ただ誘われて入れられた側の遥は、緊張もなければ羞恥心の欠片もなかった。
「綺麗にしてるんですね」
部屋に入ると、目立った汚れも散らかりもなく、清潔感のある部屋として完璧に近いまでの部屋が広がっていた。自室と比べて物が多いと思うのは、ソファや椅子、観葉植物やクッションなど、自分の部屋にないものがいくつか置かれているからだ。
「もう入寮して一週間ですし、綺麗にしないと落ち着かなくて。好きなとこに座ってください」
一瀬の言っていた「一種間前から関係がある人はもう――」を思い出しつつ、無難にも床に腰を下ろした。
「六辻さんって、苦手な飲み物あります?ないならこれが飲みたいという飲み物ありますか?」
「苦手も飲みたいのもないです」
「分かりました。ではお茶にしますね」
「わざわざありがとうございます」
「いえー」
しっかり者っぽい人の間延びした声は、一度聞くと響きよく聞こえる。だから良いな、と、遥は感性に素直に思った。
それから暫時、一色が自分の飲み物と遥の飲み物を持ってくるとテーブルの上に置いた。そして座るのはヘッドの上だ。高低差はあるが、これもまた無難な位置だ。遥と正対している。
「どうぞ」
「どうも」
手に取るが飲みはしない。掴める場所に置いて、少し移動した。
「寛いでも良いんですよ?クッションも座椅子も好きに使って」
「流石にそんな豪快には無理ですよ。でも寛ぎはしますね」
話して2日目。部屋に入って初日で、誘われたといえどその家の物を勝手に使って悠々自適、とはいかない。常識としてそこはしっかりしている。
「では私も」
そう言ってベッドから降り、クッションを手にして腰に置く。そこに全体重を載せて怠惰を貪るように気持ちよさそうに座り直した。




