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短編

消えた指輪

作者: 見伏由綸


私の住む街には、変わった習わしがあった。

結婚をする前に指輪を交換し、その指輪が消えた時結婚できるかが決まる、というものだ。

どうして指輪が消えるのか、どうやって消えるのかは謎に包まれている。

それでも、結婚するべき時、もしくはどちらかが不貞を働くなどして結婚するべきではなくなったとき、指輪は一人でに消えるのだ。

結婚を迎えられた二人は、指輪が消えたその指に新しく指輪をはめる。

新しい指輪は、二人の未来を繋ぎ生涯をずっと見守ることとなる。

結婚を迎えられなかった二人は、指輪の消失と共に人生を分つことが定められていた。

指輪が消えて再度縁を結ぼうとした人は過去にもいたが、幸せな結末にたどり着くことは一度たりともなかった。

だから指輪が消えると言うことは、希望であり恐怖であった。

大切な人と一緒になれる幸福の知らせでもあり、一緒になれない絶望を示すものでもあったから。



ーーー



私にはかねてから付き合っている恋人がいた。

とても綺麗で笑顔が可愛くて大好きだったその人は、私なんかよりもっと良い人とだって付き合えただろうに私のことを選んでくれた。

選んでもらえたことがとても嬉しくて、その人のことがとても愛おしくて。

自分の愛想が悪いことは自覚していたから、なるべく態度で愛を示そうとした。

常に恋人には優しく、記念日には贈り物をした。

それでも、心配はなくならなかった。

なぜなら、私は恋人に好きだと口に出して伝えられていなかったから。

恋人を愛しく思う気持ちが大きすぎて、「好きだ」という言葉がどうしても口から出てこない。

何度も言おうとして恋人に声をかけた。

「なぁに?」と優しい眼差しで見返してくれる恋人にどうにか愛を告げようとしたけれど、「好き」の一言が言えなかった。

それでも、そのことに気がついているかのように愛のこもった笑顔を返してくれるから。

まだ、大丈夫。まだ、恋人でいられる。

そう思っていた。



ーーー



友人にはなるべく早くちゃんと言葉で伝えろ、と再三にわたって助言されていた。

私たちの指輪はもう五年も嵌ったままであり、かなり長い方だったからだ。

結婚した者たちの指輪は結婚するに相応しいきっかけで消えることが多かった。

例えば、プロポーズした時。

例えば、両親に結婚の了承が取れた時。

仕事が軌道に乗ったとき、なんていうこともあった。

私も恋人も仕事は順調で、両親の許可も取れていた。

だから、あとは私が好きだと言うだけだろうというのがみんなの予想だった。

きっと好きだと言えたらその時に指輪が消えるだろうと私も信じていた。

それ以外に指輪が消える可能性なんて、何も考えていなかったのだ。



ーーー



ある日、指輪が消えた。

指にはめていたはずのそれは、ふと気がついた時には跡形もなく消えていたのだ。

自分の目が信じられなくて会う人会う人に尋ねてみたけれど、誰がどう見ても指輪は消えていたのだ。

そんなはずない、そんなはずは。

なぜなら私はまだ自分の気持ちを言葉にできていない。

それなのに指輪が消えたと言うことは、どういうことなのか。

最悪の事態しか頭に浮かばなくて、しばらく呆然としていた私を見かねたみんなが急いで帰れと言ってくれた。

好意に甘えて残りの仕事を託した私は、建物を出てすぐに駆け出した。

恋人に何かあったのか。

それとも私がいつまでも好きだと言えない朴念仁だから愛想を尽かされてしまったのか。

いつまで待っても与えられない愛を待つことが嫌になってしまったのか。

私のことが好きではなくなってしまったのか。

どんな可能性を考えても全ては最悪の結末につながっていて。

私がいつまで経っても好きだと言えなかったから、

そう考えながら私は、泣きそうにな顔を隠すことも忘れてただひたすらに走った。



ーーー



恋人と指輪を交換した教会に駆け込むと、そこには見慣れない衣装を身に纏った恋人が見知らぬ男と立っていた。

いつもなら着ることのない、白色の長衣。

それを身につけた恋人の横に立つのはまるで対であるかのような白い衣をきた男。

後ろを向いている恋人の顔は見えなかったが、唯一顔の見えた男は恋人のことを労わるような優しい顔を向けていた。

あの格好は。

二人で一対かのような格好は。

まさか。

そうなのか。

私ではない新しい対を見つけてしまったのか。

恋人は私の恋人ではなくなってしまったというのか。

だから私の指輪は、消えてしまったのか。

呆然とした私の指から無意識に掴んできた仕事用のペンが転がり落ちたが、もうそんなことはどうでもよかった。



ーーー



カランとものが落ちる音がして振り返ると、教会の入り口に彼が立っていた。

絶望して全てが抜けてしまったような表情でこちらを見る彼に、僕はそっと笑いかけた。

「おいで」

静かな教会に響いた言葉にハッとした彼は、すっ飛ぶように僕の前へとやってきた。

忠犬のように僕の前に跪いた彼は、無意識だったんだろう、僕へと伸ばした手に気づいてハッとした表情を見せた。

それからゆっくりと宝物をそっと抱き上げるように僕の手を掬い上げて両手で包み込んだ。

そのまま手に頬擦りするかのように顔を近づけて、でも触れる直前で止まって俯いた。

「僕の目を見て」

優しく声をかけると素直に顔を上げた彼の目からは、透明な雫がぽつり、ぽつりとこぼれ落ちた。

その綺麗な雫を握られていない方の手でそっと掬ってぺろっと舐めると、いつになくしょっぱかった。

「僕に言いたいことはなぁい?」

そう尋ねた僕を見上げて、魂の抜けたような彼はやっと聞きたかった言葉を思っていたよりも重めの気持ちと共に僕にくれた。



ーーー



「好きだ。綺麗で優しくて可愛い君が愛おしくて、好きで。君だけを愛しているんだ。だからお願いだ私を捨てるなんて言わないで。結婚できなくても君のそばに置いてほしい。君がいないと私は生きていけないんだ。」

自分でも何を言っているのか分からないまま連ねた言葉を聞いて、恋人は花のようにふわりと微笑んだ。

まるで、とっても幸せだと言わんばかりの笑みに私は天国にいるのだろうかと錯覚した。

「私は天国にいるのだろうか」

知らずに口にしていた考えを聞いて、恋人はおかしそうに笑った。

「ちゃんと現実だよ。僕もいつも一生懸命な君のこと大好きだよ。愛してる。」

そう言って恋人は私の口にそっと口付けた。

何が何だか分からないけれど恋人に嫌われていないことだけは分かった私は、咄嗟に恋人を抱きしめて知らない男から隠そうとした。

そうしたら抱きしめた腕の中から恋人が吹き出す音がした。



ーーー



落ち着いてよく話を聞いてみると、知らない男だと思ったのは町で唯一の医者の息子で医者見習いだと言った。

彼は医者見習いとして恋人に付き添ってきただけだとも言われた。

よく見てみれば彼が着ていた白い衣は、なんのことはない単なる白衣だった。

そして恋人が来ていた見慣れない長衣は、病院で借りた服だということだった。

恋人が何か病気に犯されているのか、と焦り出した私を見てふふと笑った恋人は私の腕から出て正面に立った。

「僕と君の赤ちゃんがここにいるんだ」

そう言って優しくお腹を撫でた恋人の顔は、聖母のような優しい笑みを浮かべていた。

「私と君の…」

「そう。君と僕の赤ちゃんだよ。」

嗚咽で何も言えなくなった私に近寄り、恋人がそっと抱きしめてくれた。

私は涙で恋人の肩を濡らしながらぎゅっと縋るように守るように恋人を抱きしめた。



ーーー



後から聞いたが、子供ができて指輪が消えるということは過去にも何度かあったらしい。

それでも子供ができるよりも前に指輪が消えて結婚することが多かったため、みんなその可能性をすっかり忘れていたのだった。

私も自分が言葉にできていないことに囚われすぎて、他のきっかけで指輪が消える可能性をすっかり消してしまっていた。

そのためにあれほどまでに焦ったのだから、何事も囚われすぎてはいけないと反省している。

しかし、あの時何も考えられなかったからこそ自分の気持ちを言葉にして恋人に伝えることができたとも思っている。

あれからもっとちゃんと好きだと言葉にして伝えようと決心したが、恋人を前にするとどうしても言葉が出てこなくて。

何も言えなくなってしまい情けない顔をする私を見て、恋人が提案してくれたのは文字にすることだった。

文字にすれば、好きだ、愛している、と言うことも、いつもは言えない恋人の素晴らしいところを羅列することだってできる。

手紙の素晴らしさに目覚めた私は、毎日のように手紙を書いては恋人に渡している。

あまりに沢山手紙を渡すものだからおかしそうに笑いつつ恋人は毎日言葉で愛をくれる。

こんな毎日がいつまでも続いてほしくて、そっと恋人を抱きしめた。



今日、恋人へ宛てた最後の手紙を渡した。


明日は快晴、結婚式日和だ。

お読みいただきありがとうございました。

色々とままならない世の中ですが、みんなが優しい気持ちになれる世界になることを祈って。

葉隠吉佐


(形式が読みにくい等ありましたら、教えていただけると嬉しいです。)


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