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三題噺もどき

作者: 狐彪

三題噺もどき―ひゃくななじゅう。

 お題:呼吸音・曇天・傷



 パチリと目が覚めた。

 ほんの数秒天井を眺める。

「……」

 何時だろうと思いもしたが、今日は特に用事もないので確認しなくてもいいだろうという結論に至った。

 さてしかし。起きたのはいいものの、なんだか動きたくない。とはいえ、このまま布団に入っていても、二度寝は望めそうにない。何せ珍しいほどに目が冴えている。過去に類を見ないほどの寝起きの良さだ。

「……」

 とりあえず、と、上半身を起こす。

 ついでに我が家の状況確認もしてみる。―今日は確か、1人か2人は朝からいないはずだ。仕事と学校。多分今の時間には居ないだろうから(何時かは分からないが)、今は、私ともう1人か2人は居るのか。

「……」

 んーしかし、階下からテレビの音も聞こえないし。隣の部屋から人の気配もしない。

 どこかに出かけたのか。それはそれで別段どうってことはないのだが。いつものことだし。

「……」

 まぁ、その確認もかねて、私もリビングへと降りることにしよう。

「……」

 掛け布団の中にしまわれていた両足をむき出しにして。膝を曲げ、勢いで立ち上がる。

 ケータイは…おいていくか。どうせ水分補給をするだけだ。あとその他家族の生存確認。


 ぺた―ぺた―ぺた―

「……」

 階段を下りる足音がやけに響く。

 一定のリズムでゆっくりと降りていく。

 ぺた―。

「……」

 ん。やはりどこかに出かけているようだ。

 朝市にでも行ったのか?いつもの場所にあの人の鞄はないし。ちらりと玄関に脱ぎ散らかされている靴を見やるとやけに少ない。私の分の1足と、もう1人のつっかけがあるぐらいだ。

「……」

 それならそれで、と再度思いながら足をキッチンへと向ける。

 開かれていたカーテンの奥を見ると、ただ薄暗く、今が何時かも検討はつかなかった。

「……」

 今にもこぼれそうな涙をそこに溜め込んでいるような曇天の空がどこまでも続いていた。

 今日一日こんな天気なのだろうか。

 暑くて痛い日差しよりはマシだが、これはこれで気分が下がる。

 晴れでも雨でもない曇りっていうのがまた。

「……」

 そんなことをああだこうだと考えながら、ガラスのコップに水を注ぐ。氷は入れない。あまり冷やすと体によろしくないのだ。すぐに腹の調子が悪くなる。全く勘弁してほしいモノだ。

 ごく―

 と一口。一気に飲み干す。大した量は飲まないので、一気飲みだ。たまにのどに詰まるが。

 水がのどに詰まるってなんだろうな。言ってて訳が分からなくなってきた。

「……」

 そのまま、なんとなくキッチンでぼうっとしていた。

 すると、ガチャと玄関の扉が開いた音がした。帰ってきたようだ。

「おかえり…」

 と、我ながら小さなぼそっとした声で伝える。

 これ聞こえてないだろう。自分でもあまり聞こえてなかったのだ。

「……ぉ。おはよう」

「…おはよう」

 案の定聞こえていなかったようで。帰ってきたのは別の返事だった。それに応えた私の声も聞こえていたどうか。

 多分これも聞こえていなかったのだろう。その人は、買ってきたものを黙々と片付けていきながら、突然口を開いた。

 私がもう部屋に戻ろうと決め、コップをシンクに置いた後に。

 買い物の中身を見ると、どうやらスーパーに行っていたようだ。

「あのさ…」

「ん…?」


 正直言うと、その後何を言われたのか思いだせない。

 ―思いだしたく、ない。

 その人は―私の母は、私の現状について、あれこれと言っていた気がする。

 私の今の仕事に何か不満があるのか不安があるのか、知りはしないが。

 そりゃ確かに不安定な仕事である。特に今は。まだ軌道に乗りきっていない。そう思われても仕方あるまい。

「――」

 だが、今になって言われる意味が分からなかった。

 それをすると云った時には、協力してくれたというのに。それなりに支援はしてやると言ってくれたのに。あれは嘘だったのだろうか。なぜ今になって。

 いざ動こうとしている私を。

 始めるために、行動を起こした私を馬鹿にしているのか。

「――」

 そんな夢は捨てなさいと言われた。

 幼かったあの頃を思い出した。

「――」

 夢を。

 願いを。

 希望を。

 全てを。

 私を。

 否定され。

 けなされ。

 傷つけられた。

 あの過去がぶり返した。

「――」

 ああだこうだと言い続けるあの人の声に。言葉に。

 傷が抉られ。塩を塗りたくられ。ぐちゃぐちゃとかき回され。

 痛みに耐えかねて、涙があふれる。

「――」

 抑えなんて効かない。

 ただ痛くて辛くて悲しくて。

 ボロボロこぼれ続けるそれは。

 声も漏れない。

 息がひゅうと漏れるだけ。

 ただ乱れた呼吸音が耳に届く。

「――」

 気づいたら私は自分の部屋にいて。

 頭から布団をかぶって逃げていた。


 あの幼かった頃のように。


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