第6話 その道化師、潜伏上級者につき
ジュワ~。ジュゥワヮァ〜ッ!
肉を焼く音とともに、香ばしい匂いが立ち上がって鼻孔をくすぐる。
トングを持った大原が、ホットプレートの上に肉を一枚ずつ並べていくのを、俺は見守っている。
今日のお食事会は、大原が用意してくれた焼肉とおにぎりだ。
もくもくと立ちこめた白煙が、たなびいて調理実習室の換気扇へと消えていく。
俺の目の前には、タレと紙小皿に割り箸。そして、弁当箱代わりのお重には、ところ狭しとおにぎりが並んでいる。
大原は、「肉の味を邪魔しないよう具は入れてないよ」と言う。塩で握っただけだと。
事実、海苔で巻いてもいないただの塩おにぎりだ。しかも。
一口食べてみたが、塩分控えめ。控えめという表現すら大げさに感じる。
晩夏とはいえ、まだ暑さも厳しい。汗で塩分が流れ出ることを考えると、もっと塩をまぶしてもいいのではないだろうか。保存とか味付けという点から見ても。
だけど。
俺達はすでに知っている。
熱中症対策に、水分と一緒に塩分も補給しようぜ、っていうテレビから流れるメッセージが、単に飲料メーカーの販促ワードにすぎないということを。
汗をかくと、水分と一緒に塩分を含むミネラルが体内から失われる。そうなった後、水分だけを補給しても熱中症対策にはならないというのが、その根拠らしい。
が、そもそも、日本人の食卓は醤油と味噌が支配する王国だ。
見えてないだけで、普段から塩分に不足することはない。
塩の地雷は日常の食事に潜んでいる。戦場は塩にまみれ、味方と信じた白米の甘さは、塩の尖兵となって舌をごまかす。体を裏切る。塩の弾幕が張られた食卓でご飯がすすむ。糖分が敵に加勢しておかわりをする。大満足だ。……あれぇ?
もとい。
水分を取ることと、塩分を取ることは別の話だ。
水分が体から失われると、脱水症状を引き起こす。脳卒中や心臓病、腎臓病などを誘引する。
だから、水分補給は正しい。しかし、塩分補給が正しいとは言えない。
一日に必要な塩は10グラム程度。それは普通に日常生活を送っていれば気づかないうちに摂取してしまう量だ。
つまり、特にハードな練習をしない限り、具体的に言うと、全身が汗でびっしょりに濡れて、乾いた塩が顔や腕に付着するほどでもない限り、意識して塩分を口にする必要などないのだ。
だから、本当に必要なのは塩分ではない。
そう。誰もが考えるとおり。
それは。
──大原いずみの手のひらの味。
つまり、大原がどうやってこのおにぎりを握ったかということが肝心なのだ。
ラップでご飯を包んで握った?
論外だ。
俺は、大原が何も手につけない、大原いずみの体液だけで握られたおにぎりこそが究極であり、至高のザ・おにぎりだと信じている。
手につけていいのはわずかな水だけ。ご飯粒が手に残らない程度の少量。大原いずみの成分が薄まっちゃうからね。
もちろん、これは嗜好の問題だ。誰かに強制なんてすることはしない。みんなにはぜひともラップで握ったおにぎりを食べてほしいYo!
その分だけ俺が大原味のおにぎりを独占できるから。俺は大原が手のひらで握ったおにぎりを味わいつくしたい。それは、大原の手のひらを舐め回したのと同じこと。
もう、結婚するしかない。たぶん前戯をしたのと同じ。違うか? 違うな。
そんなことを口にしたら、大原が握るおにぎりを巡って殺し合いが起こりそうだ。
真っ先に殺されるのは俺。そして、犯人は大原いずみ。
だが、わからん。
おにぎりは、すべて下半分だけがラップで包まれている。一度握ってから持ちやすいようにラップを巻いたのだろう。
くっ、無念である。
目を凝らしてみたのだが。目から血が出そうなくらい凝視したのだが。
どれが大原味のおにぎりで、どれがラップで握ったおにぎりなのか。……これは全部いただいて食べ比べるしかないね。てへっ。
ここで、状況を整理しよう。
俺がおにぎりを血まなこで見張っている理由は、……今日は俺と大原、二人だけのお食事会じゃないからだ。
確かに、二人きりとは約束してなかったよ? だけどさぁ。大原ぁ、察してくれよぉ。
いくらなんでも、これはないんじゃないか?
そう。調理実習室にいるのは、クラスの全員。しかも、男子もいる。
……やつら、男子トイレで食べればいいのに。何のために男子トイレがあると思ってるんだ?
今日は、午後からの2時間、文化祭でする演劇の練習のためにクラスの全員が集まったのだ。
それに先駆けてお昼から開かれた焼肉パーティー。
昨夜、SNSか何かで、女子達全員に、今日の焼肉パーティーの連絡が回ったらしい。
男子にも。
俺? 俺にはなかったな。
まあ、俺は今日も大原と一緒にお食事会をするという約束がある。あえて知らせなくても大丈夫。そう考えたんだろうな。
たぶん、そうだと思う。いや、そうだと信じたい。……そうだと言ってほしい。
結局、俺は図書館の自習室にいたところを大原につまみ出されて、こうして調理実習室にいるわけだ。
なんで調理実習室に来ないのかとなじられたが、それは俺のせいじゃない。
だから、クラスの大半がご飯を持参しているのに、俺だけが持ってきていない。
大原が持参したお重一杯のおにぎりは、俺とのお食事会のために作ってくれたのだと信じたい。……俺と連絡がつかなかったからじゃなくて。
でも、まあいいや。
家族以外の者と食べることのない焼肉を、こうしてクラスメイトで分かち合う。なんか同じ釜の飯を食べるって感じで悪くない。
その輪の中に俺が入っていると、皆が思ってくれていればだけど。
焼き上がった肉を、大原が皿に取り分け、次の肉を焼く。トレイには玉ねぎやかぼちゃ、ピーマン、とうもろこしが並んでいるけど、大原がそれらを焼く気配はない。ひたすら肉だけを焼く。表が焼けたら裏返す。表を焼いて、裏を焼く。ときどきキッチンペーパーで脂をふき取る。
焼かれて取り分けられた肉は、清水優子と水越まゆみが各テーブルに配っていく。
「温かいうちがおいしいから、先に食べちゃってねぇーっ!」
大原の声に頷きながら、あちらこちらで「はーい」とか、「いただきまーす」、「お先にーっ」という声が上がる。
俺も紙小皿にタレを移し、焼かれた肉をタレにつけて口にする。
うまいな。
今日もアスリート飯だったらどうしようと、悩んだ昨夜のことが馬鹿みたいだ。
大原が焼いてくれた肉を、じっくり噛みしめて味わう。おにぎりを素手で取ってパクつく。
うん。塩なし、正解。
さすがは大原だ。計算しつくされた味の配剤に頭が下がる。
ドリンクは各自持参のようなので、俺だけ持ち込んでないけど、そこは、大原が気をきかして、ウーロン茶を買っておいてくれた。
愛を感じちゃうね。……後でお金を請求されるんだろうけど。……ドリンクの代金、2000円ってことはないよね?
若干ビビりながらも、その程度ならと、出費を覚悟する。だって、肉とか野菜、紙皿、割り箸のお金を俺は払ってないから。
やがて、肉がなくなると、大原はキッチンペーパーでホットプレートを隅々まできれいにふいて、野菜を焼き始めた。焼き上がると皿に乗せてテーブルに回す。
そのうち、水越まゆみが大原に「代わるよ。いずみも食べて」と言って、焼くのを交代し、大原は俺の隣に座った。
こうして距離が近くなるのは悪い気分じゃない。
むしろ、大原に選ばれたようで誇らしくなる。こうして、大原の隣が俺の定位置だと皆に認識されるといいな。
大原は、肉を数枚、皿に取ると、タレをつけずにおにぎりと一緒に食べ始めた。
清水優子が、焼けた野菜の皿を大原の前に置いて「お疲れさま」とねぎらった後。
そのまま俺を見て、「山崎のメアド、誰も知らないんだけど? どういうこと?」と睨んだ。
それは、俺のせいじゃないよね?
俺、悪くないよ。
誰も俺にメアドを聞こうとしないし、そもそもクラスメイト同士でメアドを教えあってたなんて知らなかった。
でも。
ごめんなさい。たぶん、聞かれても俺は教えなかったと思う。
だって、必要ないし。
学校からの連絡は一斉メールとホームページで事足りる。生徒同士で遊びに行ったこともない。
……いや、たぶん俺が誘われてないだけなんだろうけど。
でも、ごめんなさい。
俺のメアドか電話番号を誰かに知らせていたら、今日、大原が俺を探しに来る必要なんてなかったよね。ごめんね。ぼっちで。
そんなあきれた顔をしないでくれますか? 死にたくなるから。
「じゃあ、とりあえず、わたしと交換しようよ」
さすがは大原の側近。名前のとおり優しい女の子。ぼっちへの気づかい、痛みいります。
俺はスマホを出して清水優子とメアドを交換する。大原も箸を置いて俺とメアドを交換してくれた。
すみませんね。気を使わせて。
……たぶん、このアドレスからメールが来ることはないんだろうけど。
それを見ていた水越まゆみが、野菜を焼きながら、スマホを出すのにトングを置こうか、どうしようかと悩んでいる。
俺と野菜を天秤にかけているようで悲しくなる。
彼女達の気遣い、かえってつらいんだけど。メールが絶対に来ないとわかっているアドレスばかりが増えても虚しいだけなんだけど。
……結局、水越まゆみ、野菜を焼くのを優先したみたいだし。
……俺は野菜に負けたのか。
気まぐれな優しさほど残酷なものはない。
それが中途半端であるからこそ、俺を切り刻む。期待してしまった恥ずかしさに胸を掻きむしりたくなる。
憐れまれていることに気づいて、いたたまれなくなる。
俺が、クラスでそういう存在だと大原に知られて、やるせない気持ちで切なくなる。
全部、俺が悪いのだとしても。
いや、何もしなかったことが悪い、と言われることに納得できないとしても。
俺は今日、そのことを思い知ったんだ。
15年間生きてきて初めて知る真実に押しつぶされそうだ。
……でも、自分から歩み寄れないやつだっているんだよ? そう口にできないもどかしさで、もうおなかが一杯だ。
幸いにして、その頃には食べ終えたやつらもいて、周りは、会話に花が咲いていた。
さっきの会話も、俺の痛みも、喧騒の中に置き去られていく。
そんな中、俺は、食べ終えた大原に「会費はいくら?」とたずねた。適当なところでばっくれてしまおう。
脚本を降ろされた俺が手伝えることなんて何もない。
大原は、「山崎はいいよ」と答えた後、「クラスのみんなには、内緒だよっ!」とおどけて笑う。
その特別扱いが、同情からではないと信じたい。
そのとき。
ジリリリリリッ!
非常ベルが鳴り響いた。
大原が、清水優子に「火事? いや、ここかな? 煙がセンサーに反応したのかな?」と問い、清水優子が「調理実習室の使用許可は取ってるから、仮にセンサーに反応しても問題はないんだけど」と答えている。
それを受けて、水越まゆみが会話に加わる。
「本当の火事だったら困るし、センサーに反応したんだとしても、出てきてる先生から何か言われるのはいやだよ」
「そうだね。みんな、よく聞いてっ! 落ち着いて外に出よう。まゆみの指示に従って玄関に向ってね。靴を履き替えたら外に出ることっ! 今日の練習は中止っ! そのまま帰宅していいからっ! くれぐれもケガをしないでねっ!」と大原が指示を出した。
「「「「「イエス、マムッ!」
「まゆみ、あとはお願いっ!」、「まかせてっ!」と、水越まゆみが誘導してみんなを部屋から連れ出す。
その間に、清水優子は大きなごみ袋を広げ、紙皿を端から放り込んでいく。大原もホットプレートの電源を抜き、荷物を素早くまとめる。
「山崎も早く、まゆみのあとについて行ってっ!」
大原が叫ぶが、俺は生きるも死ぬも大原と一緒だと決めている。ついていくなら大原の後ろだ。
俺はゆっくりと首を左右に振る。
清水優子が、やれやれという顔をしているが、構うものか。大原と一緒なら死んでもいい。異世界転生するときは一緒だ。
大原は、一度は持ち上げた荷物をテーブルの上に置き直すと、俺を促して調理実習室から廊下に出た。
廊下の窓から、グラウンドに大勢の人影が集まっているのが見える。まだ、火元は確認できていないらしい。
やがて、体育の教師3名全員が揃い、集団を整列させているのが見えた。
どうやら、部活ごとに集めて人数を確認しているようだ。
そこに俺も向かうのだろうと思っていたのだが、大原は玄関でこう言った。
「山崎はわたしと一緒に帰ろうか? 午後の予定はないんでしょ? どうせ、あそこに行っても時間を取られるだけだからね。クラスのみんなも帰ったはずだし、ここにいてもねぇ?」
同意を求められた清水優子も、「山崎は駅の方? なら、いずみと一緒に帰ればいいよ。わたしは逆方向だから裏門から出るね」と離れていく。
小さな引っ掛かりを覚えたが、二日続けて大原と一緒に帰れる喜びのほうが大きい。
俺は、大原と一緒にグラウンドに背を向けて学校を後にした。
駅までの帰り道。
「男子の体育の授業って、どうなの? 先生は厳しい?」
「いや、そんなことはないな。むしろ、手を抜いてるのかな。ほら、A組の男子は10人しかいないだろ? 晴れていたらテニス、雨が降ったらバスケ。1学期はそればっかりだったな。もしかしたら、谷口先生、球技をやらせておけばいいやって考えてるのかもしれない」
「いじめとか、体罰って、ないの?」
「ないな。きちんと整列していなくても注意されたこともないし。さっきの、グラウンドで整列させていた姿を見て、ちゃんと仕事をしてるんだなって思ったくらいだ。……女子はどうなんだ?」
「女子は先生じゃなくて、陸上のコーチなんだ。ほら、女性の体育教師がいないから」
「さっき、いた?」
「どうだろうね。……よく見てなかったし」
「コーチなのに? 部活があったら出てくるんじゃないのか?」
「最近、体調を崩してるらしくてね。昨日も休みだった。そういえば、今日も会ってないな」
「そんなとき、陸上部はどうしてるんだ?」
「練習メニューは決まってるからね。コーチから指示があるまではその繰り返しだよ。……相談したいことは山ほどあるんだけど、無理は言えないからね。……そうだっ、わたし寄るところがあるんだった」
「そうなんだ」
「明日のお弁当、期待していいよ。山崎の分はアスリート用じゃないやつを作ってくるから。じゃあねっ!」
「ああ、また、明日な」
駅を通り越して走り去る大原に手を振りながら、俺は違和感を覚えていた。
何かがおかしい。
けれど、原因がわからない不安は、その夜、ベッドに横たわっているうちに忘れてしまった。
❐❐❐❐
翌朝、清水優子からのメールが夜中に届いていたことに気づいた。
しかも、2通。
俺は、ドキドキしながら最初のメールを開く。
『いずみ へ
こんなの見つけたって、相談されたんだけど、どう思う? うちの学校の更衣室に似てるよね?』
そして、URLの表示。
『https://www.joshikouishitu.jp/nozoki/koukou/selection/tokyo/index.html』
俺は、好奇心を押し殺して、2通目を開く。
『山崎くん へ
さっき、メールを誤送信しました。中身は見ないで削除してください。消したのを確認したらお礼をします。明日のお昼、図書館で待ってます。』
中身、もう見ちゃった後なんだけど。
十秒ほど悩んだ末、俺はURLを開いた。毒を食らわば皿までって言うしね。
それは、動画サイトだった。
女性が体操着に着替えていた。シャツを脱いで下着姿になり、青いシャツと白のハーフパンツを身につける。それは、うちの学校の体操着によく似ていた。
盗撮だ。
うちの学校? 女子更衣室?
一体、誰が? どうやって?
わからないことばかり。
それでも。
確かなことが一つある。
犯人は、学校の関係者だ。
ゴクリと喉が鳴る。
こんなのを見たなんて知られたら身の破滅だ。2通目のメールに見るなと書いてあったとおり、見ちゃいけないやつだった。
どうする?
見たって正直に話すか?
それとも、見なかったことにする?
だが。
嘘をついて、それを卒業まで隠し続ける? それこそありえない。俺は卒業してからも大原とつながりをもっていたい。
ならば。
正直に話してしまおう。
傷が浅いうちに謝ってしまおう。
しかし。
本当にうちの学校なのか?
もし、うちの学校じゃなかったら、放っておけばいい。このメールもウェブサイトの履歴も消して忘れてしまえばいい。見たかと聞かれたら、なんのこと? ととぼければいい。
うちの学校だったら、謝るか?
グーパンチの1発や2発は覚悟しよう。
いずれにしても、うちの学校かどうかを確認するのが先だ。正直に話すのも、とぼけるのも、それが確認できてからだ。
なんせこの案件、誰かに相談することはできない。うかつに口にすれば、俺が犯人だと疑われる。
仮に疑いを晴らしたとしても、俺が夜な夜なエッチなサイトを漁っていると誤解されてしまう。……誤解じゃないけど。
清水から呼び出しを受けたのは、メールの削除とウェブサイトを見た履歴があるかの確認のためだろう。
これから登校して女子更衣室を確認し、違っていたら、メールと履歴を消せばいい。
うちの学校だったなら謝ろう。謝って、協力を申し入れよう。そもそもが清水が大原に送ろうとした誤送信メールだ。俺の手助けなど求めているはずはないだろうけど。
それ以外に答えは見つからない。
清水が指定した時間はお昼、場所は図書館。
これから学校に行って確認する。うちの学校じゃなかったらデータを消す。お昼までにすべてを片付ける。
俺は、念のために夜店で買ったお面とロングコートをバッグに入れて家を後にした。ついでに勉強道具も入れて。
ほら、カムフラージュは大切だからね。
❐❐❐❐
夏休み中、学校は部活の朝練のために朝の6時から開いている。
女子更衣室に入ったことはないが、男子と同じなら施錠はされていないはずだ。
衣類の盗難防止は鍵のかかるロッカーに任せている。盗撮ができるのは、そんな事情を知っている人間以外にいない。
廊下を急ぎ足で進み、女子更衣室の前にたどり着いた。
予想したとおり、鍵はかかっていない。登校している生徒も見なかった。
俺はそっとドアを開けて中を確認する。これで中で女子が着替えていたら、俺の人生は終わる。
部屋の明かりはついていない。カーテンが閉められ、人がいる気配はしない。
俺はお面をつけ、ロングコートをまとう。
ビデオカメラが設置されていたら、俺の姿が録画されるはずだ。正体を明かすような危険は冒したくない。
急いで扉をスライドさせ、中に忍び込む。
もし、ビデオカメラが設置されているとしたら、窓側の天井近くのはず。俺はウェブサイトを開いて、ビデオカメラの場所にあたりをつける。
あれか?
掃除道具入れのロッカーの上に段ボール箱が置かれていた。
箱をおろして確認するなんてことはしない。ただちに、スマホをカメラに切り替え、窓際からドアに向けて撮影する。
パシャ。
角度を変えてもう一枚。パシャ。
あとは、この写真と動画の背景が一致すれば確定だ。あの箱の中にビデオカメラが仕込まれている。
これ以上、ここに用はない。
屋上かどこかで確認しよう。
俺は急いでドアをスライドさせて廊下に出た。
そこに。
大原いずみが立っていた。
朝練だろうか、リュックを背負って俺を見ている。正しくは、お面をつけてロングコートをまとった不審者を。
いや、女子更衣室から出てきた時点で変質者だけど。
廊下のずっと向こうから、女子達が喋りながらこちらへ向かってくる声がしている。
陸上部の大原いずみの足で追いかけられたら逃げ切れないのは、先日、証明されている。
逃げる場所はどこにもない。
……詰んだ。
何もかもが終わった。
学生生活も、大原とのお食事会も、お付き合いをするという野望も。
そのとき。
大原が、すいと近づいて俺の手を握ると、女子の声がしたのとは反対方向に向けて廊下を走り出した。
「転ばないでよ。山崎っ!」
大原の言葉でわかってしまった。
俺だとバレている。
つないだ手は熱く、俺を勇気づけてくれる。
生きろ、と。
こいつのためなら何だってできる。命すら惜しくない。
俺は、このとき、本気でそう思ったんだ。
【あとがき】
いずみ「『誰がために君の鐘は鳴る』の『第6話 その道化師、潜伏上級者につき』を読んでいただきありがとうございます」
浩二「このあとがきは、作者に代わって副音声ふうに俺達でお送りします」
いずみ「司会進行の大原いずみと」
浩二「主人公の山崎浩二です」
いずみ「古見さんも、次回で最終回。やってやるぜっ! とばかりに、山井恋の暴走が始まる」
浩二「コミュ71、『伝線です。』。古見さんのパンストを盗撮していて、穴が空いているのに気づいて大はしゃぎの回」
いずみ「山井さんの動き、まるでジャガーノート。 86 を観なおしたから断言できる。シン搭乗機を彷彿とさせる人間離れした動きに戦慄したからねっ!」
浩二「それでいて人間らしい一面も。もう影のヒロインと言って差し支えない」
いずみ「どのあたりが?」
浩二「古見さんご用達のメーカーの80デニールのパンストを常備していて、親切を装ってトイレで交換を促し、伝線したパンストを『持っててあげるね』と手にした瞬間、アタマに被って猛ダッシュ!」
いずみ「まさに外道っ!」
浩二「追いかける古見さんのナマのお御脚を只野君に鑑賞サービス。……もう、思い残すことはない」
いずみ「鑑賞とか、最低っ!」
浩二「まさにアニメの真骨頂っ! 山井先輩、どこまでもついて行きますっ!」
いずみ「いろんな意味でハードルを上げた作品でした、まるっ!」