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第3話 そのアスリート、神出鬼没につき

 8月も残り1週間。


 俺は、高校の図書館で、自習室の机にかじりついていた。


 夏休みの課題が終わっていない。ろくに勉強もしてこなかった。


 この夏は、文化祭でクラスが演劇をするための脚本を書いていた。演劇部も、熱心な顧問のせいでろくに休ませてくれない。


 夏休み明けには実力テストがあるというのに。


 家だと、ゲームに逃避しそうな自分を抑えられそうにないので、制服を着て学校に出てきた。


 特進クラスは、成績が存在意義のすべてだ。


 もっとも。


 この高校の合格発表は、掲示板に合格者の受験番号を貼り出すのではなく、体育館で受験票を渡すのと交換に封筒を受け取る形で行われた。


 落ちたやつなんていないんじゃないかと思うくらい、並んだ受験生の列はスムーズに流れていた。


 封筒に入っていたのは、合格通知と特進クラス生に選抜されたことの通知書。


 そこには、期限までに入学届を提出すれば、授業料、施設使用料免除の特典を受けられると書いてあった。


 その額は年間100万円。


 それを読んで、俺はこの高校に入学することを決めた。


 特典が俺に対する評価だと思いこんでしまったのだ。


 さらに、入学届を持参した俺に事務の人から告げられたのは、首席入学だから入学金は不要、教科書、制服、体操着は貸与するとのお知らせ。


 代わりに新入生代表挨拶を命じられたが、例年、渡された原稿を読みあげるだけでいいらしい。


 前日のリハーサルが終わると職員室でケーキとコーヒーをごちそうになった。


 めちゃくちゃいい気分で、完全に浮かれていた。


 甘い話には裏がある。


 そうと知らずに、入学するまで完全に油断して、甘々の目論見もくろみをしていたんだ。


 高校のホームページによると、推薦で大学進学した人数は毎年三十数人。その数は特進クラスの人数とほぼ一致している。その上、毎年、百名近い人数が難関大学に合格する実績をあげていた。


 ざっと計算するだけで、1学年260名の約半数が有名大学に進学していることになる。


 だが、特進クラス生の多くが、合格した都立高校を辞退して入学しているのに対して、一般クラス生は都立高校受験に失敗してしかたなく入学した者ばかり。


 特進クラス生と一般クラス生では、モチベーションが格段に違う。学力にも相応の開きがあるはずだ。


 それが難関大学に合格できるほど、高校でめざましい進歩している。その育成方法には生徒を魔法にかける何かがある。俺は、本気でそう思っていたんだ。


 特進クラスに踏みとどまる成績を維持するだけで、都内有名私立大学への推薦を得て勝ち組人生を歩けるはずだと。


 とんでもない勘違いだった。


 推薦で大学に進学しているのは、スポーツ特待生だけ。その数、およそ三十人。


 特進クラスを含めて一般生徒が推薦で大学に進学することはないし、百名近い人数が難関大学に進学した事実もない。


 ホームページに嘘が書かれているわけじゃない。確かに毎年百名近い難関大学合格者はいたのだ。


 それは、一人が何校も合格しただけのこと。


 当然、進学先は1校。


 ホームページに書かれていたのは、推薦入学者と難関大学合格者。ご丁寧にも、先に「推薦で進学」と書くことで、続けて読んだ人に難関大学への合格を進学と誤解させるという文章構成のレトリック。


 この難関大学進学者数を水増しするための戦略が、特進クラスであり、年間100万円の支払免除という特典。


 3年次特進クラス生は、この学校が指定する複数の大学、学部を一般受験しなければならない。


 それが、特典の見返りだった。


 魔法なんてなかった。


 すべては、優秀な成績で合格した受験生を特典で誘って囲い込み、3年後の大学合格者数をアピールするためだった。


 この高校が特進クラスに求める目標は、生徒30名で、100名分の難関大学の合格者数。


 もちろん、大学受験料や旅費、宿泊費は高校が負担するし、進学したい大学の受験日と重ならないよう調整もしてくれる。


 だけど。


 大学側から専願を求められる推薦は、けして受けられない。


 スポーツ特待生の推薦入学を除いて。


 作りたいのは、学校のステイタスか、中学からの受験生を獲得するための宣伝効果か。いずれにせよ、教育とは異なる原理原則で動いていることは間違いない。


 こうなってくると、授業料、施設使用料が年間100万円というのも怪しい。いや、一般クラス生はその額を払っているんだが、適正価格じゃないような気がするんだ。だって、払っていない特進クラス生の分はどうやって補填してるんだよ。


 それに、都立高校なら施設使用料なんていらないし、授業料だって年11万円程度。


 ほかにも。


 この学校の野球部が甲子園に出場したときは寄付金を募ったらしい。学校OB枠、保護者枠、野球部員枠、一軍枠でそれぞれ一口10万円。つまり、ベンチ入りする選手の家庭では最低でも30万円の負担。


 おそらく、経営者側は、教育の現場に収益を生み出すビジネスモデルを持ちこもうとしているのだろう。


 生徒の学力を上げるノウハウやスキルがあるわけではない。だけど、成績が落ちて一般クラスになったら、年間100万円の支払いが待っている。


 こんな高校と知っていたら入学なんかしなかった。


 3年間、支払免除のために勉強漬けとか、アタマがおかしいんじゃないだろうか。


 負ってもいない借金を押しつけられた気分だ。


 ただ、俺は。


 目標に向かって頑張って勉強する姿勢を否定するつもりはないんだ。受験戦士には頑張れと応援したい。その努力に対しては素直に称賛を送りたい。


 東大? 京大? こころざしは高くあるべきだ。


 高望み? 身の程知らず? 誰が決めた。そんなこと。


 確かに勝者がいれば敗者もいる。でも、戦うための努力を笑うことは誰にもできない。結果がどうあれ、スタートに立つまでは誰もが平等というのが、学歴社会のいいところだ。


 家庭環境で最初から差がついている? それを理由に最初から諦めるのなら、そこまでだ。


 戦おうとしないやつに勝利はない。


 親から続く貧困の連鎖を断ち切る方法だって、この国にはあるのだ。


 勉強を続ける努力さえしていればな。


 それに。


 人生は一度きり。後悔しないよう全力でチャレンジすることのどこが悪い? 無理して届くものなら、精一杯背伸びをし、目一杯手を伸ばしてつかみとればいい。


 ……それでも、俺は思う。


 すべては効率が優先する。


 求めるのは、最小限の努力で最大の成果。それが正解だと思ってしまったのだ。俺は。


 この学校のカラクリを知ってから。


 財務省が護送船団方式をやめ、都市銀行が倒産を恐れてメガバンク化する時代だ。先のことはわからない。


 けど、懸命な努力で敷いていったレールの先が断崖絶壁だなんて人生は送りたくない。


 頭にあるのは、資格職か公務員。


 都の職員とか最高だ。選ぶ大学は、名前を聞かれて口ごもらずに答えられるところならどこだっていい。


 俺は6月にハワイ、2月にスキー、費用の安いときを狙って有給休暇を取れる人生を目指したい。


 魚や動物がそうであるように、人間にも住み分けが必要だ。


 がむしゃらに突き進む人間、マイペースで寄り道しながら生きていく人間。


 生き方は違えど、どちらも行き着くところに大して変わりはない。


 ステーキや寿司も好きだけど、卵焼きと味噌汁だけでご飯をおいしくいただける男なんだぜ。俺は。


 そんなとりとめのないことを考えているうちに、手が止まっていた。


 危ない、危ない。勉強をしなければ。俺は夏休みの課題の問題集を解いて、解答をノートに書いていく。これが終わったら、1学期の復習に取りかかろう。


 明るい日差しも、図書館の薄いスモークガラスで適度にさえぎられ、窓辺に陣取った俺に、クーラーのやわらかい風が天井から降りそそいでくる。


 大きく広がる窓ガラスの向こうには、緑がい茂っている。外は運動部のかけ声やセミの鳴き声でさぞかしうるさいことだろうが、この場所に届くことはない。


 これでコーラとかあったら最高なんだけどな。


 あと、好きな女の子が隣りにいてくれたらなぁ。


 ……いたよ。

 

 大原いずみ。いつの間にか、隣に座って頬杖をついて俺を見ていた。


「……何を見てるんだ?」


「あー、山崎が面白い顔をしてボケっとしてたから」


「……面白い顔で悪かったな」


「謝らなくていいよ。わたしは気にしないから」


「謝ったわけじゃない。むしろ、お前が謝れ」


「自習室だよ。静かにね」


 俺はこいつを無視して問題集に向かう。


 ……なんてできるかっ!


 もう、さっきからドキドキだよ。これは夢なのかな。それとも運命なのかな。神様、ありがとう。もう死んでもいい。……もしかして、死んだの? 俺。ここは天国?


 だって、好きな女の子が俺の隣に座ってるんだぜ。机の上には何もないから、俺に会いに来たんだよね。


 これって、デート? デートだよね。俺の独りよがりじゃないよね。


 いつの間にか付き合ってた? 記憶にないけど、俺から告ったのかな? 今日は付き合って何日目だっけ? もう、キスとかしちゃったんだっけ? 俺達、どこまで進んでるんだっけ?


 横目で大原を見る。


 体操着の青シャツが汗で濡れている。ほのかに香る大原の匂いを、気づかれないようにゆっくりと鼻で吸い込み、そのフレーバーを記憶する。


 今の俺には、大原の匂いを嗅ぎ分ける自信がある。警察犬なんかに負けない。たとえ、地球の裏側にいても見つけてみせる。


 夢でも幻でもない。俺の頭がおかしくなったわけでもなさそうだ。それもそっか。さっき会話したしね。


 もう一度横目で見た。


 大原と目があった。こっちを見ていた。……結婚式場、どこにする? そんな言葉が自然と出てきそうだ。


「……どうしてここに?」と恐る恐る聞く。


「靴箱に山崎の靴があったから。どこにいるんだろうなって探したんだ」と言って笑う。「まさか、自習室とはね」と。


 その天使のような笑顔に、俺は新約聖書の一節を思い出す。


 求めよ。さらば与えられん。


 もう一度言うよ。神様ありがとう。大原に俺を見つけさせてくれて。俺はキリスト教徒じゃないけど、マタイ、お前、やるじゃん。真理をついたじゃん。キリストの言葉かもしれないけれど。


 大原が何を求めてるかは知らないが、何だって与えちゃうよ。


 パパ活だってどんとこい。働いて稼いだお金をどんどん渡しちゃう。生活の面倒を一生みちゃう。


 ……もう、これは結婚するしかないよね。結婚式場、どこにしようか。


雅叙園がじょえんとか?」


 口にしてしまった。ヤバい。変なやつって思われたかな。


 だけど、大原には通じなかったみたいだ。「叙々苑(じょじょえん)?」とか言ってるけど、そこは焼肉屋だ。


 お昼ごはんには少し早いが、行きたいのならお付き合いする。授業料を免除されている分、小遣いは潤沢だ。


 でも、そんなはずはないから「何か用?」と俺は問いかける。


「うん? 勉強の邪魔をするつもりはないよ。一区切りするまで待ってるから、ゆっくりどうぞ」


 そんなこと言われたら、一生このままだよ? 俺、命尽きるまで問題集を解いちゃうよ。頭の中には入ってこないから解けることはなさそうだけど。


 むしろ、脳が溶けるほうが先かもしれない。むふっ♡


 それでも。


 このままだと、俺の嫁は、濡れたシャツを着替えることもできない。俺は至福の時間に別れを告げる。


「話なら今聞くけど」


「うん。ここじゃ他の人の迷惑になるから、外に出ようか? すぐに終わるから勉強道具はそのままでいいよ」


 立ち上がった大原に続いて、俺も自習室を後にする。


 図書館から出ると、それまでとうってかわって、灼熱の空気がかたまりとなって膜を張っていた。


 太陽の熱と照り返しで肌がジリジリと焼かれていく。太陽が頂上にあるせいか、日陰は狭く、日差しの眩しさに目を細めてしまう。


 大原は、そんな暑さにも平気な様子で、図書館の外に俺を連れ出すと、頭を下げた。


「この間から何度か、山崎に暴力をふるってしまった。ごめん。悪かった」


 ……なんのこと?


 思い当たることがない俺に、大原は舞台稽古のときだと説明する。


 よくわからないけど、謝罪したいのなら受け入れよう。俺はこいつと仲良くなりたい。そう、いつかは、ダーリンと呼ばれたいのだ。


 だから、謝罪とか諸々をすべて飲みこんで冗談にしてしまおう。こいつに笑い飛ばしてもらいたい。


「うん、まあ。俺は気にしてないから……それとも、仲直りのあかしに、シャツでも交換しようか?ほら、サッカーの試合の後みたいに」


 俺は着ていたワイシャツの第2ボタンをはずした。


 バチーンッ!


 俺の左頬を熱波砲が撃ち抜いた。


 崩れていきそうな体を踏ん張って立て直したとき、見えたのは遠のいていく大原の背中。


 やってしまった。


 だけど、このままにはしておけない。


 シャツを交換したいと言ったのは冗談だったけど。……冗談に聞こえなかったかもしれないけど。


 うん。本当に交換してくれていたら、たぶん喜んだ。そのまま着た。大原の汗を堪能した。今夜は抱いて寝た。そして、明日の朝は、匂いが失われることに慟哭どうこくした。


 泣きながら、俺が汚したところを手で洗っていたはずだ。


 やっぱり、冗談じゃなかった。


 それでも、せっかく大原が差し伸べてくれた手をつかまないなんてことは、俺にはできない。


 人生は一度きり。後悔しないよう全力でチャレンジすることのどこが悪い? 無理して届くなら、精一杯背伸びをし、目一杯手を伸ばしてつかみとればいいと、誰かが言った。


 戦うための努力を笑うことは誰にもできない。戦おうとしないやつに勝利はない、とも。


 至言だ。これを言ったやつは天才に違いない。


 俺は、大原の背中を追って走り始めた。正直な気持ちを伝えたい。誰もいないこの場所で、無理だろうが、背伸びだろうが、目一杯手を伸ばしてつかまえたい。


 けれど、俺の足音に気づいた大原は、一度だけ振り返ると走り始めた。いや、逃げ出したのだ。


 俺は追いかける。


 レイプしようとか思ってないよ? ただ話をしたいだけ。誤解をときたいだけ。誤解じゃないけど。


 だけど、さすがは陸上部。あっという間に見えなくなってしまった。


 誰だ? 無理をして届くなら、精一杯背伸びをしろとか、目一杯手を伸ばせとか言ったやつは。バカじゃないのか。


 現実を見ろよ。

 人がわかりあえるなんて幻想だ。

 この残酷な世界から目をそらすなよ。


 俺は立ち止まり、肩で息をしながら木陰の芝生に座りこむ。


 やっぱり俺は、マイペースで寄り道しながら生きていくのが性に合ってる。


 どうせ、俺と大原の距離は、頭を踏まれたシューズの厚さから縮まることはない。


 言っておくが、俺はけしてマゾヒストなんかじゃない。あんな方法でしか大原とつながることができないだけだ。


 マゾじゃない証拠に、大原が中学時代に付き合った男がいたことが、そいつとキスしたことが、そして、セックスという言葉を恥ずかしがらずに使ったことが、こんなにも胸をえぐっている。辛くて、痛くて、泣いてしまいそうだ。


 七転八倒しちてんばっとうという言葉の意味を心から理解した。


 地面の草をむしって投げる。力の限り、こぶしを地面に叩きつける。


 時間は戻せない。経験はなかったことにはできない。


 たかがキス、されどキス。


 違う。そうじゃない。大原がキスを許すくらいに親しい彼氏がいたことが我慢できないのだ。


 心を通わせた男がいたことがこんなにも俺を打ちのめしている。


 元彼という存在が許せない。


 それなのに、俺は大原を求めている。キスして、抱いて、めちゃくちゃにしたい。


 これ以上汚される前に、俺のものにしたい。


 悔しくて、悔しくてならない。


 もう、こんな世界どうなったっていい。死んで異世界転生したい。


 すべてを投げ出して、俺は図書館の裏庭で大の字に寝転ぶ。


 鼻の奥がツンとし、目頭にはいつしか涙が浮かんでいた。


 背中にはひんやりとした地面。木漏れ日の向こう、仰向けになって見上げた空は霞みがかった薄い青。彼方で湧き上がった入道雲は勢いを増している。夕立ちは近い。


 このまま無様に雨に打たれるのもいいかもしれない。もし、俺が死んだら、あいつは泣いてくれるだろうか?


 そこへ。


 大原の顔が見えた。


「もう終わり? 体力なさすぎじゃない?」


「なんで?」と俺は聞き返した。


「図書館のまわりを一周しただけだよ。山崎は一周もできずに転がってるけどね。そんなことより、なんで追いかけて来たの?」


「失礼なことを言って怒らせたから、謝りたかったんだ」


「ほほう。失礼だということはわかってたんだ?」


「うん。まあ、冗談のつもりだったけど」


「いいけどね。わたしもあんたを叩いちゃったし。ごめんね。痛かった?」


「……痛かった。死んだかと思った」


「大げさだよ」


 大原は笑うが、本当に心が痛かった。あのとき、俺は世界を呪ったのだ。異世界転生を心から願ったのだ。死にたいと思ったのだ。……それはいつものことか。


 だけど、こうして話していられるだけでうれしい。生きていてよかった。異世界転生なんかしたら、大原に会えない。


「そろそろ立ちあがった方がいいよ。シャツとズボン、泥だらけだよ」


 そう言って差し出された手を、俺は握って立ち上がる。


 思えば、手をつなぐのは初めてのこと。


 今はまだ握手のような握り方だけど、いつかは指を絡ませあう恋人つなぎまで辿り着きたい。休日の晴れた空の下、俺達は、そうやって夕飯の材料を買いに行くのだ。


 だけど。


 こんなに簡単に手をつなげるのに、俺の気持ちは伝わらない。


 俺は離れた手のひらを一度だけ見た後、未練を断ち切るように、ズボンをはたいて土ぼこりを払った。


 大原も涙を浮かべて笑いながら、俺の背中の土を払ってくれている。俺の目に浮かんだ涙とは意味が違うけど。


「ねぇ、お昼ごはんはどうするの?」


「パンを買ってきてる」


「わたしはお弁当なんだ。よかったら、一緒に食べない? わたしの手作りだよ」


 大原が向ける笑顔に、俺は神に感謝した。生きているって素晴らしい。人生、悪いことばかりじゃない。


……異世界転生? そこはたぶん負け犬の吹きだまり。俺は今世こんせで幸せになる。


 俺は、このとき、本当にそう思っていたんだ。


「それは、そうとして」と大原が笑う。唇が三日月の弧を描く。


「この間、わたしにキスしたことへの謝罪はないのかな?」


 目の前に立ちはだかるのは、汗がにじんだシャツの青。逃げきれないのはさっきの脚力で証明済み。俺の額から冷や汗が流れ落ち、胸の内に黒い雷雲が湧き上がっている。嵐は目の前だ。


「ねぇ、山崎?」


 大原いずみの笑みが深まった。


 ……なんか、怖い。


 ゴクリと喉が鳴った。



【あとがき】


いずみ「『がために君の鐘は鳴る』の『第3話 そのアスリート、神出鬼没につき』を読んでいただきありがとうございます」


浩二「このあとがきは、作者に代わって副音声ふうに俺達でお送りします」


いずみ「司会担当の大原いずみと」


浩二「主人公の山崎浩二です」


いずみ「死神王女こと禍原まがはらデス美の高校生活。世界平和を守るヒーロー戦隊のレッドとの交際はどうなるの? 戦闘中に仲間に隠れてのイチャラブは大丈夫? 果たして世界征服をするつもりは本当にあるの?」


浩二「まさかの、鋼鉄女王が生徒会長で、魔獣女王の風紀委員長から『スカート丈、ネイル、ピアス、校則違反だっ!』って言われてもなぁ?」


いずみ「悪の組織ゲッコー、驚きの福利厚生の充実。それに比べて、勉強会でデス美の部屋に入ったレッドの言葉は『ついに聖地にたどり着いた。もう勉強なんてどうだっていいーっ!』。……正義は死んだね」


浩二「そういう目で見ると、レッドと死神女王が戦いのさなか、正面から向かい合って指を組んで力勝負をしているのが、恋人つなぎに見えてくるから不思議だ。もげろ」


いずみ「今回、紹介したのは『恋はセーラー制服のあとで』。タイトルどおりのラブコメでした」


浩二「いや、タイトル違うし。あと、もげろ」


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