第20話 その候補者、無欲につき
「昨日はごめんね」
一夜明けて、俺は、大原から謝罪を受けていた。
朝の授業が始まる前に、生徒会室にかばんを取りに行こうとしたのを、追いかけてきた大原に捕まったのだ。
「……いや」と答える以外に、俺に何ができる?
「昨日のことは、やりすぎだったと反省してる。できれば、これからも友人でいてくれると、嬉しい、かな」と大原が右手を出してくる。
バイセクシャル、いや、同性愛者だと菅原会長が伝えたことをデタラメだと否定することもできず、俺の口数は少なくなる。
「こちらこそ」と答えて、握手に応じる。
「よかった〜。山崎、安心してね。誰にも言わないから」
「うん」
「じゃあね」と去っていく背中に声をかけた。
「大原に言っておきたいことがあるんだ」
「何?」
「櫻井さんから聞いた話なんだけど、……2年生の票は、篠崎先輩でほとんど固まっているらしい」
「……」
「もしかすると、大原の票は、ビラ配りの反応ほどには伸びないかもしれない」
「わかってるよ。そんなことは」
「わかってる?」
「うん。最初からわかってた。入学して1年半、結果を残し続けてきた篠崎先輩と、ぽっと出のわたしとじゃ勝負にならないってことくらい」
「だけど、ビラ配りではあんなに……」
「あんなの、ただのパフォーマンスだよ。生徒会長が誰かなんて関係ない。文化祭を実行したい、ただそれだけのみんなの思いを伝えあう儀式。あれで票を集めようなんて、わたしは思ってないよ」
「だけど、他のメンバーは……」
「それを気にしてるのなら、みんなには、わたしから話しておくね。火曜日は惨敗するかもしれないけど、ごめんね、ありがとうって」
「……そうか」
「何? 山崎はそういうの気になるタイプ?」
大原はそう言って、ふふっと笑う。
……そうか。目指していたものが、お前だけみんなとは違っていたんだもんな。
「いや、特には……」
「そうだ。昨日、菅原会長から教えてもらったことがあるんだ」
背中に戦慄が走る。不安が頭をよぎる。
……まさか、菅原会長、他にもデタラメを?
「理事会で、文化祭の実行が承認されたって」
嬉しそうに笑う大原を見ながら、ホッとすると同時に、俺の心に火がつく。
そんなこと、櫻井先輩へのメールには一言も書いてなかったぞ。
だけど、そこまで追い詰められたのだとしたら、やむを得ないか。
菅原会長、たぶん、1年女子の詰問から逃げ切れず、関心をそらそうとして情報を漏らしたんだろうな。
そのことを知られるのが恥ずかしくて、櫻井先輩に伝えられなかったんだろうな。
「そのことは、みんなには?」
「昨日のうちにメールした。嬉しくて我慢できなかったんだ。……山崎は最後になったけど、ごめんね。……それとも、もう知ってた?」
「いや、そんなことは……」
「山崎、嘘が下手だよ。……でも、もういいんだ。全部、終わったことだから」
「……俺は。いや、まだ投票の立ち会いもあるし、文化祭は日程すら決まってない」
「そうだね。それもわかってる。振り出しに戻っただけだよね」
「そうだな。日程が決まるまで、いや、文化祭が終わるまで気を抜くわけにはいかない」
「そのとおりだね。……文化祭が終わるまで、手伝ってくれるんでしょ? 山崎も」
「俺は……いや、出し物はともかく、全体の進行は生徒会と文化祭実行委員会の仕事だろ?」
「……そう言えばそうだったね。引き止めてごめんね。かばんを取りに行くところだったんでしょ?」
「ああ」
「じゃあね」
そう言って走り去っていく大原の背中に頭を下げる。
ごめん。俺は嘘をついた。
生徒会のスパイとして櫻井先輩の指示にしたがい、お前の仲間達の状況を、クラスの票の動向を生徒会に報告していた。
演説に修正を加えたのも、ビラ配りを提案したのも、ビラの内容を考えたのも櫻井先輩だ。
お前に不利益なことはしていない、むしろ役立っているはずだと自分に言い聞かせてはいたが、本当にそうなのか、今となってはわからない。
生徒会が何を考えているのか、俺には知らされていないから。
そしてすべては、お前を生徒会長選挙に巻き込んだ生徒会の思惑どおりに進んでいる。
だが、その絵を描いた櫻井先輩は生徒会からいなくなる。
貴重な戦力を失い、やる気のない篠崎先輩を生徒会長に据え、お前が加わる生徒会で待っているのは、特進クラス生として学業を優先するか、陸上部員として選手活動を優先するか、生徒会役員として文化祭活動を優先するかという選択と挑戦の連続だ。
その全部に全力で挑もうとするんだろうな。お前なら。たとえ、どんなハードな生活が待っていようとも。
だけど。
どれかを選択したくない、何一つ取りこぼしたくないと願うほどに綻びは大きくなる。やがては、取り返しのつかない日が訪れる。
昨日の櫻井先輩の言葉がなくても理解できる。その試練がやってくる日はそう遠くない。破綻は近い。
学年トップの成績も、駅伝選手の活躍も誰かに奪われ、文化祭の実現という生徒会役員としての功績も篠崎生徒会長のものとなる。
勇者は地に墜ちる。
誰もがお前のことを忘れ去り、来年の今頃は、大原いずみ? 誰? ほら、生徒会長に立候補した。今は生徒会役員をしている。ああ、いたな。そういうの。なんて言葉が交わされるんだろう。
大原、これで本当によかったのか? 俺がしてきたことは、お前のためになっていたのか。
もっと、他に道はあったんじゃないのか。
いくら考えても、その答えは出てきそうになかった。
❏❏❏❏
9月24日、火曜日。生徒会長選挙の投票日だ。
投票会場は体育館、投票できるのは、お昼休みの午後0時10分から午後0時50分までの間。
開票は午後1時から始まる。
俺は推薦人の一人として、投票と開票に立ち会わなければならない。
午前授業が終わると、俺は大原達の後について体育館に向かった。
手には、カレーパンとコーヒー牛乳のパックが入ったコンビニのビニール袋。
体育館入口には生徒会会計の福本さんがいて、俺達に2階席に行くよう指示をした。
立候補者と推薦人は、2階の観客席から1階フロアを見下ろして、投票と開票に不正がないか監視をする義務がある。
また、立候補者と推薦人の届出をした段階で、その票は立候補者の得票となる。したがって、俺達がこの場で投票することはできない。
投票会場に大原が姿を見せて手を振るだけで、得票数は増えるのだろうが、文化祭の実施が決まった今となっては、もうどうでもいいことだ。
2階席にいるのは、大原いずみと清水優子、水越まゆみ、石月恵子、永田由紀子、そして俺の6人だけ。
もうすぐ時間だというのに、篠崎先輩の陣営はまだ誰も来ていない。
1階は、フロア左端中央からやや手前に長机が置いてあり、書記の服部さんと櫻井先輩がその前の席についている。
投票者は、そこで受付をして偽造防止の生徒会長印が押された投票用紙を受け取り、斜めにフロア中央まで進み、こちら側を向く。
そこには、こちら側と左右に覗き見防止のパネル板を貼られた机が置かれている。
ここからは見えないが、おそらくはその机の上に二つの投票箱が置かれているんだろう。
どちらかの箱に投票用紙を入れたら、フロア右端で仁王立ちになってにらみを効かせている菅原会長の前を通って体育館出口へと向かう。
どちらに投票したのかは誰にもわからない仕組みだ。
やがて、受付に人が集まり始め、服部さんと櫻井先輩の作業も忙しくなった。
受付が終わっても、午後0時10分まで投票はできない。
投票開始を待っていた列もやがて、団子のように膨らんでいく。
時間が経つにつれ、「まだか」「早くしろ」「少しくらい早くてもいいじゃないか」「トイレ行きたくなってきた」「そこですれば?」「やめろっ!」「もう我慢できないっ!」「我慢おしっ! このブタがっ!」「女王様、おトイレに〜」「いいと言うまでこらえなさいっ!」「ぶひーっ!」「勝手にイッたりしたら、お仕置きよっ!」「トイレくらい行かせてやれよ」「だめよ。これは調教なのっ!」「女王さまぁ〜」「俺もトイレ行きたくなってきた」「ブタども、調教してほしいやつは、そこでひざまずきなさいっ!」と男子達の会話も大きくなっていく。
ちなみに、この会話に女子は加わっていない。
女子達は男子達から少し距離を取り、蔑んだ目で遠巻きに見ている。
わかる。頭がおかしいとしか思えないもんね。
でも、楽しいんだよ。そんなのが。
そこへ。
「静かにしないかっ!」と、菅原会長の一喝が入る。
途端に静まり返る体育館。
投票者達の群れに菅原会長が向かって行く。
まさか、百人組手っ!
そんなはずはないと思うけど、投票者の群れは逃げ腰になって、先頭を押し付けあっている。
ガタガタ震えている人もいる。トイレ、本当に行きたかったのかな?
「午後0時10分。時間だ。最初の投票者はこっちへ」と、菅原会長が、投票者の群れが差し出した哀れな生贄の腕をつかんで、投票箱まで連れていき、二つの箱の中身を確認させた。
「二つの投票箱の中に何も入っていないことを確認したと、この場で、宣言しろ」
その、脅すような声音に、犠牲者は震えながら上ずった声を上げる。
「……の投票箱には……入って……ません」
「声が小さいーっ!」
最初の投票者は覚悟を決めて、大声で叫んだ。
「二つの投票箱の中には、何も入っていませんっ!」
「よーしっ!」
「うぉーっ」と、歓声があがり、拍手がわき起こる。
おそらくは彼の勇気を讃えて。
「静まれーっ!」
菅原会長の一声に、体育館が静寂を取り戻す。
菅原会長は、満足そうにうなずくと、所定の位置に戻り、それを合図に投票が始まった。
これがこの学校の生徒会長に求められる資質? 怖いんだけど。
スポーツ特待生が生徒会長になっている理由を、俺は今、心の底から理解した。
この学校の校風というか、生徒の特徴。
それは、大勢になるとノリがよく、勉強も運動もそれほど熱心ではない。
しかし、頑張っている人を、成果を残した人をちゃんと応援して、リスペクトできる良識は身につけている。
ただし、自分から意見を発することはない。暴力の前には簡単に屈する。
そんな羊の群れ。
一列となった羊の群れは、順番に一人ずつ投票箱へと進む。
前の羊が投票箱から離れるのをみはからって、次の羊が歩き始める。
もはや、メ〜と鳴くことすらしない。
もちろん、投票用紙を食べたりはしない。
生徒達にしてみれば、候補者の名前を書く必要もない選挙。筆記用具も、書く机も用意されていない。
ただ前に歩いていって、二つの箱の一つに紙を入れるだけ。
たったそれだけの、単純な作業を菅原会長は腕組をして一人一人を見ている。
にらんでいるわけではない。監視しているというのも、ちょっと違う。
その証拠に、一人一人の顔を見ては微笑んでいる。
おそらくは、生徒会長として皆の前に立つ最後の仕事。
生徒会長を1年やりきった。生徒達を引っ張ってここまで来た。こうやって次の世代にバトンを渡せた。
そんな感慨にふけっているのだろう。
投票を終えた羊の群れは、分厚い壁のような鬼神が立ちはだかる姿に、ただただ怖い思いをしているだけなのだけれど。
人はいつまで経ってもわかりあえない。
わかりあうには、双方向の努力と、対話の努力に値するメリットが必要だから。
いや、相手のことをわかっていても、それでなお裏切り、わからないふりをして手を振り払うのが人間なんだ。
わかりあえるなんてただの幻想にすぎない。
中学2年の俺なら、最後に、きっとこう言う。
『だって、人間だもの』
いい言葉だよね。
ある時期、俺は好んでこの言葉を使っていたことがある。
人間の弱さ、ズルさ、いや、諦めをごまかす言葉として。
嘘をついてもいいじゃないか。人間だもの。
ミスしてもいいじゃないか。人間だもの。
その言葉の持つ際限のない優しさに甘え尽くして、諦めてきた。
違うな。
諦めなんかじゃない。諦めたふりをする自分をごまかして、そう言い放つことで、相手の言葉を封じる切り札として使ってきた。
その結果、俺の心根のさもしさにあきれて友人が離れていくとは思いもしないで。
そのことに気づかせてくれたのは、相田みつおだ。
相田みつを、ではなく。
相田みつおは、相田みつをの作品をパロディにして、あえて悪いイメージをユーモラスに解き放った架空の書画家として知られている。
だけど、そこにいたのは俺だった。
俺の卑しい考えが糾弾されていた。
それが俺の正体だと気づいたときには遅かった。
誠実であろうと取り組んだ先で、思い通りにいかず、諦める言い訳に使っていたことが恥ずかしくなった。
そうしてやり直そうとした高校生活だからこそ、真摯に向き合いたいと思う。
言い放って終わらせるのではなく、わかりあう努力をしてみたいのだ。
だけど、俺と他人の距離の遠さは果てしなく、わかりあえないことを実感するばかりだ。
なぜか、悪意には敏感になったけど。
菅原会長の一方通行な思いを、俺は笑うことができない。
監視役の女子達は、そんな喜悲劇には目もくれず、2階席で弁当を広げている。
俺はパンとドリンクを持参したんだけど、なぜか他のメンバーはリュックを持っていた。何人かは手ぶらだったはず。
うん。手ブラじゃないよ。残念だけど。
女子達は、持ち込んだ重箱から紙皿にラップに包まれたおにぎりとおかずを取り分けている。魔法瓶から紙コップに味噌汁を注いでいる。
俺の分も、大原が取り分けて箸と一緒に渡してくれた。
「じゃあ、お昼ごはんにしようか。いただきます」
「「「「いただきますっ!」
大原に合わせて、女子達が声を出した。
ここまでくれば、いやでもわかる。今日のお食事会があらかじめ予定されていたことが。
俺にメールをくれなかったけど。
それとも忘れられてた?
そんなはずがない。絶対にわざとだ。
ほらね。やっぱり人の悪意なら簡単にわかりあえる。普段から双方向に疎ましく思っているからね。
だけど、もしも、俺にメールをするのをナチュラルに忘れられていたのだとしたら泣きたい。いや、あてつけにここから飛び降りて死んでやりたい。
この高さなら死ぬことはないだろうけど。
でも、もしも飛び降りて足の骨でも折ったりしたら、大原は、責任を感じて看病してくれるかもしれないな。入院したベッドに寄り添って。
松葉杖をついて歩く俺の隣を、支えながら並んで歩いてくれるかもしれない。
ズボンを履くのを四苦八苦しているのを見かねて、助けてくれるかも。
病院の食事に飽きた俺のために、お弁当を作ってくれるかも。
いや、ないな。
大原が俺のところに来るとしたら、たぶん清水か水越が一緒だ。弁当どころか鉄パイプ持参で。
むしろ、二人そろって大原よりもひと足先に鉄パイプを持って現れるかもしれない。
いやいや、やつらのこと。証拠を残さないよう、俺の松葉杖を使ってとどめを刺しにくる可能性もある。
そのとき、歩けない俺は逃げることもできない。
清水と水越の行動が手に取るようにわかってしまう。こんな悪意、わかりたくなかった。
人は、もしかしたら、悪意に限ってなら、相手との距離を縮め、経験を積むことで、わかるようになるのかもしれない。
未来予知とまでいえる鋭い感覚を獲得できるのかもしれない。
悪意に限ってだけどね。しかも、ただの妄想かもしれないし。
だめだ。よそう。変なことを考えるのは。
俺はため息をつくと、ラップをむいて、おにぎりをほおばる。ベンチの上に置いた皿から鶏の唐揚げをつまむ。紙コップの味噌汁をすする。
……でも、いいのかな? ここはたしか、飲食禁止のはずだけど。こんな大々的にお弁当を広げちゃって。
ほらね。案の定、菅原会長がにらんでる。……俺、殺されるんじゃないか?
悪意ならわかりあえることが、また一つ証明されてしまった。
泣きたい。
俺は何もしていないのに、殺人の容疑者だけが増えていく。
わかりあえたことがつらい。
そんな時間も過ぎて、フロアは片付けが始まった。
長机を中央に配置して、生徒会役員、違った、選挙管理委員4名で開票作業を始めたのだ。
結局、篠崎先輩の陣営は、本人も含めて一人も来なかった。
投票、開票に立ち会う義務を果たさなかったことになるが、それに対するペナルティは、不正が行われても文句を言えないというだけのこと。
だけど、それもそうか。
篠崎陣営にとっては、本人がやりたくないと態度を明らかにした選挙。
不正があったとしても、問題となるのは篠崎先輩が当選した場合だけ。だとしたら、監視するだけ無意味というもの。
ならば、せっかくのお昼休み。立ち会うのは大原陣営に任せて、俺達はのんびり過ごそうぜ。推薦人に名前を書いた時点で投票を済ませたのも同じ。なあ、天気もいいし、投票でグラウンドには人もいない。サッカーでもしないか?
彼らを責めることはできない。俺がその立場でもそうした。
もっとも、大原のお弁当が食べられるなら、話は別だが。
あと、サッカーをするかどうかも別問題。ほら、授業のときですらパスをくれる友達がいないから。
俺にとって、授業中のサッカーとは、ひたすらミニコートをただ走り回るだけの競技。
オフ・ザ・ボールという言葉があるけれど、俺の場合は、たぶん、オフ・ザ・山崎。
だって、同じチームの3人だけで三角形を作ってボールをずっと回しているから。
ボールが回ってくるのは、対戦相手からのパス。いや、パスミスとも言う。
そのときの、相手の顔。パスなんかしてねーよ、とでも言いたげな、なんでそこにいるんだよ、とでも言いたげなあ然とした表情。
まさか、お前、いたの? 学校、休んでたんじゃないの、とは思ってないよね?
たった、10人しかいない1A男子だよ。5対5のミニコートでのサッカーなんだから、忘れたりするなよ。
だけど、味方の3人がパスをくれないってことは、たぶん、そうなんだろうな。キーパーを決めるときですら、俺に声はかけられなかったし。
やがて、開票結果が出たらしく、選挙管理委員の手が止まった。
時間にしてわずか数分。おそらくは5分もかかっていない。
たぶん数えたのは、篠崎先輩の名前が書かれた箱の得票数だけ。
しかも、4人で数えて、過半数の390票を超えた段階でやめたのだろう。
「大原か推薦人の代表、降りてこれるか?」
菅原会長が叫ぶ。
なぜか、まわりの視線が俺に集中した。
やれやれと、俺は立ち上がる。階段に向かうと大原もついてきた。
「開票の結果、篠崎京介への投票が過半数を超えた。
投票の過程、開票の手続きは見たと思うが、どこか不審な点、または不服があるならこの場で述べてほしい。
開票結果に不満があれば、この場で自分達で票を数えることもできる。自分の得票数を知りたい場合もだ」
菅原会長の言葉に、大原は力強く答えた。
「いいえ、不服などありませんし、得票数を知りたいとも思いません」
「そうか。ならば、次の生徒会長は篠崎京介だ。大原には、生徒会役員として、篠崎をサポートしてやってほしい」
「わかりました」
「役職は、今日中に篠崎から連絡させる。立候補届書に書いた大原のメールアドレスを篠崎に知らせてもいいか?」
「かまいません」
「なら、これで解散だ。当落の発表は選挙管理委員会がただちに貼り出して行うから、ここで話したことは今やってる授業が終わるまでは口外しないこと。いいな」
「「わかりました」」
俺達は2階席で心配そうに見ている4人に首を左右に振って結果を知らせる。
ため息とがっかりした顔。
「みんな、ありがとうねっ!」
大原いずみが俺の隣で手を振っていた。
「結果は残念だったけど、悔いはないよ。みんなと一緒に頑張ったことは、わたしの一生の宝物だ。けして、忘れたりしないからっ!」
そう言って頭を下げる。
俺もつられて頭を下げるが、今は違うと思い直し、2階席に向かって声を上げる。
「教室に戻るぞ。クラスのみんなにもお礼を言わなきゃいけないからな。もちろん、5時間目の授業が終わった後になるが」
「そうだね」
「わたし達は頑張った」
「いずみ、気にしないで」
「そう。全部、山崎が悪いっ!」
「なんでだよっ!」
「「「「きゃはははっ!」」」」
それは、まるでお祭りの余韻を楽しむかのような雰囲気だったんだ。
❏❏❏❏
「力及ばず、当選できなかった。みんなの応援に応えられなかったことは残念だが、最後まで戦えたことに感謝したい。ありがとう」
5時間目が終わった休憩時間、俺達6人は、黒板の前に立ってクラスメイトに頭を下げた。
「気にすんなよ」
「よく戦った」
「朝のビラ配り、頑張ったの、私は知ってるから」
「大丈夫、私達は味方だから」
「クラスが一つになったからね。いずみ、最高だよっ!」
「山崎くんのラップも見れたし」
その声援に俺も応える。
「ありがとうっ! もしも、将来、俺が大原と結婚できたら、みんなを披露宴に招待するからっ! 応援、よろしくっ!」
「「「「「「ふざけんなっ!」
「「「「「「山崎、死ねっ!」
「「「「「もっこりっ! もげろっ!」
「「いずみーっ! 逃げてぇ〜っ!」
「「危ないよーっ!」
「「誰か通報してーっ!」
怒号と罵声が飛び交うのが、なぜか心地よい。俺のいるべき場所はここだと思い知る。
なぜなら。
それは、勝利者の特権。
優越者の証し。
みんな、もっと、俺を羨めっ!
俺は両手を高く広げてその声に応える。
何かが飛んできた。
消しゴム? 筆箱っ! 上履きっ!
ヤバい。ヤバい。
こいつら、冗談が通じない。
冗談のつもりじゃなかったけど。
おい、体操着の袋を投げつけるのはやめろっ!
いや、女子のはウェルカムッ! むしろ、上履きをプリーズッ!
おい、そこの男子、名前はたしか、う、上村だったか、か、上村だったか。イスはやめろ。それは投げるもんじゃないっ! 危ないからっ! マジ、危険だからっ!
ちくしょーっ!
収拾がつかねーっ!
見れば、大原や清水、水越、石月、永田も笑ってるしーっ!
俺は、這う這うの体で教室から逃げ出す。
どっと、歓声が上がった。
……悪は去った。そうですか。よかったねと、俺はとぼとぼと廊下を歩く。
とりあえず、6時間目までこのまま時間をつぶそうと、あてもなく。
そして、掲示板の前で立ち止まった。
すでに選挙ポスターははがされ、新たなお知らせが貼られていた。
── 生徒会長選挙結果 ──
9月24日に実施した選挙の結果、10月1日発足の次期生徒会の顔ぶれは以下のとおりとなったので、お知らせします。
生徒会長 篠崎 京介 2G
生徒会長代行(文化祭担当)
大原いずみ 1A
副会長 横山 智 2A
書 記 永田由紀子 1A
会 計 石月 恵子 1A
※今回選挙は得票数が僅差のため、
会長代行を置くことになりました。
平成25年9月24日
選挙管理委員会代表
生徒会長 菅 原 大 毅
……あれっ?
最終的な得票数はカウントしなかったはずじゃ?
もしかして、これが櫻井先輩が言ってたウルトラCなのか?
つまり、篠崎先輩が辞任しても、大原が会長代行として会長業務を続けられるようにした、ということなのか?
そのために、得票数を明らかにしなかった?
もしかして、不正が行われた?
だが、それを証明する方法がない。
そして、これは、多くの生徒が一番受け入れやすい結果だ。
ビラ配りで握手をした生徒達に、ある種の後ろめたさを感じさせないうまいやり口だと思う。
これが、櫻井先輩の副会長としての最後の仕事。
だけど、文化祭担当。
大原の責任は重くなっている。
クラス委員の清水と水越には負担がかからないように、彼女達ではなく、永田と石月を生徒会役員にしているというのに。
櫻井先輩が心配していたとおりになっている。そして、新生徒会に櫻井先輩の名前はない。
それは、大原のこれからに影を落とすとしか、俺には思えなかった。
「誰がために君の鐘は鳴る」の「第20話 その候補者、無欲につき」を読んでいただきありがとうございます。
季節の変わり目とともに夏アニメも終わりを見すえて佳境に入ってきました。
いつもの【あとがき】は、まとめてこの後、本編として投稿します。
待っていてくださった方も、そうでない方も【あとがき】を楽しんでいただけることを願って。
ふじわら