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第18話 その候補者、無垢につき

「「「「「「「おはようございます」


 朝の静謐せいひつな空気を破って女子高生の声がきれいにハモった。


「あ、ああ、……おはよう、ございます」と返す相手にビラが1枚手渡される。


 俺達は、校門の前で選挙のビラを配っていた。


 駅前で配られるビラを受け取る通行人は少ないが、ここでは、100パーセントの確率で受け取ってくれている。


 1年生女子7人が並んで笑顔で挨拶してくるんだ。


 しかも、そのうちの一人は昨日のポスターと演説で一気に校内のスターダムにのしあがった大原いずみ。


 朝からまぶしい笑顔で声をかけている。昨日まで大原のことを知らなかった生徒も今日からは友達だ。


 そんなふうに思わせる柔らかい瞳で、最後まで相手の目を捉えて離さない。


 中には、「頑張ってね」と握手を求めてくる女子生徒もいる。


 大原も他の6人も嫌な顔一つせずに握手に応えているが、これは握手会じゃない。


 れっきとした選挙活動。


 だよね?


 だけど、こんなことなら、ポスターのために撮った写真を販売すればよかった。じゃない、白い手袋を用意すればよかった。


 女子はともかくとして、男子のあの手、昨夜ゆうべ、ナニを握っていたかわからないんだぞ。


 その点、俺の方は心配いらない。


「よぉー、MCヤマザキッ!」とか「セイ、イエーッ!」とかけられる声とともに差し出されるのはグータッチ。


 なぜか、男子ばかりで、大原達と握手した後に寄ってくる。


 ちなみに女子は、俺を遠巻きに見ながら通り過ぎるだけで一人も近寄ってはこない。


 結果として、大原達のビラは減っていくのに、俺からビラを受け取る人は一人もいない。


 ……なんか、寂しい。


 しかも、今、目の前を通ったクラスの男子、俺には目もくれなかった。


 大原達に「おはよう。頑張ってるね」と声をかけてビラを受け取ると、俺の方を見ないようにして校舎へと向かっていった。


 知ってるか。

 男の嫉妬は、はたから見ると見苦しいってこと。


 まあ、それは自分が一番よくわかってるんだろうけど。


 だけど、なんかおかしい。

 校門の横で左右に分かれた俺達。

 駅側に女子7人と反対側に俺一人。


 どういうこと?

 俺、なんかした?


 いや、なにかやらかしたんだろうけど、心当たりが多すぎてこちらから聞くことができない。


 もし、自分の胸に聞いてみろと言われたら、なんて答えたらいいかわからないし。


 ていうか、昨日、みんなをモスに残して俺が帰った後、何かあった?


 こういうことがあるから、女子は一人でトイレに行かないんだろうな。


 いないところで悪口を言われるのが怖くてね。


 それでも、俺は一人でトイレに行くよ? どうせ、女子とは別になるからね。


 まあ、いいや。

 隣に並んでいるのに、俺だけ無視されるよりはマシだ。


 たぶん、クラスの男子も、立ち位置の関係で俺に気づかなかったんだろうな。


 ……そんなわけ、あるかァーッ!


 絶対に許さねーっ! あいつ。……き、木村? いや、木本? だったっけ?


 そんなこんなで、始業の鐘がなるまで俺達はビラを配り続けた。


 出勤してきた教職員も戸惑いながらビラを受け取ってくれた。生徒会長選挙に投票する一票は持っていなくても、これは学校行事に関わることだ。


 学校側の賛同者も取り付けていきたい。


 櫻井さん、服部さん、福本さんら生徒会役員は、気を使ったのか、むしろ俺からビラを受け取ってくれた。


 特に、服部さんと福本さんの微笑みを浮かべた優しい眼差まなざし。


 その優しさ、なんかつらいんですけど。


 それでも、顔がほころんでしまう。俺のことが認められたようで。


 あと、演劇部の変態部長は、大原の手を握りしめてなかなか離そうとしなかった。


 これが握手会なら運営から出禁をくらうレベルで。


 やっぱり、やつはヤバい。


 手元に残ったビラは、朝練に出るために俺達よりも早く登校していたスポーツ特待生の分だ。


 これは、まとめて俺がスポーツ特待生の教室に持っていく。


 スポーツ特待生が投票する先は篠崎先輩だとわかってはいるが、大原の目標は文化祭の実施だ。選挙に勝つことじゃない。篠崎先輩が本腰を入れて文化祭の実現に力を入れてくれるのなら、大原は負けてもいいと思っているはず。


 なにより。


 櫻井さんがわざわざ居残りして作ったビラだ。1枚たりとて無駄にしたくなかった。


 校舎までの道すがら、ビラが丸めて捨てられていないか確認して歩いたが、そんなことはなかった。


 ビラも大原のことも好意をもって生徒全体に受け入れられたと考えていいだろう。


 お昼休みには、ビラ配りメンバーから明日のビラの意見を聞き取った。


 それを櫻井さんにメールする。


 大原達に採用されるかどうかはわからない。


 だけど、選挙活動も明日1日で終わる。


 今の状況なら力技ちからわざで大原達をなんとか説得できるだろう。


 勉強会が終わり、メンバーが帰るのを見届けると、かばんを抱えて生徒会室に向かう。


 櫻井さんから明日のビラを受け取るためだ。


「来たな。室付しつづき


 待っていたのは、菅原会長だった。


「まあ、座れよ」とソファの向かい側を示すが、どうしても身構えてしまう。そもそも、この人は放課後はここにいないはず。


 柔道部で練習しているか、大会準備のために校外にいることが多いからだ。国体も近いし。


 そんな人がわざわざ俺を待っていた?


 いやな予感しかしない。


 そういえば、立会演説会でラップをした後、俺のことを、会場をジャックした不審者と決めつけて、相応の処分をするとか言っていたな。


 まさか、それじゃないよね? 国体に向けて新技しんわざの実験台になれとか言わないよね?


室付しつづき、話が長くなるからとりあえず座ってくれ」


 櫻井さんの言葉にひとまず安心する。どうやら、暴力的なことはなさそうだ。


「いい知らせと悪い知らせがあるが、どちらから聞きたい?」


 菅原会長がもったいぶった言い方をするが、どちらも聞かせるつもりなら、そっちで決めてほしい。


 俺の希望を言わせてもらうなら、明日のビラを受け取ってこのまま帰りたい。聞きたいなんて思っていない。


「じゃあ、まずは、いい知らせからだ」


 ほらね。俺の意見なんか関係ないじゃん。


 そんな思いを無視して菅原会長の言葉は続く。


「今日の午後、理事会が開かれて文化祭の実施が決まった。大原の演説が功を奏したようだ」


「そうですか。大原も喜びます」


「大原にはまだ言うなよ」


 当然だ。裏で生徒会とつながっていたなんて知られるわけにはいかない。


 それに、文化祭が実現すると知って、いきなりやる気をなくされても困る。


 そんな姿を見せれば、大原の評価は暴落する。


 大原が積み重ねた信頼を失い、今の居心地のいいクラスでなくなるのは、俺にとっても耐えがたい。


「問題は、日程を次の生徒会と学校側とで決めることなんだが……」


「今の生徒会と学校側で決めればいいじゃないですか。発表は選挙の後にするとして」


「それは、大原の功績を奪うようでな〜」


「大原はそんなの気にしませんよ」


「う〜ん。ただ実施するにしても、10月中というのは難しいだろうな」


「どうしてですか?」


「10月のスケジュールを見ると、来月1日に国体出場選手激励会、中間試験が11日から14日まで。23日は課外活動の遠足が入っている。文化祭の準備期間に2週間を取るとして、11月2、3か9、10のどちらかになりそうなんだ」


「大原は別に10月中にこだわったりはしませんよ。たしかに、演説では来月中の実施を目指すとは言ってましたが」


「ただ、11月2、3だと、各大学でオープンキャンパスを兼ねた大学祭とかぶる。9、10だと、演劇部の地区大会と日程がかさなる。去年の地区大会で優勝した演劇部は大会を優先するだろうし、結果として、一部生徒から文化祭参加の機会を奪うことになる。そんなことはしたくない」


「その次の週じゃだめなんですか?」


「そうなってくると、今度は3年生の大学受験に影響が出てくる」


「演劇部が地区大会に出場するのは、9か10のどちらか1日のはずですよ。大会に出場しない日に文化祭に参加すればいいんじゃ?」


「演劇部の顧問の話によると、出場校は自分達の舞台がない日でも、他校の舞台を見に行くことになっているらしい」


 そういえば。


 高校演劇は、いや、高校演劇に限らず、高校生の大会を見に来るのはほとんどが身内だ。客席をガラガラにしないためには、他校の協力が必要となる。


 会場を埋める他校の演劇部員が。


 演劇部において、部活動とは、同じ大会に参加する他校の観覧も含まれている。


 見に行ったかどうかわからないだろって?


 わかるんだよ。会場ではそれぞれの舞台でアンケート用紙が配られる。それに感想を書いて返すんだ。


 感想を書いたアンケートがなければ、うちの学校が自分達の舞台を見なかったことが明らかだ。


 つまり。


 11月9、10日に文化祭を開くということは、演劇部が文化祭に参加する機会を奪うということになり、あの変態部長に取り返しのつかない借りを作ってしまうということだ。


 それだけは避けなければ。


 首すじを汗が伝う。


 なんとしてでも、11月2、3日の日程で文化祭を実施しなければならない。


 大学のオープンキャンパスには振替休日の4日にしか行けなくなるが、そこは納得してもらうしかない。


 地方の高校生が東京の大学のオープンキャンパスに来れない事情を考えると、恵まれているのは間違いないからね。


 だが、果たして3年生が納得してくれるだろうか。


 比較するなら地方の高校生じゃなく、東京の高校生と比較しろとか言わないだろうか。


 自分達の恵まれた環境を棚に上げて、権利だけを主張するのは大衆心理としてはありがちなこと。


 そういった心理が多数派となって、合理的な思考力や判断力が抑制されることもよくある話だ。


 集団心理とか、群集心理と呼ばれているが、結果として、集団全体として極端な行動を引き起こす特殊な心理状態のことを指している。


 かつての日本における米騒動、黒人差別を端に発したロサンゼルス暴動。


 そこまで暴力、略奪、破壊をともなうものではないとしても、この分野は古くから注目され、群衆心理学として研究されてきた。


 犯罪心理学で有名なシゲーレとか、フランス革命を総括したオーギュスト・ル・ボンとか。


 いずれも19世紀末のヨーロッパの社会において民衆が破壊活動にいたる心理を研究対象にしているが、現代においても、個人が不特定多数の中でモラルが低下しやすいことが指摘されているし、俺も経験の中で学んできた。


 たとえば、SNSの匿名性から生まれる過激な発言。


 そこに、冷静な判断力はあっただろうか。流れとか空気から軽はずみな発言をしたことはなかっただろうか。


「みんなが言っているから」「みんながやっているから」と、特定の人を攻撃するとわかってつぶやいた言葉は、俺にとって取り返しのつかない罪だ。


 すぐに削除したし、誰かに責められることもなかった。おそらくは、誰にも知られずに済んだんだと思う。


 だが、その事実は俺が覚えている。あんなこと、書き込まなきゃよかったという激しい後悔とともに。


 それに。


 俺は知っていたはずなんだ。


 かつて、この、群衆心理をうまく操り、平和、自由、そして民主主義を踏みにじったやつがいたことを。


 中世以来、ヨーロッパのキリスト教社会に根付いていたユダヤ人差別を政治的に利用して、極端な民族主義で国民をあおり、それまでは都市主催だったオリンピックに国家が積極的に介入する先鞭せんべんをつけ、その先に、虐殺政策と世界大戦で、自己実現を試みたやつがいたことを。


 アドルフ・ヒトラー。


 1895年にオーギュスト・ル・ボンが書いた「群衆心理」。それは、やつの愛読書だったらしい。


 利用されたのは、ユダヤ人に対する排斥思想。


 キリスト教徒にとっては、イエス・キリストは救世主だ。


 それを認めず、十字架にかけて殺したユダヤ人は罪人つみびとだという考えが広く深くキリスト教社会に根付いていた。やつはそれを利用した。


 だが、やつはこうも言っている。


「この世の偉大な運動はいずれも、偉大な書き手ではなく偉大な演説家のおかげである」


 つまり、真に警戒すべきは、群衆心理そのものよりも、それに火をつけるリーダーの存在。


 何を言ったかじゃない、誰が言ったかが発火剤となる。


 無責任な群衆心理に常につきまとうのは、最初に発言したリーダーの、感情に訴えかけるわかりやすい言葉。


 たとえば、「自民党をぶっ壊す」とか「日本を、取り戻す。」とか。


 そのように言った政治家が排除しようとした抵抗勢力とは何だったのか。取り戻そうとした日本とは何だったのか。


 それは、言葉を受け取った人達との間で共通する認識だったのか。


 そんなことすら、よくわからないままに多くの日本人の心に宿ったものは、まさに感情に心を委ねた群衆心理そのものではなかったか。


 心しておこう。


 大原いずみでは、この学校の絶対多数の意見を抑えられない。ものを言うのは、この学校への貢献度。つまりは、篠崎先輩という存在。


 文化祭をスムーズに実現するためには、大原いずみが勝ってはいけないのだ。


 そんなことを考えていた俺の頭の上で、櫻井さんの声がした。


「会長、悪い知らせの方も」


「そうだったな。じゃあ、これを見てくれ」とローテーブルに置いたのは1枚の紙。


 書かれていたのは一覧表。


 見出しとして、縦に3年、2年、1年。横に篠崎、大原、そして。


 ……ラッパー?


 表の中には数字が。


「1年は篠崎が80、大原150、

2年は篠崎が200、大原が30、

3年は篠崎が100、大原が50。

問題なのは、こいつだ」


 そう言って菅原会長が指差したのは、ラッパーの数字。


 1年30、2年30、3年110。


「こいつが170票を持っていってる」


 そして、はぁ〜とため息をついた。


 頭を抱えた菅原会長に代わって、櫻井さんが後を続けた。


「これは、生徒会が得た情報から票読みをしたものだ。篠崎の380票は過半数にわずかに届いていないし、大原も230票と伸び悩んでいる。それもこれも、ラッパーが170票を持っていったからだ」


 誰ですか? ラッパーって? そんな変な名前の人は知らない。じゃない、立候補してませんよね。……そんなふうにとぼけられたらどんなによかったか。


 あってはならない数字だ。


 ラッパー、すなわち、この俺のこと。


 つまりは、読みきれない浮動票が170票もあるということ。


 この170票が、全部大原にいったら、合計400票で大原が勝つ。


 けれど、それは生徒を二分にぶんすることになる。特に2年生はほとんどが篠崎先輩を支持している。ラッパーに入れるであろう110票は来年この学校にはいない。


 生徒会が大原に望むのは、篠崎先輩のスペアであって、選挙に勝つことじゃない。


 接戦に持ち込んだとしても、篠崎先輩が勝つことを予想していたはずだ。


 なるほど。


 ヘイ、ブラザー、なんてことをしてくれたんだい? お陰でMC、突きつけられたぜ、大問題。


♪目の前 置かれたコーヒーカップ。

 淹れてくれたは 生徒会長。


♪うかつに口は 付けられねー。

 何、入ってるか わからねー。


♪戦う相手は デンジャラス。

 逃げ道探すは 当たり前だろ。


♪そろりと出口を うかがうが。

 逃げ出す機会は なさそうだ。


♪邪魔者消せ、とか 言わないで。

 あまりの仕打ちに マジ泣くぞ。


♪櫻井さんの ファンネル成り果て。

 言われるままに 行動したのに。


♪立会演説、菅原会長

 なんとかしろと 言ったじゃねーか。


♪恥を忍んで ラップを披露。

 報われないとは このことか。


「逃げようなんて、考えるなよ」


 俺の心のラップを断ち切って、菅原会長が脅してきた。


 地獄の底から這い出てきた魔王のような低い声で。


 一覧表から顔をあげたときに見えた目つきも怖い。ラップなんてしてる場合じゃなかった。


 それ、試合相手に向ける目ですよね?


 無駄と知りつつ、櫻井さんに助けを求める。あえての子犬のようなうるうるした目で。


「会長、室付しつづきおびえていますから、せめてにらむのはやめてください」


「いや、そんなことはしてないぞ」


 それ嘘だよね。殺気をバンバン放っていたよね。


 人生で殺気なんてものを感じたことは一度だってないけど、あれは間違いなく殺気だった。


 あんな目つき、普通の人は絶対にしない。


 言い方を変えたとしても、よくて勝負師、素直に言うなら殺人鬼。


「そこでだ」


 と、殺人鬼が言う。


 違った菅原会長が。


「この170票を無効票とするのは簡単なんだが、その場合、篠崎は過半数を取っていないことになる。白票ならしかたがないが、意識して室付しつづきに投票するつもりでいるんだ。無効票にしない、何かいい知恵はないか?」


 よかった。消されるんじゃなくて。


 ならばと、俺は思いつくままにアイデアを出す。


「開票結果の得票数は発表しないって、前に言いましたよね。なら、知らん顔をすればどうですか? 当選者だけ発表して」


「何言ってるんだ? 大原の230と室付しつづきの170を足したら400になる。


 室付しつづきが大原陣営にいることは、今朝のビラ配りで明らかになった。大原への得票にカウントすべきだという声が出てくるかもしれない。


 そうなった場合、得票数は明らかにせざるを得ない。場合によっては再選挙だ」


「なら、候補者以外の名前を書いたら無効票だと、あらかじめ徹底しておくとか」


「そんなことはわかった上でやってるんだ。こいつらは。


 室付しつづきに入れてるのは主に3年生だからな。むしろ、3年生の票だけなら、室付しつづきが勝ってるくらいだ。


 お前、大人気だなっ!」


 そう言って向けてくる目と態度が雄弁に物語っている。こいつ、死ねばいいのにって。


 やっぱり、殺す気満々じゃん。


 だけど、3年生には菅原会長の影響があるはず。つまり、3年生の110票って、菅原会長への批判票じゃないの?


 ほら、暴力反対とか。


 だけど、今はそんなことを言ってる場合じゃない。


 俺は覚悟を決めて、掟破りのアイデアを披露する。


「投票が無記名式だから、こんな心配をしなきゃいけなくなるんです。ここは、いっそ記名式にしたら、どうですか?」


「それは、だめだ」と菅原会長、にべもなく却下する。


 ……デスヨネー。


 なら、もう方法はない。……いや、あるかも。


 俺は、とっておきのアイデアを口にする。これでだめなら、もう、俺には打つ手がない。煮るなり焼くなり好きにしてくれ。


「こういうのはどうですか? 会場には、投票箱を二つ用意して、それぞれに候補者の名前を表示しておきます。


 投票箱のまわりはカーテンで仕切り、どちらに入れたかはわからないようにします。つまり、白票だろうがなんだろうが、箱に入った票がその候補者の得票とするんです。


 こうすれば、面白半分にラッパーの名前を書くブラザーもいなくなりますよ」


「ブラザー?」と菅原会長が聞きとがめる。


 ヤバい、ヤバい。


 思わず、「菅原会長被害者の会」を結成するところだった。


「なるほどな」


 一応は納得してくれたみたいだ。ただ、その場合、大原が勝つこともありうるんだけど。


「生徒会としては、篠崎先輩に勝ってほしいんですよね?」


「いや。ここまでくれば勝敗がはっきり決まればそれで十分だ。どちらが勝つかなんて俺達が決めることじゃない」


 菅原会長の言葉に櫻井さんもうなずく。


室付しつづきの案をどう思う? 櫻井」


「たしかに妙案ですね。それなら無効票は生まれない。……よく考えている」


「ありがとうございます」


「そうすると、あとは、生徒会顧問の副校長への根回しだけだな。前代未聞の投票方式だからな」


「そっちの方は任せてください」


「頼んだ」


 櫻井さんを信頼する菅原会長の姿に、大原が重なった。


 胸がちくりと痛む。


 そうか。


 俺は、心配してるんだ。


 篠崎先輩や櫻井さんに大原を取られてしまうんじゃないかと。


 大原との競走の後、耳元で声をかけた篠崎先輩、次の生徒会でも副会長を務める櫻井さん。


 頼りがいのあるこの二人に言い寄られ、手をつなぎ、肩を抱かれる日が来るんじゃないかと。


 いや、大原は今の友人関係を楽しんでいる。駅伝と勉強で恋愛に割り当てる時間はないはずだ。


 だけど。


 大原には元彼がいた。男と付き合った過去がある。キスの経験も。


 普段冷たい篠崎先輩がふと見せた優しさや櫻井さんの頼もしさにコロッとイカれることだって、ありうるじゃないか。


 何もかも投げ捨てて男に走る女の話なら掃いて捨てるほどある。


 そんな大原なんか見たくない。俺以外の男に寄り添う姿なんて。


 嫉妬でどうにかなってしまいそうだ。これ以上、ここにはいたくない。


 特に、俺が座っているこのソファ。


 ベッド代わりになりそうじゃないか。

 生徒会室は内側から鍵もかけられるし。


 もう、泣きながら逃げ出したい。


 屋上に飛び出して、この張り裂けそうなぐちゃぐちゃになった思いを大声で吐き出したい。


 王様の耳はロバの耳ぃーって。


 だけど、その前に。


 明日のビラをもらわなくちゃ。


 俺は櫻井さんに手を伸ばす。


 櫻井さんも心得ていて、コピー機の横に積まれたビラを手渡してきた。


「二日目だからな。


 室付しつづきから送られてきたメールを元に、視点を変えてみた。全校生徒の目を未来の後輩へと向けさせる。文化祭は今年で終わりじゃない。今を未来につなげたい。


 これは、未来の後輩に、いや、大原いずみと仲間達に、そして室付しつづきに向けた俺達上級生からのメッセージだ。明日もしっかり頼む」


 俺は、一番上のビラに目を通す。そこには、こう書かれていたんだ。


── 文化祭を、わたしと一緒に ──


 おはようございます。


 去年のわたしは中学生でした。


 オープンキャンパスとして高校の文化祭を見学し、来年は参加したいと思った日から1年。


 その願いはいまだ叶わず、このままでは、来年の受験生達に先輩がたの勇姿を見せることもできません。


 文化祭は、この学校で躍動している先輩がたの姿を切り取って後輩に伝えるワンカットでもあります。


 その姿を、わたしと一緒に未来の後輩達につないでいきませんか?


 この高校の伝統を、中学とは違う高校生の底力を、皆さんの生きざまを思いっきり中学生に見せつけてやりましょう。


 「明日につなぐ文化祭!」を合言葉に、9月24日の投票まで、いえ、文化祭を実現するまで、わたしは走り続けます。


 ご支援をお願いします。


    生徒会長候補者 大原いずみ



【あとがき】


いずみ「『がために君の鐘は鳴る』の『第18話 その候補者、無垢むくにつき』を読んでいただきありがとうございます。このあとがきは、作者に代わって副音声ふうにわたし達でお送りします。司会進行の大原いずみと」


浩二「よぉ、愚民ぐみんども! 他の国がテロや戦争やらでドンパチやってるのに、この国だけは平和そのもの。気持ち悪いくらいだ」


いずみ「山崎?」


浩二「民度の高い国民だから? 日本人って、すご~いってか? はっ! 取り柄のないやつに限ってカテゴリに誇りを持ちやがる」


いずみ「お〜い」


浩二「テロは何度も起こっているのさ。隠蔽されてしまうだけだ。虚偽と誇張にまみれた平和の押し売り。汚点にはふたをしてしまえ。この国にはそんな薄汚い平和に執着する連中がいるんだよ。俺はそれが気に食わない」


いずみ「楠木くん、じゃない、山崎、これはどういうことかね」


浩二「リコリス・リコイルの真島のセリフ。かっこいいよな。あらためまして、主人公の山崎浩二です」


いずみ「中二病全開で何を言ってるのやら」


浩二「さあ、心のままに撃てっ!」


いずみ「じゃ、遠慮なく……」


浩二「ぐえっ! そこは、お前、銃を捨てろというところだろ?」


いずみ「じゃ、もう一発っ!」


浩二「あうぅっ! やめて〜。暴力反対」


いずみ「尻を蹴飛ばされたくらいで大げさだよ。千束ちさとが放たれた銃弾をことごとくかわすみたいにければいいじゃん」


浩二「オープニングのラストではけてないんだよっ!」


いずみ「知るかーっ!」


浩二「おぅ、ふぅ〜っ!」


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