第13話 その候補者、無策につき
立候補を妨害?
あまりにも過激な言葉に、俺は言葉を失う。
それを賛同と受け止めたのか、水越まゆみは、滔々と計画を話し始めた。
「立候補できるのは、17日の授業が終わってから帰りのチャイムが鳴るまで。その間だけ、いずみをどこかに閉じ込めておければ。……視聴覚室か、音楽室か、とにかく声が外に漏れないところに誘い込んで、鍵をかけて……」
ヤバい、ヤバい。
犯罪者予備軍がここにいた。
目も宙をにらんでるし、もう話が通じるとは思えない。生きてく上で、争ってはいけないやつもいる。
だけど。
「そんなことをしなくても、推薦人が5人必要なんだろ? 推薦人が集まらなければ済む話じゃないのか」
「バカなの? いざとなったら生徒会で用意するに決まってるじゃない。そんなことすらわからないなんて」
「生徒会がそこまでするとしたら、大原の立候補届だって勝手に書くんじゃ?」
「くっ。……そうか。その手があったか。くそ〜、あの犯罪者どもめっ!」
水越まゆみ、自分が大原いずみの拉致監禁を計画していることを棚に上げて、生徒会を非難しています。
しかも、「こうなったら、やつら、一人ずつ闇討ちにするしか……」とか、とんでもないことをつぶやきだした。
菅原会長は、推定180センチ、90キロを超える柔道の有段者だよ?
推定150センチで超軽量級にしか見えない水越まゆみにチャンスがあるとは思えないんだけど。
まぁ、好きにしてくれと、水越を放置する。
「あのぉ」と田村晴香が手をあげた。
目を向けた俺に「もし、いずみが立候補しなかったら選挙はどうなるの?」と問いかけてくる。
「仮に、17日午後5時までに篠崎先輩しか立候補がなければ、その時点で篠崎先輩の無投票当選が決まる。選挙は行われず、菅原会長の任期が終わる9月30日の経過により、自動的に篠崎生徒会長が誕生する」
「それじゃだめなの?」と田村晴香が疑問を口にしたのに、俺が「そうだな。菅原会長も何を考えているのか」と答えていると、水越まゆみが会話に戻ってきた。
できれば、正気になっていてほしい。
「脳筋の考えなんか、悩むだけ無駄よ。どうせ、形だけでも選挙で選ばれた生徒会長にしたいだけなんだからっ!」
「だとしてもだ」と、俺は、勉強会メンバーを見回しながら水越を落ち着かせようとする。
ここは、放課後の教室。
勉強会の休憩時間に、生徒会長選挙の告示を知らせるポスターの話題が出て、水越と俺の言い争いになったのだ。
他の勉強会メンバーも、どうしたらいいのかわからない様子で俺達を見ている。
「まずは、大原の考えを聞いてみないと」
そう言った俺の言葉を水越は鼻で笑う。
「いずみは、自分が泥をかぶって丸く収まるのなら、それでいいって言ってるのよ。生徒会役員としての最初の仕事がこれなんだろうねって、しょうがないってっ!」
「……それは、篠崎先輩に勝てなかったとしても、全校生徒に、大原いずみという存在を認知させられるっていう意味があるからじゃないのか?」
「はぁ? 30対750なんて、惨敗じゃない。それくらいだったら、無投票当選で終わらせればいいのよ。
しかも、いずみが立候補したことについて、誰も求めてないのによくやるねとか、わざわざご苦労さまって嘲笑うやつが出てくるのよ。わたしは、それが我慢できないのっ!」
「篠崎先輩は、生徒会長になっても、生徒会活動をするつもりはなさそうだぞ。菅原会長がそう言ってたからな。なら、真の生徒会長というか」
「だからっ!」と俺の言葉をぶった切って水越は叫ぶ。
「本来なら、その、走るしか能のないやつが、無投票で生徒会長になって、いずみに協力を求めてくるべきでしょう? そ、れ、がっ、得票数でマウントを取る? どうしていずみが、そんなやつに協力しなきゃいけないのよっ!」
「マウントは違うんじゃないか? それに、30対750は言い過ぎだ」
「わかってないのね。他の学年、他のクラスで、いずみのことを知ってる人が何人いると思ってるの? 陸上部員だって、篠崎のヤロウに投票するに決まってるじゃない」
「だから、選挙活動の中で大原の知名度を上げていけば」
「知名度? 生徒会長選挙で何を主張するつもりなの? いい? 学校側も生徒側も、生徒会に望んでいるのは毎年恒例のイベントを粛々とこなすことだけなのよ。変な主義主張なんかいらないのっ!」
「変な主義主張って?」
「どうせ、あんたのことだから、女子の制服を、夏は水着、春秋はメイド服、冬はミリタリーで、オールシーズン、ケモ耳にしっぽを標準装備とか公約に上げるつもりでいるんじゃないのっ! そうすれば、確かに全校男子の400票は獲得できるわよねっ!」
……こいつ。
天才かっ! この学校の男子生徒のことをよくわかっている。
もし、その公約をあげたなら、確実に勝てる。誰も実現できるとは思わないだろうけど、男なら夢を求めて清き一票を入れずにはいられない。
だめだ、騙されな、そんなのが通るはずがないと言いながらも、鉛筆が勝手に大原いずみと書いてしまう。
男子生徒の400票で過半数を得て勝つ。ということも、あながち夢じゃない。
それほどまでに、この学校の男子生徒の意識は低い。
たぶん、将来、税金を下げますとか、税金の無駄遣いをやめさせますとか、議員定数を減らしますとか、耳障りのいい選挙公約を唱える政治家に投票して、その都度、裏切られるんだろうな。
彼らが投票に行ったらの話だけど。
そのうえ、当たらないとわかっていながら、毎回宝くじを買うんだろう。
ただ、その公約はセクハラで一発アウト。そもそも、大原がオッケーを出すはずがない。
水越まゆみの熱弁は続く。
「いずみは、菅原会長に言われて断れなかっただけなのよっ! あの柔道バカ、陸上バカが当選したら、どうせ、いずみが生徒会に入ってサポートするんだから、おんなじだろうって言うけど、全然違うっ! それは、協力じゃないっ! 屈したっていうのよっ!」
水越まゆみが叫んだ言葉に、俺も言い返す。
「だけど、大原が立候補するって決めたのなら、応援するしかないだろっ!」
「まだ立候補してないっ!」
「立候補してから選挙対策を考えても遅いんだよっ」
「だから、今は阻止に全力を尽くすべきなのっ!」
「そう考えるのなら、対策がないことを示して立候補しないよう説得するのが筋じゃないのか」
「対策がないことは承知の上で立候補しようとしているの。だから、やめさせるんじゃないっ!」
「なら、聞くが、大原は説得に応じそうなのか。違うだろ? 説得できなかったんだろ? だったらサポートするしかないじゃないか」
「無責任なこと言わないでっ! それでいずみが失うものの大きさも知らないくせにっ!」
「失うって、大げさな」
「いい? いずみは陸上部員なの。陸上部のエースが立候補するのに、その対立候補になろうとしてるのよ。他の陸上部員から見たら反逆行為じゃない。それで、部活をうまくやっていけると思うの? いずみのポジションを奪おうとするスポーツ特待生だっているんだからね」
「とにかく、一度大原と話をさせてくれ」
「わたしと優子が説得してだめだったのに、あんたみたいな金魚のフンにできるわけないじゃない」
「き、金魚のフン?」
「新宿駅で、いずみのお尻を追いかけ回したでしょ」
「えっ? だって、あ、あれは、大原が」
「あんたに対する最後の切り札にするからって、優子がスマホで録画してたのよ。あんたがいずみのお尻をガン見してつきまとってるところ」
……清水優子、あのヤロウ。
いや、大原もグルか。
途中からサングラスをかけてたのはそういうことか。ちくしょー。
頭に浮かぶのは、キャップとサングラスで顔を隠し、ホットパンツ姿で歩く女性と、その後ろから追いかける俺。
しかも、視線はお尻に釘付け。それが駅の構内を行ったり来たり。
あれじゃ、完全に変態ストーカーにしか見えねーじゃねーか。
俺、完全に嵌められてんじゃん。
なんかもう、生きているのがつらい。
それでも。
最後の気力を振りしぼって、水越に告げる。これで断られたら、もう関わるのはよそう。そう固く決意して。
「大原に確認するだけでいいんだ。どうせ、大原に勝つ気はないんだろ? だったら、生徒会長の思うツボだ。お前らに他に方法があるのならそれでもいいけど、俺もできることはしてみたいんだ」
「何か方法があるの?」
「この案件の中心にいるのは菅原会長だ。菅原会長を動かせばいけると思う。そのために、大原の考えを確認しておきたい」
「そう。わかった。いずみは部活が終わったらメールをくれるから、そのときに聞いてみる」
「頼むよ。ところで」と俺は、他の4人の女子達を見回す。
「俺と一緒に勉強会をしてるのは、水越や清水に頼まれたからじゃないよね?」
「まさかぁ」
「疑りすぎ〜」
「そんなわけないじゃん」
「山崎くん、勉強できるから」
そのまま、水越で目を止める。
「わたしは、責任者として、この子達があんたの毒牙にかからないように参加してるつもりだけど?」
もういい。
わかった。
水越まゆみの言葉で理解した。
責任者ということは、水越が俺を監視するために組んだチームだ。こいつらは。
まあ、それでもいいか。
ハニートラップを仕掛けられてるわけじゃない。それだけで安心だ。
でも、この子達の誰かと付き合う未来なんて、ないんだろうな。
そのことだけは、しっかり覚えておこう。ほら、距離感が近くなって妙に意識しても虚しいだけだからね。
そうしているうちに5時のチャイムが鳴った。
4人の女子に別れを告げ、俺と水越は駅の近くのモスへと向かう。
そこで向かい合わせに座ってバーガーを食べながら待っていると、テーブルの上のスマホが震えた。
水越がメールを開き、返信して俺に告げる。
「いずみに、ここでわたしとあんたが待ってることを伝えた。もう少ししたら来ると思う」
「そんなきつい目で見るのはやめてくれ。少なくとも大原を守りたいという意味では、俺達は仲間だろ?」
「さぁ、どうだか」
「俺は大原の敵じゃないぞ」
「あんたが、いずみのことを狙ってるのは知ってるからね。いずみが困ってるところにつけ込んで何するかわかったもんじゃない」
「わざわざ言いたくはないんだけど、俺は大原に振られた。好意を持ってもらえない相手にいつまでもつきまとったりはしないよ」
「そうなの?」
「大原から聞いてないのか?」
「うん」
「お前や清水との時間を大切にしたいんだとさ」
「そう? いつ? いつのこと?」
「8月、大原が俺に会いに学大まで来た日」
「そう。あのとき」
こいつも知ってるのか。つまり、清水同様、俺が大原を家に連れ込んでレイプすると思ってた口だな。
まったく。
童貞の俺にそんなことができるかよ。女の子の協力がなければ、どうしたらいいかもわからないんだぜ?
女性は非力だっていうけど、大原の運動能力は俺よりも上。
本気で戦ったら殺られるのは、俺の方だ。
だが、そんな俺を放って、水越は窓の外を見て笑みを浮かべている。
「そう、わたしのことが大切なのね」とかうっとりしてるけど、俺、そんなふうには言ってないよね?
そうか。
こいつも俺と同じだ。
高校デビュー。たしか、大原はそう言ってたな。
中学生の頃、クラスで目立たない存在だったのが、高校入学を機にイメージチェンジを図ることだ。
中には、おしゃれパリピになったり、ヤンキーになるやつもいるけれど、そこまでじゃなくても、新しい環境で、それまで抑えつけて隠していた自分を解放するってこともある。
中学時代、勉強ができるようになっても、それだけでまわりは認めてくれない。
小学生から続く人間関係は簡単には変えられない。いくら努力したところで、昔の俺を知っているやつらは相変わらず俺を見下してくる。
さりとて、俺にしても、クラス内はともかく、学年1位とかの成績を取っていたわけじゃない。
多少、いい成績を取るようになっても、ただそれだけのこと。クラスの中で意見など言える立場にはなれなかった。
費やした努力と満たされない承認欲求の不均衡は、俺の中でますます孤立感を深めていく。
高校デビューは、そんな自分を変えようと、心機一転、蒔き直しを図るチャンスだったんだ。
俺だけじゃない。
おそらくは、清水も、水越も。そして大原も。
昔の自分を誰も知らない場所で、人生のリスタートを始めたんだ。
わずかな親近感が俺の心に宿る。
水越まゆみ、もしかしたら、そんな悪いやつじゃないのかもしれない。
やがて。
モスのドアの鐘がチリンと鳴って、大原が店に入ってきた。
店内を見渡して俺達を見つけると、大きく手を振った後、カウンターで注文をしてテーブルにやってきた。
「おつかれ〜」と水越が迎える。
俺も黙ってうなずいて合図を送る。
「二人が一緒なんて珍しいね」と注文プレートをテーブルに置きながら大原は笑う。
その屈託のない笑顔に、今日の用向きなど忘れてしまいそうになる。
水越が大原のリュックを受け取り、丁寧に空いているイスに乗せ、自分の隣のイスをたたいて勧める。
とても、大原の拉致監禁を企んでいるやつには見えない。女は恐い。
「山崎の話は食べ終わってからでいい? お腹ぺこぺこなんだ」と大原が言うのにうなずいて、俺はドリンクをすする。
「清水は一緒じゃないんだな」
「ん? まゆみがいるからね。……もしかして、まゆみにいじめられた? ごめんね。友達思いのいい子なんだけど、言葉を選ばないところがあるからね」
言葉を選ばないどころじゃない。犯罪計画を聞かされたんだぞ。俺は。
なんてことは言えない。
言ったら、間違いなく水越のデスノートに名前が書かれる。死因は心臓発作じゃない。事故に見せかけた殺人だ。
だが、目の前の水越は嬉しそうだ。大原の言葉の意味を理解していないのかな。恋は盲目っていうけど、やっぱヤバいわ、こいつ。
そうしているうちに、プレートの番号が呼ばれ、大原はモスバーガーとサラダのセットが乗ったトレイを手にして帰ってきた。
「それ、牛肉じゃないのか?」
大原のアスリート飯を知っている俺は心配になって声をかけた。
「うん。牛肉100パーセントに、ミートソース。トマトと玉ねぎのみじん切りが絶妙なんだ」
「いいのか。その、アスリートにとって」
「問題ないよ。コーチも言ってるからね。鶏肉にこだわることはないって。十代は何でも食べなきゃだめだって」
「そうか」
それだけ信頼してるんだな。
競技者と指導者の信頼関係の深さをあらためて思い知らされた。これを断ち切る愚をおかそうとしたなんて、体育教師達もパワハラとか馬鹿なことをしたもんだ。
だが、知ってるか。大原。
今、お前が食べている肉、オージービーフは、日本のマーケット向けに育てられた牛だということを。
オーストラリア人がその肉を口にすることはほとんどない。
肉の嗜好が違うからな。
それは、自然に放牧して牧草を食べて育ったものではなく、日本人の口に合うように、あえて穀物を食べさせて育てた牛なんだ。
そうすることによって、脂質多めの柔らかい肉ができるんだ。
つまり。
それは、お前が嫌う脂がのった肉なんだ。
オージービーフは硬いと聞くことがあるけれど、それは、和牛と比べたか、オーストラリアで牛肉を食べたからだろう。
オーストラリアで食べる向こうの牛肉と日本で食べるオージービーフは別物だからな。
もし、お前が脂質を嫌うのなら、本当はそれは食べない方がいいんだぞ。
まぁ、川村コーチに傾倒しているお前に何を言っても無駄なんだろうけど。
だが。
モスバーガーを両手で持ち、もぎゅもぎゅと頬張る姿はたいそうかわいらしい。
スマホで撮って残しておきたい。
だめだよね。そんなことをしようものなら、俺の正面に座る水越からウーロン茶の入ったグラスを投げつけられそうだ。
大原はバーガーを平らげると、サラダに付いてきたフォークを使って、バーガーから溢れて包み紙に残ったミートソースと玉ねぎのみじん切りを集めて口に運ぶ。
その間、水越は、幸せそうにじっと大原の横顔を見つめている。
その表情の柔らかさにドキリとする。
水越、こんな顔ができるんだ。
たぶん、大切な相手には愛情深いだけなんだろう。その聖女のような微笑みに免じて、犯罪者予備軍のレッテルは外してやることにしよう。
やがて、サラダを食べ終え、ウーロン茶で口を整えた大原は、俺に「それで、用は何?」と問いかけてきた。
「生徒会長選挙のことだけど」
「うん。あれね」
「立候補するって聞いた」
「うん。菅原会長から頼まれたからね」
「もう一人の候補者のことも」
「そう。それで、心配してくれたんだ」と水越を見ながらため息を吐き出す。
「対策はあるのか?」
「対策? 何もないよ。て、いうか、考えるだけ無駄だね。わたしは精一杯戦って負けるだけだよ」
「それでいいのか?」
「勝つ者がいれば負ける者がいる。当たり前のことなんだ。それに。……負けることには慣れてるからね」
そう言って大原は力なく笑う。諦めたような顔で。
そんな顔は見たくない。
「負けるにしても、一矢報いたいとか、一泡吹かせたいとか思わないのか?」
「山崎が先輩をどう思ってるか知らないけど、先輩はそういう人じゃないよ? 生徒会長とか選挙の結果とか、興味も関心もないんじゃない? 選挙運動すらしないと思う。
むしろ、わたしが勝ったらほっとするんじゃないかな? わずらわしいことから逃げられたって。そんな人を相手に感情的にはなれないよ」
「そんな人が生徒会長でいいのか?」
「それは、わたしにしても同じことだよ。できることなら立候補なんてしたくない。
今までだってまゆみや優子に迷惑をかけっぱなしで、今回も心配をかけてしまってる。
でも、先輩が生徒会長をしなきゃいけないのなら、たぶん、サポートするのはわたしくらいしかいないから。……これは、篠崎生徒会長を支える最初の仕事なんだと思ってる」
「どうして、そこまで?」
「わたしも、100メートルを走ってきたから」
そう言うと、俺に鋭い目を向けた。
「どうしても勝てない相手がいる。
その選手に立ち向かうために一生懸命練習をした。それでも勝てない。練習方法が間違っているのかもしれない。体作りから考えてみる。食べるものを研究してみる。それでも勝てなかった。
そうこうしているうちに、後ろから追いかけてくる年下の選手の足音が聞こえてくる。
100メートルは、わたしの距離じゃなかったと気づくまで、それは終わらなかった。
そうして、わたしは駅伝選手になった。もう走ることをやめられないくらいに好きになっていたからね」
「それは……」
「たぶん、先輩も今その岐路に立っている。……山崎は興味ないかもしれないけど、校内新聞を読んだ? 今年のインターハイの記事」
「ああ、来年は優勝が期待されてるってやつだな」
「あんなの大嘘。……状況は全然違うよ。今回の1位、2位の選手は高校陸上界のビッグネーム。
短距離走を続ける限り、この二人とは高校を卒業しても戦わなくちゃいけない。
でも、今のままだと、勝ち目のないレースを、ただ自分のベストタイムを縮めるためだけに走ることになる。二人の背中を見ながらね。
それに、今年の決勝では1年生にも負けた。それだけじゃない。今、中学3年生で注目されている選手がいる。
もしかしたら、来年のインターハイで優勝を争うのは、この二人かもしれない。……それが客観的な事実なんだよ。
来年のインターハイは先輩の競技人生にとって、とても大きな意味を持つんだ。ビッグネーム二人を追いかける挑戦権があるのかどうか」
「挑戦権?」
「先週、IOC総会で、7年後のオリンピックが東京で開催されることが決まったでしょ。
ビッグネームの二人は日本代表の有力候補なんだ。だけど、後から追い上げてくる二人に勝てないようなら、追いかける資格はないってことだよ」
「7年後とは、ずいぶん先の話だな。その前にリオがあるじゃないか。それに、そこまで思い詰めてるんだったら、篠崎先輩が立候補しないのが正解なんじゃ?」
「来年の入学者を募集するためには、知名度の高い生徒の顔が必要なんだ。
特進クラスが卒業時に有名大学の合格者数を出すために学費もろもろが免除されているのと同様に、スポーツ特待生だってそう。
先輩が生徒会長にならない選択肢なんてないよ。学校も生徒会も新聞部もそのつもりで盛り上げてる」
「だとしても、大原が立候補しないで、無投票当選という方法もあるだろ?」
「本来ならね。だけど、今年は事情が違う。……来週行われるはずだった文化祭が延期になったままだからね」
「それって……谷口先生の盗撮があったからだよな」
大原は、水越をちらりと見てから答えた。
「正確には、文化祭にマスコミが紛れて入場するのを学校側が心配したからなんだけどね。
わたしはその責任を取らなくちゃいけない。学校側と交渉して、遅くとも10月中には文化祭を実行しないと、全校生徒の準備が無駄になる。
わたしは、自分のしたことから逃げるつもりはないんだ」
その不退転の決意に、ようやく俺は悟った。
あの盗撮事件のせいだ。
悪いのは谷口先生であることに変わりはない。しかし、谷口先生の盗撮を暴いたのは特進クラスの女子生徒達だ。
そして、中心にいたのは大原いずみ。
その結果、高校時代のメイン行事の一つである文化祭が延期となった。
いつ開催するかはいまだに決まっていない。3年生の受験時期との兼ね合いから、もしかすると今年は開かれない可能性だってある。
そうなったとしても、大原やその仲間が責められる謂われはない。
だとしても。
生徒達の心に大きな傷は残る。
そして。
事実が露見したとき、その傷が仲間達に及ぶことを恐れたのだ。
目の前の少女は。
だから、立候補を断れなかった。篠崎先輩に、次の生徒会にその責を押しつけることをよしとしなかった。
だったら。
俺にも責任があるじゃねーかっ!
他人事じゃない。俺が警察官を谷口先生の所へ連れて行った。
今となっては、犯罪者が捕まったことに、いささかの痛痒も感じていないけれど、文化祭を楽しみに準備をしていたあの時間が、なんの成果もあげられずにぼろぼろと崩れ落ちる虚しさ、痛み、やがて訪れる悔しさ、そのことだけは身に染みてわかる。
もしも、その怒りが俺に向けられたらと思うと、ゾッとする。
俺は悪くないと思っていても、怒りの矛先がどこに向かうかは誰にもわからない。
理屈と感情は別だ。
正義が正しいとは限らない。
俺は、俺自身が崖っぷちに立っていたことに初めて気づいた。
そして。
目の前の少女が、俺も含めた皆の代わりに崖から飛び降りようとしていることにも。
ここまで理解して、関わらないという選択肢は俺にはない。
立候補させない? 愚かな考えだ。それは大原の決意を踏みにじることだ。
勝たない選挙? 簡単なことだ。アドバンテージは相手にある。
30対750? 上等だ。ボーダーラインは半分の390、これを超えなきゃいいんだろ?
俺も覚悟決める。
大原と一緒に雨に打たれたいとか、そんな感情論じゃない。
これは、大原を守るため、クラスの皆と過ごしたあの1日の思い出を守るため。
そして俺自身のこれからを守るため。
そう。これは、この夏のできごとの総仕上げなんだ。
文化祭を早急に開く。そのことで、あの1日を曇りなく思い出せるように。
俺は、大原と水越に決意を伝える。
「お前が立候補するのは、篠崎先輩をサポートするのと同時に、ほったらかしにされている文化祭の早期実現に向けて次期生徒会役員として早く着手したいから。それが大原の考えなんだな?」
「そうだね」
「そして、水越。お前は、選挙で大原が篠崎先輩に負けることが、いや、惨敗することが気に入らないと」
「そうだよ」
「清水も水越と同じ考えでいるのかな?」
「たぶん、そう」
「だとすると、生徒会長選挙で、大原が全国区の知名度を誇る相手に300から380票を取れれば、お前らの希望は叶うというわけだ」
「それはそうだけど」と水越はちらりと大原を見ながら答える。
大原は、腕を組んで続きを促す。
「なら、それが実現できるように、俺が思いつく方法で協力してもいいか?」
「「何をするつもり?」」と二人は不安げな顔になる。
そこで俺は、ニヤリと笑った。
「いい方法があるんだ」と、キメ顔で。
【あとがき】
いずみ「『誰がために君の鐘は鳴る』の『第13話 その候補者、無策につき』を読んでいただきありがとうございます」
浩二「このあとがきは、作者に代わって副音声ふうに俺達でお送りします」
いずみ「司会進行の大原いずみと」
浩二「主人公の山崎浩二です」
いずみ「おはようございます。坊ちゃま」
浩二「うぉっ! なんだ、なんだ」
いずみ「最近雇ったメイドが」
浩二「怪しい」
いずみ「では、坊ちゃまの大好物のシチューを作りましょう」
浩二「シチュー?」
いずみ「このわたしから手取り足取り教えてほしいんでしょ?」
浩二「そうだ。お前の作る料理は今まで食べたどんな料理よりもうまい。一生お前の料理を食べたい。いや、お嫁さんに来てほしいほどだ」
いずみ「隠し味に坊ちゃまへの愛情たっぷりですから」
浩二「怪しい……うっ。ぐぐぐ。ばたり」
いずみ「おやすみなさいませ。天然ジゴロの坊ちゃま♡」
浩二「……むくり。そういえば、主人公のお風呂シーン、メイドのリリスがお背中流しましょうかと言って入ってこなかったな」
いずみ「そういうアニメじゃないっ!」
❏❏❏❏
浩二「俺としては、アルト、お前さんの濃ゆい魔力、あたしにもっと注いでおくれよ、とか言われたい」
いずみ「金装のヴェルメイユ。好きな人にはいつでもキスしてもいいとか、受け身エロい」
浩二「あれは魔力を吸われてるだけ」
いずみ「ヴェルメイさんがエロ出しすぎるから、対抗して、ヒロイン? のリリアの顔がとんでもないことになってる」
浩二「とんでもないといえば、オブシディアン先生に先手を取られたヴェルメイさんも」
いずみ「うん? 女はみんな、あんなもんだよ」
浩二「あんなもんなの?」
いずみ「一皮むけばね」
浩二「魂ごと八つ裂きにしてやるとか、言ってるけど?」
いずみ「普通だね」
浩二「黒い羽根を撒き散らしてるけど」
いずみ「悪意を撒き散らすのは女の十八番だよ」
浩二「……なんか恐い。そういえば、今回はヴェルメイさんの全裸姿がなかったな」
いずみ「よく見て。最後のシーンが全裸だよね」
浩二「サタンみたいな姿になってる。それを見て喜んでるオブシディアン先生は、変態ということになるんだが?」
いずみ「性癖は人それぞれだからね。むしろ気になったのは、オブシディアン先生、他のキャラに比べて作画がちょっと」
浩二「ちょっと?」
いずみ「シンプル。今話の重要キャラなのに、モブみたいな」
浩二「このアニメ、男の価値はあんなもの。俺も興味ないし」
いずみ「正直者が正しいとは限らないんだぜ。お坊ちゃま?」