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第1話 その生徒会長、イケメンにつき

「もうこれ以上嘘はつけない」


 生徒会長の言葉に俺達は息を飲んだ。


「……副会長」と優しく声をかけながら、生徒会長は、悲しそうな目で別れを告げる。


「俺は書記の神田さんを愛してしまったんだ。君には申し訳ないと思う。将来を約束しておきながらこんな手ひどい裏切りをするなんて。最低な男だと思う。


 それでも、こんな気持ちを抱えたまま君と向き合うことのほうが不誠実だと気づいてしまった。だから、君との交際を解消させてくれ」


「……会長、……そんな、わたしはずっと会長だけを見てきたのに」


「わかっている。俺も、本当なら神田さんへの気持ちを諦めて、君とこのまま一緒にいたほうがいいんじゃないかと、ずっと、自問自答してきた。


 だけど、君は、取り巻きを使って神田さんに意地悪をしていたよね。わかってる。君はちょっとだけ神田さんが困ればいいと思ったんだろ?


 教科書を隠したり、上履きに画びょうを忍ばせたり、机の中にゴミを入れたり。そんな具体的なことを君が指示するはずなんてないものな。でもね、引き金を引いたのは君なんだ。間違いなくね。


 神田さんは君と違って美人とはいえない。成績も努力が求められるレベルだし、要領も悪い。いつも誰かから面倒ごとを押しつけられている。


 それを笑って引き受けているところを、俺は好きになったんだ。神田さんを守りたい。神田さんの力になりたい。神田さんと一緒に歩いていきたい。


 今、俺は心の底からそう願っている。だから、俺は君にこう告げるしかない。


 ありがとう。ごめんなさい。さようなら」


「会長はそれでいいんですか? わたくしとの交際を解消したら、わたくしは副会長を辞めますよ。


 わたくしが居なくなって学校の行事を回せると思っているんですか? 会長選挙で当選したのも、わたくしの友人達の助けがあったからじゃないですか。彼女達が生徒会に反旗をひるがえしたら、文化祭だって皆でボイコットしてつぶしちゃいますよ。


 そうなったら、人望のない生徒会長として先生方に覚えられ、大学への推薦も受けられなくなりますよ。会長は、今、自分の人生を捨てようとしているんです。目を覚ましてください。今ならまだ間にあいます」


「君ならたぶんそう言うだろうと思った。……だから、全校生徒が見ているこの場で言ったんだ。俺がもう後戻りできないように」


「会長、わたくしは……それでもっ!」


「もう、何も言わないでくれ。俺に君を嫌いにさせないでくれっ!」


「神田さんっ! あなたは、あなたはどうなのっ! 会長が前途洋々たる人生を踏みはずそうとしているのよ。あなたはそれでもいいのっ?」


「副会長……いいえ、目黒さん。わたしはずっと我慢してきました。


 目黒さんは試験でも学年首席を取り続けているし、町を歩けば皆が振り返って芸能スカウトが群がるくらい美人だし、生徒会でも、仕事に慣れないわたしに気を使ってくれる優しい方です。ずっと尊敬していました。


 生徒会が、会長ではなく、目黒さんでっていることも承知しています。だから、わたしは、会長への気持ちを諦めようとずっと思っていました。


 ですが、会長は、いいえ、渋谷君は、わたしなんかを好きだと言ってくれました。わたしと一緒にいられるのなら、生徒会長は辞めてもいい、大学は推薦ではなく、一般入試で受験するって。


 わたしが何よりも大切にしたい人が、そこまで言ってくれたのに、その想いに応えないなんてことはできません。


 渋谷君は、もしかしたら、気の迷いで告白してくれたのかもしれません。ただの同情かも。ある日、目が覚めてわたしの元から去っていくのかもしれません。お前なんかに惑わされて道を誤ったって、ののしられるかもしれません。


 それでも、わたしも、渋谷君のことが大好きなんです。


 だから、わたしは学校を辞めます。目黒さん、お願いです。わたしが学校を辞めますから、渋谷君を、いいえ、会長を許してあげてください。会長を助けてあげてください」


「………………」


「おーい」と俺が声を上げた。


 会長が俺を見る。


「お前だよっ!次のセリフッ!」


「……」


「何だよっ! 次のセリフ、台本持ってるだろっ!」


「ごめん。無理っ!」


「何がっ!」


「いやぁ、次のセリフなんだけど。『神田さん、君がそこまで言ってくれるのなら、俺は生徒会長を辞める。今ここで。全校生徒の前で君への永遠の愛を誓うよ』なんて、アタマおかしくない? この生徒会長」


「俺の書いた脚本ほんに文句があるのか?」


「うん。その言い方。脚本を『ほん』とか、もうね。なんか気持ち悪い」


「それは俺のことだな。……俺を気持ち悪いと言ったんだな」


「そりゃあ、こんな脚本を書いたくらいだからね。もう、マジ無理」


「どのへんが無理なのか聞かせてもらおうか」


「まずね。この男、なんで全校生徒の前でこんなこと言うの?」


「そりゃあ、不退転の決意を示すためと、この劇が文化祭の出し物だからじゃないか」


「文化祭当日、この体育館に全校生徒は来ないよ? 出し物はここだけじゃないからね。


 それに不退転の決意とか、内輪で解決すればいいのに、他の生徒を巻き込むなんてバカとしか思えない。


 この男、生徒会長に向いていないし、副会長の目黒さん? こんな男とは別れたほうがいいよ。神田さんも学校を辞めるとか、常軌を逸してる。


 目を覚ますべきなのは彼女達のほうだね」


「そこは、今流行(はや)りの断罪イベントを意識して書いたんだ」


「最大の問題は、うちの親とか弟がこの舞台を見たら、後で絶対に笑われること。


 何なの? これ、コメディなの? わたしに恥をかかせたいの? 羞恥プレイ? それとも、文化祭の翌日、わたしに人を殺させたいの?


 知ってる? 難しいのは死体を隠すこと。バレてもいいなら、殺すことはそんなに難しくはないんだ。


 あんたの血、何色なんだろ?」


 そう言って、生徒会長役の大原いずみは、ステージから降りてきた。


 丸めた台本を握りしめて。


 俺は座っていたディレクターズシートから立ち上がろうとしたが、大原は逃がすまいと詰め寄ってくる。


 慌てた俺は逃げようとして、イスに足をひっかけてしまった。


 そのまま、イスごと倒れ込んだ俺は、床に転がりながら、それでも逃げ道を探す。


 そんな俺の顔の横に、ドンと丸めたままの台本で突きたてられた。


 凶器にしか見えない台本から目をそらすように、俺は仰向けになる。


 そこへ。


「山崎、明後日あさってまでに台本を書き直してくれるよね」と大原が乗っかってきた。


 逃さないとでも言いたげに。


「そんな」と拒もうとする俺に顔を近づけ、有無を言わさない迫力で告げる。


「あんたはいいよ。脚本とか演出とか威張って、わたし達をいいように動かしてるけど、映画みたいにクレジットが出るわけじゃないから、名前をさらさずに、こんな恥ずかしい舞台でも青春の思い出とやらにできるんだからね。


 でも、わたし達はそうはいかない。こんな穴だらけの脚本に踊らされてるのを、友人や先輩に見られたり、恥ずかしい姿を親にビデオで撮られて、親戚にそれを観られて笑われて、結婚式とかでも上映されて、いつまでも黒歴史に追いかけ回されるんだ。


 大体、こんなふざけたストーリーをよく書いたね。わたしのことが嫌いなのかな。いじめなのかな。……それとも死にたいのかな」


 これには黙っていられない。俺は、こいつのためにこの脚本を書いたのだから。


「ふざけてなんかいないぞ。……それに、嫌いとか、いじめとか、そんなつもりは一切ない」


「じゃあ、なんで女のわたしに男役をやらせるの?」


「……かっこいいから」


「はっ?」


「かっこいいからだよ。大原、お前が、このクラスの誰より、男子よりもっ!」


 大原が目を見開いて俺を見た。


 スキありっ!


 俺は首を伸ばして、大原の唇を奪ってやった。後のことなんか知るもんか。俺は今を生きるっ!


「「「「「「「「「うわーっ!」


 体育館にクラスメイトの絶叫が響き渡った。大原は慌てて腕で唇をぬぐう。


 皆が騒ぎ立てる中、俺は上体を起こして大原と向き合った。背中から倒れそうな大原の背中に両腕を回して支える。結果、彼女は俺の腰をまたいで座ることになった。


 これはあれだな。騎乗位からの対面座位ってやつだな。


 大好きな女の子とキスをした。こんな体勢で絡み合っている。もう死んでもいい。


 大原は男子高校生の制服を着ているから、傍目には男同士で抱き合っているようにしか見えないだろうけど。


「大原さん、大丈夫っ!」とか、「山崎、それは犯罪だぞ」とか、「女子にキスするなんてハレンチだ」とか、「うらやましい、俺もしたい」とか、「腰を動かしてんじゃねーよ」とか、あたりは蜂の巣をつついたような大騒ぎになっている。


 女子達は「キャー」とか叫びながら真っ赤になっている。多くの男女に今夜のネタを提供してしまった。


 さすがに俺もやりすぎたと思って大原に謝る。


「ごめん。お前の初めてをもらっちゃった。でも、俺は本気だから。お前が嫌じゃなければ付き合ってくれ」


 だけど、こいつは立ち上がりながら、こう言ったんだ。


「山崎、これは事故だよ。気にしないで台本を書き直してね。みんなも騒ぐのはもうやめようか。子供じゃないんだから」


 まわりを見回して軽く笑っている。「でも、キスされたんだよ」と女子達からハンカチを渡され、「ねっ、うがいしたほうがいいよ」、「顔を洗おうよ」、「保健室、行こっ」、「吐いていいんだよ。気持ち悪いよね」とか慰められている。


 そこまで言わなくても、とは思うが、今の俺はレイプ犯と同じ。罵声は甘んじて受けよう。


「みんなも気にしないでね。わたし、キスは初めてじゃないから」


「「「「「「「「「「えーっ!」


 今度は俺も驚いた。


「……いずみ、ファーストキスじゃないの?」と目黒副会長役の清水優子が恐る恐る問う。


 俺も聞き耳を立てる。


「うん。中学のとき、付き合ってたやつとした。ファーストキス」


「……彼氏がいたの?」


「去年のことだよ。もう別れちゃったけどね。それに、キスっていっても、唇が触れただけ」


 大原はニヤリと笑うと。


「……ねぇ、優子、オレの唇にキスしてきれいにしてくれる? ほら、山崎に汚されちゃったから」


 清水が真っ赤になってうつむいた。


「そっか、そっか。山崎と間接キスになっちゃうもんね。残念。もし、してくれたら、大人のキスってやつを教えてあげたんだけどなぁ」


「「「「「「「「「「きゃーっ!」


 固まった清水優子を抱きしめて「オレのキス、すごいんだぜ。天国に連れていってやるよ」だと?


「「「「「「「「「「きゃーっ!」


 俺が唖然とする中、大原は、「山崎、書き直し、明後日あさってまでな」と言い残して清水優子の肩を抱き、女子達に囲まれて体育館から出ていった。


 こうして、俺のファーストキスと告白はスルーされ、後に残されたのは台本の書き直しと前かがみになった男子達の殺意だった。


 なんか、死にたい。


 ❑❑❑❑


 夏休みのなかば、俺達は9月の文化祭に向けて1年A組の出し物の演劇の稽古をしていた。


 脚本と演出は俺、山崎浩二。


 演劇部ということで脚本と演出を押しつけられたが、一年生の俺は演劇部では下っ端だ。配役どころか、発声練習とランニングに殺陣たての稽古、それと小道具の製作しかすることがない。脚本を書いたのもこれが初めてだ。


 俺が所属する演劇部は10月の地区大会に向けた演目を、この文化祭で上演する。稽古はクーラーの効いた区の文化センターでやっている。


 その部活の合間を縫うようにしてクラスの脚本を書いたというのに、初日からダメ出しをされてしまった。


 体育館は1日おきに2時間しか使えない。稽古も効率よく回していかなければならない。


 内容は学園もの。主役の副会長が、生徒会長から交際破棄を突きつけられ、生徒会から去るところから始まる復讐劇だ。


 副会長は、頼りになる仲間達と文化祭の前日、前夜祭と称して舞台を占拠、ロックミュージカルに生徒を巻き込んで、予定調和の文化祭をぶち壊そうとする。


 それを止めようとする生徒会長は次第に孤立していく。やがて学校側が動いて首謀者の副会長を処分しようとする。


 神田に背中を押された生徒会長は、副会長を守り、ロックミュージカルを成功させる。そして、ラストシーンで会長は、副会長と神田の二人を嫁にすると宣言して終わる。


 そんなキテレツなストーリーだ。


 細かいところは放っておいて、勢いだけで舞台をジェットコースターのように走り抜ける。そんな物語だ。


 ストーリーが破綻してる? してていいんだよ。ありえないことだから物語にする意味があるんだ。


 常識を振り切った行動で感情のままに叫ぶから、観客の心を動かせるんだ。


 じゃないと、現実の生徒会と混同するやつらが出てくるからな。


 物語はあくまでフィクション。実在する人物、団体とは一切関係ありません? 当たり前だろ。そんなこと。


 人が考えて作るものだから、何某なにがしかのヒントやひらめきが、日常の出来事や過去に読んだ作品から生まれることだってある。何かの出来事に似てる? 誰かの小説に似てる? 登場人物の名前が似てる? 偶然だろ。意図したわけじゃないぞ。


 それでも、悪意や面白半分でこじつけて物語を歪めてくるやつがいる。


 その悪意に負けないように、物語を意図的に歪めて何かに利用されないように、俺達は奇妙キテレツな物語を作るのだ。


 実在する生徒会の面々、特に生徒会長や副会長に迷惑はかけられないからな。


 だけど。


 好きな女の子が中学時代にファーストキスを経験していたなんて。


 現実は残酷だ。


 しかも、どさくさ紛れの告白もなかったことにされてるし。


 あれって、好きな男がこの高校にいたら絶対に言わないよな。


 最後は、オレ様キャラになってクラスの女の子を独り占め。


 決めた。


 あいつが演じる生徒会長、性格破綻者のメチャクチャなキャラにしてやる。


 これは、俺の復讐の物語。


 だけど。


 ……付き合った男がいたのかぁ。


 なんか、もう死にたい。



【あとがき】


いずみ「『がために君の鐘は鳴る』の『第1話 その生徒会長、イケメンにつき』を読んでいただきありがとうございます」


浩二「このあとがきは、作者に代わって副音声ふうに俺達でお送りします」


いずみ「司会担当の大原いずみと」


浩二「主人公の山崎浩二です」


いずみ「パリピ孔明。ラップ合戦、すごかったね」


浩二「孔明のHey-Ho! 最高っ! だけど、ラップ合戦といえば、かぐや様も。生死をかけた戦いの果てに藤原千花が見たものは」


いずみ「正直、語尾にYoを付けとけばなんとかなると思ってました、だよね」


浩二「違うだろっ!」


いずみ

「♫マンガに載せたリリックを

  ラップに乗せたテクニック


  声優の技、すげーっ!

  劇中の歌、Yeahーッ!


  ラップパートはライムのカタマリ

  対するオマエはポエムのさえずりっ」


浩二「俺の台本をポエムだと?」


いずみ「ラップにはラップでアンサーしなよ。……あら、ごめんなさい? この程度のことができない人が、一人いましたね」


浩二「……そのかぐや様、最新話じゃないんだけど」


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