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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
8/28

七話 出逢いはいつだって突然で、


 貧乏屋敷が、いつになく騒がしい。

 アルエは退屈そうな顔をしながら、家財を大急ぎで纏めている家族たちを、足が地面に付かない椅子に座りながら眺めていた。

 彼も母から仕事を言いつけられているのだが、全く動こうとしていない。

 当然母に見つかり、こっぴどく叱られる。

「コラッ! アルエ! アンタも手伝いなさい!」

「はいはーい」

 商家生まれの母が、キツい口調でアルエを咎めると、少年は口を尖らせ間延びした返事をする。それが母の逆鱗に触れてしまう。

「アルエ……。ちょっとこっちに来なさい」

「ひっ」

 鬼のような形相に、少年は軽く悲鳴を上げ、逃走した。

「コラーッ!」

 ばたばたと勢い良く走る音は、戸棚を動かす音にかき消されることなく、小さな――それでも平民の家よりは大きい――家中に響いた。

 アルエ・テルンムス、十二歳。

 少々やんちゃすぎるきらいはあるが、それでもこのアルカーナ王国の辺境、テルンムス男爵領では年相応の普通の少年であった。

 現在、父が王都で働くことになったため、一家丸ごと引っ越し作業中である。

 家から逃げ出したアルエだったが、特に向かうところもなく、木々が生い茂る裏山で遊んでいた。

「あーあ、お前たちとも今日でお別れらしいな」

 彼が話しかけたのは、そろって首を傾げているヤマウサギたちだ。

 この田舎で唯一の貴族ということもあって、同年代の子供たちとは全くと言っていいほど関わりがなかった彼の、六年来の貴重な友人だ。

 緑の合間を突き進み彼らを暖める陽はまだ少し低く、木々をすり抜け吹く風が心地よい気温を作り出している。

 春の麗らかな朝九時。少年は自作のハンモックに腰を下ろし、膝に乗せた四匹のヤマウサギたちを可愛がっていた。一匹一匹はかなり小さいが、四匹もいると流石に重い。

 その中に一匹だけ異色のヤマウサギがいた。

 他の茶色個体と比べ、際立つ純白。

 三年前に生まれたそのヤマウサギを、アルエはシロと呼んでいた。

 淡赤の小さな瞳が、不安げにきょろきょろと動く頭の中で揺れる。

 野生動物は人の気配に敏感だ。それは、生まれたときからずっと一緒にいる人間のものなら、尚更だ。

 アルエが先ほど言った言葉の意味は分からずとも、別れの気配を確かに感じ取っていた。

 悲しそうに鳴く声に、アルエは耳の付け根を撫でることで答える。

「ごめんな。オレにはどうしようもないんだ」

 無力な少年が、引っ越しを止められるはずもなし。友人たちを連れていこうにも、両親から何故か堅く禁じられている。

 木漏れ日の中でうたた寝をしようにも、どうにも落ち着けないアルエは、引っ越し先について、想像を巡らせる。それは現実からの逃避といった意味合いがあったかもしれない。

「やっぱり一番はおっきな城だよな! こう、どーんと聳え立つ立派な王城!」

 身振りで、想像を表現しようとするも、そこには誰も理解する者がいない。

「次は王都にいる騎士団だな! 男の夢だぜ、かっこいい鎧なんかを着ちゃってさ、すんげー強い剣を構えて、王様を守ったり、愛しい人を守ったりするんだぜ! くー、いいなぁ」

 あまり本を読まない少年が兄に読んでもらった騎士物語の内容を思い出しながら、熱く語る。

 少し高めの少年の声が、木々に虚しく吸われていく。

「で、他には———」

 少年が夢中になっている間に、時間は瞬く間に過ぎ、正午になる。

 ぎゅるるるー、と彼の腹時計が昼食の時間であることを知らせてきた。

「…………」

 か細く鳴くヤマウサギたちが、アルエの膝から降りて、去っていく。

 一瞬で小さな穴に入り、顔だけを出して少年を見上げるヤマウサギたち。

「じゃあな」

 男はかっこよく。

 少年は彼らに背を向けて、父に読んでもらった物語の主人公のように片手を軽く上げた。

 すすり上げる声は木の葉が擦れる音で上書きされ、染みが付いた地面だけが、彼がたった今まで居た証左となった。



 格好付けて下山したアルエだったが、家に入る途中で母――ルカに見つかり、拳骨をくらってしまう。

「痛ッ!」

「今度という今度は絶対に許さないからね!」

 顔を真っ赤にして怒るルカに、アルエの父であるテルンムス男爵が取りなそうとする。

「まあまあ、子供は元気すぎるくらいが丁度いいじゃないか」

「そう言い続けてこの子がこんな子に育ったんでしょう? ほら、まだ準備が終わってないんだよ。もうすぐ出発しようってのに。アルエが手伝ってくれていたらもう終わっていたかもしれないんだ……それとも、あなたが残りを全部運んでくれるの?」

 男爵はうっ、と不味そうな顔をして、

「す、すまない。ほら、アルエも手伝うんだぞ」

 アルエは父を尊敬しているので、不承不承ながらも手伝いを始めようとする。

「終わったら昼ご飯だよ」

 その背中に母からこう声を掛けられ、丸まっていた背中がしゃきんと伸びた。

 アルエが勢いよく家の中に入っていったので、残った二人は少しだけ小さな声で話し始める。

「これから王都に行くっていうのに、今のままで大丈夫かねぇ」

「大丈夫さ。私の息子ならきっと上手くやれる」

 男爵の根拠のない自信に、ルカはは呆れた目線を向ける。

「なら、いいんだけどね」



 コトコトコト、ガタン。カラカラ、コトコトコトコト、ガタン。

 アルエは聞こえてくる不規則な音を頭の中で並べながら、窓の外の変わり映えしない風景を眺める。

 二台の馬車の内、片方の馬二頭は農耕馬であり、かなり小さい。歩幅は一定ではないが、アルエの兄がしっかりと手綱を握っているので心配ではない。

 明日からここ、テルンムス男爵領は別の名となるが、きっと今日までと変わらない毎日が流れるのだろう。

 アルエはぼんやりとそんな事を考えた。

 少年が春の陽気にうたた寝をし、時折訪れる未舗装の道故の衝撃に目を覚ます、という事を繰り返して十数回。

 次第に陽が傾き始め、地面は見渡す限り橙色で塗られていた。

「ちょっと早いけど、今日はここで野営しよう」

 男爵が家族にそう声を掛けた。

 辺りには木が二、三本生えていて、薄く延びた影が寂しさを演出する。

 てきぱきと荷を降ろす男爵とアルエの兄ウェスト。ルカは簡易的な調理道具を出し、持ってきた野菜でスープを作る。アルエはやはり出番が無く、近くを散策していた。

 夕方になると鳴く鳥の声がどこかから聞こえる。出処が気になったアルエは音がする方へ歩いていくと、一本の背の高い木があった。

「あ。あれか」

 木の半ば辺りの枝にとまり鳴いている鳥の元へ、もう一羽またどこからか飛んできた。二羽で並んでいるそれらの関係はいったい何なのだろうか。

「ま、いっか」

 興味をなくしたアルエが家族の元へと戻ると、もう既に彼らは火を囲み、ルカが作ったスープを飲んでいた。

「おかえり。何かあったのかい?」

「うん、鳥が居たんだ」

 優しく訊ねてきた父に、器を取りながらアルエは答えた。

「そうか。でもあまり遠くに行き過ぎないようにしなさい。この辺りは盗賊の類はいないとは言え、野獣がいるかもしれない」

 男爵の言葉には、愛しい我が子を心配するものがあった。それをしっかりと感じ取ったアルエは、きちんと頷く。

「うん、わかったよ。父さん」

 にっこりと笑った息子の頭を、父はくしゃくしゃに撫でた。



 火の粉が爆ぜる小気味良い音が彼らの耳朶を震わす。

 夜の番等が必要ないのは、この近辺の治安の良さを表している。税はいたって普通で、横暴な領主も居ない。ここで幸せそうに寝ている男爵は在任中一度も剣を抜かなかったことを誇っているくらいだ。

 アルエが父を尊敬しているのは、きっとそれ故にだ。

 獣の気配一つないそこは、きっと彼らにとっては幸せな空間だったのだろう。



 王都への道中、最初の方は誰ともすれ違うことはなかったのだが、十日もすると次第に馬車も増えた。二十日目には街道と呼べる程まで道が大きくなり、往来がひっきりなしだ。

 自然とそういう街道には宿場町が出来上がるもので、男爵一家は久しぶりのベッドでの睡眠を貪っていた。

 昼過ぎまで寝ていた彼らは、重い身体を起こし出発する。なけなしの金を使ってしまったので、もう王都に付くまで宿で泊まれないだろう。

 そんな事を笑い話にし、元男爵領から出発してから約三十日後。

「あれが……王城!」

 三百年以上の歴史を誇るアルカーナ王国の王都、ディルカーナの中心に聳え立つ王城は、それが積み重ねてきた歴史の重みをひしひしと感じさせる、重厚な造りだ。全体的に丸みを帯びていて、所々に何らかの彫像が彫られている。象牙色の城壁と薄緑色の屋根のコントラストが美しい。一キロ先からでも王城の偉容がありありと伝わる。

 非常に栄えている王都への入り口は、それ相応の行列が出来ている。その何百メートルもの人の群には、様々な人々が居る。例えば商人と思しき荷を大量に積んだ馬車に乗っている者や、異国から来たのだろうか、どこかの民族衣装を着ている者。更には大貴族のものであろう、豪華絢爛な馬車だとか。

 そんな生まれてこの方見たことがない物を、窓から顔を乗り出し、目を輝かせながら見るアルエ。

「ふわぁ!」

 口を半開きにしている彼に、周囲から温かい視線が集中する。途中でそれに気付いたアルエは赤面し、顔を引っ込めて行儀良く座り直し、膝に手を置き俯いた。

「ふふっ」

「笑わないでよ、母さん」

 吹き出したルカを、顔を赤くしたアルエが責めるのだが、全く雰囲気が無かったので逆にルカの笑いを助長した。

 馬車の内部でそんなやり取りがあってから約三時間。ぽつりぽつりと無駄話をしている間にも列は少しずつ進み、ようやく彼らの番がやってきた。

 八メートルほどもある巨大な門の真下で、男爵に鎧を着た若い騎士が話しかけた。

「こちらに貴方様のお名前と、お連れの方のお名前をお願いいたします」

 見た目は至って普通だが、彼が貴族であると見抜いた騎士は、王都の玄関を任されるくらいには優秀なのだろう。

 男爵がさらさらっと名を書き、それに目を通した騎士は姿勢を正して、

「本日はどのような用での来都でしょう」

「バフロス公爵殿に呼ばれまして。これからあの方にお世話になるんですよ」

 事情を聞いた騎士は、尊敬がこもった視線で、

「そうでしたか。あのバフロス公爵の元で働けるとは、貴方様はとても優秀なんですね」

「ははは、ありがとうございます。でもここを任されている貴方だって、とても評価されているんでしょう」

 社交辞令を交わし、にこやかに門を潜らせてもらった彼ら。

 物語の中だけの存在であった騎士を、間近で見たアルエは後ろ髪を引かれながらも、怖ず怖ずと前方を向く。

 そして、驚嘆する。

 これが、王都ディルカーナか、と。

 行き交う人波はとんでもなく多く、至る所が活気づいている。道の両脇からは絶えず客引きの声が飛び交い、その喧噪が耳を叩く。屋台からは良い匂いが漂い、無数のそれらが混ざり合ってしまい、なんとも微妙な空気になるが、それさえも少年にとっては感動的な瞬間の一部だ。

「じゃあ先にバフロス様へ挨拶に向かおう! こら、後でいくらでも見に来れるから馬車から降りない! 迷子になるよ!」

 大声でないと届かないので声を張り上げる男爵も、嬉しさを顔から滲み出ている。ウェストも、普段は落ち着いているのだが、興奮に顔を上気させている。ルカは涼しい顔で街を見ているが、懐かしさが内心小躍りしていた。

 人の群をどうにか進み、彼らがやってきたのは貴族街。王城の周辺を囲んでいる、先ほどまでの市民街とは打って変わって静謐な場所だ。

「ええと、貰った地図に拠ればこっちの筈だけど……」

 男爵が手元に広げた簡易的な地図を開き、道を確認する。

 道を進むに連れ、ただでさえ大きかった屋敷が、更に大きくなっていく。気後れしながら進み、精神的にも非常に疲れた頃合いに、そのお屋敷はあった。

 屋敷と呼ぶのも烏滸がましい、そんな風格。百五十メートルもの横幅は、区割りされた一角を存分に占めている。

 一輪の花と一本の剣が交差した家紋がお屋敷の二階の中心に描かれているので、間違いなくここが目的地だというのが男爵にはわかっている。だが、男爵は門番に声を掛けるのを躊躇ってしまった。

 そんな彼に、門番の方から声が掛けられた。

 男が着ている鎧には部位ごとに家紋があるので、彼がバフロス公爵家の私騎士であると男爵にはわかった。

「テルンムス男爵様でしょうか?」

「え、ええ。バフロス公爵殿の呼びかけに応じ、ただ今やって参りました」

 こちらから声掛けするのが礼儀だった……と反省するも、今のは仕方ないかと男爵は自己擁護をした。

「やはりそうでしたか。主より、もうそろそろいらっしゃる頃ではないかと伺っておりました。どうぞ、中へお入りください」

 門が重苦しい音を立ててゆっくりと開く。馬車三台が横に並んでも余裕がありそうな敷地内へ、彼らは入る。

 興味深そうに周りをきょろきょろと見るアルエを、ルカが頭を押さえ静かにさせる。

「馬車はこちらでお預かり致します。どうぞ、お入りください」

 どこからともなく執事らしき人物が現れ、丁重にお辞儀をする。戸惑っている彼らを、今度はメイドたちが現れ、ばらばらにどこかへ連れてく。


 三十分後、再び一つの大きな部屋に集められた彼らは、お互いの服装を見て少し恥ずかしがりながらも、誉め合う。

「凄いよルカ。とても綺麗だ……!」

「あなたこそ、随分と若返りましたね」

「兄ちゃん似合ってないな」

「うるさいなぁ。仕方ないじゃないか。着慣れないんだから」

 子供二人は誉め合っていなかった。

 彼らは一月の旅路で汚れていた服を、豪華……とまではいかないものの、貴族らしい美しい服に着替えさせられていた。

「主がお待ちです。行きましょう」

 そう言った執事に、少し苦い顔をしたルカが、

「あの、アルエだけここで待たせては駄目でしょうか。きっと余計な事をしてしまいます」

 とっさに反論しようとしたアルエは、母の鋭い眼光を見て押し黙る。ルカの申告を受けて、執事は顎を触り、

「ふむ……まあ構わないでしょう」

「ありがとうございます」

 じっとしていなさいよ、と釘を刺してから執事に付いていった両親と兄の背を見送り、アルエがとった行動は勿論冒険であった。

 終始不服そうな顔をしていたアルエが、好奇心が旺盛すぎるアルエがじっと大人しくしているはずがない。

 調度品等が飾られていた部屋に相応しい、高級そうな扉をゆっくりと開いたアルエ。ほんの三十センチほどの隙間から、彼は頭だけを出して廊下の様子を確認する。

 人影、無し。

 バフロス公爵家の屋敷は、長方形から長方形をくり貫いた形になっている。

 アルエがいた部屋から左に真っ直ぐ行くと、中庭への入り口がある。

 そこは公爵が愛娘の為だけに造らせた、白い花が咲き誇る小さな丘があった。

 突然現れた幻想的な雰囲気に、アルエは引き寄せられるようにふらっと入った。

 中央、丘の頂上には陽が差し込む。

 そこで少年は、少女と出会った。

 陽光を浴びて煌めく長い銀髪は、春に溶ける雪のようで。

 ぱっちりと開いた透き通るような銀瞳は、神聖な鏡のようで。

 少年を見て小首を傾げたその姿は、小さなヤマウサギのようで。

 つまるところ、少年の心は今、完全に少女に奪われた。

 一目惚れだ。

 少年は何かに取り憑かれたように、一歩前へ進み出た。

「おま、君の名前を教えてくれませんか?」

 薄れていた理性が、彼女が高貴な身分であるということを察して口調を丁寧にさせた。

 が、少女は少し不満なようで、腕を組んで、少し上から、

「他人に名前を訊く時は、自分から名乗るのが礼儀なのよ」

 その瑞々しい銀鈴の声が、少年の心を震わせた。

 暫し返事をすることすら忘れていたが、少女の目を見て、少年は自分がやらなくてはいけないことを思い出す。

「お、オレの名前はアルエ。アルエ・テルンムスだ」

 少年の名を聞いた少女は、面白そうにこう答えた。


「わたしはアエルよ。アエル・バフロス。これからよろしくね。アルエ」


一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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