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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
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五話 この醜い世界の隅で、敗北者は嘲笑う。


 生まれて初めて街を歩く人々を見たとき、その声が耳障りだと思った。

 幸せそうに笑う声。

 楽しそうに笑う声。

 雑音混じりのその声が、心の底から憎らしかった。

 生まれて初めて街を歩く人々を見たとき、その顔が目を衝いた。

 幸せそうに笑う顔。

 楽しそうに笑う顔。

 砂嵐越しのその顔が、頭の芯から怒りを湧かせた。

 みんなみんな、死んでしまえ。

 みんなみんな、殺してやる。

 全部を壊してやる。

 全部を堕としてやる。

 全部を呪ってやる。

 呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う呪う。


 誰にも届かない叫び声は、とっくに息を引き取っていた。

 彼はもう止められない。止まるべき場所を失っているから。いや、元より持っていなかったのか。

 この世界では数少ない『魔』によって理解されないモノが、世界を侵食し出す。『呪い』が、世界を蝕んでいく。

 人の存在を歪めていく。狂わせていく。

 今はまだ、彼の本当の計画に誰も気付いていない。



 帝国東方方面軍の陣地全体に仄暗い雰囲気が漂っている。強烈な西日が彼らの背中に影を落とす。

 理由は単純。敵の【英雄】が使う『詠唱魔法』に絶望しているからだ。

 敵を簡単に打ち砕く新兵器があると、そう言われていたのに、待っていたのは【英雄】だった。

 彼らがいくら束になっても敵わない存在。

 その噂は聞いていた。なんでも敵の将軍は【英雄】であると。しかし、戦争が始まって以来十年以上もの間、一度も『詠唱魔法』を見ていなかったのだ。

 噂は噂でしかない。弱小な敵が懸命に流した偽情報であると、そこにいた兵士の全てが知っていた。そう、思いこんでいた。

 意気揚々と、今日こそ我らが帝国の敵を完全に打ち倒してやると出撃したのに結果がアレだ。

 蜘蛛の子を散らすように逃げまどい、待望の新兵器とやらも、一度もお目にかかれなかった。

 あの剛健な声が耳から離れない。

 あの詠唱が、何度も何度も繰り返し脳内で再生されている。

 帝国東方面軍の兵士達が陥っていた恐慌は、抜ける気配が全くなかった。

「はぁ……」

 方面軍の大将、エルドルド・セントルードは豪華な執務机に肘を突き、頭痛を堪えるように、こめかみを解していた。

 アレへの対策が、全く思いつかなかったのだ。

 遠距離から狙おうにも、今日『詠唱魔法』を見せつけられてしまった者では、立っているだけでもやっとだろう。魔法や弓で狙撃など、する前に恐怖で逃げ出しかねない。

 中央から連れてくるにしても、ほぼ間違いなくここの【英雄】の噂は直ぐにあちらにまで届く。情報統制などという段階はとっくに過ぎ去っている。逃げ去ってしまった帝国軍の生命線でもある商人たちが、今頃広めているだろう。

 乱戦に持ち込めば、とも思うが、自軍の兵士の士気は下がりきっている。再び戦えるようになるまで、どれほどの時間が必要になるのだろうか。

 エルドルドが考えれば考えるほど、より一層頭が痛くなる。

 取り合えず士気の回復が最優先だ。

 今攻めいられたら、数的には優勢であっても、まず間違いなく負けてしまうだろう。

 士気の回復には……酒か。

 エルドルドが真っ先に思いついたのは、それであった。

 古来より、士気を上げたければ酒と相場が決まっている。

 在庫を確認したところ、先日士官以上に配った、とある筋からの葡萄酒ワインの残りがあった。中央にいても滅多に飲めないからと、ほんの少ししか配らなかったのだが、この際仕方がない。一般の兵士にも配ろう。

 エルドルドは、苦渋の決断をした。彼は根っからの葡萄酒好きで、残しておいた分は自分の物にしようと思っていたのだが|(これは決して横領ではない。いざとなれば逃亡しようと彼は考えている)、葡萄酒ならば、否が応でも士気は上がるだろう。平民が一生の内に一度飲めるかどうか、そんな貴重品なのだ。


 ところで帝国の建国者である初代皇帝について、こういう噂がある。曰く、彼は無類の葡萄酒好きだった。だが国内では葡萄が殆ど育たないため、侵略を開始したのだとか。普通に考えれば貿易で仕入れればいいだろう。だから、その話は噂の範疇を出ない。

 つまり、そういう噂が立つほど、彼の国では葡萄酒が貴重なのだ。

 エルドルドは自分にそんな非情な決断をさせた敵の【英雄】、アルエ・テルンムスを勝手に恨むのであった。



 少年は、非常に聡明であった。

 幼いながらも、自分の置かれた状況をきちんと把握できるくらいには、賢かった。

 彼は普通の農家の、長男として生まれた。

 六歳までは、優しく美しい母親と、豪快で漢気のある父親の元で、十分な愛情をもって育てられていた。

 家が、燃えていた。

 鎧を着た騎士たちが、顔を嗜虐の喜びに醜く歪めながら、火を放っていた。

 村の女たちは衣服を強引に脱がされ、獣共に辱められていた。

 抵抗しようとした男たちは、騎士共の持つ剣により、血の海に沈んでいた。

 少年が押し込められたのは、檻。人用の檻。

 そこにぎゅうぎゅうに詰め込まれた人間たちの目からは光が失われ、運命を悟った者は、天を見上げていた。

 地図にも載っていないような小さな村が、その日消滅した。

 少年の両親は、その檻には居なかった。

 彼らの現在を想像することくらい、彼は容易に出来た。

 腐臭により、意識を失った少年が次に見たのは、自分と同じように檻に閉じこめられ、鎖に繋がれている生気を失った人間たちだった。

 暗く汚いそこは、闇奴隷市場と呼ばれる場所であった。

 その名の通り、違法な奴隷たちが売られていた。

 そこは証拠を残してはいけない、違法な人体実験の被験体の調達先としては、非常に便利であった。

 コツコツと聞こえてきた足音に、少年は顔を上げた。

 それまで、何度か同じように客がやってきたことがあったが、大抵は大きな男や顔が美しい女を買い、去っていった。

 だから初めてだった。

 自分が繋がれた檻の前で、客が立ち止まったのは。

 その男の風貌は、これまで見たことが無いような、異質なものであった。

 前を開いた白衣に、左目に片眼鏡。右目はぎょろっと飛び出していてる。何年も洗われていなさそうなボサボサの長い白髪を無造作に束ねている。口角が常に上がっていて、何が可笑しいのだろうと、少年は首を捻った。

 少年が首を捻るのと同時に、更に男は口角を上げる。そして、

「いィですねェ! この子はッ! 随分と面白ィ目をしているッ! こんな地獄でも死んでいなィ。決めましたッ! この子にしましょゥ。ワタシの実験にッ! 付き合ってもらィますよォ!」

 それが少年と、あまりにも個性的な男の出会いだった。



 目が覚めた。

 最近過去の夢をよく見るようになった男は、ソファから身を起こし、ボリボリと頭を掻く。

 雲脂が舞い上がり、薄暗い室内に漂う。

 ソファから下り、今日の大規模実験の失敗の元凶について、再び考え始める。

「英雄将軍、アルエ・テルンムス」

 あの男だけは、自分が手を下さなければいけないだろう。せっかく何年も時間をかけてきた計画が、奴の所為で一瞬で水泡と帰す可能性がある。『詠唱魔法』を発動されれば、疑非人(デミ・カースド)を数百体量産したところで、歯が立たないだろう。

 次の攻勢までに、下準備を整えておかなければならない。

 そうと決まればもう実験を再開する余裕はない。

 だが元々九割五分は再現できているのだ。十分実戦に耐えられる。だから後はもう、個人的な趣味に入っていた。

 問題はないだろう。

 さあ、計画を練ろう。

 如何にしてアレを堕とすか。

 白銀色の鎧に身を包んだ精悍な男が、高潔そうなあの男が堕ちるのが楽しみだ。

 灯りを付き、はっきりと見えるようになったその男の姿は――



 ブンッ、ブンッと剣が朝の空気を斬り裂く音が、何度も何度も、断続的に鳴っている。全く乱れがない剣筋は、それを何千万回も行ってきた事を、ありありと伝えてくる。

「九百九十八、九百九十九、千」

 口の中で小さく呟いていたテルンムスは、毎朝の日課である素振りを終え、額に浮かんだ小さな汗の粒を袖で拭う。

 いつの頃からか始めた剣は、己の根幹を成すものとなって久しい。

 今でこそ英雄将軍などと呼ばれ、ちやほやされているが、彼はきっと【英雄】でなくとも騎士団長の地位まで上り詰めただろう。

 まあ彼が剣を始めた時点で、【英雄】になるのは既定路線だったのだが。

 それはさておき、テルンムスは先ほどからずっと後ろに立っていたソラに、声をかける。

「何の用だ?」

「毎日やっているんですか?」

 質問に答えなかったソラにテルンムスは少し眉を顰めながらも、きちんと答える。

「ああ、十二の時から毎日だ」

「そんな頃から……。ところで今何歳なんですか?」

 感心した声の後に続いて訊かれた自分の年齢を思い出そうとして、テルンムスは少し沈黙する。

「……もうすぐ三十五になる」

 正直誕生日なんて覚えていないが、この季節になると嫌でも思い出してしまう。

 草木が殆ど生えていない染血盆地ではあるが、それでも今が春であるということは分かる。

「かなり若いんですね」

 ソラは見た目の年齢との差に驚く。テルンムスの雰囲気が往年の歴戦士のようだからだ。

 どうやって生きればこの様な人になれるのだろう。

 ソラは疑問に思い、テルンムスの過去を本格的に視てみようと思い立つ。

 彼は普段出会う人々の情報を『世界の記録』から引き出しているが、それはあくまで直近の情報だけだ。何年にも遡って視ることは殆どない。一人一人にそうしていると、時間がいくらあっても足りない。

 深く集中するには、この場所は適していないので、与えられた天幕に戻ったら潜ろうと決めた。

「それは私が老けているという事か?」

 少し笑いながら返してきたテルンムスが、怒っているのかどうか分からなかったソラは、

「ハハ。そうだ。僕がここに来たのには理由があるんです」

「それを最初に訊いたつもりだったんだがな」

「す、すみません」

 自分が質問をスルーしたことを持ち出され、ばつが悪そうに謝った。

「とある事を教えてほしいんです」

「とある事?」

 怪訝な表情を浮かべるテルンムス。

「それは……」

「【英雄】はどうやって『詠唱魔法』を使っているんですか?」

「は?」

「より具体的に訊ねると、どこから言葉が出てきているんですか?」



 ソラが天幕へと帰り、テルンムスの言葉について考える。

 彼ら【英雄】は、詠唱が心がどこかと繋がり、そこから言葉が湧いてくるらしい。

 やはり、【観測者】とは違う。

 誰にも知られていないが、【観測者】も『詠唱魔法』を行使できる。【英雄】では無いというのに。『世界の記録』に記録されているものだけ、だが。

 【観測者】は詠唱魔法を『世界の記録』から引き出す。


 その精神と身体を犠牲にして。


一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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