表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
27/28

エピローグs


一 イチ


 あれから一月が経った。

 イチは『呪い』の研究を打ち切り、全ての記録を抹消し、帝国を出た。何かが彼を駆り立てたのだ。それは、人に対する僅かな希望か。それとも贖罪か。

 今、彼は帝国の南方にある紛争地帯にいる。今の仕事は、難民たちへの支援だ。具体的に言えば、傷病者の治療やより便利な知識の伝授など。奇しくもイチを買った者がイチに教えた事がここで役に立っている。

 仕事と言うよりも、ボランティア。無償の労働だ。まだ始めたばかりで、上手くいかない事も多い。同じ事をしている者が一切いない所為で、助けた者からは奇特な者を見る目で見られ聖人のように感謝されるが、その度に、罪滅ぼしだから、と笑って答える。

 そんな日々を過ごす内に、それが良いもののように思えてきた。

 アルエ・テルンムスの所為で、大衆が奇跡の一日と呼ぶあの日の所為で、いや、御蔭で今こうして居られる。

 外から見ればどう思われるかはわからないが、イチの中では確かに、自身は救われたことになっている。

 それでいいと、イチは前を向く。

 少なくとも、彼は今、自分の道を懸命に往っているのだから。

 何かに憑かれた様だった彼の表情は、





二 ソラ


 出来うる限りの最善の結果になった筈だ。

 『擬非人(デミ・カースド)』はあの二人の魔法の御蔭で、全て『呪い』が解け、死した者は皆、()()たちが生き返らせた。

 亡くなったのは一人だけ。アルエ・テルンムスだけ。

 彼にしても、十分すぎるほど満足に往けた筈だ。

 変わったことは、ソラの『世界の記録』との繋がりが一時的に弱まり、殆ど何も引き出せなくなってしまったことくらい。少々不便だが、そこまで問題はない。

 ああ、後、帝国とアルカーナ王国は完全に停戦した。テルンムスの望んだ平和な場所が、一時的かもしれないが、生まれたのだ。



 今、ソラは王国の王都、ディルカーナに居る。

 静かな貴族街の中心、そこで人を訪ねていた。

「初めまして、ラフロス公爵家当主、アカルエ・ラフロスさん」

 藍色の髪の隙間から覗く、冷静な鋭い碧眼がソラの目を捉えた。

「…………【観測者】か」

「ああ、安心してください。僕は知りたいだけなので。知るという行為自体が目的なのであり、その後は決して干渉しません」

 ラフロスは、僅かな沈黙の後に口を開く。

「君が訊きたいのは、私があの二人を殺した理由か?」

 ソラは唇をつり上げ、

「ご明察です。ですが、少なくともテルンムスさんの方は貴方が殺した訳ではないと思いますが」

 問われたラフロスは肩を竦め、豪奢な装飾が施された天井を見上げる。

「間接的に関わっているのだから、同じ事だ。さて、何から話そうか」

 その口調はテルンムスと同じ、罪を告白する罪人の様で、どこかに危うさがあった。

「私がアエル・バフロスを知ったのは十の頃だった。父が目論ろんだ政略結婚の相手に見初めてね。だが私は断られてしまった」

 みっともないことだ、と肩を竦める。

「学院に入学するまでは名前しか知らなくてね。彼女を彼女だと知らない時に彼女を見て驚いたよ。この世にこんなに美しい少女が居るものなのか、とね。その少女があのアエル・バフロスだと知って更に驚いた」

「彼女と結婚できなかったから殺した、と?」

「まさか。私怨で人を殺すわけがないだろう。家の為だよ。ラフロス公爵家の為だ」

 目を細め、当時の事を思い返す。

「私の家は古くから王国の二大公爵家として、バフロス家と争っていた。ちょうどいい具合に均衡が取れていてね。だが、二十……三年……もうそんなになるのか。あの頃から少しずつ分が悪くなってきた」

「……原因は、リュート・テルンムス」

「正解だ。アルエ・テルンムスの父親、あれがいけなかった。彼はあまりにも有能過ぎたんだ。彼が原因でバフロス家の勢いは日に日に増していった。反対にラフロス家は……。だから勢力を削ぐ必要があった。とある集団を使って暗殺しようとしたこともあったらしい」

「それで」

「言い訳がましいが、王も事態を憂いていらっしゃったんだ。王国を支える二大公爵家のどちらかが潰れてしまったら、王国が乱れる。だから、私が提案した計画を、父が上奏し、王が命を下された。すなわち、バフロス家の長女、アエル・バフロスを帝国との架け橋にする為に嫁がせろ、と。故にバフロス家当主、アレクサンドロス・バフロスは逆らえなかった」

「どうしてアエル・バフロスを襲わせたんですか?」

「彼女の嫁ぎ先を知っているか?」

「いいえ」

「帝国貴族の中でも特に酷い奴だった。そんな所に行くくらいなら、死んだ方が増しだと思えるくらいに」

 ラフロスは具体的に言わなかったが、ソラには容易に想像できた。

「…………」

 沈黙を確認したラフロスは、目を瞑って再び口を開く。

「暁闇衆に依頼を出したのは私だ。そこに個人的な感情が含まれていたことは間違いない。それは認めよう。だがそれ以外にも理由があったのだ。いや、むしろそちらが本命だと言える。王国は帝国と戦争する必要があった。縁談を壊すことで、戦争の引き金を引けた」

「初耳です」

「言えるわけがないからな。どのみち戦争は起こっていた。帝国の準備に合わせるよりこちらに都合がいい機会に始める方がよかったのだ。結果的に上手くいかなかったが」

「貴方がアエル・バフロスを殺した理由はわかりました。では、アルエ・テルンムスを殺したと仰る理由を教えていただけますか?」

「ああ、それは『呪い』を研究していた男に資金等の提供を行っていたのは私だからだ」

「…………」

「勿論、彼は私以外にも帝国から援助を受けていた事だろう。私は私個人だったが、帝国は国家規模で行っていたであろう」

「何故」

「それはね、こういう事だよ」

 目を閉じ、深く集中するような動作。それを見たソラは、彼を思い出し、まさか、と思う。アカルエ・ラフロスが、詠う為に口を開いた。ソラを指さしながら。


「『()():七日目:君は今何処に居るだろうか:

 一週間一睡もしていない

 気が狂ったように叫び続けている

 それを後ろから嗤いながら眺めている自分が居る

 夕暮れ 眩しい陽光が目を灼く

 遠くの空に君を見た

 名も知れぬ花に君を感じた

 心の中に君は居ない

 だが 後悔はしていない

 してはいけないから


:死にたくなっても死んではいけない 生き続けることが贖罪となる』」


 詠い終えたラフロスは、静かに微笑む。そして、

「記録できたかい?」

 終始目を見開いていたソラは微かに頷き、感情を引きずったまま声を出す。

「その『詠唱魔法』の効果は何ですか!? それに()()()()()!?」

 ラフロスは指を一本立て、

「一つ目の質問は簡単だ。何も起こらない。だが、『呪い』だということは分かっている。だから『呪い』を研究する必要があった。二つ目だが、十柱の神以外の誰か、という事までしか分からない。さぁ、そろそろ帰ってくれないか? 私はやらねばならないことがあるからな」

「…………ええ、でも」

 ソラの目に含まれた光の意味を察したラフロスは、安心させるように言う。

「自決したりはしないさ。ほら、詩も言っていた。私は生き続けなければならないのだよ」

「……それならいいです。僕も里に帰らなくてはいけないので、失礼します」

「ああ」

 ソラの耳は消える瞬間、ラフロスの呟きを拾った。

「ありがとう」

 その意味を問いただす前に、移動の為の魔法は発動してしまっていた。



 ソラが居なくなった後、隣の部屋から一人の男が現れた。

「主よ、本当に良かったのか?」

 心の底から心配しているのだろうが、軽薄そうな見た目の所為であまり真剣に聞こえない。ラフロスは虚空を見つめるような目で、

「ああ、これで良かったんだ。これまでの働き、感謝するぞ、ティービー」

 彼はテルンムスと同時に騎士団に見習いとして入った者だった。彼は今までラフロスの手となり足となり、様々な後ろ暗い事を行ってきた。今回の件で特に深く関わっているのは、『呪い』の研究の支援だ。だから、テルンムスを間接的に殺したとも言える。

 ティービーは罪悪感や諦観を含んだ口調で嗤う。

「ああ、俺はこれからも主に付いていこう。それがいい」

「フッ。好きにしろ」

 二人は暫しの静穏を心行くまで堪能した。もうこの場所に戻るつもりは無かった。



 後日、アルカーナ王国で非常に大きな事件が起こった。二大公爵家の片割れであるラフロス家の当主、アカルエ・ラフロスが蟄居処分となったのだ。罪状は国のためにならない事をした、と、表向き漠然とした事になった。敵であった帝国|(実際は一個人に向けてであったが)に金を流していた、などと言われるような事があっては困るからである。

 当初心配されていた王国貴族の分裂は起こらなかった。染血盆地より帰った兵の多くがバフロス家の右腕とも言われるテルンムス家に多大なる敬意を払い、各々の貴族たちも、右に倣えで殆ど波風が立たなかったのだ。

 更には陰ながらアカルエ・ラフロスがそうするように指示を出していたという理由もあるだろう。

 その知らせを後々聞いたソラは、目を閉じて微笑んだ。





三 一陣の風が吹いた。一枚の白い花弁を巻き込んで、何処までも飛んでいく。


 山の木々の合間を小動物が駆け回り、乾いた落ち葉が音を立てる。緩やかな風が枝を揺らし、鳥たちが美しい旋律を奏でた。

 雲一つない澄み切った空には大きな鳥が翼を広げ、自由に飛んでいる。

 そんな日常の風景を、二人は並んで眺めていた。

 とても小さな村の、長閑な日々。農家の子供である少年と、村長の孫である少女。

「ほら、あの雲、前に食ったあの甘いやつに似てないか?」

「んー、言われてみればって感じかしら」

 身体の形は変わってしまったが、それでもなお魂は共に在る。

 記憶は全て失われてしまったが、それでもなお心が通じている。

 どうか二人に笑いが絶えない毎日を。

 動乱がない人生を。

 彼らはもう、分かたれることはない。

 二つの道は一つとなり、そして新たな道が生まれるのだ。

 彼らが振り返ればそこに、歩み創られた道がある。

 それはきっと、あなたにだって。

 あなたがあなただけの道を歩めますように。

 それが例え苦しくても、いつかは救われるのだから。

 前を向いて歩こう。

 あなただけの道を。


ここまで拙作「世界最後の英雄達よ」にお付き合いいただき、ありがとうございました!

もしもまだ感想や評価をして下さっていない、という方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひよろしくお願いします!

ところでお気付きの方もいらっしゃるかと思いますが、本作のタイトルは「世界最後の英雄達よ」です。そう、「達」なんです。まああらすじで思いっきりネタバレしてしまってますが……


さて、第一章「アエルとアルエ」が終わりましたので少し裏話でも。

作中に登場したアカルエ・ラフロス君ですが、彼の名前にも一応意味がありまして。

『一輪の蒼い花』っていう意味だったんですね。彼の名前はアエルに揃えるためにこうなったわけですが、アルエ・テルンムスは実は全くの偶然で生まれた名前なんです。二人の名前を似たものにしようとかいうつもりはなかったんですが、奇跡的にアエルとアルエになったので、作者も最初はちょっと驚きました。


では、また。次は二章でお会いしましょう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ