二十三話 欠けた心は、決して埋められない。
その男を見た瞬間、『擬非人』共に一斉突撃をさせた。自由にさせれば不味いと知っていたから。
『擬非人』が一斉に動いた瞬間、不可視の何かがその動きを阻んだ。
その正体を一瞬で察し、毒づく。
畜生! 【観測者】め。やりやがったな。
脳裏に浮かぶのは地下室での少年の台詞。『僕は一切邪魔をしないと誓いましょう』。
ああ、確かにお前は直接的な妨害はしていないのかもしれない。それでも赦し難い。
失敗の芽をそれが芽である内に摘まなければならない。
致し方無い。危険だが、それを背負ってでもやらなければならないのだ。
薄緑の魔法陣を背後に描き、芽の近くへと急行する。
『呪い』。魔では解せない唯一のモノ。歴史の表へ出てくることがない、人の闇。そして、他の事象の在り方をねじ曲げる力。
男は、イチはこの世界で初めて……人が生まれてから初めて現れた、完全な『非人』だ。
『非人』となった事で彼が手に入れた能力はただ一つ。人を呪う事。それだけだ。
しかも対象までかなり近寄らなければ、呪いをかけることも出来ないし、確実に呪える訳でもない。実は今まで一度も完全に成功したことがない。彼が自らを削りきって、ようやく成功したかどうか。しかも標的が直ぐに自壊してしまったので、データは一切採れなかった。
そこで彼が考えついたのが、自らの一部を対象と混ぜる事。今回帝国軍を『擬非人』に変えたのも、それを応用した技術だ。『非人』とまでは言えないが、最低限呪えたとは言える。だから『擬非人』だ。
イチは今から、全てを絞りきってテルンムスを呪うつもりだ。あの男さえ排除してしまえば、人を全て殺せるから。そうなればこの最悪な世界が少しはマシになるから。
その為だけに、全てを惜しみなく出し尽くす。
どうせ人を全て殺した後は自分も死ぬつもりであった。それが少し早くなるだけのこと。
イチは前を睨む。その向こうに未来を見据えながら。
ソラはテルンムスを間近で観ていた。彼の姿を、人生を、『世界の記録』に残すために。それだけが彼の目的だ。彼の『魔法』を観るという目的だけの為に、彼は十万人以上を見捨て、いや、道具に使った。
ずっとテルンムスに意識を集中していたが、彼はテルンムスへと近づいて行く存在に気が付いた。しかし、恍惚とした顔のソラは動こうとしない。必要がないと知っているから。
この世界には三種類の魔法がある。『汎用魔法』と『詠唱魔法』。そして後の一つが『魔法』だ。
『詠唱魔法』のようで、しかし根本的にそれとは違う『魔法』。一人の人生を語るための『魔法』だ。
ソラは『魔法』に囚われている。絶望した彼の前に現れて、救いになった一人の『魔法』。それは決して忘れられない。ソラの頭に永遠に残り続ける、ある種の妄執だ。
罪人だという告白をした直後、テルンムスは突っ込んできた男と相対する。
「誰だ?」
息を切らした男が、キッと眼を開く。そして、
「『ネジレロ』」
頭の中に直接響くような奇妙な声。テルンムスが不快感に顔をしかめた直後、右腕が何の前触れもなく浮き上がり、曲がってはいけない方向に曲がり、骨が折れ、筋が断裂する音がした。そして更に三周ほど回転し、肩からだらんと垂れ下がった。
そんな状況にあっても、テルンムスは顔色一つ変えず――先ほどの声の方が嫌そうだった――対処する。白い魔法陣を肩に生やし、修復していく。これくらい慣れている。とでも言いたげだ。
「……そうか。貴様が首謀者か」
無駄口は叩かない。消耗した身体を誤魔化しながら、男はもう一度だけ呪う。それが、それだけが敵を殺す方法だから。
「『クルエ』」
魂を直接呪う。
身体とは、魂の容れ物であり、普段魂は(物質的にではなく)堅固な身体に守られている。だから魂を直接呪えないため、効果が減衰してしまう。しかし、テルンムスの腕の修復はまだ途中。だから容易に魂に届きうる。
「ヴッ」
全身の力が抜け、倒れ伏すように膝を付いたテルンムス。一方呪えたイチも、無傷とはいかなかった。テルンムスがとっさに片手で投げた短剣が左腕に刺さり、一筋の血を垂らしている。それだけではなく、人を呪った影響で、今にも倒れそうな顔色になっている。
満身創痍な彼らの元へ、【観測者】がやってきた。が、直ぐに踵を返して元の位置へ戻り、呟いた。
放っておいても大丈夫そうだ、と。
ソラの言葉に呼応するかのように、離れた所にいるテルンムスが、ふらりと幽鬼のように立ち上がる。
それを唖然とした顔で見たイチは、譫言のように喋る。
「何故だ!? おかしい。魂は完全に狂ったはず、どうして平然としていられる!?」
後ずさったイチを見下しながら、テルンムスは誇らしげにこう告げる。
「何かを、誰かを守りたいという想い。それさえあれば、誰だって立ち上がれる。何度だって立ち上がれる。何にだって立ち向かえるんだよ」
イチは怯えた声音で、否定する。
「あ、あり得ない。人はそんなに美しいものでは、ない」
イチは耐え難い現実を目の当たりにして、逃避を選択した。逃げて逃げて逃げて逃げて。逃げた。
呪いは在り方をねじ曲げる力。
だが心は変えられない。
想いだけは、決して変わらない。
それは呪いの由来故か。はたまた人の可能性か。誰も、知らない。
さあ、続きを始めよう。『告白』の続きを。
「ああ、私の罪の告白はあれくらいでいいだろう。
汚く醜い私をさらけ出したんだ。
これは『私の人生』だ。
失望したか?
嘲笑したか?
好きにしてくれ。
今の私は非常に爽快だ。
さて、こんな私の人生だが、何も悪い事ばかりだったわけではない。
嬉しい事や喜ばしい事だって、数多くあったのだ。
ただ、私の根底にあったものが、あまりに暗く醜かっただけで。
だから勘違いはするな。
私の道は辛く苦しかったが、確かにここには素晴らしい何かが在ったのだ。
今だってまだあの夢に浸りたいと思ってしまう自分が居る。
だが、しかし、それでも、だ。
私はもう逃げないと決めたのだ。
過去から。
罪から。
彼女から」
「弱く、汚く、醜くかった私の人生を愛そう」
罪人の独白は続く。淡々と、誰の目も気にせずに。
「……………………
私が守りたいものは想いだ。
この心の何処かに在る彼女への想いだ。
この世界の何処かに居る彼女への想いだ」
「もう二度と私は諦めない。
強欲に。
貪欲に。
私は私の心に従い、全てを貫かせてもらう」
そして、直前の章。
「今から私は私の人生を使う。
私は恐らく生きてはいられない。
だが、しかし、それでも、だ。
私は私の想いを諦めない。
私の心に背かない。
私の願いを今度こそ叶えるのだ。
その為なら何度でも生まれ変わる。
そして彼女に、生まれ変わった彼女に逢い。
綺麗な世界で生き抜いてやる。
そんな世界にする為に、私に都合のいい世界に変えてやる」
深く、深く、息を吸い、意を決して詠い始める。
「〈■■魔法:■ル■・■ル■■ス:私の■い■叶わなかった
し■し ■の想■は必■叶う
私がそ■■ったからだ
だか■私の■いは■ず叶う
今 ■処でこの■が■ち果て■うとも
私は■を向くのを■■ない
膝■■かれようと
■の■は傷一つ■かない
この想■がある■り
■■だって■■向かえる
私は■女を■■に■■■■■
『い■か貴■と二■で■び■い合える■が来る■を(■ル■・■ル■■ス)』〉」
詠い終えた瞬間、何かが致命的に欠けていると悟った。
これでは駄目なのだと、頭のどこかが強く訴えてくる。
ただ、何が駄目なのか、わからない。
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