二十二話 腐りきった誓いを引き摺って。
空を仰ぎながら歩いてきた男の名は、アルエ・テルンムス。
誰に話しかけるわけでもなく、独りで語り始める。
この行為はいわば贖罪。
自分の為だけに行う独善的な行為だ。
それに付随して、幾らかの兵の命や、背後に背負う王国を守れるだけで、あくまでもその為ではない。
「何かを、誰かを守りたいという想い。
それさえあれば、誰だって立ち上がれる。
何度だって立ち上がれる。
何にだって立ち向かえるんだ」
自分には出来なかったことを、敢えて口に出す。
それはこれからの下準備のようなものだ。
自らを鼓舞し、本当に踏み出すための。
「その事に気付くには、少々遅すぎたが。
だが、しかし、それでも、だ。
今、ここで気付けたのだから、立ち上がれない道理はない。
私の人生に、少しでも意味を持たせられるんだ。
ああ、どうか。この美しく醜い世界に素晴らしい未来が在らんことを。
少しでもその一助になれるかもしれないと思うと、心の底から嬉しい」
世界はいつだって理不尽で、残酷で。
人はどこまでも汚く醜い。
でもそんな負の感情は言葉には出さない。
そんな事をしたら、この儀式に意味がなくなる。
「私の詩を聴いている人も、きっとこの言葉を憶えていて欲しい。
人は何かを、誰かを守りたいという想い。
それさえ有れば、誰だって立ち上がれる。
何度だって立ち上がれる。
何にだって立ち向かえる。
その証明を、今、ここでしよう」
過去の自分にとって、立ち向かわなくてはならなかったのは…………。
どうせ直ぐに声に出す。今考える必要も、ないか。
「だからその眼に焼き付けろ。
その耳で一音たりとも聴き逃すな。
これが人の可能性だ。
あなたたち、人間の、可能性だ」
追憶に身を委ねる。
先ほどからもう何度も思い返しているから、十数年の空白は無いに等しい。いたって滑らかに、自分の人生を自分の後ろから視られた。
長いようで一瞬だった非現実から身体を起こし、自然に口が開いた。
「私が生まれたのはしがない田舎の騎士爵家だ。
その家の次男だった私が幼い頃、彼女に出逢ってしまったんだ。
私と彼女ではあまりにも身分違いだった。
届くはずがない、願いだった。
だから私は彼女の騎士になった」
そうだ。そういう理由だったのだ。
彼女の騎士になったのは、ただ彼女の隣に居たかっただけ。
邪で、歪で、幼稚な理由だった。
「そんな彼女が、突如帝国に嫁ぐ事になった。
当時賢しく愚かだった私は、諦めた。
身分違いの願いだったと」
声にするだけで、胸がきゅっと握られるように苦しい。
「そして彼女は殺された」
当時の鮮明な感情が喉の奥からせり上がってきて、吐き出したくなった。
「如何なる陰謀に巻き込まれたのか、私は知らない。
ただ一つ、私が諦めてしまった事を深く後悔した事は知っている」
一息、衝く。
これからが本番だから。
「諦めた事。
それが私の背負う罪だ」
一生逃れられない、罪。
罰が与えられない事が罰になる、罪。
「それから、私は罪から逃げるように、ただただ蒙昧に鍛錬を続けた。
日に日に膨れ上がる罪悪感を背負いながら。
気付けば私は【英雄】になり、彼女を思い出す事さえしなくなった」
彼女を意識しなければ、罪がある事を忘れられたから。
「気付けば、彼女と過ごしたあの庭が、果てしなく遠い所に在った」
記憶は風化し、いつか完全に忘れられると信じて。
時効を待った。
「心地よかったんだ。
陛下より信頼され、
部下から尊敬され、
街中ですれ違う国民からは憧憬され、
子供たちからは羨望され、
戦場で出会う敵兵からは畏怖される。
そんな自分が心地よかったんだ」
でも、もう。
「今思うと吐き気がする。
私はそんな立派な人間ではない。
本当の私は汚く醜いモノなんだ。
彼女を殺した罪から必死に眼を背けてきた」
「罪人なんだ」
英雄なんて言葉からはほど遠い、腐りきった人間の成れの果て。そんな言葉が自分には似合っている。
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