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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
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十六話 忘れるもんか。


 バフロス公爵家の朝はとても早い。

 早い者だと三時には起き、仕事を始めている。

 しかし、物音を全く立たせないので、逆に不気味なほど静かだ。

 そして陽が地平線に現れてから三時間ほどした頃、青年(アルエ)がやってきた。

 彼は普段これほど早く訪れない。彼がアルカーナ王国第三騎士団に見習い騎士として入団してからは、昼の休み時間に一度、そして訓練が終わった夕方に一度の計二回だ。

 何故彼が今日、この時間に来たかというと、

「おはよう、アエル」

「おはよう。アルエ」

 今日は半年に一度の終日休暇なのだ。

 その貴重な日を、青年は少女(アエル)と共に過ごそうと思い、朝早くからやってきた。

「今日は何をするのかしら」

「俺は久しぶりにゆっくりしたいなぁ」

「それもそうね」

 ふふっ、と少女は軽く笑う。毎日へとへとになっている彼を思いだし、

「じゃあ今日はここで寝ましょう」

 天気も良い感じだし、と少女は空を指さし続ける。

「ああ、それが良い」

 まだ深い蒼が残っている空模様。陽が昇るに連れ、次第に白んでくる。

 丘の上に二人は横たわる。何も敷かず、緑の上に直接だ。服が汚れたって構わない。むしろそれが心地よい。

「ねぇ、アルエ」

 目を瞑ったまま、少女は青年に語り掛ける。青年はぶっきらぼうにこう返す。

「何だ?」

 青年の目が自分を向いている事を察し、少女は少し恥ずかしくなったが、目を瞑ってるのだから、と話を進める。

「少し、昔話をしましょう」

「いいけど」

 話す事なんてあるか? と青年は首を捻る。

 それに少女は、あるのよ、と目を開け笑い返し、思い出すように目を細める。

「わたしはね、ずっとひとりだったの」

「…………」

「わたしの周りには沢山の人が居たけど、わたしはひとりだった」

「それは……」

 青年は掛ける言葉を探すも、見つからなかった。

「アルエ、あなたと出会う前までは、ね」

 掛ける言葉は見つからなかったが、言われた言葉の意味は理解できた。青年の口が自然に緩くなる。

「そっか」

「ええ、そうよ。わたしにとってのあなたはきっと、【英雄】ね」

 今は誰にも分からない皮肉。

 青年は首を振り、

「違うぞ。俺は物語の手が届かないような【英雄】なんかじゃない。俺はアエルの騎士だ」

 少女は優しく微笑む。そして、短く告げる。

「……ええ。本当にそう。ありがと、アルエ」

「ああ」

「これからも、よろしくね」

「こっちこそ、な」

 二人の間だけで交わされる笑顔は、恐らくこの世界で最も尊いものなのだろう。

 もし観た者が居るなら、そうであると確信できるに違いない。

 水色の空と若草色の丘。その中に存在する今にも融けてしまいそうな銀雪。

 青年は心に誓う。

 この一瞬を大切にしよう。

 この刹那を永遠にしよう。

 零れていく生命を抱き締めて生きていこう。

 流れゆく時間を見つめながら生きていこう。

 どうか、どうか、どうか。



 陽の光が顔に掛かった所為で、目を覚ます。

「う、うぅん……」

 目元に腕を遣り、光を遮る。

 眠い。

 あれ、何でわたし、こんな所に……。

「っ!」

 驚いて声を出し掛けたが、何とか押さえられた。

 ゆっくり顔を隣に向ける。

 そこには、だらしなく口を開け、やや間抜けな格好で寝ているアルエが居た。間抜けというか、無防備というか。こう、何かが刺激される。

 人差し指が勝手に伸びる。勝手に、だ。

 えいっ。

 アルエのほっぺ、意外と柔らかいわね。腕はこんなに筋肉質なのに。

 彼が気持ちよさそうに眠っていると、わたしもまた眠くなってきた。

 瞼が石のように重い。

 ああ、手がごつごつしてる。

 剣たこが男らしくて、わたしの為に頑張ってくれている気がして、嬉しくなってしまう。

「ありがと」

 誰の呟きだったか、わたしは分からなかった。



 頬に違和感を感じて、青年は目を覚ました。

 といっても起きたのは意識だけで、身体は動かせなかった。

 頬をつつかれている!?!?

 気付いてはいけない事に気付いてしまったように、冷や汗が止まらない。

 今、目を覚ましてはいけない!

 身体が熱を帯びるのが分かる。

 青年は早く終わってくれ、と願うが、一向にその気配は感じない。

 なまじ鍛え上げられた感覚が、少女が嬉しそうにしているのを感じ取っているから、余計キツい。

 無風状態の中庭で、彼女の優しい息遣いだけが鮮明に脳裏に焼き付く。

 湧き掛ける邪な感情を()()()以上の鉄の精神で押さえ、そして押さえていたそれらが、

「ありがと」

 霧散する。

 青年は先ほどまでの自己を嘲笑し、心に誓い直す。

 俺はアエルの騎士だ。だから……もう、大丈夫。

 少女が寝たことを察し、薄目を開け、しばらくして再び眠りに就いた。



 そういえばさ、

「何?」

 あの時結局何してたんだ?

「あの時っていつの事かしら」

 ほら、俺が休みでさ、朝からここに来て一緒に寝てたとき。

「…………何の事かしら」

 いや、アエルが俺の頬を突っついてたじゃん。

「記憶に無いわ」

 え。

「記憶に無いわ」

 絶対覚えてるだろ、それ。

「記憶に無いわ」

 あ、はい。

「記憶に……ケフンケフン」

 まぁはぐらかされるとは思ってたけどさ。

「だから記憶に」

 はいはい、覚えてないんでしょ。

「わたしの記憶にないんだから、そんな事実は認めないわ」

 了解。俺だけの思い出にしておくよ。

「そういう事では……っ!」

 なぁ、アエル。

「……何かしら」

 人って、なんで死ぬんだろうな。

「……随分と唐突ね。どうして急に?」

 俺がさ、昔住んでた所で、ヤマウサギってのを飼ってたんだよ。飼ってたっていうか、山に棲んでたっていうか。

「へぇ。それがどうかしたの?」

 そいつらを家で飼いたいって何度言っても最後まで許してくれなかったんだ。

「アルエのご両親が言ったことだからちゃんとした理由はあるはずよね」

 その通り。そん時のオレは知らなかったんだけどさ、あいつ等――ヤマウサギって、二年で死ぬんだよ。

「とても短いわね」

 そうなんだよ。オレはあいつ等と五年くらい一緒にいたんだけどさ、今考えるとおかしいよな。

「ええ。つまり」

 何度も世代交代してたって訳だ。オレが気付かない内にあいつ等は何度も何度も死んで、生まれて。

「本当に気付かなかったの?」

 ああ。確かに冬が明けたらオレの事を忘れてたりしたんだけど、動物だからってそんなもんかと思ってたんだけど。

「ご両親は何で飼ってはいけないって仰ったのかしら」

 両親っつうかほぼ全部母さんだけどな。きっと母さんはヤマウサギの寿命の事を知ってて、小さいオレには重すぎるって思ったんじゃねえかな。

「難しいものね。死って」

 そう、それで最初の話に戻るわけだ。人って、っていうか生き物って何で死ぬんだろうな。

「…………生まれたからっていうのはあまりに陳腐な返しよね」

 まぁ、納得したくはないな。

「………………他の生き物は分からないけれど」

 おう。

「人が死ぬのはいきる為、じゃないかしら」

 いきる、為?

「ええ。いきる為に人は死ぬの」

 どういう意味だ?

「もしわたしが今、ここでいきなり死んだら、アルエはどうする」

 どうするって……苦しいな。辛くて、辛くて、一生後悔し続けると思う。

「そ、そう……。あくまでも仮定の話だからね、本気にしないでよ」

 してねぇよ。

「嘘、本当に厭そうな顔だったわ」

 うるせぇな。

「まあ、いいわ。ほら、さっきアルエが言ったでしょ。一生後悔し続けるって」

 あ、ああ。

「これはわたしが思ってる事なんだけどね。人の死って、忘れられないでしょう?」

 今まで身近な人が死んだことがないからわかんねぇな。

「人の死って忘れられないものなのよ」

 あー、ごめん。

「別に謝らなくて良いわ。で、死んだ人はずっと、周りの人の心でいき続けるの」

 あー?

「アルエにもいつか分かる日が来るわ」

 来て欲しくないけどな。

「そうよね。でも、もしわたしが死んだら……仮定だからね、険しい顔しないでね。もしわたしが死んだら、アルエはわたしの事を覚えていてくれる?」


 当たり前だ。絶対に忘れるもんか。


「あははっ、ありがと」


 少女の笑い声が、弾けた。



一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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