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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
14/28

十三話 年に一度の特別な日。


 最初の訓練の終わりに先生から言われた通り、朝の素振りを千回終える。

 正しい姿勢で、正しい角度で。

 この場合の「正しい」は、人の構造においての最高効率、という意味らしい。

 少年(アルエ)は両方とも初めの一週間で叩き込まれたから、もう間違えることはない。

 普通少しくらいはブレる筈なのだが、少年にそれは一切ない。

 そのことが、アルエの異常性を暗に示していた。

 少年は天才だと、フィンアーツは一日で確信した。

 初めは口だけかと思っていたが、動きが変わってからはその才を遺憾なく発揮し始めたのだ。

 フィンアーツの動きを模倣し、稀にヒヤリとさせる攻撃を放つこともあった。到底剣を握り始めて数週間とは思えない。

 初日に素振りを命じたのは剣を振るう筋肉を鍛えさせるため。少年の身体は野山育ち故に全身に満遍なく筋肉が付いていた。体力も相応にあるらしかったので、基礎的な訓練はほとんど必要なかったのだ。

 日に日に増していく少年の剣の腕だったが、彼は一切驕ることはなかった。何故なら、

「あっ!?」

 少年が巧くなったかな? と思っても、一瞬で老人がそれを叩きのめすからだ。

「まだまだですね。……今日はもう終わりましょう。お嬢様がご立腹のようです」

 すっかり彼らの修練場と化したバフロス公爵邸の中庭。本来の主である少女が、全然構ってくれなくなった少年を冷めた目で見ていた。

 少年は額の汗|(運動で出たものだけではない)を袖で拭い、木剣を腰に差した。近付いてきた彼に、少女はポイとタオルを投げる。

「え」

 驚き、戸惑う少年に、少女は拗ねたように、

「言われないと分からないのかしら。それで汗を拭きなさい。ほら、暑いでしょ」

 今は真夏。午後六時頃とはいえ、まだ空はかなり明るい。従って気温も、そう。かなり暑い。

 少女がメイドに頼んでわざわざ用意してもらった物とは知らずに、少年は礼を言う。

「ありがとう。あー、ごめん。また待たせちまって。部屋に戻ってていいのに」

 その台詞は少女を気遣ったものであると知っていても、少女は妙に苛立つ。

 少女の態度にあたふたする少年。その光景を見て、老人(フィンアーツ)はとても嬉しくなる。

 お嬢様は本当に感情が豊かになられた。

 同年代の友人。

 公爵令嬢という立場故に、それまで全くそういう関係がなかった――実際は父親の過保護の所為もある――少女にとって、少年は本当に重要な存在だ。

 老人にとっても、第一線から退いて久しかったこの頃、鈍っていた身体と感覚を戻す存在として、また可愛い弟子として、少年は重要な存在になっていた。

 止まらない時間の流れの中で、老人は少しでも長く生きられるように、出来ることなら彼らの幸せな将来を見たいと願った。

 夏の夕陽が空を赤く染める中、日陰の空気が風に運ばれ、一瞬の冷涼を彼らは感じた。



 時は流れ、少年と少女が出逢って一年目の秋のとある日。

 陽の日は、朝から老人と修練をすることになっている。

 なので少年はいつも通りに木剣を佩き、動きやすいラフな格好でバフロス公爵家を訪れた。

 何だか、いつもと違う気がする……。

 少年は妙に慌ただしい空気を感じた。

 普段は澄まして歩いている使用人たちは、早足だったり挙動不審だったり。

 どこかの貴族の馬車が入れ替わり入れ替わりやってきて、応対する使用人に何かを渡していたり。

 何より極めつけにバフロス公爵が気持ちよーく鼻歌を歌いながら足を弾ませていたり。

 最後のそれを少年が見たとき、さすがにちょっと、いやかなり引いたのは隠せなかった。これ以上ないくらい微妙な表情をしていた。

 五十のオッサンのスキップなんて見たくねぇ!

 そういう心の声が聞こえてきそうだった。

 少年が修練場もとい中庭に着くと、また、どこか違う気がする少女が彼を待っていた。

「おはよ」

「おはよう」

 …………。

 じろじろと見られた少女は居心地悪そうに身じろぎする。

「な、何よ」

「いや……今日は一段と、その……」

 歯切れ悪く言葉を濁した少年に、少女は続きを言うよう催促する。

「ちゃんと言いなさいよ。ほら、早く」

 ちょっとの期待。

「あれだ、なんか、か、可愛いな」

 目を逸らし、頬を軽く朱にしながら呟き、慌てて付け足す。

「い、いや、別に普段が可愛くないとかじゃないぞ」

 言ってしまって羞恥心が増幅される。加えた言葉は偽りなき本心だったから、尚更だ。

 言われた方も、期待以上にストレートに言葉が来たので狼狽えてしまう。

「あ、ありがとう?」

 少女は焦って、何故か語尾が上がった。

「…………じゃ、じゃあ俺は先生を探してくるから」

 そう言って立ち去りかけた少年を、少女は立ち上がって止める。

「そういえば今日は訓練はおやすみよ」

「えぇ。聞いてないんだけど」

 最初の日以来一日たりとも欠かさずに続けてきた訓練が突然休みになったことに、少年は戸惑いを隠せない。

「なんで?」

「なんでって……だって今日くらいは……」

 少女らしくなく、ぼそぼそと俯いて告げられたその言葉に含まれた意味を知らない少年は、あまり納得はしていなさそうだが、とりあえず頷いた。

「わかった。じゃあ今日は久しぶりにアエルと遊ぶか」

「っ!」

 喜色満面。

 輝いた少女の顔が、見かけと相乗されてとんでもなく眩しい。

 最近は朝から遊ぶのはご無沙汰だったので、二人は新鮮に感じる。

「じゃあ何する?」

「ええとね、…………」



 楽しい時間はあっと言う間に過ぎてしまう。

 陽が頂上に達した。

 中庭にいた少女を、一人の初老のメイドが呼びに来た。

「お嬢様、準備が終わりましたので、どうぞあちらへ」

 そして隣にいた少年に目を遣り、

「彼はどうなさいますか?」

「もちろん連れていくに決まってるじゃない」

「わかりました……」

 再び少年を見て、その服装を咎める。

「その服ではいけませんので、別の物を見繕わせましょう」

 パンパン、と手を叩けば、どこからともなくもう一人の若いメイドが現れ、少年が驚く間もなく連れていかれる。

「ふふっ」

 その様子に、少女は忍び笑いをしてしまう。初老のメイドは溜め息を吐き、顔を上げると少女を会場へと誘導した。


 暫く前にもこんな服を着た気がする。

 アルエは硬く糊の効いた正装に、肩が狭そうに身を包みながらぼんやりとそんな事を思った。

 確かあの時は…………。

 上の空になっているのがバレ、隣に立っていた若いメイドに小突かれた。

 やけになれなれしいなぁ、と思う。

 ああ、そうだ。

 アルエはようやく、彼女はアルエが最初にバフロス公爵邸にやって来た時、服を選んでくれた人だと思い出した。

 そういう役職があるのかもしれない。

 アルエが連れてこられたのはバフロス公爵邸の、最も広い部屋。一階にある大広間だ。

 普段は特段何も置かれていない部屋だが、今日は違う。

 かなり大きな丸机が十以上。その上には何十種類もの料理が入った大皿が置いてある。正面にはミニステージが設置されている。そこにいる人々も、豪華絢爛とまではいかないものの、随分と高貴な服装に身を包んでいる。彼らはほぼ間違いなく貴族だろう。皆、一様に何かを心待ちにしている為、中身のない会話が展開される。

 そして時が訪れる。

 暗転。

 その場にいた全ての人間が静まり返り、

 照射。

 小舞台の上の彼女に注目した。

 多数の大人たちの視線をその身に集めた少女は、気圧されまいと脚を踏ん張り、

 知性的な、怜悧な声で話し始めた。物音一つ立たない聴衆の静謐がはらむ熱。染み渡るように彼女の声は会場に響く。

「皆様、本日はわたくし、アエル・バフロスの誕生日会に来ていただき、誠にありがとうございます……」

 時候の挨拶や、簡単な礼を丁寧にこなし、最後に再び一礼。

「では皆様。これからもわたくし共々、バフロス家をよろしくお願いいたします」

 十三歳の少女とは思えないほど立派に役目を果たした少女の礼を皮切りに、破裂するかのような拍手が会場を包んだ。

 舞台からふぅ、と溜め息を吐いて下りた少女の元に、少年は駆け寄る。

「すげえな! アエルって」

 目を純粋な尊敬に光らせ、寄ってきた少年に、少女は苦笑いをする。

「そういや誕生日だったんだな、おめでとう」

「……っ。ええ、ありがとう」

 少女は今日言われた祝辞の中で、一番単純な少年からの言葉が、一番嬉しかったのは何故だろう、と疑問に思った。

 しかし、直ぐに別の大人に話しかけられたので思考を中断する。

「アエル様、お誕生日、誠におめでとう御座います……」

「ええ、ありがとうございます」

「当家は海上都市で採れた大粒の真珠をあしらった首輪をお送りさせていただきます」

 男の目には取り入ろうという魂胆が透けて見えた。だがそれでも、一般的に見れば彼はまだマシな方なのだろう。今日の少女の誕生日会は出席者を公爵自ら選んでいるので、酷い者は公爵が弾いているのだから。

 そういうわけで、通常こういう場では跡取りを連れてきたりするのだが、今回は一切禁止している。少女としてもそう言った鬱陶しい事は勘弁なので、助かっているのは事実だ。

 贈り物は大きい物から小さい物まで。ここに持ってこられない物は、先に屋敷のどこかに運び込まれている。

 だが少女が贈り物を受け取っている隣で、少年はずっと首を傾げていた。

 それが気になった少女は、人の列が途切れた合間に少年に訊ねる。

「何かあったの?」

「いやぁ」

 歯切れ悪い少年は、少女の催促によって理由を答える。

「何でみんな贈り物をしてるんだ?」

「え?」

 少女はその質問に目を丸くした。だって誕生日に贈り物を貰うのは当然で……。

 ああ、そういう事ね。

 少し考えて少女は答えを得た。

 きっと彼が住んでいた所では、このような風習がなかったのだろう。

 それは当たっていたが、少年の両親は当然誕生日プレゼントの事を知っていたし、行っていなかったわけではない。ただ、その。地味すぎて少年が気づいていなかっただけなのだ。

 夕食が少し豪華になっているからと言って、それくらいのことは偶にあるのだ。誕生日のお祝いだと分かるはずがない。

「あのね、誕生日には何かを贈る風習があるのよ」

「…………」

 合っていた目線が突然外され、少女は惑う。

 ああ、次の人が来てしまった。

 これが終わったら後で訊こう。

 少年の憂鬱を見抜けなかった少女は、にこやかに応対する。



 少女の元から離れた少年は、例の若いメイドの所へと向かった。

 少年の心は驚きと後悔、そして恐怖が綯い交ぜになり、憂鬱になっていた。

 どうやら王都じゃああいうのが普通らしい。それに、

 贈り物を貰ってアエルはとても喜んでいた|(様に彼には見えた)。

 贈り物を持ってきていなかった自分は駄目なのではないか。

 そもそも今日が少女の誕生日だと知らなかったのはもっとまずいのではないだろうか。

 だから思い立ったら即行動。少年は贈り物を探すため、何かと詳しそうなあのメイドを頼ることにしたのだ。

 角で待機していた彼女を見つけ、声をかける。

「すいません、ちょっと良いですか?」

「ん? アルエ君? どうしたの?」

 少年は名前を覚えられていたことに驚く。名乗ったことあったっけ。

 少年は与り知らないことだが、少年と老人の訓練はもはや中庭の一風景となっているのだ。メイドたちの中には何度転がされても立ち上がる少年のファンになってしまった者や、ダンディーな老人のファンという二つの勢力が生まれていたりする。勢力と言っても論争をしたりはせず、二人を陰から静かに見守っているだけなので、少年は気付いていない。

 因みにこのメイドは少年派だ。

「ええと、………………」

 メイドは少年の耳を貸せというジェスチャーに従い、屈んで少年の口元に耳を寄せる。

 そして訊ねられた言葉に微笑み、

「わかりました。お任せ下さい」



 とある許可を貰いに行ったメイドを待っている間に、少年は少女に断りに行く。

「悪い、ちょっと抜ける。直ぐに帰る」

「え?」

 どこへ? 何を? 少女の頭の中で色々な疑問が巡ったが、それを訊ねる前に少年はさっさと会場から出て行ってしまった。



 さて、早く帰らなければ。

 少年はそう意気込んで出てきたは良いものの、屋敷から一歩出て動けなくなっていた。

 後から出てきたメイドが少年の肩を軽く叩き、

「さあ、行きますよ。訊きたいことがあるなら歩きながらにしましょう」

「なぁ……あ。アエル様の誕生日会って何時頃までやっているんですか?」

「私の様なメイド風情に敬語を使う必要はないですよ」

「ああ、わかった」

「そうですねぇ。確か四時までだった筈です」

「四時、か」

 ギリギリだな、と少年は思った。

 後三時間でどこまでいけるか。帰りのことも考えたら時間はその半分未満だ。

 二人は取り合えず商業街を目指して早足で歩き始めた。

「アエル様が好きな物ってなんだろう」

 少年は普段の少女の姿を思い出す。

「本読んでるな」

「紅茶も飲んでる」

「趣味? あるのか?」

 今更ながらにして少女の事をあまり知らないことに驚愕する。いつも殆ど少年の話をしているのだ。例えば山であった面白い出来事とか。

 一人で迷走している少年を見かねたメイドが、少年に助け船を出す。

「女の子なら、贈られて嬉しい物は他にもありますよ」

「何!?」

 教えてくれ! と少年は詰め寄る。必死な少年が可愛く思えたメイドはにっこりと笑って、

「例えば、そう。装飾品ですね」

「装飾品?」

「ええ。ただ……アルエ君は今どれくらいお金を持っていますか?」

「ええと」

 財布を開け、のぞき込む。

「これ位だな」

 メイドはそれを見て険しい顔をする。

 彼が持っているのは大体普通の昼食五回分程度のお金だった。

「それでは厳しいですね。桁が一桁ないしは二桁は上ですから」

 それに、とメイドは続ける。

「装飾品なら今日、お嬢様は沢山受け取っていらっしゃいますので、目立たないかと」

「じゃあどうすればいいんだよ」

「…………一度自分で考えてみませんか?」

 彼女は何故か気まずそうに目を逸らしながら答えた。決して何も思い付かなかったからではない。そう、少年が頑張って考えた方が少女も喜ぶと思ったからだ。それ以外の理由は……ない。ぜったいない。

「はぁ……」

 歩いていると見覚えのある辺りに差し掛かった。学院終わりに食物通りへ行った後、帰りに通ったことがある。

 あの時は……?

 何かが引っかかる。

 そこの前を通った瞬間、やっと思い出した。

 とある一般の帽子店。

 そこの隅に控えめに飾られていた麦藁帽子。

 これにしよう。

 少年は思い出したから、即断した。

 隣で歩いていたメイドに何の声も掛けずに走り出し、それは誰の目にも留まっていないから急ぐ必要はないのに、慌てて丁寧に持って、会計を済ませた。

 所持金ギリギリだったが、何とか足りて安堵する少年に、メイドは呆れて笑う。

「それにしたんですか?」

「ああ」

「理由を訊いても?」

「……秘密だ」

 ぷい、とそっぽを向いた少年の態度に、メイドは内心悶える。

 ツンケンしたアルエ君可愛いっ!

 勿論そんな心情は間違っても表には出さないが。

 冷静な表情を保ったまま、メイドは忠告する。

「ただ、贈り物をするなら、包装はきちんとしなくてはいけませんよ」

「…………」

 少年は黙って手元の裸の帽子を見る。

「どう、すればいい?」

「私に任せて下さい!」

 おっと、仮面が剥がれ掛けた。

 急に高ぶったメイドを妙な物を見る目で見てから、少年は勝手に納得したように頭を振った。

 中身は少年が一人で選んだのだから、今のままではメイドは何の役にも立っていない。せめて包装位は!

「あ、ああ。わかった。ただ、もう金がないんだけど」

「それ位おね……私が払いますよ」

 おい、段々化けの皮が剥がれてきてるぞ。

「ありがとう」

「いえいえ」



 そんな会話があってから、かなり時間が経過した。

 陽はもうかなり傾いている。

 二人は今、走っていた。

 少年は体裁無く。メイドは最低限の身嗜みは確保しつつ。

 かなり足が速い少年の本気に、身嗜みを取り繕う余裕がありながら追随できるメイドは、かなり凄いのだろう。

「後何分!?」

 激しい息の合間にねじ込まれた少年の言葉に、メイドは陽の傾き具合を見て答える。

「正確な時間は分かりませんが、三十分もないでしょう!」

 贈り物を一瞬で決めたのに、どうして今こんな事態に陥っているのか。

 それはメイドの拘りの所為だ。普段の仕事の中では良い方向にはたらいているそれも、今回ばかりは裏目に出た。

 その上、最後は少年に決めさせるという徹底した気遣い。これで少年は嘘偽り無く自分で選んだと言える。

 屋敷への最後の直線。

 …………馬車が次々に出ていく様子を見て、二人は察する。

「ハァ、ハァ……ああ」

「……どうやら間に合わなかったようですね」

 門番は帰ってきた二人を見て、訝しげに、

「アルエとアリア? お前たちどこへ行っていたんだ?」

 この人はアリアというのか、と、ずっと隣にいたメイドの名前を今更知った少年。

「アルエ君の贈り物探しに行っていました。ただ、もう誕生会は終わってしまったのですよね?」

「ああ、ついさっきお開きしたところだ」

 少年はそれを聞いて項垂れる。

 そんな哀愁漂う背中に、大丈夫です、とメイドが声を掛けた。

 少年は疑問符を頭の上に浮かべ、

「大丈夫って、何が?」

「贈り物は会の中でしか渡せないわけではありませんよ」

「えぇ……」

 走った意味はどこにあったのか。

 目線で責めてくる少年に、メイドは空笑いをする。

「つい……」

 アルエ君の熱気に当てられて……。

「はぁ。今アエル様はどこに居ますか?」

「お嬢様は恐らく更衣中だぞ。しばらくしたらまたどこかにいらっしゃるだろう」

「分かりました。ありがとうございます」

 門番との会話を切り上げて、二人は屋敷の中に入る。

「アエル様がどこに居るか分かる?」

「はい、心当たりはあります」

「じゃあこれ、渡してきてよ」

 少年はそう言って、ラッピングされた贈り物をメイドに押しつけようとした。が、メイドは突然怒って突き返す。と言っても傷つけない様に優しくだが。

「駄目です」

「何で」

「アエル君からの贈り物なんだから、ちゃんと自分で渡さないと」

 誰が渡したって同じだろ、とぼやいた少年を、メイドは再び諫める。

「女の子の気持ちになってみなさい。わかった?」

「全然わかんねぇよ……」

 メイドが一室の前に少年を連れてやってきた。

「お嬢様はいらっしゃいますか?」

「ええ、何かしら」

 扉越しのくぐもった少女の声が、少年の耳に届いた。

 目でほら、と促された少年は、

「あ、あー。俺だ。アルエだ。今ちょっといいか?」

「え!? ええ。いいけど……」

 少年が扉を開けると、結い上げられていた髪を下ろしている最中の少女が振り返る。

「ええと」

 少年は助けを求めるように後ろを見る。しかしメイドは目を合わせようとしない。少年は仕方なく、辿々しく言葉を紡ぐ。

「あー、その。誕生日おめでとう」

 少女は目を丸くして、直後に破顔する。本日二回目だが、やはり嬉しいものは嬉しい。

「ありがとう」

 柔らかいその言葉のおかげで、少年はすんなりと次の声が出た。

「だから、これ」

 後ろ手に隠し持っていた包みを渡す。

「これって……!」

 少女は包装を丁寧に開けていく。中身が見えないが、形は分かるので、もしや、と期待が増幅されていく。

 一部分が見え、一気に全体が取り出される。

「麦わら、ぼうし」

 少女の脳裏をめぐる回想。

 少年との散策中に見つけた帽子店に置いてあったそれと、手の中のそれは全く同じであった。大きな白いリボンは、少女がそれに惹かれた一因だ。

 少女の憧れる様な熱っぽい視線を思い出した少年は、少女がきっと喜ぶと思ったのだ。

 少女は買おうと思えば普通に変えたのだが、身分的に余りにも安い物を被るのはいけないと、思いとどまった。

 っていうか、そんなにわたしの事を見てるなんて、

「どれだけわたしの事が好きなのよ」

 半ば冗談、照れ隠しで放たれた言葉が少年の心臓を突いた。

「はは」

 毎朝会う度、より惹かれてる。

 直裁にそう言えたなら、どんなに楽だろう。

「少なくとも、アエルが思ってる以上には想ってる」

「……本当に、ありがとうね。アルエ」

「別に気にするな」

 陽の様な笑顔が見られただけで、十分だった。

「わたしが今日貰った物の中で一番嬉しいわ」

 少女の、心の底からの思いだった



一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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