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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
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十二話 わたしはひとり。


 少年(アルエ)少女(アエル)の騎士になった翌朝、少年がいつも通りに少女の乗った馬車を待っていた。カラカラカラ、と車輪が回る音がしたのが聞こえ、少年は玄関から急いで外に出る。一度モタモタしていたことがあり、その時にこっぴどく叱られてしまったのだ。

「少年。おはようございます。馬車に乗っていただく前に、少し良いですか?」

 苦い反省を活かした彼に、御者台から老人が声を掛けた。普段朝は挨拶だけしかしていなかったので、少年は少し驚いた。

「おはようございます。何ですか?」

「本日、学院が終わった後主が会いたいと」

「主って……公爵様?」

「はい。その通りです」

「公爵様が俺に……何の用だろ」

 少年の独り言にフィンアーツは答えず、手で馬車を示した。乗れ、という意味である

ことは直ぐに分かったので少年は急いで乗り込んだ。少女が怒っているかもしれないな、と思いながら。



 その日、少年は授業にあまり集中できていなかった。

 少年は少女の父とは会ったことがない。自分の父親の上司であることは知っているが、それ以外の情報を一切持たない。

 それなのに今日突然呼ばれたということは……もしかして少女の騎士になった件だろうか。

 これから向かうというのに、嫌な予感が頭をよぎる。

 まさか、騎士を辞めさせられるとか……?

 そうなったら非常に困る。困るというか無理だ。

 き、騎士ってものは辞めるとかそういうのじゃないし……?!

 少年の顔色が優れないことを察した少女が心配そうに訊ねる。

「ねぇ、大丈夫? 顔真っ青だけど……」

「アエル、俺は何があってもアエルの騎士を辞めないからな!!」

 なんの脈絡もなく宣言された台詞に、少女は動揺する。

「え、急にどうしたの?」

「……いや、何でもない」

 絶対何かあるでしょう! と少女は思ったが、それを口にはしなかった。

「それならいいわ。じゃあ帰りましょう」

 既に教室の中に他の生徒は居なくなっていた。

 ずっと考え込んでいた少年を、少女は律儀に待っていたのだ。

「あ、ご、ごめん」

「さ、行くわよ」

 スタスタと歩いていく少女の後ろを、まるで従者であるかのように少年は付いていく。

「さぁ、今日は何をしようかしら」

 少女が楽しそうに、手を後ろに組んでクルリと振り返る。少年はそうだなぁ、と答え、予定に気付いて絶望する。

「ァ゛」

「ひっ」

 人のものでは無い声に、少女は悲鳴を漏らす。

「きゅ、急にどうしたのかしら」

「アエルのお父さんってどんな人?」

「お父様? そうねぇ。すっごく優しい人よ」

 少女はなぜ今そんな事を訊かれたのか分からなかったが、少女が知っている通りに答えた。

 公爵は娘の前では努めて優しくしている。それどころか普段は厳しい雰囲気すらも穏和なそれに変えている程の徹底ぶりだ。

 つまり、今語られた人物像は、極限られた一面なのだが、純粋な少年はその人物像を鵜呑みにしてしまう。

「そうか。それなら大丈夫そうだな」



 数十分後。

 全っ然大丈夫じゃない!

 アルエは目の前で静かに怒気を発している男を見て、心の中で大きく叫んだ。

 彼は地下にあったやたらと狭い応接室という場所に連行され、その男が来るまで待たされた。この家には似つかわしくない安物の椅子と机。アルエはまだ新しい赤黒い染みを天井に見つけ、恐怖する。

「話を聞かせてもらおうか」

 アルエの目の前で、顎の下で手を組んで肘を付き、じろりと睨んだのはバフロス公爵その人。

 少々物騒な「お話を聞く部屋」の様にも思えてしまうこの部屋は、ただのお話を聞く部屋だ。他の用途はない。

「先ずは……娘とはどのような関係かね?」

 重苦しい部屋の雰囲気も相まって、公爵の声は少年をこれ以上無く気後れさせる。

「私は、あ、アエル様とはきっ、騎士の誓いを結ばせていただきました」

 アルエは知識を総動員して、丁寧な言葉を選ぶ。この二ヶ月で、学院で学んだ事を活かせ。

「ほう。どうしてその様な経緯に至ったのかね」

「は、はい。それは……」



 アルエと公爵との楽しいお話は三十分以上に渡った。

「ではこれが最後の質問だ。君がアエルの事を好きなのは、アエルが可愛いからか?」

 これまでの問答で、その感情が悟られていると気付いていたアルエだったが、さすがにこうも堂々と問われれば狼狽えてしまう。

「それは、その……」

 でも彼はしっかりと答えを持っている。

「それだけではありません。確かに俺はアエルに一目惚れしました」

 少年は正直に、少女との出逢いを思い出した。

「でも、アエルと会っている内に、あいつの心に惹かれていきました」

 アルエはひどく恥ずかしい事を言っている自覚があり、顔が茹であがった様に真っ赤になる。

「だから、今は本当の意味で俺はアエルが好きなんです」

 アルエは思う。確かに始まりはドラマティックな出逢いだった。それによって自分の感情が大きく揺れ動いたのは否定しない。でも、もう、それだけではないのだ、と。

 この感情は、俺がアエルを守れるようになったら、きっと別の何かに変わる。

 少年は密かに、心の奥深くでそう確信した。

「嗚呼、そうか」

 公爵が狭い部屋の天井を見上げ、ゆっくりと溜め息を吐く。

 娘ももう十二歳か。

 暫し自らの過去に浸り、アルエに共感する。だから、

「わかった。君をアエルの騎士だと認めよう」

 アルエは最重要であったそれを聞いて安堵する。

「だから君が卒業した後は、王国騎士団の見習いになりなさい。当家が推薦しよう。そして二十二になったら是非うちの私騎士団に入りなさい。ああ、それが良い」

 フィンアーツがアルエに提案した通りの道を、公爵も認めた。

 公爵は何度も頷き、ふと思い出したようにぎょろりとアルエに目を向ける。

「一応言っておくが、アエルに手を出したら殺す」

 疚しい思いなんて一ミリしかないが、アルエは冷や汗を掻く。

 っていうかこの人なら平然と殺しそう。

 約三十分のお話で、公爵の娘への愛が、少年に十分過ぎるほど伝わったのだ。

「勿論です」

「では。私は再び城に戻らなくてはいけないのでね」

 仕事中にわざわざ俺をじんも……お話しにきたのか。とアルエは慄く。

 アルエの前では普通に歩き、視界から外れた直後、駆け出す公爵。彼は何気にギリギリの綱渡りをしたのだ。

 そんな事をしているとは露知らず、少年は少女の元へ戻る。


 やけに疲労した様子の少年に、少女が訊ねる。

「お父様はどんな用用事だったの?」

 少年が少女に説明すると少女は我が事の様に喜ぶ。

「それは良かったわね!」

「うん、ありがとう」

 自然と浮き上がってきた笑みを隠すことなく少年は礼を言った。その直後、新たに一人、中庭に訪問者がやってきた。

「お嬢様、少し少年と話をしてもいいですか?」

 フィンアーツが来る事を予測していたのか、少女の顔に驚きはない。

「フィンじい……構わないわ。いってらっしゃい」

 少女は少年の背中に手を軽く振ったが、フィンアーツが呼応するように首を振る。

「いいえ、ここでも問題ありません。それに、お嬢様にも聞いていただきたいのです」

 用件を察した少女は素直に頷く。

「わかったわ」

 少年はというと、ずっと会話から置いていかれているので、自分の事が話されているというのに手持ち無沙汰そうに、明後日を向いていた。

「さて、少年」

 突然呼ばれた少年は、びくっとしてフィンアーツに向き直る。

「は、はい」

「これを持ちなさい」

 そう言って腰から抜いたのは、一本の木剣。それを少年に向かって放り投げた。

 少年は動揺し、二、三度手の中で浮いたものの、ぎこちなく握ることに成功した。

 フィンアーツはさらにもう一本佩いていた木剣を抜き、

「少しお嬢様から離れましょう」

 フィンアーツは中庭の入り口付近まで下がった。少年も何をするのか、薄々察しながら付いていく。

「その剣を私に当ててみなさい。そうすれば今日は終わりです」

 フィンアーツははっきりと言わないが、つまりは修行だ。少年に、少女の騎士として相応しい実力を身に付けさせようという事だろう。

「それだけでいいんですか?」

 少年は不思議そうに首をひねる。フィンアーツを倒すというのなら兎も角、剣を身体に当てるくらいなら、初心者である自分でも出来る。そう考えたのだ。

 少年はてっきり、基本的な反復練習等をすると思っていたのだ。例えば素振りのような。

「はい。視たところ少年の身体は基礎がしっかりと出来ています。今はまだ非常に若いのだから、筋肉を付けすぎてはいけないのですよ」

「はあ」

「細かいことは気にしない方が良いでしょう。ほら、早くきてください」

 だらっと脱力したような姿勢のフィンアーツに対し、初めて木剣とはいえ剣を人に向けた少年。二人を固唾を呑んだ少女が見守る。

 フィンアーツに言われたとおり、先に動いたのは少年。イメージしたのは物語の中の剣士。

「ヤアアァァっ!」

 木剣を大上段に構え、声を上げながら真っ直ぐ前へ。そしてフィンアーツに力を込めて勢い良く振り下ろした。直後、カンッと乾いた木と木がぶつかった音がして、少年の剣は弾かれる。体重を半分以上載せていた少年の身体はよろめき、尻を地に付けたが、老人の足は微動だにしていない。

「終わりですか?」

 愕然としていた少年は老人のその一言で目を覚まし、

「まだっ!」

 尻餅を付いた状態から、木剣を握り直し、手を使わずにピョンと立った。

 そして、

「ヤアアァァっ!」

 二度、三度、四度……過程も結果も変わらず、それを十セットも繰り返した頃には、少年はヘトヘトになっていた。

「終わりですか?」

 十度めの台詞。その声音、調子に全く変わりはなく、少年は軽く恐怖を覚える。

「…………」

 視界の端に、少女の不安げな顔が入り込んだ。

 すると少年の頭は冷や水を浴びせられたように冷静になり、

 そういえば、ずっと同じ動きしかしていない。

 それなら同じ結果になるのも当然だ。

 平静なら気付けていたはずの、あまりにも簡単な事実をようやく認める。

 何が駄目なのか。一つ一つ動きを変えてみよう。

 丁寧に、大胆に、繊細に、豪快に。


 少女が居たから、少年は強くなれた。


 少女は何度倒れても立ち上がる少年を見ていて苦しくなっていた。

 どうしてそこまでするのだろう。

 なんでわたしなんかの為に……。

 少年が吹き飛ばされる度に声を上げそうになってしまう。

 でもそれはきっと邪魔になってしまうだろうから、口を噤む。

 しばらくして、少年と目があった気がした。

 一瞬で外れたから、わたしを見たのではないのかもしれない。

 でも、それから彼の動きが変わった、気がした。

 動きというか、こころだ。

 わたしには戦いのことはわからないけれど、ひとのこころは読みとれる。

 さっきまでの彼は、ただただ一直線にふらふら|(!)した雰囲気だった。

 でも今は、進むべき方向を見つけ、そこに向かって一直線に突き進んでいる。

 そんなこころだ。

 うれしいような、さみしいような。

 でもその変化はきっと、彼にとって良いものであるはずだから、わたしは素直によろこぼう。

 こころの中で、わたしはひとり、

 おめでとう。



一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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