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世界最後の英雄達よ ~The Last Storytellers~  作者: 晦日 朔日
一章  アエルとアルエ
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十話 日常の中のちょっとした刺激。


 少女(アエル)少年(アルエ)が学院に入学してから二ヶ月が経った。

 並んで歩く二人の間を薫風が軽やかに流れる。

 すっかり学院生活に慣れた少女と少年は、普段とは違う行動をしようとしていた。

 それは寄り道。帰宅途中に店などに寄ろうというのだ。

 本日は土の日。学院は午前中に終わるから、時間は沢山ある。

 勿論少女のお目付け役のような立場であるフィンアーツにはちゃんと伝えてあるので、無断ではない。

「アエルはどこに行きたい?」

 帰宅する生徒たちから一歩退いた所で、少年が少女に訊ねた。

「実はどんなお店があるとか、全然知らないのよ。だからアルエが案内してちょうだい」

 本当に知らないのか、それともポーズなのかは判然としないが、少年は二ヶ月の付き合いでその答えを予測していたらしい。

「言うと思った。オレに任せろ」

 この日のために少年は少女に隠れて下調べを行ってきたのだ。

 学院があるのは貴族街の一角。必要とする土地の関係上、市民街に接しているので、

そちらに出るのは簡単だ。

 今回彼らが向かうのは食物通り。学院から徒歩でおよそ三十分程度の距離だ。

「ねえ。これからどこへ行くのかしら」

 市中をきょろきょろとしながら歩く少女が、胸を張って歩く少年に訊ねた。

「それは着いてのお楽しみって事で」

 勿体ぶった少年に少女はやや挑発的に、

「ふーん。もしわたしを満足させられなかったら、わかってるわよね?」

「アエルは絶対気に入ると思う。オレはいまいち分かんないけど」

 四十分後――本来ならば三十分で着く筈が、少女が気になったところでいちいち歩を止めていたのでそれだけかかった――二人は漂ってきた食べ物の香りに、胃を刺激される。今は一時頃。昼食を抜いているので、かなりお腹が空いてきた頃だろう。それに彼らは十二歳。成長期だから尚更だ。

「お腹が空いてきたわね。で。ここが目的地なのかしら」

 冷静そうに、でも目の輝きを隠しきれない少女を見て、少年は直視に耐えられず目を逸らす。

「う、うん。何か食べたい物でもある?」

 頬を紅くした少年が訊くまでもなく、少女が先ほどから釘付けになっている店があった。

「そ、そうね。どこにしようかしら。あ、あれとかどうかしら」

 何故か誤魔化すように辺りを一度ぐるっと見回して、目に付いた風に一つの店を指さす。

 『激辛!! あなたの口を破壊します!!』

 幟には黄色と赤で、でかでかとそう書かれていた。

 物騒な煽り文句だ。

 そう、少女はその清純そうな見た目に反して、辛い物が好きなのである。それもただ辛いだけでは満足しない。極限の辛さ。彼女が求めているのは、そういう物である。

 少年は少女が激辛好きである事を悟り――少女は隠していたが、少年にはバレバレだった――その嗜好に合う店を探し出したのだ。さりげなくその店の前に連れて来てみたが、予想通り少女の目に止まった。

 アルカーナ王国南部には香辛料の一大産地があるのだが、父の土産で少女は辛い物にハマってしまったのだ。

 店に入った二人は、それぞれ注文をする。同じ肉饅頭だが、少女は当然一番辛い『破壊王(デンジャラス)』。少年は下調べでここに来たときに、辛い物にはもう懲りたのだが、意地で下から二番目の『槍衾(ノーマル)』を選択。

 直ぐに出てきた赤赤しい色のそれに少女が目を引き寄せられている内に、少年が黙って会計を済ます。少年が家事をして貯めたお金が四週間分吹き飛んだが、心の中だけで泣く。

 ところで、恐ろしい事に、この店は持ち帰りだけなのだ。店内に飲食スペースはない。つまり、彼らはこれを水のおかわり無しで食べなければならない。グラス一杯分の水だけだ。高い値段は、持ち帰りのグラスの分が多くを占めているのかもしれない。

 少女はお嬢様なので、当然立ち食いはしない。通りから少し外れたところにある小さな広場のベンチに二人は座った。

「い、いただきます」

「いっただっきまーす!」

 前に食べたブツよりも辛くないという事は分かっているものの、その時の恐怖が甦りそうになった少年は戦々恐々としている。

 少女は期待と興奮が入り交じり、上気した顔で一気にお淑やかにかぶりついた。どうやっているのかわからないが、かぶりつくとお淑やかにが共存しているのである。

「!!」

 少女はとても幸せそうだが、隣の少年は首を傾げて、

「あれ。あんまり辛くない?」

 悲しいことにそれは錯覚だ。以前食べた『破壊王』の味を舌が覚えていて、それと無意識に比較しているだけだ。

 その後、少女はむしゃむしゃとお淑やかに食べきり、少年も疑問に思いながらも完食した。

「「ごちそうさまでした」」

 少年が食べ終わるのを待ち、同時に手を合わせるあたり、少女はかなり少年のことを気にかけているようだ。もっとも少年が期待するような意味では全くないが。

「さて、次はどこに行くのかしら」

「ええと、次は確か……」

 少年は脳内で地図を思い浮かべる。

 次に行こうとしているのはここから西へ行った所にある雑貨通りだ。

 だからそこへ向かうには、ここの裏路地を通ればかなり早く着ける筈だ。

「次はこっちだな。今度は……今度も多分気に入ると思う」

 路地を示し、身体をそちらに向けた少年の耳を、少女の声がくすぐる。

「うん、ありがと」

 耳元で囁かれた甘い(辛い)声に、少年の鼓動が少し速まったが、その音は本人しか聞けなかった。



 アルカーナ王国王都、ディルカーナ。この都市の治安は非常に良い。王都を守る第三騎士団やその他の貴族たちの私騎士団、警察組織等が程良く巡回しているから、喧嘩沙汰も直ぐに彼らが駆けつけ、鎮まる。

 だが、どこの国にもならず者は居る。

 どんなに取り締まろうと、その網をかいくぐる者たちは居るのだ。

 少女と少年が入った小路地は、不幸にもそんな彼らの溜まり場であった。

 彼らにとって、真新しい学院の制服を着た少年少女など、ただの鴨にしか見えない。

「おい。お前等。ちょっと止まれや」

「おうおう! 痛い目みたくなきゃなぁ?!」

 妙な抑揚で少女と少年を脅す彼らの目は、暗い欲望に染まっていた。

「にっ、逃げよう!」

 少年が少女の手を引いて、後ろに下がろうとしたが、あっという間に彼らの仲間が包囲する。

「アァ、そうだなぁ。おい、ガキ。その女置いていったら許してやるぜ」

 リーダー格のつり上がった目の男が少年に威圧的に告げげた。十六から十八程に見える男たちからすれば、少年なんて何の力も持たない子供にしか映らない。

 彼の目線から身を隠すように、少女は少年の背に隠れる。少女を庇うために手を回した少年は激高した。

「ふ、ふざけんなッ! お前等なんか!」

 少年は怒鳴りながらがむしゃらに殴りかかったが、その体格差により簡単によろめかされる。

「クs」

 何かを言いかけた少年の腹に、男の踵が刺さる。

「アルエっ!?」

 少女の身体も巻き込みかけた少年は、二、三メートルも転がされる。

「ヘヘッ。じゃあな。コイツは貰っていくぜ」

 下卑た笑い声が路地に漂う。激痛に意識が遠のきかける中、少年は。

 クソッ! 何で! 何でこんな奴らがッ!

 霞む視界に、少女が男たちに連れ去られそうになっているのがぼんやりと写る。ぐわんぐわんと反響する耳の中に、少女の声が。自分を呼ぶ声が……。


「全く。一瞬目を離した隙にこうなるとは。私の過失ですね。申し訳ありません。お嬢様」


 突如響いた老齢の声に、抵抗する少女の口を押さえ、連れ去ろうとしていた男たちはぴたりと動きを止める。

 だが声の元が老人だと分かると途端にせせら笑う。

「オイ、爺ィ。お前死にてえのかぁ?」

 ゲラゲラと笑う男たちに、老人は、フィンアーツ・ラジエンは溜め息を吐き、腰から剣を抜く。男たちはフィンアーツの腰に剣があることにすら気付いていなかった、それだけの人間だった。

 相手が剣を抜いたことに、一瞬気圧された男たちだったが、相手は一人だということを思い出し、リーダーが声を揺れさせながら、

「こ、コイツは一人だ! ヤッちまえ!」

 自分は少女を押さえているから、仲間を向かわせ、そして結果に驚愕する。

 死屍累々。

 剣の腹で首を殴られて気を失っただけなので、死んではいないが、その表現は適切であった。

「ヒッ。な、何なんだよお前ッ」

 思わず後ずさった男に、フィンアーツは一瞬で距離を詰め、男の手が離れた少女を奪還する。

「フィンじい!」

 腰に抱きついた少女を撫で、

「少し待っていてください。直ぐに終わらせます」

 尻を地面にすとんと落とした男に、鬼もかくやの剣幕で寄り顎を蹴り、意識を落とす。

 この場で意識を保っているのは、少女とフィンアーツと、そして少年だけとなった。

「さて、少年」

 フィンアーツは眼下でうずくまる少年を見下し、声を掛けた。少女はただならぬ雰囲気に、今までの状況を忘れ、口を噤む。

 言葉を続けようとした彼だったが、少年の顔を見て、それを止める。

 少年は悔しさに顔を歪め、目に溜めた涙をこぼすまいと必死に堪えていた。その涙は悔しさか、それとも。

 フィンアーツは先ほど言おうとした言葉を変更する。

「少年、守りたい者を守れなかったのは悔しいか」

 こくり、と少年が頷いた。

「辛いか。苦しいか」

 その全てに少年は頷く。

「そうか。ならば、少年はどうしたい?」

 意地悪な問いかけだと、フィンアーツは自覚している。だってもう。答えは決まっているのだから。

 少年は押し殺すような声で、

「力が欲しい」

「大切な人を守れる力が欲しい」

「誰にも負けない、強さが欲しい」


 アエルと笑える、世界が欲しい。


 最後の願いは胸に秘めて。

 フィンアーツは少年の言葉に、ならば、と答える。

「私が鍛えよう。少年に力を手に入れる機会を与えよう」

 少年にとってその言葉は一種の救いであった。

「ありがとう、ございます」

 うなだれて感謝を述べた少の背中に、居場所をなくしていた少女が不安げに語り掛ける。

「アルエ、フィンじいはあんな事を言ったけど、無理はしなくて良いからね」

「オレは、オレは大丈夫だ。次は、絶対に……」

 振り向いた少年は目を逸らし、口ごもったので、少女は後半を聞き取れなかった。だが、その決意はしっかりと伝わったのは間違いない。

 何故なら少女が柔らかく微笑んで、言ったから。

「がんばれ」

 少年は虚を突かれ、少女の顔をまじまじと見た。そして、

「おう、任せろ」

 少女は少年の顔から無邪気さが少し抜けた様に感じ、寂しくなった。それは弟が成長したことを実感させられた姉のような、そんな感情だった。

 これが、アルエ・テルンムスが剣を始めたきっかけだった。


一瞬でも面白い、続きが読みたいなど思ってくださったら、評価の方よろしくお願いします。


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