第8話 希望の光に微笑む
わたしたちは一層近づいた。
前まであった、薄い、薄い壁に、ピシッと音を立てて亀裂が走り、ガラガラと崩れ去ったのを合図に、わたしたちの距離は近くなった。
わたしはスロープづたいに歩いてケイくんのベッドに行き、一緒に座って話をしたりするようになった。
ケイくんはわたしよりちゃんと勉強をして本を読んでいた機会が長かったから、わたしが知らないことをたくさん知っている。
「知ってますか?ガリレオ・ガリレイの地動説は………」
「紫式部は昔………」
ケイくんは歴史の偉人の話をしている時が一番好きみたいで、天体の話や数学、物語の話をする時より生き生きしている。
「へぇ、そんな細かい逸話まであったんだね。」
わたしがそう言って褒めると、ケイくんはくすぐったそうな声をあげる。
わたしは嬉しくて、毎日ケイくんのベッドへ話を聞きに行っている。
「あんなちゃん、ケイくん、夜ご飯よ。」
看護師さんにそう声をかけられて、わたしは慌てて自分のベッドに戻ろうとした。
「あんなちゃん、急がないで!」
看護師さんにそう叫ばれて、わたしは我に帰り、手すりを持ってゆっくりとベッドに戻った。
「今日の夜はねぇ、チャーハンよ。」
そう言われて、ケイくんもわたしもわぁっと歓声をあげた。
「あら、ケイくんも好きなの?あんなちゃんは中華料理が大好きだから、こうやって定期的に出すようにしてるのよ。」
わたしは恥ずかしくなって下を向き、頭を掻いた。
「そうなんですね。」
とケイくんは楽しそうに言い、わたしは不満げな顔を看護師さんに向けた。
「あらぁ?あらあら、あらあら、あらぁ〜。」
看護師さんは意味深な声と笑いを漏らすと、
「はい、あ〜ん。」
口を開ける。
チャーハンが運ばれてくる。
暖かいご飯と、牛肉の出汁、卵焼きの味が広がり、看護師さんへの怒りが吹っ飛んだ。
「幸せそうねぇ。」
看護師さんに言われて、わたしは咀嚼しながら頷いた。
───ってか、ご飯って噛むと甘くなるってケイくんに聞いたけど、そんなのわからないよね。
そんなことを考えながら食べていると、ケイくんが看護師さんに尋ねた。
「なんだか独特な味がします。何が入っているのですか?」
看護師さんが答える前に、わたしが言う。
「この病院のチャーハンは、いろんな肉の出汁や珍しい調味料が、うまいこと整えてあるの。だから、普通のお店で食べるようなのとは味が違うのよ。」
「へぇ。」
ケイくんは感心したように言った。
「あんなちゃんったら、うちにきて初めてチャーハンが出た時、全部の隠し味を当ててしまったのよ。イワキサンが残念がっていたわ。」
看護師さんにそう言われて、わたしは唇を舐める。
「簡単でしたわ。」
とすまして言うと、ケイくんが、
「あんなさんはそんなにたくさんの種類の調味料をご存知なんですか?」
と聞くので、
「母が料理好きだったの。だから、家のたくさんの料理本を幼稚園の頃に読んでいたし、料理にも出てきたものだから。」
と答えてあげた。
するとケイくんが、
「あんなさんはどんな料理人の面目すらも潰してしまいますね。」
と笑って言うので、ケイくんにほおを膨らませて見せた。
「あら?あらぁ、あらぁ。」
看護師さんが下世話な声をあげると、
「それじゃあ私たちは皿を片付けてくるから、あんなちゃんはケイくんと喋っていればいいからね。」
と言った。
わたしは顔を赤くする。
でも、やっぱりケイくんと喋りたいので、ケイくんのベッドに移動した。
───もう、看護師さんたちは。
わたしとケイくんは、友達以上恋人未満、ってやつなんです。
───でも。
ケイくんのこと、嫌いじゃない、かも。
………ううん、好き、か、も。
………いや、疑問形はおかしい、や。
わたし、ケイ、くんのことが好き、だ。
「ねぇケイくん。」
「どうしたんですか、あんなさん。」
「ケイくんは、好きな人とかいるの?」
「!?」
わたしが聞いた途端、ケイくんの気配が少し遠のいた。
「あ、ごめんね、深い意味はない………の。」
ケイくんのタイプを知りたい、と言うのはある、けど。
自分でもわからないうちに、口が勝手に動いていたの。
「ぼくは目が見えないので、見た目の好みはありません。」
ケイくんは困ったように言った。
そ、そうだよね。
そりゃあ、当然、だ。
だってわたしも、ケイくんについて知ってることは声と、性格と、それぐらいのものだもんね。
「───でも。」
………でも?
「ぼくは、性格がいい人が好き、です。」
ケイくんが、自分がタイプを述べるなんておこがましいというように言った。
性格がいい人………って、どんな人?
「性格が良くて、声が優しくて、ぼくと歳があまり離れていなくて、ぼくと同じような境遇の子。」
ケイくんがつらつらとあげ始めた。
「きっと、可愛いんだろうな、なんて思ってしまう子。」
………え?
可愛いんだろうなって“思ってしまう”子?
ってことは、いるってこと?
「ぼくは、………ぼくは、君が好き、だよ、あんなさん。」
はにかんだ、でも気持ちのこもった強い声で告げられて、頭のてっぺんからつま先まで熱くなる。
自分から聞いておいて、何か反応………
そうよ、何か反応しなくちゃならないわ。
話題をそらしたほうがいいの?
どうやって反応すればいいの?
ともかく、少し沈黙を作らなきゃ………ちゃんと考えて、話さなきゃ………
そう、思ったのに。
「───わたしも。」
そう、答えていた。
な、何言ってんの!わたし!
急すぎない!?
もう、本当に………
………でも。
「ありがとう。」
ケイくんが、嬉しそうにそう言うから。
それでもいいかな、なんて思ったりして。
「………目が、見えたらいいのに。」
ケイくんが、悲しそうに言う。
「大丈夫だよ、見えなくても。」
わたしが言うと、ケイくんは嬉しそうに、
「うん。うん。そうだよね。」
と繰り返し言った。
赤ん坊をなだめるように、わたしの手をトントン叩く。
わたしは顔をほころばせながら、考えた。
───目が見えればいいのに、なんて。
何度思ったかわからない。
でも、もういいの。
もういいんだ。
───だって。
隣にケイくんがいるって、わたしにはわかるんだもの。
あったかくて、優しい気配がするんだもの。
分かるの。
だって───
わたしの四感は、誰よりも優れているんだから。
読んでくださってありがとうございます!!
今回で完結します。
恋愛ものの最後はどう終わったらいいか悩みますね。
わたし自身の恋愛経験が、ないというわけではないにしても薄っぺらなのでね。
あ、ちなみに、登場人物の、あんなちゃん以外の名前がカタカナなのは、あんなちゃんが人の名前を音以外で感じることができないからです。
それを理解した上で、もう一度最初から読んでみると見え方が変わるかも?
そんな変わらんか。
それでも、今まで読んでくださってありがとうございました。
それでは、他の小説でお会いしましょう。
本当にありがとうございました!




