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そこにフルタはいません (上)  作者: 美祢林太郎
9/19

8 アダルトビデオに出演したって

  朝、フルタと同期入社のホソカワが店の入り口で待っていた。

 「おい、おい、フルタ、ちょっとこっちに来いよ。いいっから早く来いって」

 「おまえ、大胆だな」

 「いったいどうしたんだよ」

 「あのアダルトビデオだよ」

 「なんだよ、あのアダルトビデオって」

 「おれ見っちゃったんだよ。先週、東京に出張しただろう。その晩、ホテルでビデオを見てたら、おまえが出てきたんだよ」

 「えっ、おれ、アダルトビデオになんかに出ていないよ。街中で、通行人かなんかで撮られていたのか」

 「ばか、何のんきなことを言っているんだ。相手役の男優だよ。堂々と写ってたぜ。あれにはモザイクがかかっていたけど、顔はばっちりと写っていたからな」

 「えっ、それおれじゃないよ。おまえの見間違いだ」

 「おれも最初はそう思ったよ。だから何度も見返したよ。だけど、あれどう見てもおまえだったよ」

 「おれ、アダルトビデオに出演していません。天地神明に誓って、出演していません」

 「あれはどう見てもおまえだったんだって。おれ、10回以上は見たんだから」

 「絶対違うって。なんでおれがアダルトに出演しなければならないんだよ。いくら金を積まれたっていやだね」

「おい、ちょっと声のトーンを落とそうぜ。おれたち喧嘩しているように見えるからさ」

「そうだな。でも、おまえが見たのはおれじゃないって」

 「そうだろう。おれだっておまえが出ていたからビックリしたんだから。他の奴ならわかるよ。特にあのイズミダなんか声がかかれば、ただでも出演しそうだからな。好き者で通ってるものな。それが、よりによって真面目なおまえが出てたから、びっくりしたんじゃないか。どうして出たんだよ。正直にしゃべってみろよ。このことが会社にばれたら、いくらなんでもやばいんじゃないか」

 「正直にしゃべるも何もおれじゃないったら」

 「白を切るのか」

 「そのセリフ、どこかで聞いたことがあるな。あっ、警察だ。あの取り調べの時とまったく同じだ。おれ白を切っていないから。そもそも出演していないから」

 「おまえ、そんなに言うなら、今度そのホテルにビデオを見に行かないか」

 「おれたち二人でアダルトを見るのか。気持ち悪いじゃないか」

 「おれはおまえのためを思って言ってやっているんだぜ。おまえがいやならそれでもいいけどな。おれ、おまえがどうなっても知らないからな」

 「わかった、わかった。そう邪険にするなよ。それじゃ、いつ行くんだ」

 「早い方がいいだろう。ビデオが入れ替わる前にさ。今度の月曜日でどうだ。おれホテルを予約しておくからさ」

 「ツインルームね。おれ、そっちの趣味ないからね」

 「わかってるよ。おれだってないよ」


 ホテルのベッドの上に2人が座っている。

 「タイトルは何だよ」

 「忘れっちゃった」

「十数回も見て、タイトルを忘れたのか。タイトルくらい覚えておけよ。気が利かないな」

「びっくりして、そんなの覚えようとも思わなかったよ。それに似たようなタイトルばっかりじゃないか」

「それもそうだな。それじゃ仕方ないから、最初からチェックしていくとするか。ビールもしこたま買ってきたし、つまみもあるし。だけど、まだ昼の3時だぜ」

「時間は十分にあるな。とりあえず、乾杯だ」

「何に乾杯かしらないけど、とりあえず乾杯」

「だけど、こんな姿、会社の誰にも見せられないよな」

「昼の日中から、大の男二人でベッドに横になってアダルトビデオ見るなんてな」

「それにしてもビデオは百本近くあるよ。これ一日で見切れないんじゃないか」

「頭を見れば思い出すかもしれないし、とりあえず早回しで見て行こうぜ」

「わかった」

「そろそろ、思い出せよ。もう63本目だぜ。何時になる。9時だぜ。6時間も見たんだぜ。おまえ、本当に見たのかよ」

 「おっ、次の「禁断の失楽園」だったんじゃないかな」

 「じゃあ、見てみるか」

 「大きな声を立てるなよ。男二人で怪しまれるからな。酔っぱらって、声が大きくなっているから、気を付けようぜ」

 「わかった」

 「えっ、これおれじゃないか」

 「そうだろう。おまえだろう」

 「でも、おれこんなことをした覚えないぞ。この女性も知らないし」

 「だけど、おまえだよな」

 「おれだけど、おれみたいだけど、絶対におれじゃないぞ」

 「もう一回見てみようぜ。今度は普通の速さでな」

「おう。そうしよう」

「やっぱりおまえだったよな。もう一回見るか」

 「そうしよう」

 「もう一回か」

 「もういいだろう。こんなの何回も見るもんじゃあないよ。おまえよく10回も見たな」

 「いや、おまえかどうか確かめるために必死だったんだ。でも、何回見てもおまえだったから」

 「どう見てもおれにみえるよな。誰が見てもおれだよな。でも、嘘偽りなく、これはおれじゃないんだ」

 「それにしたって、こんな美人とできてよかったな。すげえ美人じゃないか。おれ、うらやましかったんだ。こんな美人とできるならおれもおまえに紹介してもらってアダルトビデオに出演しようかなって、考えたくらいなんだ」

 「おまえ、おれじゃなくて、この子が目当てで10回も見たんじゃないのか」

 「それもあるけど、見ているうちにおまえが憎たらしくなってきてな」

 「だから、おれじゃないって」

「おまえじゃないとして、見ていてこの美人とやっている気にならないか。おまえのそっくりさんがやってんだからさ」

「そんな気にならないよ。おまえ、変態じゃないの」

「酔ってきたのかな」

「飲み過ぎだよ」

「まあ、そうかも知れないけど、これはどういうことなんだ。おまえと瓜二つの奴がどこかにいるということか」

 「そうなんだよ。以前、おまえに話しただろう。あの強盗事件の防犯カメラといい、大相撲の観客といい、サーファーといい、どこかにおれとそっくりな奴がいるみたいなんだ。それがこの男優かもしれない」

 「これだけ似てたら、これは別人ですと言っても誰からも信じられないんじゃないか。おれだってまだ半信半疑なんだから」

 「そうだよな。別人であることを証明するのは難しいよな。別に別人だと言うことをおれが証明する必要はないはずなのに、困るのはおれなんだよな」

 「これどうする。サーファーや、相撲の観戦ならまだいいよ。強盗犯やアダルトはやばいだろう。このアダルトは誰が見ているかわからないからな」

 「だけど、ホテルでアダルトなんか見る奴がいるのか」

 「おう、出張中のほとんどのビジネスマンは見ているそうだぞ。おまえ見たことないのか」

 「あるけどさ。でも番組はしょっちゅう変わるし、そもそも男優なんか覚えているか? おれ覚えてないよ。男の顔なんて少ししか出ないじゃないか。それにアダルト女優すら覚えないものな。今日見た女優の顔をみんな覚えているか? 外で会ってわかるかよ」

 「そう言われればそうだな。おまえの相手をした女優は別として、だってこれまで10回以上みたんだからな。とびっきりの美人だし。他の女優さんはすっかり忘れてしまったよ。すれ違ったってわからないな。男優ならなおさらだ。今回はおまえだからわかっただけで」

 「いや、おれではないって。おれに似ていた奴だろう」

 「細かいこと言うなよ」

 「いや、細かくないだろう。おれじゃないからな。間違わないでくれよな」

 「おい、これからどうする10時になるぜ。外に飲みにいくか? 多分、おれたちの顔、相当歪んでいるぜ」

 「もう一度ビデオを見てみようよ」

 「なんだかんだ言って、おまえも好きだな。彼女を見るのか」

 「違うよ。このビデオにはどこか違和感があると思っていたけど、体形だよ」

「なんだ、体形って。セックスの体形がどこかおかしかったのか」

「そうじゃなく、おれの体形だよ。いや、おれに似た奴の体つきだよ。ビデオ回してよ」

「急がすなよ。おっ、これのどこがおかしいんだよ」

「おれこんなにマッチョじゃないよな。ガラガラなんだから。ほらあばら骨見てみろ」

「そう言われれば、そうだな。ビデオのおまえ、結構筋肉質だな。やせっぽちには見えないな」

「そうだろう。顔はおれにそっくりだけど、体つきが違うんだよ。サーファーの時もそうだった。これでおれじゃないのがわかっただろう」

「体の映像だけすげ替えたんじゃないのか」

「バカ言ってんじゃないよ。怒るぞ。これはおれじゃないんだから」

「わかった、わかった。それならこのビデオは、このまま放っておくか」

 「いったい、どうすればいいっていうんだよ。解決策はあるのか」

 「このビデオに書かれている会社に電話して、聞いてみるっていう手はあるけどな」

 「おっ、そうか。いま電話しても通じるかな。とにかく電話してみるか。おっ、出たよ」

 しばらく、相手と話をしていたが、埒が明かないようだった。

 「なんだよ。制作会社から買って放送しているだけだから、内容についてはわからないって返事だったな。制作会社を教えてくれって言っても、それは秘密ですの一点張りなんだから、これ以上は確かめようがないな」

 「警察だと疑ってんじゃないか。潜入捜査でもしないとわからないんじゃないか」

 「潜入捜査って何だよ。おれ、危険なこと嫌いだぜ」

 「本当にアダルトに出演するんだよ。話によるとポルノ女優になる女は多いけど、ポルノ男優になる男は少ないらしいぜ。どうだ、出演してみては。この世界は狭いだろうから、すぐにおまえに似ている奴に会えるかもしれないぜ」

 「おまえ、アダルトビデオに出演してもいいって言ってたじゃないか。おまえこそ出演してみたらどうだ」

「あれ、いきおいで言ったまでだから。そんな勇気はないよ」

 「これ以上、アダルトビデオの業界に深入りするのはよすか」

 「まあ、そうだな。おまえがいいというならいいけど。たしかに普通の神経だったら、ポルノ男優になる勇気はないよな」

 「知り合いがこのビデオを見てないことを祈るよ。一ヶ月もしたら、新しいビデオになるんだろう」

 「そうだな。あと、2週間だ」

 「でも、このポルノ男優、ほかのビデオにも出ているんじゃないのか」

 「えっ、そう言えば、そうだ。他のも確認してみようよか」

 「早送りにしてよ。全部見切れないだろう」

 「おっ、これは確認したから、次の行こう。全然、面白くないな」

 「しょうがないだろう。今度ゆっくり見ればいいよ」

 「全部見終わったけど、あれ一つだったな。他に出演していなかったな」

 「そういうもんかな」

 「でも、他の男優はいくつもの番組で見かけたけどな」

 「もしかしたら、あれ一本で、これからも出演しないかもしれないな」

 「そうしてくれたらおれも有り難いんだけど」

 「11時か。もう、寝るか」

 「いや、このまま寝るのは、何かしっくりしないんじゃないか。外に飲みに行こうぜ」

 「そうだな。おまえのセックスする時の尻ばかりが頭に浮かんで、気持ち悪いんだ。忘れるためにも、酔い潰れたい気分だ」

 「おれの尻じゃないって」

 「そうだよな。でもな、おまえの尻に見えてしまうんだよ」

 「早く飲みに行こうぜ。もうこの話題はこれで終わりだ。早く酒を飲みたいぜ。頭の中を清めないとな」

 「よし、行こう」


                    つづく

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