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そこにフルタはいません (上)  作者: 美祢林太郎
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5 一卵性双生児だって

 会社に定刻通り出勤する。

 「おはようございます。店長、昨日は休んですみませんでした」

 「お腹でもこわしたのか。風邪か。もし病気なら無理しないでいいぞ」

 「ありがとうございます。もう大丈夫です」


 後輩がフルタに声をかける。

 「フルタさんにサーフィンの趣味があるなんて知らなかったな」

 「えっ、何言ってんの。おれそんな趣味ないよ」

 「でも、このネットの動画見てくださいよ。これフルタさんですよね」

 「あっ、そうだね。おれにそっくりだね。でも、これおれじゃないよ。これ、いつの動画だよ」

 「昨日の湘南ですよ。フルタさんにそっくりじゃないですか。隠し事なしですよ。すっごくうまいじゃないですか。プロ並みですよ」

 「おれじゃないったら。そもそも昨日、湘南なんか行ってないし」

 「じゃあ、どこに行ってたんですか。会社休んで」

 「いや、それはちょっと言えないね」

 「隠れてサーフィンしてるなんて、フルタさんも隅に置けないですね。今度ぼくにも教えてくださいよ」

 「いや、おれじゃないから」

 「こんなに似ている人間が世の中にいるんですか。隠さないでくださいよ」

 「ちょっと待って。いま気づいたんだけど、この動画おかしくない。昨日、関東地方どこも雨だったよね。この動画の天気、真っ青な空じゃない。まるで夏の空だよ」

 「それなら日付を間違えたんじゃないんですか。先輩、以前、湘南でサーフィンしたことあるんでしょ。毎週のように行っているんじゃないですか」

 「サーフィンはできないから。おれ、色白いじゃない。おれの顔、どう見てもサーファーの顔じゃないでしょ」

「そう言われれば、確かにサーファーの顔じゃありませんね。よっぽど日焼け止めクリームを塗っているんじゃありませんか。黒い方がカッコいいと思うんですけどね」

「黒い顔してセールスできないよ。お客さんより遊び人だと困るだろう」

「それはそうかも知れませんが。でも、そんな時代じゃないと思うんですけどね。遊んでいても仕事ができればいいと思うんですけど」

「おれのこと当てこすってんの。おれは遊びも知らし、仕事もできないって言うの」

「そういう意味で言ったんじゃないでしょ。今日のフルタさん、いつもと違うんじゃないですか」

「ちょっとこの男を見てよ。顔はおれに似ているけど、体形が違うと思わない?」

「そうですか? ウェットスーツを着ているからよくわかりませんが」

「こいつの方がずっと筋肉質じゃない。胸の筋肉なんかすごいよ。それに足の筋肉も。おれ、ガリガリだよ。ふくらはぎを見てよ。こんなに細いんだよ。サーフィンできるような身体じゃないでしょう」

「波に乗ったら変身するんじゃないんですか」

「仮面ライダーじゃないんだぜ。ばかばかしい」

 「おーい、仕事を始めるぞ」

 「はーい」


 「お客さま、今度新車が出ますから、そろそろ購入を考えられた方がよろしいかと思うのですが。今の車13年経ちますから、そろそろ替え時だと思うのですが」

 「うん、そろそろかな、と考えていたところだよ」

 「この新車、ハイブリッド車で燃費がいいんですよ。今の車の倍くらい走りますよ。最近、ガソリン代も値上がりしてきましたし。それに、運転の補助機能もいろいろとついていて、自動運転みたいで運転楽ですよ」

 「そうだね。年をとって運転するのも面倒くさくなってきたから、自動運転はいいね。考えようかな。パンフレットある。頂戴よ。ところでフルタさん、相撲好きなの?」

 「ええ、好きですが。突然どうされたのですか」

 「この前、ユーチューブを見ていたら、フルタさんが砂かぶりで見ているのを発見したんだよ」

 「えっ、それいつのことです。わたし、相撲は好きなんですが、これまで生で相撲を観戦したことはないんです。観るのはいつもテレビです。でも、仕事がありますから、録画なんですけどね」

 「今年の初場所、両国の国技館。月曜日だったから、9日目だったんじゃないかな。あれはネットの録画放送で観たんだけど、たしかにフルタさんだと思ったんだけどな」

 「一度は砂かぶりで観てみたいと思いますが、あそこはお金持ちしか座れないんでしょ。とっても高いっていうじゃありませんか。我々庶民には高根の花ですよ」

 「いや、だからびっくりしたんだよ。本当は親から遺産が入って大金持ちなんじゃないかってね。道楽で働いているの?」

「そうだといいんですが、残念ながらそんなことはありません。それに両親はまだぴんぴんして生きています」

「それじゃあ、誰か親戚に相撲取りでもいるんじゃないの」

 「こんなガラガラの体ですよ。親戚の連中も似たり寄ったりのやせっぽちです。それに相撲取りになるような年齢の者は親戚にいません。いとこの子供が5歳ですが、いっぱい食べさせて相撲取りにでもさせますか。ところで、その人、そんなにわたしに似ていましたか」

 「ああ、そっくりだったよ。妻も一緒に見ていて、フルタさんだって言っていたからね」

 「そうですか。まあ世の中には自分と瓜二つの人間が3人はいると言いますからね。きっとそのうちの一人なんでしょう。わたしもいつかその人と会ってみたいものですね」

 「フルタさんは、双子っていうことはないんですか」

 「いえ、双子ではありません。一人っ子です」

 「失礼だけど、生き別れた一卵性の兄弟がいるってこともないの?」

 「そんなドラマチックな話は聞いたことありませんね。平凡なもんですよ。正真正銘一人っ子です」

 「それならフルタさんが、どこかからもらわれて来たとか」

 「いや、我が家にそんな隠し事はないと思いますよ。嫌なことに両親にそっくりですからね。たいがい片親に似ますよね。ところがわたしは両親に似ているんですよ。両親は似ていませんから、不思議ですよね。顔のパーツが半分ずつ来たのですかね」

 「そうですか。まあ、いいや。興味本位で、変な憶測をして申し訳ありませんでした。だって、よく似ていましたからね。本人じゃなければ、一卵性双生児以外ないだろうと思って」

「いや、そう思われても仕方ないくらい似ていたんでしょうね。今度、親に聞いておきますよ。どこかに双子の片割れがいないのかってね。意外とどこかにいたりして」

「もめ事にならないようにしてくださいよ。ただ、ネットで見ただけですから」

「大丈夫です。親もがらっぱちの人間ですから。深刻にはなりませんよ」

「そうですか。じゃあ、車のことまた連絡します」

 「お待ちしています」


 おれが双子? 昔生き別れた双子の片割れがどこかにいるの? そいつがサーフィンをしたり、相撲観戦をしたり、夜にコンビニの辺りをうろついているの。親から双子だなんて聞いたことがないな。別におれの家、子供を里子に出すほど金に困っていたなんて聞いたことがないし。子供のない親戚にあげた? そんな親戚も聞いたことないし。うちの親が親戚とはいえ、他人に子供をあげるなんて考えられないな。

または、おれがどこかからもらわれてきたの。もともとは双子だった。そんな気配はみじんも親から感じたことはなかったな。親戚や近所の誰からも、おれがもらいっ子だと聞いたことはないし。おれ、双子じゃないよな。それにしても、よく似た奴がいるもんだな。一度そいつと会ってみたいな。


                 つづく

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