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16 木を隠すには森の中

 フルタの部屋にハナヤ巡査がやってきた。

「あっ、だれかお客様ですよ」

「ああ、お巡りさん。お久しぶりですね」

「今日はあなたではなく、そちらのサクライさんに用事があるんですが」

「えっ、サクライさんをご存じなんですか」

「サクライさんにあなたを紹介したのはわたしです。サクライさん、事情を説明していなかったのですか」

「ああ、なかなか言い出しにくくて、今日までずるずると言わずに来たんです」

「えっ、いったい何なんですか。わたしにもわかるように説明してください」

「そのことは、あとからサクライさんに聞いてください。わたしは今日の要件を早く済ませたいのです」

「わかったわ。今日は何の用事なの、ミツオ」

「ミツオ?」

「クララ、知ってる? おまえのアダルトビデオの相手役が殺されたことを」

「クララ? 呼び捨て?」

「えっ、殺されたの。知らないわ」

「ちょっと、待ってください。相手役はわたしじゃないんですか。あくまでディープフェイクですけど」

「あなたはフェイク。フェイクということは本物がきちんといるということです」

「えっ、サクライさんもディープフェイクですよね」

「いえ、偽物のあなたと絡んでいたのは本物のクララです。あの時、クララはアダルトビデオに出演していたのです。その相手のオカベが殺されたんです」

「サクライさん、それは本当ですか? サクライさんは、ニセフルタの相手をしたのはニセサクライだと言ったじゃありませんか」

「ごめんなさい。あれは嘘です。あれはリアルなわたしなのです」

「ちょっと訳が分からなくなってきたな。あのアダルトビデオにサクライさんは実際に出演していて、あれはディープフェイクじゃない」

「そうです。あれはわたしです」

「じゃあ、わたしと違って、あなたはディープフェイクとは関係ないんじゃないですか」

「わたしが出演したのは、あれ一本なんです。他のビデオはすべてディープフェイクです。それは間違いありません」

「まあ、まあ。そうしたことはわたしが帰った後にお二人でゆっくり話してもらうことにして、クララ、あのビデオ以後、オカベに会ってないの?」

「会ってないわよ」

「また嘘をついて。官僚は平気で嘘をつくからな。官僚だからって警察をなめないでくれよ。何度かホテルで会っていることはわかっているんだから。裏はとれているんだよ」

「わかってんなら、かまかけないでよ。ビデオ直後に何度か誘われて会ったけど、最近は会ってないわよ。最近のことは、フルタさんが証明してくれます。そうですね、フルタさん」

「たしかにこの3ヶ月、仕事が終わったらすぐにここに戻ってきているので、他の誰かと会う時間はなかったと思います」

「クララ、オカベとの間で何かいさかいはなかったの。たとえば、あんたの裸の写真をネットで公開するとか脅したんじゃないの」

「あったわよ。オカベがネットにわたしの裸の写真を公開したのよ。でもそんなの平気よ。対抗するために、わたしはみずから何百、何千、何万のわたしのディープフェイクの写真や動画をネットに流したのよ。木を隠すなら森の中、という諺があるじゃない。それを実践したまでよ。効果はてきめんだったわね。誰もどれが本物でどれが偽物かわからなくなったんじゃない。圧倒的にディープフェイクの写真や動画の方が多くなって、わたしはすべてがディープフェイクだと主張したのよ」

「サクライさん、自分自身でそんな大胆なことしたんですか。おれはそんなことしていませんよ。おれの動画や写真はすべてわたし以外の誰かがやったことですからね」

「そんなことわかっています。あなたにそんなことできる度胸がないことくらい」

「まあ、そうだけど」

「とりあえず、今日はあなたのことではないんです。クララのことですから。すると、オカベを殺す動機はないというのだね」

「まったくないわよ。かれもあきらめてすぐに引き下がりましたからね。かれがどう騒ぎ立てようがわたしにはかなわないことを悟ったのよ」

「かれがそれを根に持って嫌がらせをしてきたとかないの」

「かれは新しい女を探したんじゃないの。わたしじゃ金づるにならないんだから。わたしを相手にしても時間の無駄だってことね。それが分からないほどかれもバカじゃないのよ」

「では、かれが殺された4月17日夜8時のアリバイはあるの」

「ちょっと待ってね。その時間は、この部屋にいたわよ。フルタさんも帰っていたからね。フルタさん、手帳を調べてみてくれない」

「はい、その日は帰って、サンマを焼いて二人で食べました。大根をすって、野菜スープも食べました」

「ああ、そうですね」

「かなり克明に記録しているんですね」

「そりゃあ、そうでしょう。アリバイがないと犯人にされてしまいますからね。こちらもあなたから学んだんですよ。そう言えば、ハナヤ警官が来た時間はメモした?」

「わたしはしたわよ。あとで教えてあげる」

「あのう、恋人同士では互いのアリバイを証明できないんですが。口裏を合わせているとも考えられますから」

「わたしたちは恋人同士ではありませんからね。24時間ずっとビデオを撮っているけど、抱き合っている場面は一つもありません。ただのルームメートです。ほら、二人の手帳を見てよ。同じことが書かれているじゃない。ミツオ、あんたは飛び込みだよ。この瞬間に同じことを書けると思うの?」

「犯行の日にすぐに書いたんじゃないの。それともクララではなく、フルタさんがオカベから言いがかりをつけられていたんですか。ディープフェイクで本物と入れ替わったために」

「わたしの方に矛先が向いてきましたか」

「いや、あなたたち二人かもしれない。二人でやった方がやりやすいですからね」

「そんな言いがかりもあろうかと、我々はビデオを撮っているんですよ。ちょっと待ってくださいね。4月17日のビデオ。ありました。再生しますよ。ほら、わたしがサンマを焼いて、サクライさんが野菜スープを作っているじゃないですか。これがアリバイです」

「これだって、ディープフェイクかもしれないじゃないですか。完全なアリバイ証明にはなりませんね」

「ミツオ、世の中、それは因縁をつけているって言うんだよ。オカベはどこでどのようにして殺されたの。まさか、インドで殺されたっていうんじゃないでしょうね。タージマハールの防犯カメラにわたしが写っていたなんて言わないでよ」

「さすがにそれはないね。地下鉄丸ノ内線の国会議事堂前の構内だよ。プラットホームから突き落とされたんだよ」

「まさか、その防犯カメラにわたしが写っていたとか」

「いえ、その周辺のカメラからは、クララは見つかっていない。今日は被害者の関係者ということで伺ったまでだよ」

「では、殺人ではなく、自殺かも知れないじゃない」

「オカベが自殺するような男か?」

「いえ、そんな男じゃないわね。じゃあ、泥酔して自分で落ちたとか」

「いくらなんでも、8時頃に泥酔したりはしないだろう。かれは酒が弱かったのか?」

「そう言えば、酒を飲めなかったわね」

「そうでしょう。酒を飲めない男が泥酔したりはしないよ」

「まあ、そうだね。でも、殺人事件と言っていたけど、よく聞くと、正確にはまだ殺人事件かどうかもわからないじゃないの」

「そうなんだけど、とりあえずアダルトビデオのリアル相方であるクララが何か知っているのではないかとお邪魔しただけなんだ」

「ミツオはわたしを犯人と決め込んで来たんじゃないの?」

「そのように思ったなら、謝るよ。今日のところはこれで帰る。どこかで防犯カメラに写っていたら、また来るから」

「写ってないわよ。あなたが、フェイク映像を作らない限りね」

「わたしが証拠をねつ造するようなことはないよ。市民の警察だからね」

「怪しいな」

「もしかするとクララではなくフルタさんの単独犯行かもしれませんね。ビデオに写っていれば」

「だから写っていません。我々のビデオで部屋にいることは証明されたじゃありませんか」

「本官も忙しいので、今日のところはこれで帰らせていただきます」

「どうぞ、どうぞ」


                     つづく

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