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15 女優の不倫には裏がある

 フルタの部屋でサクライと暮らして数日が経った。

「今日、何か変わったことはありませんか」

「あるお客さんに、仙台の七夕に行ったんですかと聞かれ、また別のお客さんに高知で台風被害のボランティアをしていたんですね、と聞かれました。もちろんそんなところに行っていないのにです」

「わたしは銀座のネールサロンで働いているんですかと聞かれ、違う人からは、今度オーストラリアのゴールドコーストにご一緒させてくださいと言われました。ゴールドコーストでビキニ姿で日光浴をしていたそうなんです」

「ゴールドコーストですか、いいですね。一度行ってみたいですね」

「なに呑気なことを言っているんですか。まだまだ、ディープフェイクは治まっていないというのに」

「そうですね。どんどん拡大していっていますね。こうした状況になっても、会社を首にならないだけましですかね。役所の方からは何か言われましたか」

「いえ、先手を打って上司にディープフェイクのことを弁護士同伴で説明しているので、役所としても手出しはできないはずなんです。そちらはどうですか」

「わたしは、弁護士を雇う金もないので、店長に状況を説明しているだけです。店長がディープフェイクをどの程度まで理解しているか怪しいですが、車が売れているので首になることはないと思います。わたしの場合、ディープフェイクによって話題が豊富になり、仕事がうまくいっているんです。アダルトビデオは誰が見ているかわかりませんが、評判にはなってはいません。すでにあのビデオ流れていないようですし」

「フルタさんがアダルトビデオに登場したのはあれ一本だけでしょう。わたしなんかもう10本以上出たことになっているんです。近頃は、業界でアダルトビデオのクイーンと命名されているそうなんです。役所でも陰では有名だそうですから。わたしの場合、弁護士を雇っていなかったら、首になっていたかもしれません」

「それは大変ですね。サクライさんは美人だから、新作に使いたくなるでしょうね」

「いい迷惑ですよ。こうなったら出演料を払ってもらいたいくらいです」

「お怒りごもっともです。わたしの同僚もすっかりサクライさんのファンになっていて、新作が出たらすぐにホテルに見に行っています。すぐに行かないと、サクライさんに訴えられて削除されるらしいですからね。すぐに見れなくなることで、プレミアがついているそうですね。ビジネスホテルが満室になるのは、あなたのおかげだって評判ですよ。ホテル業界ではあなたを表彰しようという動きが一部にあるそうじゃないですか」

「ビデオの女性はわたしじゃないんですけどね。わたしと偽物を区別する何かうまい言い方はないですか。そうしないと紛らわしいでしょう。少なくとも名前の前にニセの言葉くらいはつけて欲しいですね」

「ああ、それいいですね。我々の名前の前にニセの言葉をつけてもらうように言いましょう」

「誰に言うんですか」

「われわれの動画を見ている連中にですよ。ぼくたちが動画に写っていたことを教えてくれる連中です。動画の中の男をニセフルタと呼んでくださいってね」

「それはいいわね。それで少しは我々と区別できますね。少しは溜飲が下がるというものです」


フルタはテレビを見て、サクライはテーブルで仕事をしていた。

「テレビで女優の不倫の話題をしています。不倫相手に情事の現場をスマホの動画に撮られて、ネットで公開されてしまったそうじゃないですか」

「それ、最近発覚した事件ですよね。まあ事件じゃないですけどね。不倫なんて他愛ないことですよ。芸能界じゃ日常茶飯事じゃないですか」

「それがこの女優さん、この動画はディープフェイクででっち上げられたことだ、と主張しているんですよ」

「こんなところでディープフェイクが登場するのですか」

「このはっきり写っている女性は自分じゃなく、他人の顔に自分の顔を張り付けたものだと言うんですね。へえ、彼女もディープフェイクの被害者なんだ。女優さんだから、ありうることですね」

「いえ、彼女の証言を鵜呑みにしてはいけません。これはディープフェイクなんかじゃありません。この動画の女性は女優本人です」

「どうしてそんなことが言えるのですか。この女性が本人だという確固たる証拠でもあるんですか」

「ディープフェイクは他人の体に違う人の顔を張り付けるのですよ。画像解析の結果、この体は女優本人の体だということが判明しているのです。ほくろや毛並みまで彼女本人と99.9%の確率で相関があるんです」

「でも、それはディープフェイクで顔が張り付けられるなら、身体だって張り付けられるんじゃないですか? 特に彼女は写真集まで出しているんだし、ドラマで背中まで写っているでしょう」

「そうですね。でも、写真集では乳首までは晒していないはずです。乳首まで本人のものとそっくりだというのです」

「誰がそんなことを言うのですか。ほとんど誰も見たことがないでしょう。画像解析だけでは、そんなことわからないでしょう」

「不倫の相手ですよ。かれも売名行為か、お金目的なんでしょうけどね」

「しょうもない男だな」

「女優のご主人は、これは違う、妻にはあんなところにほくろはないと主張しているんです」

「それならやっぱりディープフェイクなんじゃないですか」

「あなたは本当にお人よしですね。本人や近親者の発言にどれほどの信憑性があるでしょうか? 最近では、彼女の小学校時代の同級生の発言までも飛び出しているんですよ。彼女の乳首にはほくろがあったとね」

「ええ、そんな話になっているんですか。もしこの動画がディープフェイクで、身に覚えがないならば、堂々と不倫相手を訴えればいいじゃないですか」

「女優も訴える、訴える、と言っています。いま、弁護士と相談中ともね。でも、訴えたりしませんよ。法廷でこれがディープフェイクでないことがばれたら、女優生命にかかわりますからね」

「じゃあ、せめて乳首を公開してはどうですか。乳首のほくろのあるなしに焦点が絞られているんじゃないのですか」

「マスコミも面白おかしくそこを追及しているのですが、女優は清純派であることを理由に、乳首を見せようとはしていません。当たり前ですよね。ですが、すでに整形手術をして、ほくろを除去したという話もあるんです。とにかく、女優もこの話題を引き伸ばそうとしているふしがあるんです。売名行為です。彼女、最近、人気が落ち目になっているでしょう。それにもともと演技もうまくないし。もしかすると、不倫相手も初めからグルじゃないかという噂もあるくらいです。いくらなんでもそれはうがった見方だと思いますけど。不倫相手がばらしたのを、彼女と彼女の事務所がうまく利用しているだけなんじゃないですかね。ひものご主人もそれにかんでいるんですよ」

「やっぱり芸能界は恐ろしい世界ですね」

「そのうち、この女優はヌード写真集を出すそうです。そこで乳首を公開するそうです。ほくろを除去したついでに、ずいぶん乳房や乳首に手を入れたそうですけどね。写真集は爆発的に売れること間違いありません」

「したたかですね。それで、ディープフェイクの話はどうなったんですか」

「みんなそんなことにそれほど興味はないんじゃないですかね。この女優の不倫騒動だけに興味があるんです」

「そうなんですか。どうも話を聞いていると、従来の不倫騒動となんら変わらないようにも思えてきました。女優が言い訳に、はやりのディープフェイクという言葉を出してきただけなんですね」

「最近では、素人さんまで浮気の現場を撮られたら、これはディープフェイクだというのが常套句らしいです。ですが、たいがいの人はディープフェイクが何のことかまったくわかってないんです。もはやディープフェイクでは浮気の言い逃れにはならないのです。とりあえずのディープフェイクというようになっているそうです」

「それじゃ、我々のように本当にディープフェイクされている人間にとっては困った状況なんじゃないですか」

「そうなのですよ。今回の不倫事件は我々にとっては不利な方向に働いています。我々がこれはディープフェイクですと言ったとたんに、一笑に付されてしまう状況になってきたのです」

「この女優、なんてことをしてくれたんでしょうね。我々のように真剣に悩んでいる人がいることを、彼女は少しも考えていないのでしょうね」

「そりゃあ、考えていないでしょう。我々はこれまで以上に自分の身は自分で守らなければならなくなったのです」

「そうか。それでか。最近、会社でおれがアダルトビデオに出演したのは本当ではないか、と噂されるようになってきたんです。あなたとこうして一緒に住んでいることが、信憑性に拍車をかけているようなのです。妬みも大きいのですけどね」

「そうしたところに、この事件の波及効果が表れているんです」

「アダルトビデオどまりだったら、男のわたしとしては我慢ができるのですが、犯罪に巻き込まれたら一生を棒に振りますね」

「同じです。だからこうして互いのアリバイを証明するために、互いを見張っているんじゃないですか」

「いつまでこの生活が続くのですかね」

「さあ。ネットに我々のディープフェイクが登場しなくなる日まででしょう」

「それはいつですか?」

「耐えて待ちましょう」


                   つづく

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