14 クララさんが一緒に暮らそうと誘ってくれる
「アリバイです。わたしたちに今できることはアリバイをはっきりさせておくことです」
「そうですね。警察にもアリバイ、アリバイとうるさいくらい聴かれます。アリバイがありさえすれば逮捕されたりはしないのですね」
「そうです。アリバイです。アリバイがありさえすれば、堂々と身の潔白を証明できます。そのために互いに協力しませんか」
「ええ、どんな協力でもします。具体的にはどうしたらいいんでしょう」
「互いにアリバイを証明するんです。そのためには、一緒に住むしかないと思うんです」
「えっ、誰と誰が一緒に住むんですか」
「あなたとわたしです」
「あなたとわたしが一緒に住むんですか。マジですか?」
「同じ境遇の者同士じゃないですか。昼間はこれまで通り、それぞれの職場で働きましょう。できるだけ職場の同僚やお客様の記憶に残るようにふるまってください。意識しなければ誰の記憶にも残りませんからね。記憶に残らないとアリバイを証明してくれません。言いにくいですが、特にあなたの場合は、人の記憶に残りにくいタイプです」
「たしかにわたしは影の薄い人間です。そのことは自分でもわかっています」
「それと、お客さんと商談する時には、あの防犯カメラの前でしてください。あなたは自分の顔が正面から写る方に座ってください。そして時々顔をあげて自然にカメラを見るようにしてください」
「勉強になります。我々はお客さんのお宅を訪問しなければならない時もあるんですが、その時はどうしましょう」
「最近は、小さなビデオカメラがありますから、ポケットに忍ばせて撮影しながら行動してください。くれぐれもお客さんには気づかれないようにしてください。あらぬ疑いをかけられては、面倒なことになりますから」
「車に搭載するドライブレコーダーみたいなものですね。どこに行ったら買えますか」
「ネットで調べれば、購入できます。小さくて、画質の良いものを選んでください。くれぐれも初期投資はけちらないでください。ちなみにわたしが使っているのはこれです」
「え、こんなに小さいのですか。音声も記録できるんですね。それじゃ、これさえ手に入れれば、これまで通り普通に生活しててもいいじゃないですか? 別に同居しなくても。いえ、同居がいやというわけではないんですよ」
「そんなに甘くはないんです。我々を追い込んでいるのは何ですか? ディープフェイクでしょう。まさに、デジタル映像です。デジタルが常に正しいということはないのです。これは自分だということや、逆に自分じゃないということは、信じる者だけが信じてくれるんです」
「ありていに言えば、ドライブレコーダーは補助的な道具ということですね」
「そう捉えてもった方がいいでしょう」
「それなら、一日中ビデオを動かしていたっていいんですね。外に出る時にスイッチをいれるのを忘れそうなんです」
「バッテリーの大きいのを買うことですね」
「それから、一緒に住むというのは」
「互いにひとり身ですから、仕事の時間以外は誰もアリバイの証明をしてくれないでしょう。だから一緒に住むのです」
「男と女ですよ。大丈夫なんですか。いえ、わたしに下心はありませんよ。これは保証します」
「いいですか。これだけは確認しておきます。我々は赤の他人です。恋人同士ではありません。これから恋人同士になることもありません。なってはいけないのです」
「どうしてです。確かにあなたとわたしとでは不釣り合いですが、そこは男と女ですから、成り行きでそうなってしまうかもしれないじゃありませんか。万が一、っていうことがあるじゃないですか。それともあなたには恋人がいるのですか」
「いません。しかし、恋人では、親兄弟と同じように、アリバイを証明できないからです。刑事ドラマで見たことがあるでしょう」
「はい、そうですけど。同居していたら、そこにも無理があるんじゃないですか」
「他人同士が一緒に住むシェアハウスというシステムがあるのをご存じですね。それをイメージしてください。他人ならば誰でもよかったのですが、なかなか安心できる同居相手が見つからなかったのです。同居人のアルバイトを雇うほどのお金はありません。ここは利害が一致するあなたが一番いいのではないか、と考えたのです。いえ、利害が一致するなんて警察には言いません。ただ、家賃と生活費を折半できるから、一緒に同居したことにするんです。このお店で偶然に出会って、話が弾んだことにするのです」
「うん、わかったような、わからないような。でも、互いにアリバイの証明に困っていることは確かですね。助け合いますか」
「よろしいですか。では、早速わたしの荷物をあなたのマンションに運びます」
「えっ、新しい部屋を探すんじゃないんですか」
「そんな時間とお金はないでしょう」
「でも、わたしが住んでいるところは、マンションではなく、築40年の木造モルタルのぼろアパートですよ。高級官僚さんにはお勧めできません。それに、6畳にキッチンがついているだけです。二人で住むにはいくらなんでも狭すぎます。一間なのでシェアハウスというわけにはいかないでしょう」
「大丈夫です。なんとかなるでしょう。とりあえず、トランク一個分のわたしの荷物を運びますから、仕事が終わったら一緒にわたしのマンションに来ていただけませんか」
「あなたがマンションに住んでいるんだったら、あなたの部屋にわたしが引っ越した方がいいんじゃないですか」
「狭い部屋の方が互いの存在を確認できるじゃないですか」
「仕方がない。とりあえずそうしてみますか。6時まで仕事ですが、どうされます」
「ここで待たせてもらいます。お気になさらないでください。今日は有休をとってきましたから」
「おい、おい、あの美人とどうなったんだよ。おまえ、なんかウキウキしているんじゃないか」
「わかるか」
「わかるよ。彼女と夕食でも一緒にするのか」
「それが、今日からおれのアパートで一緒に住むことになったんだ」
「えっ、冗談だろう。それじゃあ、あのアダルトビデオは本当だったのか」
「違う、違う。おれも彼女もディープフェイクで顔を置き換えられたんだ。おれたち利用されたんだよ。おまえ、ディープフェイクをわかるか?」
「おっ、おお。あのディープフェイクだろう。たしかハリウッド女優の話にそんなのあったな」
「それだよ、それ。誰かがアダルトビデオの顔をおれたちの顔とすげ換えたんだよ」
「本当なのか? 二人で口裏を合わせているんじゃないだろうな」
「そうか、おれたち二人でいたら疑いが深まるかもしれないな」
「疑われてもいいじゃないか。あんな美人と一緒に住めるんだろう。うまくやったな」
「だから、何もないんだって。アリバイ証明のために一緒に住むだけなんだよ」
「何のアリバイ証明だよ」
「おれ、以前犯罪に巻き込まれただろう。これから起こる犯罪の潔白を証明するためには、どうしてもアリバイの証明が必要なんだよ。店にいる時は、おまえがアリバイを証明してくれよな。それ以外は彼女に頼ることになるんだ」
「何かよくわからんが、うらやましいな。おれのアリバイも彼女に証明して欲しいよ」
「あっ、それじゃ帰る時間だ。また、明日な」
「おう。明日、今晩あったことをきちんとおれに報告しろよ」
つづく




