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13 クララさんが会いにくる

 店の奥でフルタとホソカワは立ち話をしていた。

 「おい、おい、受付にすっげえ美人が来ているぞ。女優みたいじゃないか」

 「この店始まって以来の最高の美人だな」

 「おお、受付の女の子がこっちにくるぞ。えっ、あの美人がおまえと話がしたいって。冗談だろう。おっ、美人さん、こちらを見て、会釈をしているぞ。おまえの知り合いか?」

 「知るわけないだろう。とにかく、ちょっと行ってくるよ」

 「わあ、おれも同席していいかな」

 「そんなわけには行かないだろう。ここでじっとしておけよ」


 「お待たせしました。わたしがフルタですが、この度はどのようなご用件でございましょう」

 「初めまして。わたくし、サクライクララと申します。のっけから恐縮ですが、わたしのことご存じありませんか?」

 「女優さんか、タレントさんでしょうか?」

「いえ、わたしは内閣府に勤めております」

「あの国の内閣府ですか。官僚さんですか」

「はい」

「すごいですね」

「そんなことはないです。国民の下僕です」

「下僕ですか」

「そうです。ところで、わたし、そんなにはでに見えますか?」

「いえ、いえ、決してそんなことはありません。あまりにお美しい方なので、一般人ではないと思ったまでで。はでというよりも、オーラが出ていて輝いて見えます。官僚は違うんですかね。官僚を生で見るの初めてですよ。やっぱり東大を卒業されているんでしょうね。法学部、そうでしょう、そうでしょう。ちょっと、自分で何を言っているのかわからなくなりました。緊張してまして。あなたのような才色兼備な方と口をきくのは初めてなもので」

「ふふふ。恐縮です」

「申し訳ありませんが、どこかでお会いしましたでしょうか」

「いえ、会ったことはありません。とっても申し上げにくいことですが、アダルトビデオはご覧になっていませんか?」

サクライは表情を変えずに、アダルトビデオという彼女には不似合いとも思える下品な言葉を口にし、フルタは辺りを見回した。

「え、え、え、アダルトビデオ。あなたの口から、しかも昼日中にアダルトビデオという言葉が発せられるとは・・・。あなたがそんなことを口にしては汚れますよ。でも、なんとお答えしたらいいのでしょうか。一応男ですから見たことはありますが。アダルトビデオを見たら犯罪になるのでしょうか?」

「ふ、ふ、ふ。そんなことはありません。それならば、ご出演されたことは?」

「え、え、え。それはありません。絶対にありません。わたしこの店でずっと働いていますから。副業は禁止されていますし」

「そうですよね。ご出演されていませんよね」

「あっ、同僚が呼んでいますので、ちょっと失礼します」


「おまえ、凄い汗だぜ。いったい何を話しているんだよ」

「言えないことだよ」

「それよりさ、おれ思い出したんだけどさ。あの人、あのアダルトビデオに出ていた女性じゃないか」

「なんのアダルトビデオだよ」

「だからおまえが出演していたビデオだよ」

「え、え。あのビデオに。出演していた? いや、いや。おれは出演していないけどな。そう言われれば、あの時の女性に似ているな」

「そうだろう。おまえも覚えてるんだろう。間違いなくあの時の女だよ。おれ10回以上見ているから、しっかり覚えてるんだ。だけど、どうしておまえに会いに来たんだよ。やっぱり、おまえ出演したんじゃないのか」

「バカ言ってんじゃないよ。おれ席に戻らないと」

「わかった。あとでおれに紹介しろよ」

「おまえ何考えてんだよ」


「おまたせしました。それで何の話でしたか」

「アダルトビデオに出演されていなかったか、ということです」

「この際ですから、いやどの際かわかりませんが、正直にお話しします。あちらにいる同僚が、以前、わたしに似た男がアダルトビデオに出演しているというので、一緒にホテルにそのビデオを見に行ったんです。その男はわたしも驚くほどよく似ていたのですが、あれはわたしではありません。決してわたしではありません。わたしはアダルトビデオに出演したことがありません。断言できます」

サクライは顔色を変えなかった。

「ご覧になったのなら、話が早いですね。そのビデオであなたのお相手をしていたのが、わたしなんですから。いえ、その女性もわたしに似ている別人なのですが」

「あなたもそうだったのですか」

「そうなのです。わたしは大学時代の男友達から教えてもらい、一緒にホテルに見に行きました。驚きました。わたしに身に覚えがないんですから。その友達もわたしがアダルトビデオに出るような人間じゃないことを知っていましたから、初めて見た時はびっくりしたそうですが、迷った末に、わたしに教えてくれたのです」

「そうでしょう。あなたのような知的で優雅な方にアダルトビデオは似合いませんよ。あなたの口からアダルトという言葉が発せられるだけで、世の中がおかしくなったように思いましたから」

「ふ、ふ、ふ。ところで、最近、身の回りでおかしなことが起こっていませんか?」

「おかしなことと言うと?」

「自分にそっくりな人間が、日本中のいたるところに出没しているってことはありませんか」

「えっ、あなたもそうなんですか。わたしなんて、世界中ですよ。犯罪にまで巻き込まれているんですよ」

「やっぱり。そうじゃないかと思ったのです。わたしのところにも警察が来てアリバイを聞いたりするんです」

「まったく同じです。我々に何か起こっているのですか? 官僚さんだったらわかるんじゃありませんか?」

「ご存じないんですか。ディープフェイクのことを」

「なんですか、そのディープフェイクっていうのは」

「ポルノ動画で女性の顔を有名な女優の顔にすげ替えた話を聞いたことがありません?」

「そう言えば、そんな話がありましたね。アメリカで有名なハリウッド女優のプライベートのセックスの場面がネットに公開されたけれど、それは他人の顔に女優の顔がすげ替えられたものだという話ですよね。見たことはありませんが、実にリアルだというじゃありませんか。本当にすげ替えられたものか、疑っている人も多いとか」

「あれは本当に顔がすげ替えられたんです。そして今、その顔のすげ替えが、わたしたちの顔を使ってインターネット上で大々的に行われているんです」

「えっ、わたし俳優じゃありませんよ。有名人でもありません。ただの名もない一般人ですよ。見てお分かりのように、決してかっこよくもないし。あなたのような美人ならわかりますよ。いえ、失礼しました。とにかく、何かの間違いじゃないんですか」

「いえ、間違いじゃありません。我々二人がインターネット上でディープフェイクのおもちゃにされているんです。あなたはすでに「タローを探せ」によって世界中で有名になっているじゃありませんか」

「あなたもそれを知っているんですか。それじゃ、我々はこれからどうなっていくんですか」

「殺人犯にされたり、テロの実行犯にされるかもしれませんね。政府の要人の暗殺者かもしれないし、放火事件の犯人にされるかもしれません。あくまで可能性ですが。ゲームは常にエスカレートしていくものです」

「そんな。わたし何も悪いことはしていませんよ。これからも決してしません」

「いままでに被害はなかったのですか」

「警察で一晩取り調べを受けたくらいです。あなたは実害があったのですか」

「あのアダルトビデオです。街を歩いていると、ちらちらといやらしい目でこちらを見る人がいるんです。わたしを見てニタニタと下品にやつく人もいるんです。きっとあのビデオを見た連中です。役所でもわたしを誘う男が何人も出てきました。自分で言うのもなんですが、わたしは仕事に厳しい人間で、同僚からは一目置かれる存在です。それが手のひらを返したように、気安く近づいてくる男が出てきたのです。いやになってしまいます」

「それは大変ですね。その点、男であるわたしは全然覚えられていないようです。職場で知っているのは、向こうでにやついているあいつくらいです」

「あの方、わたしのことを覚えているんでしょうね。あとで違う人間だと正しておいてくださいね」

「わかりました。しっかり言っておきます。それで、そのディープなんとか」

「ディープフェイクです」

「我々にディープフェイクをしかけているのは誰なんですか」

「それがよくわからないのです。もはや一人じゃなく、かなりの人間が関与しているようなのです」

「えっ、組織的犯罪ですか」

「いや、組織的ではありません。不特定多数の人が個々に好き勝手にやっているようなのです。おそらくですね、我々の日常生活の動画、それは道を歩いていたり、ショッピングをしていたりと他愛ないものです。それがウェブサイトに搭載されて、誰でも自由にお使いください、となっているのです。あなたの顔がたまたま防犯カメラにスーパーインポーズされて、その映像が犯罪に絡んだので、みんなが面白がってあなたの顔を頻繁に使うようになったようなのです。わたしの場合もあなたと似たり寄ったりです」

「えっ、ただみんなが面白がっているんですか。そこに悪意はないんですか」

「悪意はないのです。遊び感覚ですから、なおさら恐ろしいのです」

「わたしたちはいったいどうしたらいいんでしょう。このことを警察に訴えるべきでしょうか」

「わたしは警察にも弁護士にも相談しました。しかし、チェックする以上の速度で拡散していて、取り締まりようがないというのです。それは新型コロナウイルスの感染拡大と同じようなものです」

「まあ、新型コロナウイルスと違って、いまのところわたしにはそれほど実害がないからいいですよ。時々、警察が家に来るくらいで、逮捕はされていませんから。ですが、あなたは女性ですから、アダルトに出演したというだけで後ろ指を指されて大変でしょう」

「わたしはアダルトビデオに出演していません。でも、何度それを言っても無駄なのです」

「そうなんです。あまりに自分にそっくりなんですから。子供の頃に一卵性双生児の片割れと生き別れになったんじゃないか、と人に言われ、自分もそれを疑ったほどです。ディープフェイクということが今日わかり、やっと腑に落ちました。ありがとうございました。それでわたしはこれからどうしたらいいのでしょうか」


                      つづく

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