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10 大間までわざわざマグロを盗みに行きますか?

 ハナヤ巡査がアパートに訪ねてきた。

 「お久しぶりです。お元気ですか」

 「あっ、あなたですか。あんたが来るとろくなことがないんだけど。折角、忘れかけていたのに」

 「あの時は失礼致しました。仕事ですから仕方なかったんです。上司があなたが犯人だと決めてかかっていたものですから。わたしは一貫して違うと主張したんですけどね」

 「そうは見えなかったけどね。それで今日は何ですか」

 「これをちょっと見てください」

 「また防犯カメラの映像ですか。えっ、これおれじゃないですか。今回は何ですか」

 「そんなに驚かれませんね」

「もう慣れてますから」

「最近、青森の大間に行かれたことはありませんか?」

 「大間、あのマグロで有名な大間ですか? 確か下北半島の先端ですよね」

 「よくご存じで」

警官はにんまりと笑った。

 「それで大間に行かれたことはありますか?」

 「いえ、行ったことはありません。生まれてこのかた大間どころか、青森に行ったことすらありません」

 「それにしては大間がどこか、よくご存じでしたね。普通の人はマグロがわかっても、下北半島の先端にあることは知っていませんよ。そもそも下北半島という地名もね」

 「粘っこいそのものの言い方、やめてもらえませんか。よからぬ方向に話を持って行こうとしてるのがありありなんですが」

 「心当たりがあるんですか?」

 「前回がありますからね。わたし、大間に行ったこと、絶対ありません」

 「よく、思い出してください。本当に行ってないんですか。今度は、さすがに青森県ですから、前回のように近所ではないですからね。夢遊病で歩いて行ったなんて話は通じませんよ」

 「前回だって、夢遊病なんて言ってないでしょう。作り話しないでくださいよ。防犯カメラに写っていたのは赤の他人です。あなたたちはそれについて何も確かめなかったんでしょう」

 「まあ、まあ。前回はきちんと真犯人が捕まったじゃないですか。蒸し返して何になるんですか」

 「あなたが真犯人を捕まえたわけじゃないでしょう。職務質問して偶然に捕まったんでしょう」

 「あっ、心外ですね。いくらなんでも偶然はないでしょう。職質は犯人検挙の有効な方法なのですから。我々の捜査の網に引っ掛かったのですよ」

「よくもまあ、そんな自分に都合の良い解釈ができますね。まあ、いいや。今回も、いや今回は、わたしが大間で犯罪を犯したとでも言うのですか」

 「これを自白と取ってもいいでしょうか」

「ばかなことをいわないでください」

「では、ゆっくりといきましょう。この映像をご覧ください。これは大間のスーパーマーケットで窃盗事件が起こった時の映像です」

 「はい、確かにわたしにそっくりですね。これならわたしが疑われても仕方がない。ですが、いったい何を盗んだのですか? まさか、マグロって言うんじゃないでしょうね」

 「さすがにわかっていらっしゃる」

 「いや、いや、当てずっぽうですからね。大間と言えばマグロを連想するのは普通のことでしょう」

 「マグロの大トロですよ。地元でも高くて、税抜きで2,998円するそうです」

 「大トロでしょう。安いじゃないですか」

 「たしかに本場ですから、安い。でも、どうして大間まで出かけられたんですか」

 「ですから、大間には行っていませんって」

 「これ、あなたじゃないのですか?」

 「よく似ていますが、他人の空似です。どうも、わたしに似ている人がいろいろなところに出没しているようなのです。その人じゃないんですか。それに何ですか。下北半島の大間で起こった窃盗事件、窃盗事件と言ってもたかだか2,998円の盗みでしょう。そんなしょぼい事件を警視庁が調べるのですか。この事件の裏には殺人事件でもあるのですか?」

 「いや、純粋に盗みだけです。鼻くそほどのしょぼい事件ですよ。でも、大間でマグロの窃盗って、面白くありませんか?」

 「いや、まったく面白くありませんね。興味がありません」

 「まあ、まあ、そんなにいきり立たなくても」

 「しかし、よくもまあスーパーの防犯カメラからわたしに行きつきましたね」

 「そりゃあ、あなたのお顔は登録されていますから。顔認証システムによってすぐに全国の登録された顔と照合することができますからね。一瞬ですよ。昔のように、写真を持って聞き回ることはないんです」

 「わたしの顔が警察に登録されているんですか。この前の事件でですか。わたし許可した覚えはないですけどね。それって、個人情報の乱用じゃないんですか。訴えますよ」

 「どうぞ、訴えてください。警察はしらばっくれますから」

 「あんた、なんてことを言っているの。市民警察じゃないの?」

 「市民警察だから、市民の安全のために犯罪を取り締まっているんじゃありませんか。自分が被疑者にさえならなければ、市民は我々の味方です。さて、話を元にもどしましょうか。12月1日の深夜2時にはどこにいらっしゃいましたか」

 「アリバイですか。ちょっと待ってくださいね。手帳によると、あの事件以後克明に手帳をつけるようにしているんですよ。アリバイが大事ですからね。家で寝ていました」

 「アリバイになりませんね」

 「夜に一人で寝ているなんて普通でしょう。でも、昼間はきちんと出勤していました」

 「何時頃退社されました?」

 「あの日は店の外でお客様に会って、会社に戻らずに自宅に帰りました。夜の7時23分49秒となっています。ちなみに、帰宅時間は玄関の戸を閉めて鍵をかけた時間としています」

 「恐ろしく厳密ですね」

 「二度と犯人扱いされたくないですからね」

 「で、その帰宅された時間を証明する人はいますか」

 「いるわけないでしょう。わたし、ひとり者ですよ」

 「高速道路に乗って車を飛ばせば、深夜2時には大間まで行けるんじゃないんですか」

 「無理でしょう。時速200㎞くらい出せば行けるかもしれませんが、途中でパトカーに捕まるでしょう。それに、わたしの車、軽ですよ。200㎞出せませんよ。100㎞出してもブルブル震えてくるんですから。大間は遠いですよ」

 「それなら新幹線で青森まで行って、レンタカーを借りて大間まで行ったとか。これなら可能でしょう」

 「何のために大間まで行くんですか。大トロを盗むためですか。新幹線やレンタカー代を払って大間に行くくらいなら、近くの寿司屋で大トロの握りを腹いっぱい食べられますよ」

 「普通の人はそうするでしょう。ですが、犯罪者心理は異常ですからね。常人にはうかがい知れない行動をとるものなのです。かれらにとっては、買ったものよりも盗んだものの方が何十倍も何百倍も美味しいかもしれませんからね。時々、盗んだものを食べないと味覚が満たされないんですよ」

「わたしはそんな変態的味覚は持ち合わせていませんから。お金を払って食べた方がおいしいです」

「水掛け論になりますから、そのことはひとまずおいておくことにしましょう。大間には行っていないんですか」

「わたし、大間に用事ないですから。知り合いもいませんから。わたし、窃盗もしたことがありませんから。マグロにそれほど執着ありませんから。マグロの大トロ食べるくらいなら、サーロインステーキをいただきますから」

 「今回の事件は、たいした事件じゃないので、スーパーの方もお金さえ払ってもらえれば、示談にしてもいいと言っているんですがね。とりあえず認めてはどうでしょうか」

 「何を言っているんですか。やってもいないことを認めるなんてありえないでしょう。少なくとも、一晩のうちにここから大間に行って犯行を行うことは不可能なのはわかりましたよね」

 「それにはなんらかのトリックがあるはずです」

 「あなたはミステリー小説を読み過ぎなんじゃありませんか。松本清張や西村京太郎じゃないんですから。飛行機で行っても無理でしょう」

 「おお、そうですね。その手がありましたか。羽田から新青森空港、いやミステリー小説だと函館空港の方がいいですね。そこから大間行のフェリーに乗った。もしフェリーが運航していなかったら漁船を貸し切ったことも考えられますね」

 「そして大間のスーパーで2,998円の大トロの窃盗ですか。ばかげているでしょう。飛行機や船のルートはそちらで勝手に調べてくださいね。もしわかったらわたしに教えてください。ついでに、どうやって朝までに東京に戻ってきたのかもね。きちんと出勤しているんですからね。でも、どうしてそこまでしてわたしを犯人にしたいのですか?」

 「スーパーの防犯カメラの映像ですよ。これあなたなんでしょ」

 「だから、わたしではありません。他人の空似ですって」

 「こんなに似ている人間って世の中にいるのかな。いると思いますか」

 「ここにいるんでしょ」

 「これがあなたでないとすると、あなたの生き別れの一卵性の双子の片割れかもしれませんね」

 「そのことについては、すでに親に聞いています。そんな双子はいないって言ってました」

 「言うに言えない事情があるんじゃないですか、親にも。松本清張ならそのくらいの筋立てにします。なるべく不幸な方がいいですね。社会派ドラマにしていきますか」

 「だから、どうして松本清張が登場するんですか。ミステリー小説の読み過ぎじゃないですか? そもそも、そんな暗い過去を持つ親ではないですから。親子の間に秘密は何一つないですから。不幸の似合わない家庭ですから。親に聞いたら大声で笑っていましたよ」

 「まあ、親はそう言うでしょう。子供を捨てた後ろめたさか、はたまた里子に出した先に気を使っているのか」

 「そこまで言うなら、この防犯カメラの男が何者なのか調べてくださいよ。わたしも間違われて迷惑しているんですから。お願いしますよ」

 「無駄だと思いますけどね。顔認証システムがあなた以外にはいない、と主張しているんですから」

 「まだ警察に登録されていない人がいるんですよ。わたしのそっくりさんが」

 「トラベルミステリーと共に、そちらの方も一応調べてみます。ですが、科捜研も忙しいので、わたしのようなヒラが言っても動いてくれないと思うんですよね」

 「まあ、一応言ってもらえませんか」

 「では、また来ます」

 「もう来ないでください」

 「仕事ですので」

 「きちんと仕事してくださいね」

 「もちろん」


               つづく

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