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ムシガリ  作者: 樫野
山神
34/45

9匹目 山中

ロイパートです


 鬱蒼としている山の入り口を見上げ、ロイは生唾を飲み込んだ。

 手入れがされておらず伸び放題の生命力を前に圧倒されていた。森の奥に入ることを躊躇われるほどの薄暗さに背筋が伸びる思いだった。


 立ち止まっているロイの横を通り過ぎてリンドウは無言で森の中へ入っていく。

 一人で置いて行かれたらたまったもんじゃない。ロイは慌てて彼のことを追った。


 歩き慣れているのリンドウとの差がどんどんと開くなかロイは声をかけた。


「森の中、暗いっすね」


 話しかけてもペースを落とさず、無言でリンドウは歩いていく。


「り、リンドウさんってヨルガオさんと知り合いっすか!」


 これ以上離されたら声も届かなくなる。焦ったロイは咄嗟にヨルガオの名前を出した。すると、リンドウは肩を振るわせて立ち止まった。


「ヨルガオさんとお友達だったんっすか?」


 チャンスとばかりに駆け寄り、ようやく追いついた所で再び質問する。


「ち、ち、ち、違う。ただ」

「ただ?」

「……む、昔、よく遊んでた、だけ」


 それだけ言うとリンドウは再び歩き出した。

 きっと小さい村だから同世代の子供達はみな幼馴染みたいなものなのだろう。

 しかし“昔”と強調しているところに違和感を感じた。


「どんな方だったんすか?」

「あ、あいつは……」


 金髪の隙間から覗く瞳は思い返すようにゆっくりと上を向く。


「あか、明るくて、男勝りで、誰よりも正しくて、それで、そ、そ、それで」


 風に吹かれて揺れる木々と同じように心細く揺れるリンドウは話を続けたそうに口を開くが言葉が出てこない。言いたい言葉を言えない彼は息が吸えず、水中で苦しんでるように見えた。


「ご、ごめんなさいっす。まだ気持ちの整理も付かないうちにこんなこと聞いて」

「ち、ち、違うんです。ぼ、僕が上手く話せないのは、上手く、話せないのは、びょ、病気だから。だからあいつの事な、なんて……」


 拳を握り足を叩きながらリンドウは話し出す。彼はあいつの事なんてと言うがヨルガオに対して何かしらの感情を抱いていたのは明らかだ。


「こ、こんなんだから、ぼ、僕はが、学校でも虐められて……」


 はっとリンドウは口を閉ざした。話し過ぎたと首を振り、また山の中へと黙々と進んでいく。

 先ほどよりも早いペースにロイは悲鳴をあげそうになりながら必死について行った。


「虐められたのはリンドウさんに悪い原因があったからじゃないっす。虐めた側が100%悪なんっす。だから」

「だ、だから?」


 初めて聞いたリンドウの荒々しい口調に驚いてしまう。しかしここで引いては調査が進まない。意を決して続ける。


「だ、誰にリンドウさんとヨルガオさんは虐められていたんっすか? そいつをとっちめてやるっす!」


 リンドウがゆっくりとこちらを振り向いた。

 いつものような明るい口調で腕に力拳を作っているが、それを足に打ち付けることはなく歯を見せて笑ってみせる。


「ヨルガオが虐められていた?」


 しまった、余計なことを言ってしまった。


「学校の奴らに聞いたんですか? ヨルガオが虐められていたって? ヨルガオは『呪われた』って? 僕なんかといたから『呪われて』しまったんだって?」

「いや、あの、その」


 リンドウが激昂したまま一歩一歩と近づいてくる。ロイは急激な言葉の圧に何も答えを返さず後退った。

 気がつけば、目の前に彼の顔があった。ぎょろりとこちらを見下ろす瞳に捉えられて身じろぎ一つもできない。


「……はははは、そうだよ。あいつも、この村も呪ってやった」


 乾いた笑いが口から漏れる。


「呪いだよ、呪い。この村は僕に呪われたんだ!」


 大きな声を立てて笑うリンドウにロイは何も言えずただ彼を見つめることしかできなかった。

 彼の笑い声が山の中へと消えた頃、リンドウはふと真顔に戻り落ち着きを取り戻した声で尋ねる。


「ロイさんでしたっけ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「こ、こ、こっち側ってなんっすか?」


 ロイは更に一歩下がる。

 思わず目を逸らしてしまい、それに気がついたリンドウは更に口元を歪めた。


()()()()()()()()()()。ヨルガオについて詳しく聞いてくる奴らが来るから、そいつ等には気をつけろって」


 足元が不安定になり、気がついたら山の急勾配まで追い込まれていた。

 追い込まれていることに気がつき、慌てて銃へと手を伸ばすがリンドウがそれに気付き素早くロイの腕を捻り上げた。


 いまにも折れてしまいそうな細腕からは考えられないほどの力強さに驚くが、その腕はみるみると毛深くそして太くなっていき最後は人間とは思えない腕ーー()()になった。


 野獣のような唸り声が近くから聞こえ、見上げるとそこにはギョロリとした獰猛な眼でこちらを見下ろす黄金色の狼がいた。

 二メートルを優に越える巨体な獣は嘲るように唸ると、口を開き鋭い牙でロイの肩に噛み付いた。


「うぐっ」


 肩の痛みに顔を歪ませる。

 狼はそのままぐいっと顔を持ち上げ、ロイの足が宙に浮かせると勢いよく地面へと叩きつけた。


 衝撃で数日前のフォーグでの死神との戦いの傷がまた開き、ドクドクと自分の体から血が流れ、力が入らなくなってしまう。


 弱々しく這いずることしかできないロイを見下ろしながらリンドウは首を捻った。


「あれ、弱いな。()()()()じゃないのか。人間が混じってるなんて山神様は言ってなかったけどな」


 ぶつぶつとそう言いながらリンドウはロイの襟首を噛み、そのまま引き摺り始めた。


「あんたら、何者なんっすか?」


 抵抗しようにも上手く力がはいらず、悔しさを目に滲ませながらロイは言った。

 話の内容からして蟲はリンドウだけではないだろう。さっきから山神様と呼んでいる人物もおそらく蟲である可能性が高い。


「お前達こそ詳しいんじゃないか?」


 嘲るようにリンドウは言った。


「俺達はお前達が狩るべき対象、()だよ」

この話は真夜中の学校②と③の間に書いていましたが、物語の流れの事情で移動させていただきました。

デジャヴを感じ混乱させてしまった方、申し訳ございません。

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