7匹目 真夜中の学校②
マリ、ディースパートです
「お前らこんなことしてただで済むと思ってんのか!?」
よく聞く負け犬のセリフを吐き捨てながら悔しそうにこちらを見上げてくるシャガの手足はきつく縛られていた。その隣でシャガの分身も同じ表情で縄を解こうともがいている。
どうやら分身は一体だけしか出せないのかもう一体出して抜け出すことはなかった。
場所は屋上に移動させた。もしかしたら踊り場にまた誰か来るかもしれないのでその監視も含め、ここで二人に話を聞くことにした。
マリは踊り場に続く扉の前で座っているディースが下の様子を窺っているのを確認してからまた視線を二人に戻した。
「俺まで縛る必要ないだろ!?」
同じく手足を縛られているジュダがそう怒鳴りつけてきた。
「念のためよ、あんたも蟲になったかもしれないし」
「俺が化け物になんてなるわけないだろ! ふざけんな!」
暴れようとするが蟲のシャガですら解けないように結んでいるのでそれも無駄なことだ。
蟲は成蟲になると人間に寄生蟲を産み付けることができる。新たに蟲を産み出すことが可能なのだ。しかし一人の成蟲が産める寄生蟲には三人までしか産めず限りがある。
それに成蟲になるまでに大抵は蟲狩りに狩られてしまうので、無事に寄生蟲を産みつけることなどほぼありえないことだ。
『お前がみんなを化け物にした』
ジュダが先程、そう言ってディースに詰め寄った。
つまり誰かが皆を蟲にした、成蟲が皆に寄生蟲を産みつけたと言うことだ。
仮にこの村でそれが成功していたとしたら成蟲とその子らであるシャガとあともう二人の蟲で、最大でも合計四人の蟲がいるわけだ。
被害者の数からみてもそれ以上いるとは考えにくい。むしろ三人も産めずにそれより少ない数いると考えてもいいぐらいだ。
なので人間だったジュダも儀式を行なっている最中に寄生蟲を産みつけられていたということもあり得るのだ。それほどまでに蟲になるのは一瞬だ。
「さ、とにかくあんたにはその“山神様”とやらについて詳しく聞こうじゃないの」
シャガの目の前にしゃがみ込みマリはそう言った。
恐らくだがその山神様とやらが成蟲だ。子からしたら圧倒的力を誇る様は正に“神様”に見えるのだろう。
「おめぇみたいなブスにしゃべるわけねぇだろ!」
シャガはぺっと唾をマリの顔に向け吐きだそうとした。
が、勢いよく視界が横転し気が付くと星が綺麗に瞬く夜空が一面に広がっていた。
「随分、威勢のいい子ね」
子供をあやすような優しい口調で視界の外からささやかれる。
見た目からそれほど年齢は離れているように思えないがまるで自分が何もできない無垢な赤子に戻されたようだった。
「ねぇ、知っている? この世の中にはとても人間が考え付いたようには思えないぐらい残酷な拷問がいくつもあるの」
頬を冷たい指先で撫でられ体中の血液が凍り付くような感覚に襲われた。
またぐるりと視界が回転すると今度は逆に冷たいコンクリートの屋上の床に頬を押し付けられた。背中にマリが乗っているのか重みで息がし難く、多くの空気を吸おうと呼吸が荒くなる。
「まあ、私が好きなのはシンプルなのなんだけどね。例えば爪かな」
右手の人差し指の先端に冷たい何かがあてがわれる。尖っているそれは弄ぶようにして指先を、そして爪をなぞり始める。
「手の爪をはがされると物が持てなくなるし、足の爪をはがせば歩けなくなる。何よりもすごい痛いらしいじゃない?」
爪との間に冷たいそれが差しこまれじわじわと力を入れられる。滲み出した痛さに焦りが生じた。
「それにあなた、普通じゃないじゃない? 人よりもすぐ治っちゃうから何回でも何百回でもその痛みが続くなんて可哀想ね」
優しく笑う声が何よりも恐ろしく感じた。今まで感じたことない恐怖に言葉を忘れてしまった。
いや、感じたことある。一度だけ。
あの方の前で感じたものと同じ、頭が真っ白になるあの恐怖。
話そうとしないシャガに大きなため息をつきながら、やれやれとマリは首を振り持っているナイフに力をゆっくり入れた。
「話してくれないなら仕方ないわ」
「ま、ま、ま、待て待て待て待て! や、山神様については言えないが他の事ならいえる!」
それでも止まらないナイフにシャガは声を裏返し続けた。
「ヨルガオ! ヨルガオを殺したやつなら知ってる!」
ぴたりと止まるナイフにシャガは安堵する。
「あいつだよ! あいつ!」
吠えるように言う彼の視線はジュダに注がれていた。
「あの夜、“大神様の儀式”をヨルガオとリンドウにやれって! それであいつ本当に来るか確かめるために社で二人を待ってるって言ってたんだ! だからあいつだ!」
「は?」
突然呼ばれたジュダは目を丸くした。
化け物になった彼を戻したいと思うほどの関係であったはずの友人に裏切られたのだ。当然彼は顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「ふざけんなてめぇ! お前今までの恩あだで返すようなことしやがって!!」
「あんたが殺したの?」
ナイフを喉元に突き付けられたような冷たい声にジュダは息を飲んだ。
シュガを軽く蹴りながら彼女は立ち上がりこちらへと歩みを進めた。
「ヨルガオはあんたが殺したの? それなら状況が変わるからさっさと説明しなさい」
「ち、ち、ちがう……!」
必死に首を振り、動けないながらも後ずさる。
多少先ほどで爪がえぐられていたのか右手に持つナイフの先端は赤い血が付いていた。
もしヨルガオが最初の被害者でないのなら、もしかしたらヨルガオが死んだことによって感情が揺さぶられて蟲であることを自覚しそれから村人を定期的に襲い、成長して成蟲になったことが考えらる。
すると容疑者は彼女の死を嘆く、友人や家族を疑うことになる。
「お、俺はあの日行けなかったんだよ! 行こうとしたら親父にタバコがばれて説教くらってたんだよ!」
「嘘ついてんじゃねぇよ! お前が二人を虐めてたんじゃねぇか! お前くらいしかヨルガオを殺してぇなんて考えるやついねぇんだよ!」
「お前だってリンドウのこと虐めてたじゃねぇか! それにヨルガオのことは女共が勝手にハブってただけだろう!」
二人で怒鳴りあいが始まり、最初こそはヨルガオの名前を述べていたが次第にただお互いを罵るくだらないものになっていった。
収束の見えない喧嘩にマリは舌打ちした。
成蟲がいるのなら正直なところマリとディースでは太刀打ちできない。蛹が二人揃った所で勝てるとは思えない。早い所ルナ達に連絡して協力をあおぐべきなのだがこれでは埒があかない。
二人の間に入ろうと口を開いたとき今まで動かなかったディースが立ち上がった。
「おい、誰か来るぞ」
「シャガー? どこ行ったんだよ?」
踊り場から低い間延びした声が聞こえてきた。
踊り場には体格のいい少年が辺りをキョロキョロと見渡していた。筋肉がついているというよりは触ったら指が肉に沈みそうな脂肪がたっぷりついている彼は少しだけ鈍感そうに見えた。
「ツゲ!! 屋上だ!」
静止する間もなくシャガが大きな声で叫んだ。声に反応してツゲと呼ばれた少年は屋上の扉を仰ぎ見える。扉の隙間から見下ろすディースを見て一瞬驚いた顔をしたがすぐに階段をミシミシと軋ませながら駆け上ってきた。
「シャガー! 何がどうなってんだよ!」
「こいつらも普通じゃねぇ! ヤル気で掛かれ!!」
ディースが後ずさると同時に扉が勢いよく開け放たれる。
地面に転がされている友人達を前にツゲは目を見開くが、シャガが言っていたことを思い出したのか見知らぬ男女をにらみつけるとそのまま走って向かってきた。
「お前ら俺のダチに何してくれてんだよ!」
素早い動きではなかったのでディースは真っ直ぐ突っ込んでくるツゲを軽くいなした。
次の瞬間、重低音と共にパラパラと木材の破片があたりに飛び散る。
舞い散る破片の中でツゲは屋上にめり込んでいる右拳をゆっくりと持ち上げた。
「俺の拳はぁー世界一!」
左拳がこちらへ向かっているのが見えディースは大鎌を構える。
ーーガキィン
金属と金属が重なる音。
目の前で火花が飛び散り鎌が押し切られそうになる。明らかに人間の皮膚とは思えない、彼も蟲なのだ。
「俺の皮膚はぁ!」
ツゲの背中に向けマリはナイフを投げたがそれも虚しく弾き返される。
蚊に刺されたような違和感だけに彼は口の端を持ち上げ、不揃いな前歯を見せながら笑う。
「ダイヤモンドだ!!」
あれ、主人公(仮)一か月ぐらい登場してないのでは?




