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ムシガリ  作者: 樫野
山神
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5匹目 行方不明②

ロイパートです


 フェイ探索のために森へと入る必要があるのでロイはとある家の前にいた。広い敷地と裏に広がる畑は他の家と変わらないのだが、玄関に立派な鹿の角が飾られている。

 普段山に住んでいる鹿は村人達にとっては神聖な生き物だ。しかし生きるためにはその神聖な生き物を狩らなければならない時がある。それが許されている「山狩り」と呼ばれるのがこの一家なのだ。


 山に入れる役職はほかに「山守り」がいるが祭事ではない限り山に入ることはしないし、何より山神に仕えている彼らが気安く森に余所者を入れるとは考えられない。


 一方の「山狩り」は定期的に山に入り狩りを行っており、信仰はあれど神に支える者よりは決まりに寛容だろう。一緒に連れて行ってくれる可能性はこちらの方がいくぶん高い。


 チャイムを鳴らすと家の中からドタドタと走る音と「はーい」と扉越しに声が聞こえ、扉が開かれた。


「こんにちわっす! 突然お邪魔してすいませんっす! 俺、ロイって言いますっす!

 王都から山神信仰について研究のために村の人達に取材して回ってるっす! できたら山狩りの仕事を見学させていただきたくてお訪ねしましたっす!」


 ハキハキとした声に圧倒されたのか出てきた40歳ぐらいの女性は目を何度かぱちぱちと瞬かせた。しかしそれもすぐに終わり来客に笑顔をみせると立ち話もなんだからと家の中へと案内してくれた。

 ロイもロイで家の中に通してくれるとは思っていなかったので少し驚いた顔した。


 リビングに入ると椅子を勧められ、女性はお茶を淹れてくるとキッチンの方は下がっていった。礼を言いながら椅子に座り、部屋を改めて観察した。


 宿屋と同じでフォーグや都会に比べるとだいぶ広い家ではあるが、先祖から受け継いでいるであろう品々ーー特に獣の角などの一部が置かれているため少し狭く感じる。

 さらによく見ると王都で見かけるような機械が少し置かれており整合性がとれていないような部屋に思えた。


「実は今、夫はちょうど山に行っていて……タイミングが少し悪かったですね」


 申し訳なさそうに女性は目を伏せた。


「それに私も生まれがアルトテスではないから山神信仰についてあまり詳しく教えられないの。ごめんなさい」


 アルトテスでは茶髪や黒髪が多い中で彼女は金髪なのと、部屋のものからきっと王都出身なのだろう。性格も山神を熱心に信仰していないからか随分余所者とも親交的に思えた。


「夫はたしかに山狩りだけど、そんなに山神信仰についてあーしろとかこうしろとか私にとやかくは言ってこないから。そこまで熱心な信者ってわけでもないですし」

「へぇ、てっきり山神信仰の厚い方かと思ってたっす。だって山狩りって他の方よりも山の中に入る時間長いんで誰よりも山神を身近に感じるのかと思ってましたっす」


 ロイは出されたお茶を啜った。村独特のお茶なのかあまり見かけたことのない薄緑の見た目をしており少し甘ったるい匂いがするが、口に含むと爽やかで飲みやすくなかなかに美味しかった。


「たぶん、誰よりも長く山の中に入ってるからこそ夫はそうなったんだと思いますよ」


 ロイはなるほどと頷く。もしかしたら長く山にいれば神を身近に感じる反面、神に対する疑心感でも生まれるのかもしれない。


「でも、貴方って相当優秀なのね。その年で王都の学校で宗教学の研究してるなんて! どこの学校? 聖アヴィリア学園とかかしら? 実はそこに知り合いがーー」

「い、いや、もっとマイナーで底辺の学校っすよ!」


 ゆっくりしてる時間もないうえに話題が墓穴を掘りそうなものだったので、勿体ないと思いつつもほぼ一気にお茶を飲み干し、席を立つ。


「申し訳ないっす。この後まだ調査しなきゃいけないので……」

「か、母さん、お客さん?」


 廊下の方から声がかかり、ロイは言いかけた言葉を飲み込んでそちらを振り向いた。


 廊下に立っていたのはすぐ折れてしまいそうな程細い少年だった。飛び出してしまいそうな目は母親と違い茶色の瞳だったが、その目を隠せる長い髪は母親譲りの金髪だった。


「おはよう、リンドウ。こちら王都からきたロイさんよ」


 もう昼はとっくに過ぎているのに女性はそう声をかけた。

 ロイは改めてリンドウと呼ばれた少年に自己紹介を軽くするが、彼は一度もロイの顔を見ずに床を凝視している。体を左右に揺らしながらしばらく何か話したそうに口を何度か開いては閉じ、また開いてようやく声を出した。


「と、と、父さん、止め刺しのナイフをわす、わ、わ、忘れてる」

「あらやだ。もうしばらくは森に入らないから今日中に獲物を多く取るっていってたのに」


 眉を寄せて女性は唸るが、突然ぱっと顔を輝かせながらこちらを振り向いた。


「リンドウにナイフを届けに行かせるのでそれについて行ってみてはどうですか?」

「え? 俺がついてっていいんっすか?」

「ええもちろん!」


 それに、と女性は声を潜めて続けた。


「リンドウは道を知っていますが、その……村人とソリが合わなくて。一人で行って道中、村人と何かトラブルがあるよりは二人で行った方がいいと思うので」


 ロイは彼女の言葉に再びリンドウを見つめた。

 不安そうに揺れ、目線はずっと下を向いている。息がしにくそうに口をパクパクと開けてる様は水面で餌を求める鯉のようであった。


 本来なら学校に行く年齢だろうが、この時間まで部屋から出ずに家にいるのだ。所謂(いわゆる)、引きこもりなのだろう。何が原因なのかといえば先程の母親が言った「村人とソリが合わない」

 おそらく虐められて学校に通えなくなった、と言ったところだろうか。


「はい! 俺に任せて欲しいっす!」


 山に入れる上に、虐められていた少年。

 虐められていたと言うヨルガオと何か関係があるかもしれない。これは一石二鳥だと心の中でほくそ笑んだ。


「リンドウさん、よろしくお願いしますっす!」


 ロイが笑顔で言うとリンドウはやはり左右に揺れながらまた口を開閉させた。何か言うのかとしばらく待っていたが結局彼は何も言わず床に目を伏せたまま、背中を向けて立ち去ってしまった。

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