7匹目 サソリの毒①
「今、死神が、子供の家に向かってるって、言いました?」
フェイが震える声で尋ねた。
通信は勝手に切られ、詳細は分からないがマリがこんな嘘をつくとも思えないので、きっとそうなのだろう。
「そうらしいっすね」
「そ、そんな、なんで…」
なぜよりにもよって子供の家に向かってるのかはわからないが、今はそんなこと気にしたある場合ではない。
ロイはよいしょっと気絶しているディースを背負って扉をゆっくり開く。
「どうやらサソリはどっかに行ったらしっすね。きっと人の多い所に行ったんっすね。とにかくここから出て、子供の家に向かうことを考えるっす」
ロイも悔しそうに歯を食いしばる。
きっと、サソリは人が多い所へ行って喰っている。それでも、蟲でないロイにはなす術がない。倒すためには蟲であるマリやディースの力が無いとダメなのだ。
ロイはそれ以上は話さず、ディースを背負って廊下を進む。
いくら鍛えていても自分よりも遥かに身長が高いディースを背負うのは苦労した。走れるわけもなく息を切らしながら屋敷を出ようとした。
「おい、これはどう言うことだ」
背後から声をかけられる。振り返るとまだ頭がぼっとしているのか、呆けた顔で血塗れの屋敷を見回している。
「トカゲのおっさんじゃないっすか」
ロイはふと何かを考え込むとゆっくりとディースを下ろした。
「これはお前らがやったのか?」
「トカゲのおっさん、」
ロイはファイティングポーズをとる。
「ちょっと手伝ってほしいんっすよね」
ー☆ー
「まさか、お前に投げ飛ばされるとはな」
「おっさん、最初から思ってたけど弱いっすよね」
ロイ達はフェイの案内で路地を走っていた。
ディースは今、大きなトカゲの背の上で揺られていた。
「よくそれで仕事務まったすね」
「うるせ、油断してなきゃ勝ってた」
「はいはい」
「あーくそ、何なんだお前らは」
ロイはそれに答えず、目の前でフェンスをよじ登り転げ落ちるように着地するフェイに付いて行った。
フェイは先程から一心不乱に路地裏を駆け抜けている。
子供の家ー彼の家族が住む家に「死神」が向かっていると聞いたのだから焦って当然だ。
「フェイも速いしよ、ちとは人間背負ってる俺の身にもなれよ」
フェイのどこにそんな体力があったのだろう。後ろから付いてきているトカゲは既にヘロヘロだ。さっきから横幅の細い道や、フェンス、更には人家の屋根の上を通ったりしている。流石のロイもそろそろ疲れが出て、追いかけるのがやっとだ。
しかし、その甲斐あってか普通なら1時間ぐらいかかりそうな距離を彼らはものの30分ほどでたどり着いた。
「ちょ、ちょっと待つっす!」
ひいひい言っているトカゲやロイなんぞに目もくれず、フェイは一目散に家に向かって行った。もし本当に「死神」がいるのならフェイはひとたまりも無い。
息をつく暇もないなとロイは一歩踏み出した時だった。
「そこを動かないで下さい」
夜に溶けそうな程の静かな声と共に目の前を紅い何かが横切る。
地面にその何かがめり込む音がした。
見ると、見覚えのある紅の尻尾が地面に深々と刺さっていた。
「見つけましたよ。先程はよくも私の尻尾を切り落としてくれましたねぇ」
サソリが返り血で真っ赤になった顔に笑みを浮かべている。月明かりで照らされた尻尾は先程よりも不気味な色合いになっていた。
「タイミング悪いっすね」
ロイは数歩下がり、生唾を飲んだ。
ディースは気を失っているしマリはまだ来ない。
つまりマリが来るまではディースと子供の家の住人達、ついでにトカゲも守らなければならない。
そんなことできるか?蟲ではない、一般人の自分に。
もしかしたら「死神」はもう来るかもしれない。
そしたら2人を相手にしなければならない。
「トカゲのおっさん! ディースさんとどっかに逃げてくださいっす!」
ロイはバッグへ震える手を伸ばす。
「ここは、俺に任せるっす」
取り出したのはリボルバー式の拳銃。銃身は長く、重量も相当あるようで両手でやっと構えている状態だ。
「あらあら、貴方はあまり銃をもったことないのですか?」
震える銃口をサソリは笑いながら指差す。
「仕事柄多少の扱い方は知ってますが、構え方がなってませんねぇ。まあ、私は銃が好きじゃないんですけどね。命を奪うのが一瞬過ぎて」
そう言うと、サソリが視界から消えた。
ーーパンッ!
気がついたらサソリが背後に立って、手を叩いた。大きな音にロイは面食らってしまう。
「ほら、もし銃だったら今ので一撃でしょう!」
笑いながらそう言うと同時に尻尾でロイを薙ぎ払った。数十メートル先まで吹っ飛ばされる。骨の髄にまで響く攻撃に一瞬意識が飛ばされる。
ーー逃げたい
頭の隅でたった14年間しか生きていない弱虫な自分が泣き叫んだ。
ーー逃げたっていいじゃないか。ここは蟲に任せて、人間の俺はどこかに隠れたっていいじゃないか
サソリの紅の尻尾が視界の端に入る。
ーードカッ
何度も尻尾が振り下ろされ、どこが痛いのかさえ分からない。
ーードカッ
いつの間にか銃は手から離れていた。
ーードカッ
人よりも良い耳がサソリの楽しそうな笑い声を拾った。針は使ってこない。完全にお遊びだ。
ーートカゲのおっさんはきちんと逃げただろうか。まあ。そろそろディースさんが目覚めるから大丈夫だろう。
ふと、姉の顔がよぎった。
ーーああ、ヒーローになりたかったなぁ
警察官だった姉に憧れていた。
両親が死んでから、若いながらも女手1つで自分を育ててくれた。どんなに辛くてもその正義感で常に迷わず生きていく姉はまるで正義のヒロインのようだった。
貴方がなりたいならヒーローにだってなれるわよ。
そう言って、頭をくしゃっと撫でる姉を思い出した。
ぐっと歯を食いしばる。再び腹に目掛けて打ち下ろされた尻尾にロイはしがみついた。そして
「俺はヒーローになるんっす!!正義の味方は負けないんっす!!」
鼓舞するように叫ぶと、がぶりとその尾に噛み付いた。そして力任せに食いちぎる。
「ッ!!このっ!!」
尻尾から振り落とされた。地面に叩きつけられるが、辛うじて受け身をとり衝撃を和げた。
「どうやら、すぐ死にたいようですねぇ!」
サソリの針がこちらに向かってくる。だが、ロイは慌てずにぺっとサソリの肉を吐き出した。
紅の血肉と混じって一緒に口から出てきたのは、小さなピン。
ーーグシャ
頭上でサソリの尻尾が粉々に飛び散った。
蟲狩りが特殊に作った手榴弾を食い千切った傷痕に埋め込んだのだ。とても小型で威力も強くない。だが、蟲の細胞を弱める薬が中に仕込まれている。
「ギャァアア」
本日2度目の尻尾の損傷にサソリは悲鳴を上げた。
しかし、威力が弱すぎた。吹き飛んだのは尻尾の3分の1程度で再生はしていないが、断面からは鋭い骨が飛び出しておりロイを殺すのに充分な機能を持っていた。
そんなことは想定内だった。
すでにロイは銃に向かって走り出していた。
銃も対蟲用に作られた特殊な物で、着弾すると体内で弾が弾ける。それにも例の薬が塗られており蟲の再生を遅らせ、重傷を負わせることができる。一発では仕留められないが、何発か当てれば人間でも蟲を仕留められるのだ。
「このガキィ」
サソリが血走った目でこちらを睨み、尻尾の先端からはみ出ている骨を向けてきた。
あとちょっとで銃に手が届くと思った瞬間、ぐらりと世界が歪んだ。脳震盪だろうか。なんとか踏ん張るがダメだ、間に合わない。
ーー貫かれるっ…
そうよわーたしはーさそr




