インターナショナル(後編)
その日の昼休み。
午前の仕事が長引いたため、少しだけ遅れて、食堂――正確には購買部前にある単なる食事用スペース――へと向かう。すると、ちょうど食べ終わったジェニファーが出てくるところだった。
「やあ、ジェニファー。朝の話だけど……」
と、今度は俺の方から声をかける。
「ジェニファーの国では、今日は正月なの?」
「……え?」
一瞬「何を言ってるんだ」という顔で言葉を詰まらせた後、彼女は、こう続けた。
「違うわ。今がニュー・イヤーなのは、ハルの国でしょう?」
ここで、ようやく俺は気づいた。互いに誤って、相手の国の正月を祝っているつもりだった、ということを。
「ああ、それは……。たぶん中国の話じゃないかな?」
「あら、ごめん。同じアジアでも違うのね」
「そう、アメリカと同じで、1月1日が日本の正月。ただし『正月三が日』と言って、3日間続くんだよ」
実際には、正月休みは3日どころか、もっと休む店や会社もあるはずだが……。そこまで説明する必要もあるまい。
「ワオ! それは凄いね! 3倍の正月休み! 私の国では1月1日だけじゃなくて、もう31日の午後になると店は一斉に閉まるから、お正月休みは1.5倍の感覚だったけど……」
なるほど。やはり国によって、正月も微妙に異なるらしい。
「……さらに日本は長いのね! 知らなかったわ。日本人は『エコノミックアニマル』と呼ばれるくらいだから、休みも短くて働いてばかりのイメージだっけど……。実際には違うのね」
最後にそう言ってから、彼女は研究室へと戻っていた。
食堂に入って、空席を見つけて座ったところで。
「……ん?」
ジェニファーとの会話を思い出し、ふと気が付いた。まだ少し、誤解が残っていたことに。
彼女の言う『お正月休み』とは、店も何もかも閉まって、みんな一斉に休んでしまうこと。
確かに、こちらの感覚では、そういうことになるのだろう。アメリカの――少なくとも俺が住んでいる地域の――正月は、1月1日だけではあるが、スーパーもレストランも完全に休業している。
こちらに来たばかりの頃、他の日本人から「アメリカではお店が全て閉まっちゃう日があるから、ちゃんと食料を買いだめしておかないと、飢え死にするよ」と脅されたものだ。1月1日も、それに相当する一日だった。
ジェニファーも、そのつもりで正月を語っていたようだし、だから「3日間も休むなんて、日本のイメージと違う!」と驚いていたわけだ。
だが、俺の言った『お正月休み』は少し違う。あくまでも、暦の上での『正月三が日』に過ぎない。現代の日本では、三が日どころか元旦ですら、コンビニやスーパーが営業しているではないか。正月返上で働いている人々が大勢いるのだ。
「それを思うと……。『エコノミックアニマル』なんて言い出したジェニファーの方が、かなり正しく日本をイメージしてたんだなあ」
ふと呟きながら、持参してきた手作り弁当の蓋を開ける俺。
卵焼きと白米を一緒に口へ放り込みながら、あらためて思う。
少し中国と混同していたとはいえ、それでも『日本』の特徴を把握していた彼女。他国の文化や様式に対する姿勢は、まさにインターナショナルではないか、と。
俺なんて、ジェニファーの国すら知らないのに。
ブラジルっぽいけどブラジルではない近くの国、という程度の理解なのに。
(「あなたと私の HAPPY NEW YEAR」完)