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第1話 来ちゃった♡

「目が覚めたかの?」



 もやがかかった意識の向こう側で優しげな女の声がする。

 この声と口調、つい最近どこかで聞いたような…。


 ハッとなり目を開くと先ほどまで俺に付きまとっていた幽霊少女の顔があった。



「…まだいたのか。」

「まだとはご挨拶じゃのー。」



 カラカラと笑う幽霊に憎まれ口を叩きつつ辺りを見回す。

 すると驚くべきことに、俺はテレビで見るような天蓋付きの豪華なベッドに寝かされていた。

 見慣れぬ景色に戸惑いながらも記憶を辿ると…思い出した。



「ッそうだ、あの子供は?」

「ん?おぉあの童か。安心せい、無事じゃったぞ。」

「…そうか、良かった。」



 車道に飛び出してきた子供を避けたら対向車線のトラックに突っ込んだんだ。

 あのスピードで突っ込んだら確実に死んだと思ったが…自分の鼓動が感じられる今、どうやら生きているらしい。



「しかし意外じゃったのー。」

「何がだよ?」

「お主のような身なりの無頼漢はそういった事を気にしないものだと思ったがの。」

「別にいいだろ人が何しようが…それよりここはどこだよ?」

「それは彼等から聞いたほうが良かろうな」

「あ?彼等?」



 廊下からバタバタと忙しない足音が近づいてきたと思った瞬間部屋のドアが開け放たれた。



「おぉ!お目覚めになられましたか…!」

「…誰だオッサン?」



 駆けこんできた男は燕尾服にモノクルの片眼鏡

 いかにも礼儀とかマナーにうるさそうな男だ。

 しかしながらそんな男が狂乱に近い勢いでにじり寄ってくる。整えられたちょび髭が視界に迫ってきて暑苦しい。



「申し遅れました、私マケパーナ王国執事長のバトラー=バヴァンドと申します。」

「マケパーナ王国…?」



 いくら俺が勉強が出来ないと言ってもそんな国聞いたことない。しかも名前も外見も日本人のソレではない、一体何がどうなってるんだ?

 俺が面食らって思考停止しているとバトラーが突然地面に頭を擦り付け叫んだ。



「テンマ様!どうか我々をお救い下さい!」

「…あ?」



 懇願にも似たその叫び

 俺は全く理解出来ず固まるしかなかった。




 ◇ 




 バトラーの説明はこうだ

 俺が今いるこの世界は「テルミラ」といい、数百年前からいくつもの国々に分かれて覇権を巡り争いあっているという。その中でも突出した勢力が「オルディネン帝国」「魔獣連合国 ガルム」「神聖ロパリア教国」の三つ。

 マケパーナ王国は中立国として存続していたらしいが5日前にオルディネン帝国から宣戦布告されたらしい。


 幾つか村をつぶされ蟻と象程も差のある戦力の差に風前の灯といった状況で、現国王は藁をもすがる思いで古文書に記されていた強大な力を持つ【勇者】を召喚する秘術、誘魂召喚術の儀式を執り行ったという。



「で、召喚された勇者が俺?」

「おっしゃる通りで御座います。」

「…冗談キツイぜ。」



 苦笑いしか漏れてこない。

 まるでゲームみたいな話で魔法の世界に俺が勇者?

 ケンカぐらいしか能がない俺が勇者だなんて親父に話したら笑われそうだ。


 そんな俺の気乗りしないそぶりを察してかバトラーが目を伏せた。



「テンマ様はお若く迷われるのも致し方ないことかと、しかし…」



 バトラーは振り返りつつ希望に満ちた声色で高らかにのたまった。



「ソンソン殿は以前の世界では軍師でらっしゃったとか。」

「うむうむ、それなりに名の通った軍師だったのじゃぞ。」

「ソンソン?っていうかお前…。」



 名前が変わっている事もさる事ながら一つの疑問が頭に浮かぶ。



 ―――見えてるのか?



 コイツは幽霊で姿も見えず、声も俺にしか聞こえないものだと思っていたが、このバトラーという男は普通の人間にするように会話している。

 俺が驚きの視線を向ける中、ニヤニヤとした笑顔を浮かべながら幽霊幼女がない胸を張っていた。



「バトラー殿、話も済んだことじゃし今一度我々二人で話し合わせてもらっても良いかの?」

「ははっ!明日の昼には国王陛下と謁見頂きますので、それまでごゆるりと。」

「うむ、用があれば声掛けさせてもらうのじゃ。」

「畏まりました、では。」



 海老のように腰を丸めて部屋から出て行ったバトラーの足音が聞こえなくなってから俺はおもむろに口を開いた。



「あー、どっから聞くべきだ?ソンソン様?」

「ふっはっは、どうじゃ覚えやすい名前じゃろ。」

「いや、名前じゃなくて何で他の人間にも見えてるんだよ。」



 皮肉を込めて呼んでやったつもりだがご満悦のようだ。悪戯っ子のような笑みを浮かべる孫子、いやここではソンソンか?

 ソンソンは俺の問い掛けを待ってましたと言わんばかりに事情を説明してくれた。



「実はのあの時じゃがな――」



 曰く、あの事故の時俺は確かに死んだらしい。

 ただ死んだ俺の魂がこの世を去ろうとしたとき、突如としてこの世界への扉が開き魂が吸い込まれていったというのだ。


 ソンソンとしては放っておいても良かったのだが、自分が俺の死因となった引け目もあり俺のあとを追いかけることにしたという。

 その結果。魂だけの存在だったソンソンはちゃっかりこの世界にやってきた際に肉体を得ることが出来たという。



「と言う訳でじゃの、ついてきちゃった♡」

「【ついてきちゃった♡】じゃねぇよ。成仏しろよ。」



 そう話しながら椅子に腰かけている姿は生きた人間そのものだし、しっかりと影もある。

 成仏するどころか受肉してまでついてきやがった。



「まぁまぁ落ち着かんか、()()()()()になったわけじゃしの。」

「はぁ?運命共同体って…どういうことだよ?」



 何を突然言い出すのか問いかけるとソンソンは突然自分の指先を噛み切ってみせた。切れた指先からは赤い雫が滲んでいる。



「何して…いってぇ!?」



 突如として指先に痛みを感じた。

 恐る恐る指先を見るとソンソンが噛み切った部分と同じ場所から出血していた。まさかと不安が頭をよぎりソンソンを見ると申し訳なさそうな顔をしながらこう言った。



「どうやらのー、本来一人しか呼べないところにワシが入り込んだせいで…魂が混ざってしまったようじゃ。」

「…マジかよ。」




 ◇




「つまりあれか?お前が死んだら俺も死ぬのか?」

「おそらくの。」

「なんてこった…。」

「こればっかりは想定外じゃ、スマン。」



 俺はファ○チキとガ○ガ○君が食いたかっただけなのにこんな奴に絡まれて…なんて日だ!ここまでくると理解するのに疲れ過ぎて怒る気も起きないぜ。



「だがのぅ、悪いことばかりではないぞ?」

「これ以上何があるんだよ…。」

「考えてもみぃ、呼び出されたココは群雄割拠の戦乱の世じゃろ?」

「…らしいな。」

「そしてお主は戦乱の世で誰もが注目する【勇者】となった、そうなるとお主が望むにせよ望まぬにせよ戦乱の渦に巻き込まれるじゃろうな。」



 俺に自覚はないが先程のバトラーの話だと、【勇者】というのはその存在だけで盤面をひっくり返せるだけの力があるという。そうなれば勇者を味方につけたい奴や消したい奴に絡まれるのは避けようのないない事実だろう。



「毒殺・暗殺何でもありの無秩序な悪意が渦巻く戦場でお主は生き残れるかの?」

「そりゃちぃっとキツいな。」

「そこでワシじゃよ!」

「いや、どういう…?」

「つまり戦場経験豊富なワシがお主を()()()()してやろうというう訳よ!」



 事故直前に見たあのドヤ顔がまた現れた。

 悔しいがコイツが言っている事は一理ある。

 ケンカはしたことがあっても殺し合いなんざした事は無い。そういう意味では僥倖なのだろうか、コイツがいうことが本当ならば、の話だが。



(めんどくせーことになった…。)



 内心頭を掻きむしりたい衝動に駆られたが、仕方なく俺は腹をくくる事にした。



「わぁったよ、俺だってむざむざ死にたかねぇ。」



 コイツに勝手に死なれたら俺まで死にかねない、それだったらもう共に信頼しあって生き抜くしか無いのだ。



「俺は天馬(てんま)井田天馬(いだてんま)だ。」

「姓は(そん)、名は()(あざな)長卿(ちょうきょう)。宜しく頼むぞい、テンマよ。」



 俺が名乗ると満面の笑みで差し出された白く小さな手。

 これからも振り回されそうな予感を感じながら俺は渋々手を握り返すのだった。

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