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転生令嬢と七人の元養い子たちー前世で拾った子どもが立派なイケメンになりましてー  作者: 浅名ゆうな


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いつもありがとうございます!

m(_ _)m

 完全武装仕様のシルフィアは、呟きを拾って視線を動かした。

「ーーモクレン」

 彼の側にはエニシダとユキノシタ、それに孤児院の子ども達がいる。

 シルフィアは相好を崩して彼らに近付いた。招待客達が自然と道を譲っていく。

「シルフィア様。その、とても、」

 モクレンが何かを言いかけるも、それより先に動いたのは子ども達だった。

「お姉ちゃんお姫様みたい!」

「ドレス綺麗だな!」

「バカね、こういう時はドレスじゃなくて本体を褒めなきゃ失礼よ?」

「うん、本体も綺麗だ!」

 シルフィアを囲みながら、はしゃいだ声で口々に絶賛する。

 一部賛辞でないものも交じっているが、シルフィアは気にならなかった。興奮が直に伝わってくる。

「ありがとう。着付けてくれたメイド達と、見立ててくれたエニシダおじちゃんのおかげね」

「そうなんだ! やるね、おじちゃん!」

「いやお前、何でそんな上から目線なの? それにシルフィア嬢まで『おじちゃん』呼ばわりは本当にやめてくれ……」

 げんなりしたエニシダが近付いてきて、シルフィアは初めて彼の正装に目を留めた。

「あら。あなたもとても素敵ね」

「素敵だと思ってくれるならお姫様、どうか」

 スッと手を差し出され、目を瞬かせる。

 楽団の演奏は来客を盛り上げる曲目ばかりだったのに、いつの間にか優美なワルツに移っていた。

 夫婦で参加している者達は、ワルツを知らないなりに軽やかなステップを踏んで楽しんでいた。子ども達までくるくる踊っている。

 彼らの楽しそうな顔を見ていたら、シルフィアは自然にエニシダの手を取っていた。

「ええ、喜んで」

 ホールの中央へと進んでいく。

 互いに礼をして、滑るように踊り出す。

 やんちゃだった子ども時代を知っているからどんなリードをされるだろうと好奇心半分不安半分でいたのだが、思いの外様になっている。

「お上手なのね。意外だわ」

「夜会に招かれることもあるから、嗜みとしてな」

 エニシダがこだわり抜いて選んだドレスは、全体が羽のように軽い。

 普段なら足に絡む裾をさばくのに苦心するところだが、おかげでステップだけに集中できる。

 空気をはらんでフワリと膨らむドレスを楽しむ余裕さえあった。

 不意に、エニシダの手がいたずらに動く。

 指と指とを絡められ、さりげなく付け根の部分を撫でられる。

 シルフィアはくすぐったさに声を上げかけたが、すぐに半眼になった。

「ーーどうやらしつけ直す必要があるようね」

「いって!」

 こっそり手の甲をつねり反撃すると、元養い子は小さく悲鳴を上げた。

 涙目の彼を冷たく見返し、すまし顔で告げる。

「お痛は駄目よ」

「お痛って……厳しくね?」

「あなたには前科があるもの」

 屋敷で遭遇した時、危うく唇を奪われるところだったのだ。このくらいの警戒は当然だろう。

 エニシダは不満げにしていたものの、すぐに堪えきれないとばかりに破顔した。

「そのドレス、あんたによく似合ってる」

「フフ。ありがとう」

「うんうん、さすが俺」

「今の『ありがとう』は撤回させていただくわね」

 褒め言葉と思いきや、単なる自画自賛。シルフィアは思わず笑ってしまった。

 それをじっと見下ろしていたかと思うと、エニシダは笑みに甘さを混ぜた。

「上から下まで俺が見立てた衣装に身を包んでるってのは、何かそそるもんがあるな」

「どうせ似たようなことをして、各地の女性を口説いて回っているんでしょう? いつか刺されても私は同情しないわよ」

 冷たく突き放すような皮肉だが、相手が彼ならば平気で口にできる。

 雰囲気を作っていようと、愛だの恋だの語るような甘ったるい関係ではないのだから。

 エニシダも心得ているようで、満更でもなさそうに嘆息した。

「各地なんて、人聞き悪ぃの。ーーここまで必死になったのは、本気であんたが初めてなのに」

「でしょうね。完璧だもの」

 体を寄せ合い囁き交わすも、初々しい恋人達というより同志に近い。

 二人は息ぴったりにターンを決めると、共犯めいた目配せを交わした。

 音楽が静かに終幕を迎える。

 エニシダは、体を離すことなく不敵に笑った。

「どう? 何ならこのまま、ずっと二人で……」

「踊るわけがないでしょう」

 甘い台詞を遮るように横やりが入る。同時に、エニシダから引き剥がされた。

 シルフィアの背後にピタリと張り付いているのは、モクレンだった。

 義兄に対し厳しい眼差しを送っている。

「ロントーレ子爵令嬢を独占しようだなんて、厚かましいにも程がありますよ」

「いやお前、それ単に嫉妬してるだけじゃん」

 からかい混じりの指摘に一瞬押し黙ったモクレンだったが、即座にあごを上げた。

「ーー悪いか」   

「え……」

「ということで、次は俺の番です。いいですね、シルフィア様」

 エニシダが呆気に取られている間に、彼は傲然ともいえる態度でシルフィアの手を引いた。

 なすがままモクレンと向き合う形になる。

 目まぐるしく変わる状況についていけない。

 彼は冷悧な外見に反して、思慮深く控えめな人間だ。子どもの頃さえこれほどはっきり物事を主張しなかったのに、一体どういう心境なのだろうか。

 その上、一緒に踊れるなんて。

 次の曲が始まった。

 背中に手を添えられ、浮き足立つ心地で一歩を踏み出す。体温が、息遣いが近い。

「あなたまで踊れるなんて思わなかったわ」

 緊張を誤魔化すために口を開くと、彼は面白くなさそうに口端を下げた。

「あの男よりはぎこちないかもしれませんがね」

「ぎこちなくても……」

 モクレンの方がずっといい。

 その言葉は、伝えられずに呑み込んだ。

 口にすれば告白めいてしまうと気付き、勝手に頬が熱くなってくる。

 澄んだ緑の瞳が見つめられず、揺れる銀髪をひたすら目で追った。

 謙遜しているが、彼もなかなかダンスがうまい。

 フィソーロ代表に必要な技能ではないから、どこで覚えたのか少し気になる。

 聞くまいか逡巡していると、モクレンの方が先に口を開いた。

「エニシダと踊って、どうでした?」

「え、エニシダ? えっと、そうね……」

 シルフィアは、燃えるような赤茶色の瞳を思い出しながら考える。

「うーん。一言で言うなら、罪作りな人って感じだったかしらね」

 彼を好きになった人は、辛いだろうと思った。

 不実そうな、それでいて魅惑的な笑み。情熱的な口説き文句。瞳に含まれる艶めいた色。

 けれどそれは、決して自分だけに向けられるものじゃないのだ。

 きっと幸せになれないと分かっているのに、それでも惹かれずにいられない。恋に落ちる瞬間さえ、甘い夢を見させてくれない。

 悲しい恋しか教えてくれない人。

 シルフィアはぼんやりそう感じた。

「エニシダは昔から、いたずらばかりだったものね。私に軽い気持ちで口付けようとしたのも、前世の感覚が抜けていないからなのかしら?」

「ーー唇を奪われかけておいて、あなたはその程度の認識なんですか」

 返ってきた声の剣呑さに、シルフィアは驚いて口を噤んだ。

 恐る恐る顔を上げると、モクレンはひどく厳しく、それでいてやるせないような顔をしていた。

「今は俺達の方が歳上で、あなたよりずっと大きいんですよ。ーー手だって、ホラ」

 モクレンの手にすっぽり包まれると、確かに自分の手など子どもにも等しく映る。

 急に心許なくなった。よく知っているはずなのに、まるで知らない男性を目の前にしているよう。

 それでも、辛そうな面持ちには見覚えがあった。

 子どもの頃と変わらない、言いたいことややりたいことを必死に我慢している時の表情。

 激情を、必死に押し殺しているようにも見えた。

「あなたは、いつまで俺達のことを子ども扱いするつもりなんですか」

「ーーあ……」

 シルフィアは唇を戦慄かせたけれど、言葉は明確な形をなす前に消えていく。

 ごめんなさい、なんてとても言えなかった。

 彼の指摘はあまりに的確だったから。

 クシェルの記憶はあくまで前世。

 家族や使用人、領民を大切に思うのも、モクレンに惹かれる感情も、全てシルフィアのものだ。

 そのくせ、彼らを子ども扱いしていたなんて。

 ……クシェルのことなんか忘れて、元養い子達が幸せになってくれればと願っていた。

 エニシダやシオンが特に傷付いているのなら、せめてシルフィアとしてできることはないかと。

 ひどい思い上がりだ。

 もしかして、前世を引きずっていたのは自分の方だったのだろうか。

 割り切っているつもりがそうじゃなかった。何も分かっていなかった。

 居たたまれなくなり、シルフィアは俯いた。

 目を逸らしていても感じる、なじるような視線。

 心浮き立つひとときになるはずが、美しい調べさえ上滑りしていく。

 シルフィアはただ、一秒でも早く音楽が終わることを願いながら、息を詰めて足を動かすのだった。


 




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