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シルフィアの言葉を受け、疑問を呈したのはエニシダだった。
「でも年齢も性別も職種も、全部バラバラなんだよな? 犯行現場も犯行時刻も統一性がねぇし」
どうやら彼は商会の人間を使って、通り魔事件についても調べてさせていたらしい。仕事で離れていても、故郷への愛着があるのだろう。
ともあれ、経緯を説明せずに済むなら話は早い。
シルフィアはすぐ核心に触れた。
「ーー名前よ。被害に遭った全員、花に近い名前の響きをしているの」
最初の被害者である青年の名は、テッセン。
二番目はトーカ。三番目はエリカで、四番目はキリ。そして五番目が、ラン。
年齢や性別にばかり注目していたが、犯人にとって重要なのは名前のみ。相手が屈強な若者だろうと少女だろうと、関係なかったのだ。
モクレンはいまいちピンと来ないようで、顎に手を当て難しい顔をしている。
「花、ですか? 俺も特別詳しいわけじゃないですが、彼らは本当に花の名前なんですか?」
訝しむ義弟に対し、エニシダは何てことないように肩をすくめた。
「お前は聞き慣れないかもしれないな。おそらくボスが言ってるのは、東方の連合諸国で使われてる言語のことだろう」
そう。この辺りで馴染みのない響きは、遠く離れた異国のもの。アルファタル王国とは別の言語を用いた、その国独自の花の名称なのだ。
エニシダがいち早く理解したのは、職業柄各国を飛び回り異文化に触れる機会も多いためだろう。
それでもモクレンの表情は曇ったままだ。
「しかしそもそも、犯人はどのようにして彼らの名前を知ったんでしょう?」
確かに被害者達に接点がないなら、名前を調べるだけでも一苦労のはずだ。
けれどシルフィアは、既にその答えを得ていた。
「街に下りたことのない人間なんて、ほとんどいないはずでしょう?」
正解の糸口をほのめかすと、モクレンはすぐさま理解を示した。
「ーー呼び込み、ですか!」
シルフィアはよくできたとばかり首肯を返した。
街歩きを経験して何より驚いたのは、店主達の親しみやすさだ。
ほんの一、二度立ち寄っただけの相手でもしっかり覚えていて、必ず声をかけてくれる。
その際図らずも大声で呼ばれるため、名前を特定するのは容易だろうと気付いたのだ。
「ちなみにあなた達の名前も、花が由来なのよ。だからこそ犯人も、それが手がかりになると思ったのでしょうけれど」
「? すみません、意味がよく分からない……」
「犯人の狙いはクシェル……というより、さらにその前世だった女性ね。実はクシェルにも、前世の記憶があったのよ。私からすれば前々世になるわね」
クシェルの記憶が甦ってもそれほど混乱しなかったのは、そのためもあった。前世を思い出す衝撃を味わったのは、初めてではなかったから。
犯人は、養い子達の名前の由来を知っていた。
そこで、もしクシェルが転生しているのなら、関係者に花の名前の人物がいると考えたのではないだろうか。
怪しい名前をしらみ潰しに攻撃すればいずれ行き当たる。知人に手を出されて黙っていられる人間ではないから、必ず姿を現すはずだと。
「いえ。『違う』というのは、私を捜してのことかもしれないわね。生まれた子どもが自ら名乗るわけでもあるまいし、花の名前であるはずがないのに」
もしかしたらもう、そんな簡単なことさえ分からなくなっているのかもしれない。
ひどく独りよがりで、論理も破綻している。
それこそが男の恐ろしさだ。
シルフィアを見つけ出すためなら何でもする。
元養い子達に凶刃が向かうのも、きっと時間の問題だった。
モクレンとエニシダはますます理解が及ばないようで、絶句してしまった。
驚くのも無理はない。シルフィア自身、ほとんど覚えていなかったのだ。
けれど黒ずくめの男の、あの狂気じみた瞳。
前世も、前々世も追いかけてきた執拗な眼差し。
あれを見た瞬間、おぼろ気だった記憶を思い出してしまった。
どこまでも追いかけてくる存在がいたことを。
「あなた達は小さかったから覚えていないかもしれないけれど、クシェルの時も何度か襲われたことがあったの。それ自体も、理由なんてすっかり忘れていたけれど」
今ならはっきり思い出せる。
シルフィアの前々世は、東方の連合諸国で生まれ育った女性だった。
貧しい生まれのわりに美しい容貌をしていたため、裕福な若旦那の妾となった。
けれどその内飽きられ、疎まれるようになりーーやがて、飼い犬を始末するかのように殺された。
次に目覚めると、なぜか少年に転生していた。
親はなく、物心ついた時には既に一人だった。
名前がないと不便なため、少年は自ら『クシェル』と名乗るようになった。
『クシェル』は女性名だ。
前世を思い出したのがまだ子どもの頃だったため、女性名の方がしっくり来たのだ。
男の体、生き方、考え方に思考が馴染み、フィソーロの代表に任命され。自分と同じ孤児が放っておけず、立て続けに七人も養子とし。
……そんな時に、またあの男が姿を現したのだ。
若旦那に依頼され、女を始末した殺し屋。クシェルの前世を終わらせた男。
死に別れてから二十年弱。
だいぶ年齢を重ねていたけれど、ギラギラした瞳だけは全く変わっていなかった。
なぜ気付かれたのかは分からない。遠く離れた異国まで、なぜたどり着けたのかも。
分からないが、再会した時には既に異常な執着をまとっていた。
男の心は歪だった。好きな女を手にかけたことで、おかしくなってしまったのだ。
殺すことによって、相手の全てが手に入る。
そう思い込むことによって心の均衡を保っていたのかもしれない。
けれどそれゆえに、男の執着は殺意に直結していた。殺されかけたのも、一度や二度ではない。
「一つ気になるのが、犯人がもう六十歳を越えている点ね。体力的に考えれば犯行は難しいわ」
腕のいい殺し屋だったとはいえ、若者を襲い無傷でいられるものだろうか。
あるいは、シルフィアと同じように……。
考えかけ、ふと顔を上げる。
元養い子達は、未だに硬直していた。
「驚いているの? それとも……こんな話、さすがに信じられない?」
前世に前々世、果ては転生しても追いかけてくる異常者まで出てきて、信じがたい事実の目白押し。
しかも頭を悩ませていた連続通り魔事件の原因が、シルフィアにあったのだ。それだけでも、街を愛する彼らにとっては衝撃だろう。
ーー馬鹿だわ。嫌われる可能性とか、全く考えてなかった……。
信じてもらえない不安はある。
けれどそれ以上に恐ろしいのは彼らに疎まれ、嫌われること。
『クシェル』であったことを平然と受け入れてくれたから、油断しきっていた。安易に話すべきではなかったかもしれない。
目を伏せると、モクレンが肩に触れた。
間近にある緑の瞳は、怖いぐらい真っ直ぐシルフィアを見下ろしている。
「ごめんなさい、私のせいでーー 」
「あなたという人は、なぜこうも奇人変人を寄せ付けてしまうんでしょうね? 人たらしの悪癖は、生まれ変わったくらいでは治らないんですか?」
「…………え?」
何を言われたのか理解できず、シルフィアは目を瞬かせた。
「えぇと、それって重要なことかしら?」
「重要でしょ。むしろ今の話でそれ以外、大事なことってあった?」
今度はエニシダが軽く答え、何やらモクレンと頷き合っている。彼らの判断基準が分からない。
ーーああでも、例えば誰かが犯罪に巻き込まれたとして。私だって、それを責めたりしないわ。
まだほんの子どもの頃から面倒を見てきた、かつての養い子達に気付かされるとは。
悔しいし、ほんの少し寂しいけれど、本当に頼りになる大人へと成長した。
シルフィアは力がみなぎってくるのを感じた。
今までは誰にも相談することなく、一人で対処していたけれど。
彼らとなら、あるいはこの因縁に決着を付けられるかもしれない。意見を交わすモクレン達を眺めていると、そんなふうにさえ思える。
シルフィアは微笑み、おもむろに立ち上がった。
男性陣が何事かと見守る中、そっと扉を開く。
そこには、へばりつくようにして聞き耳を立てるミーナがいた。
使用人とは主に似るものなのだろう。まるで、ありし日の己を見ているようではないか。
「ーーそれで? あなたは一体何を観賞していたのかしらね、ミーナ?」
あくまで微笑みを保ちつつ問うが、彼女は妙にくねくねしている。
「すみません。お嬢様が殿方をたぶらかしていらっしゃるから、もう目が離せなくてぇ」
「人聞きが悪いわね。今まさに、私の方がたぶらかされている真っ最中だわ」
ありのままを告げると、なぜか背後でモクレンが思いきりむせた。
それにエニシダが腹を抱えて笑い出す。
ミーナも奇声を発しながら、謎のくねくねをさらに加速させていく。
内密の話を聞かれまいと追い払うはずが、状況はまさに混沌としている。
シルフィアはそっと窓の外を見遣ると、現実から目を背けた。