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いつもありがとうございます!m(_ _)m

 凍えるほど冷たい雰囲気のモクレンと、余裕の笑みを崩さないエニシダ。

 両者の睨み合いはしばし続いたが、やがて目を逸らしたのはモクレンの方だった。

 エニシダがにんまりと、猫のように目を細める。

「孤児院で偶然会った時も、今みたいにずいぶん必死だったよなぁ、モクレン?」

「そうでしたか?」

「ああ。そんでもってお前がここまで焦るのは、ある人物が関わってる時だけだ」

 赤茶色の瞳が、シルフィアの上で止まる。

「ーーなぁ、ボス?」

 確信に満ちた口調で呼ばれれば、否定することなどできなかった。

 嘘を重ねるのは簡単だ。

 けれどこれ以上嘘をついて、誤魔化して、彼らを遠ざけたくない。

「……いつから、気付いていたの?」

 緊張で喉をカラカラにしながら、肯定と同義の質問を返す。

 すると、視界が燃えるような赤に染まった。

 エニシダに抱き締められている。

 理解した瞬間身をすくませたものの、相手の方がずっと震えていたから何も怖くなかった。

 シルフィアは、彼の体にそっと手を回す。

 腕が回りきらないほど広く逞しい背中なのに、ますます強くしがみつくエニシダは子どものようだ。

「黙っていて、ごめんなさい」

「ボス……ッ、ずるいよ、何で死んじゃったんだよ! 俺、あんたのために立派になろうって、滅茶苦茶頑張ったのに……!」

「ええ、ごめんね」

「ずっと側にいろよ! これからは、ずっと!」

「ええ、ずっと側にいるわ」

「ーーシルフィア様!!」

 モクレンの厳しい声にビクリと肩を震わす。

 何ごとかと振り返ると、なぜか彼は顔を覆って天を仰いでいた。

「何て軽率な……。あなたは本当に、なぜそんなにも考えなしなんですか……」

「え? どういうこと?」

 混乱するシルフィアの腕の中で、エニシダの体が小刻みに揺れる。ゆっくり体を起こす彼は、いたずらっぽく笑っていた。

「フフン。言質は取ったぜ」

「え? 言質??」

「ああ、いいのいいの。ボスはただいつも側にいて、俺だけを見ててくれればいいから」

「だけ、というのは無理があると思うけれど……」

 無意識に答えながらも考える。

 もしや必死な様子は、全て演技だったのか。

 けろりと笑う元養い子を見ていれば、鈍いシルフィアでも分かる。

 それでも状況に頭が追い付かず、疑問符だらけで見上げていると、エニシダはシルフィアの肩を抱いたまま目を細めた。

「もう、絶対逃がさないから」

 一瞬赤茶色の瞳が剣呑に輝いて見えたが、あくまで無邪気な笑顔に気のせいだろうと思い直す。

 傍らで救いがたいとばかりにもう一人の元養い子がうめいているが、シルフィアは気付かない。

 エニシダが彼に向け不敵に笑んだことも、それを受けモクレンの眉間のシワが一層深まったことも。

「エニシダ、いつから気付いていた?」

 モクレンが低い声で問う。

「そりゃ出会った瞬間に? やっぱ運命だからー」

 エニシダの軽口に、彼は彫刻のように眉一つ動かさなかった。

 かつては喧嘩をしながらも馬が合っていたのに、なぜここまで険悪なのか。

 シルフィアはしきりに首を傾げるも、エニシダは気にした素振りもなく肩をすくめた。

「なぁんて。実は初めて会ったあの日、ボス達が孤児院を出るまでずっと監視してたんだよー」

「は? 確か、会議と言ってませんでしたか?」

「あんなの嘘に決まってんじゃん。仮にあったとしても、会議なんか即中止だっての」

 さらりと軽い調子での暴露に、シルフィアもモクレンも耳を疑った。

「孤児院にはお昼過ぎに行って、お暇したのが夕方だったから……つまり、数時間も粘ったのね」

「驚異の変態ですね」

 引きぎみの視線を一身に受け、さすがのエニシダも焦って反論した。

「いやいや人聞き悪いって! 何か怪しいと思ったら、多少時間がかかろうと調べちゃうでしょ。それがボスのことならさ」

 あいにく半眼になるのは止められそうにないが、それもこれも前世を隠そうとしたためなのだろう。と無理やり自分を納得させる。

 シルフィアは気持ちを切り替え手を叩いた。

「とりあえず、移動しましょうか。お茶でも飲みながらゆっくり話しましょう」

 話す内容が内容だけに、応接間では都合が悪い。シルフィアは私室へとモクレン達を案内した。

 彼らを招き入れ、ミーナに紅茶の用意を頼む。

 重要な話し合いのためしばらく三人だけにしてほしいと頼み込むと、渋々ながら認めてくれた。

 フィソーロ代表という肩書きを持つモクレンがいるからこそ、特別に許可が下りたのだろう。

 紅茶に口を付け一息ついてから、シルフィアは話を切り出した。

「とにかく、ばれてしまったものは仕方がないわ。こうなったらエニシダ、あなたにもとことん協力してもらうわよ」

 先ほど彼は、東街区の火事を独自に調べていると言っていた。

 商人の彼には、フィソーロとは異なる情報網と人脈がある。それを利用しない手はない。

 傲慢ともとれる命令に、むしろ待ってましたという素早さでエニシダが膝を付いた。

「もちろん。あんたのためなら何なりと」

 彼はうやうやしくシルフィアの手を取ると、軽く口付けを落とす。

 次の瞬間モクレンに腕を害虫のごとく叩き落とされていたが、それでもエニシダは笑っていた。

 昔ならすぐ喧嘩に発展していたものだが、やはり大人になったということなのだろう。

「ほら、エニシダにばれても問題なかったでしょう? 大人になっているじゃない」

 首を傾げるシルフィアに、モクレンは苦り切った顔になった。

「あなたには、そいつの邪悪で下心丸出しの笑みが見えないんですか」

「あー気にしなくていいよ、ボス。モクレンだって結局、独占したかっただけなんだし」

「それこそ人聞きの悪い」

 エニシダはソファに戻ると、深く腰を落ち着けながら上機嫌に笑った。

「でも他の奴らに言わないのは俺も賛成。面倒なのが増えても困るし」

「そうですね。シオンとか」

「そうそう、シオンとかシオンとか」

 ここぞとばかり息を合わせて神妙に頷き合う二人に、シルフィアの中で謎が深まるばかりだ。

 シオンはなぜそこまで問題視されているのか。

 養い親の死によって傷付いているのなら、何とかしたいと思ってしまう。

 クシェルとしてが無理なら、せめてシルフィアにできることはないだろうか。

 思案していると、不意にエニシダが振り向いた。

「ところでボス、その話し方窮屈じゃねぇの? 俺達の前では無理しなくていいよ?」

 義兄の言葉に、モクレンも首肯する。

「それが俺にも解せないんです。以前はボスそのものの荒っぽい口調だったんですが」

「そ、そんなのは何でもいいでしょう」

 モクレンには散々粗野な振る舞いを見せてしまっているが、せめてこれ以上幻滅されたくないから。

 そんな本音を口にできるはずもなく、シルフィアは咳払い一つで誤魔化した。

「それより話の続きよ。モクレン、付け火の可能性が高いとエニシダから聞いたけれど」

 事務的に問うと、モクレンはすぐに仕事の顔へと切り替えた。

「三番目の被害者であるエリカさんへの聞き込みのやり直しと平行し、こちらでも調べが済んでいます。エニシダと見解が一緒というのは遺憾ですが」

「根拠は?」

「出火元から、原因とみられる可燃物がどうしても確認できないんです」

 確かに骨董店では書物の類いも扱っていたが、最も激しく燃えた形跡のある店舗の右側には、主に銅像などが置かれていたのだという。

 建材に木が使われているものの、種火もなく突然発火するというのはまれだ。

 補足するようにエニシダが口を開いた。    

「特殊な油が使われたんじゃないかと俺は睨んでる。種類によっては常温で揮発して突然発火するものもあるって聞くし。細かい時間の指定は難しいが、それならただ待っているだけでいい」

「そういえば、現場に独特の臭気がありましたね」

「場合によっては爆発事故になることもある。今回は小火程度で済んで、不幸中の幸いってやつだな」

 幸いと言いつつモクレンとエニシダの表情が曇っているのは、一歩間違えれば大惨事になっていたと理解できるからだ。

 人命は失われなかったけれど、何もかもが無事だったわけではない。

 ただですら、付け火の被害に遭った店主とその家族は苦境に立たされている。

 子どもを助けるために火の海へ飛び込もうとしていた母親。炎の中で助けを待っていた少年。

 彼らは今、家族一丸で店を建て直そうと必死だ。

 街の人々の手伝いもあり、再建がかなりの早さで進んでいるとは、ベッドから起き上がれない間にモクレンからもたらされた情報だった。

「火の手が上がるまでの間に、不審な人物を見たという話は?」

 付け火だとしたら。

 ある一つの予感に駆られながら問うと、モクレンは顔をしかめた。

「あの時間帯あの場にいたほとんどの人に確認を取っていますが、今のところ何も」

「まぁ、油を仕掛けた時間が特定できないからな」

「それでも、誰も姿を見ていないというのは……通り魔事件の状況と、酷似しているわね」

 想像通りの返答に、シルフィアは唇を噛んだ。

 連続通り魔事件といい、こちらの怒りを買うためだというなら全く正しい作戦だ。

 呟きを聞き咎めたモクレンが、目を見開いた。

「もしやシルフィア様、同一犯だと考えて?」

 僅かに躊躇ったものの、シルフィアは絞り出すように口を開いた。

「……見てしまったのよ。あの時、屋根の上から見下ろしていた、黒ずくめの人間を」

 高みの見物を気取っていたのなら、付け火に関わっていないはずがない。

 状況証拠しか出ていないが、それはほとんど確信に近かった。

「通り魔事件は、おそらくもう起こらないわ。犯人は、もう見つけてしまったから」

「どういうことですか?」

「もっと早くに気付くべきだった。被害者にはーー確かに共通点があったのよ」



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