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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ゆきのおくるTS百合中学生活の変わりない一日

作者: ゆーれい

長月ゆき

TSしてなんやかんやあってJCになる

あかねとは幼馴染で恋人


七宮さや

お茶研部長のお嬢様

ゆきが先生と付き合ってるのを知ってる


成瀬なる

ソフテニ兼お茶研部

二人が付き合ってることを知らない


今上あかね

3人の顧問で担任

ゆきとは秘密の関係

 7:30


 バナナを右手。トーストを左手に。たまのミルクで朝ごはんを食べていく。日課のログインボーナスも忘れない。スマホ操作は小指一本で事足りる。


 ピロン!


 通知が画面の上から生えてくる。あたしは今ゲーム中だ。うっとおしいぞ。


『わたしさやだよー今ゆきちゃんの家の前にいるのー』


 あれ、と思う間も無くインターホンが鳴らされる。今日は行儀よく一回だけのチャイム。しかたなく席を立って出迎える。やっぱりいたのはさやだった。なぜかわざとらしく驚いてみせている。


「おほーパジャマだよー。ゆきちゃん激レア姿のパジャマだよー」

「なんよそれ……。毎日着てるしふつうにノーマルでしょ」

「そんなことないって。いいのかなあわたしがこのカッコみちゃっていいのかな」

「ゴミ出しもこれでやるから変じゃないよ。つかなんか早くない?なるもいないし」

「わたし今日は日直だから。なるは朝練だしゆきちゃんがいないとひとりになっちゃうよー」

「あー。今日は水曜か。どーりで……」


 すぐ行くから待ってて、とつたえる。はーいと元気のいい返事。低血圧とは無縁そうでうらやましいよ。

 ひとまず顔は洗おう。食べ残しも片付けて。髪は、まあ着いたらさやにまとめて貰えばいいか。絶対喜んでやるだろうし。着替えと歯磨きも含めて五分以内に片が付く。あっ、あかね弁当忘れてるよ。持ってかなきゃな。


 ささっと済ませて外にでるとさやは上を向いて大口開いて立っていた。あれはボーっと雲をみてる顔だな。間違いない。

 目の前で手をバチンと叩いてやる。


「はうあっ!?」

「今度はそっちが寝てどうすんの。準備できたよ」

「えへへー早かったねえ。今あの雲がウサギになるとこだったんだよー」

「はいはいもうガッコいくぞ」


 駐輪場からチャリを引っ張り出してくる。カゴに二人分の荷物を入れて、さやは後ろにちょこんと乗った。

 なるがいればずっと乗っけてってもらうんだけど、朝練だから体力オバケのあいつはいない。今日はあたしの番だ。


 きもち重いペダルを漕ぎ出していく。学校前の心臓破りの坂まではバテずにいけるはずだ。まずは信号までシャーッと下っていく。


「やっぱ動くとすずしー!」

「最近暑くなってきたからね!こりゃ学校着いたころには汗だくかな」

「だいじょーぶ?わたしが途中でかわろうかー?」

「そんなことしたらさやちゃん転んでケガしちゃうでしょ。危なっかしい」

「あはは、そうだったー。わたし自転車乗れないんだったねー」


 青信号を通り過ぎて緩い上り坂。固くなったペダルをぎゅっと踏みしめてスピードを保つ。


「だから!お嬢様はアタシの後ろでしっかりつかまってるんだよ」

「はーい、わたしの小さな王子さまっ」


 腰に回された腕をしっかりと感じながらあたしは坂を駆け上っていった。





 8:30


「おはよー!みちるおはよう!ひぐっちゃんもおは、ッエーイ!えりちまた練習でねー」


 スマホをタプタプしながらさやちゃんとお話ししてると、ハリのいい声が教室に勢いよく入ってきた。そのままの勢いであたしたちのところに来るとドカッと大股開きであたしの机に乗ってきた。


「あー!朝練終わったー!ぢがれたよおー!」

「おうなるおはー」

「なるちゃんおはよー。今日も元気だねー」

「おはゆっきーおつかれさあやー!それがさそんなこと無いんだよー。鬼コーチがさ、あまりにうるさいからって朝なのに走らせてきてさー」


 すぐさま身振り手振りいかに自分がたったの二時間でいかにしごかれてきたかを語りだすなる。その日焼けした手とか足があたしのスペースをぶんどっていく。いや全然つかれてないよね。散歩前のワンちゃんぐらいに元気有り余ってるよね。

 いつも通りパッと着替えてきただけのようで机に汗が落ちてきてるし、近づくだけで体感温度もムンと上がってる。


「ちょいなる!暑いし汚いよ、汗が!」

「お、ゆきっちゴメーン。今拭いたるよっと。ってあれえ、タオルロッカーに忘れちったあはは」

「ええー、どうすんだよホームルームこれで受けたくないぞ」

「びっしょりだねー」

「まあまあウチのお出汁堪能していいから許してちょ」

「ゆるさん。氷水に沈めたるからな」

「ひえーさやえもーん!ゆきっちがいじめるよーう」

「わたしのハンカチつかう?名前入りだよお」

「ありがとう、でも残念だけどその大きさじゃあウチのエッセンスを受け止めるには小さすぎるのだよ……、あいたっ」

「なに開き直ってんだ。あたしのタオル貸すから拭いてホラ」


 ゆきっちふいてー、とかのたまうやつにはこうだ。

 セコンドばりに顔面にタオルを投げつけてやる。すると、しばらくフゴフゴしたと思ったらなんかなるから変な笑い声が聞こえてくる。


「うへ、うへへ、すう、うへへへ」

「なにしてんだよなる。早く拭きなよ息はできてんでしょ」

「あっ、ああっー!なるちゃん、いいなあそれー」


 突然さやちゃんが声をあげた。手を宙にのばして心底羨ましそうにしている。

 何をさやちゃんは見てそんなこと言ってるんだ。

 一体何なんだ。

 一体何で……


「ゆきちゃんの使用済みタオル……」

「こらなるっ!!!はなっ、はなさんかっ!!!」

「ムフー!すうー、はあー!いーにおいですねぇ!」

「匂いを嗅ぐな!息止めろ!呼吸すんなー!」

「なるちゃーん、わたしにもかしてー。おすそわけおねがーい」

「さやちゃんもダメっ!くっつかないで!ああ暑い!また汗かいちゃう!」

「そしたらみんなでゆきちゃんタオルわけっこできるねー。仲良しだあ」

「そんなわけあるかあアホ―!」


 そんなこんなでしっちゃかめっちゃか汗かいてなんだかんだ拭く間もなく始業時間のベルがなる。

 あかねも教室に入ってきてホームルームが始まった。アタシはまだ息が荒いのになるはもうすまし顔で点呼に応じていて腹が立つ。さやちゃんはちゃっかりタオルを席までもっていってる。


 隣の子が「相変わらずなかよしだねー」と言ってきた。


 いや騒がしくしてすんません。

 でもあれはそういう子供の遊びではないから。あたしの尊厳に関わることだから許して。





 10:20


 あー、あかねの声はやっぱり睡眠薬だー。

 教壇からとくとくと流れ続ける催眠音声にあらがおうとしていると、ひざ上のスマホが震えた。SNSの通知だ。

 みるに、さやちゃんとなるとのトークルームが動いてるらしい。題名はシンプルに『3人』。昔話してるみたいだ。

 タプタプしてアタシも送る。


『おいあかね先生の授業中だぞ』

『やべっ委員長だ隠せ隠せ』

『ゆきちゃんおかえりー』

『はいさやちゃんただいま』


 ついでに誰がいんちょーだ、と打つ。トークでも雰囲気変わらんなこの子らは。

 思わずニヤけそうになる口をおさえる。あぶないあぶない、あかねはこっち見てないよな。


『小学生のころの話か』

『うんわたしの知らないゆきちゃんを知りたくてー』

『聞かれりゃなんでも答えるよ!あんなことからこんなことまでね!』

『わたしのプライバシーはゼロかよ』


 というかなるだって別に数年の付き合いだし、そんなあたしの変なとこなんて知って……、

 いや、知ってるな……。


 なると会ってすぐは、自分に降りかかった災難のせいでだいぶ荒れてたからな。今思えば中二病を発症するよりずいぶんこっ恥ずかしいことやらかしてなるを巻き込んでたよ。今じゃてんで逆だが。


『昔からゆっきーは変わらず小さかったなー。腕も細かったし』

『別に今は小さくない』

『でもゆきちゃん前ならえじゃいつも腰にあててるよ?』

『クラスじゃ小さくても世間一般ではわたしは小さくない』

『でも最初は男子かと思ったね。自分のこと俺なんて呼んでたし』

『うそー!ゆきちゃんこんなに可愛いのにー!』

『そうそう!今じゃこんな天使になっちゃって』

『かわいくなんてない』


 ホントにそれはウソじゃない。あたしなら、今のあたしはストライクゾーンのはるか下、ベースに突き刺さるくらいはるか下なんだ。髪だってゆきちゃんからのプレゼントのシュシュでまとめただけだし、肌も白いけどこれは外であまり運動しなかったせいだし。


『おーゆっきー顔まっかー』

『遠くでもわかるねえ、先生にばれちゃうぞー』

『うっさいな!』

『はいかわいいー』

『はいてんしー』


 顔を上げると、二人ともニヤニヤしながらこっちを見ていた。なるなんて早弁してるし、さやちゃんはカメラをこっちに向けていた。

 そんなに顔赤くなってるかな。かわいいて言われるのは嬉しくないけどすごいムズムズするんだ。別に嬉しくないけど。

 ほほに甲をあてるとちょっと熱い気がした。


『友達になったばっかのころはウチより髪短かったなー』

『えーそうなんだ意外ー』

『誰だって髪はのびるもんだよ』

『いやーあれはあれでかわいかったなー。昔のゆっきーは』

『わたしも見たかったあゆきちゃんのショートー』

『おっならとっておきの奴があるよっ!これがめっちゃいいんだわあ』

『えぇっ!?いつんだよ!』


 そんな写真いつ撮ったんだ、小学生のころなんてなるはケータイももってなかったはずなのに……。


『スカートを絶対はこうとしてくれなかったゆっきーが最初に着てくれた時のでねー』

『ばっか!やめろ!なんで持ってんだよ!』

『みたい!欲しい!今ちょーだいおねがーい』

『ちょいまって。見たら卒倒間違いなしよ』

『アッホ!見ても楽しくないからそんなの!』

『わたしのゆきちゃんアルバムがうるおうー』


 なんでっ、なるがっ、あんなっ、黒歴史中の黒歴史をっ、持ってんだよ!

 こうなったらなりふり構ってなんかいられん!

 全力で阻止するぞ!


 そんな悪い子にはこうだ!


「あれれーなんかこの教室すっごいウィンナーの匂いがするぞー?」

「成瀬さーん?どうしてあなたはお弁当をひらいてるんですかー?」

「あっ、ぶぇっ!ゆき!?なんで!?」

「お昼休みと勘違いしちゃったのかなあ?ひとまずこのお弁当は授業がおわるまで没収させてもらいますねー」

「そんなー赤ちゃん先生ー。食べ盛りなのにひどいよー」

「授業中ですよ。いまは今上先生と呼んでください」

「あーくさいくさい」


 クラスが笑いに包まれた。なるも期待通りのリアクションだ腹が痛い。

 でもチラっとスマホをみるとなるの操作はすでに完了していたようだ。写真があがっている。


 その写真は、遊園地に行ったときので今よりも小さなあたしがそこにいた。

 髪はたしかに男子にいてもおかしくないくらい短かったけど、そこにつけられたアクセサリーやふんだんに着飾ったドレスは女の子にしか着られないものだった。なにより赤くなりながらもはにかんで笑顔を返すその表情は誰よりもお姫様だった。


(くっそーマジで恥ずい)


 鼻息荒くしてるさやちゃんをみれば後ろ姿だけで見られたのが分かる。

 ホント恥ずかしいったらありゃしない。





 13:00


「ただいま戻りましたあー」

「ん」

「購買混んでた?」

「やー激混み。またカツサンド買えなかったよう」


 お昼の時間。あたしとさやちゃんはお弁当。なるはもう弁当は食べ終わってるから購買パンだ。

 中身は昨日の夕飯の残り物と惣菜のあり合わせだけどこれでも一応あたしの手作り。朝は時間ないし早起きは面倒だから夜におかずを作って、朝はご飯を詰めるだけにしてるのだ。


「むふー、ふふふ」

「まーだ見てんのその写真」

「えへへーこれもう一生の宝物だよー」

「一生安いなオイ。こんなんに使っちゃうの?」

「もちろん一生一番宇宙一の宝物はゆきちゃんだから安心してねー」


 何たわけたこと言ってんだこの天然お嬢様は。

 別の話題でも提供しないと血が上りすぎて体に悪い。


「さやちゃんってやっぱ天然だよね」

「わかる。オーラがもうなんてーかゆるふわピンクだもん」

「えー?そーかなー」

「そうだよ。話した瞬間にもう、あっ、この子天然だわって思ったし」

「おっ?さあやってば初対面からそんな飛ばしてたんか?聞きたい聞きたい!」

「あれなるにはこれ話してなかったっけ、ホントにさやちゃんと一緒なったときのこと」

「知らーんらんらん」


 あそっか、話してなかったか。まさにザ・さやちゃんって感じのエピソードなんだけど。

 そうだなーあれは中学入って初週くらい、同小でしか絡んでなかった頃合いだったな。


「上がってすぐの話なんだけど、中一のときあたしら同じクラスだったじゃん?」

「そだねー。ウチだけ別で一年はちょっち寂しかったよー」

「うん、んでなんか隣に知らない子がいるなー、て最初は見てたんだよね」

「わたし登場だあ。その時はここ引っ越してきてすぐだったなー」

「で、こんなきれいな感じの子なのに一人でいるのは寂しいなって思って、話しかけたんだけどさ。どうも受け答えが変だったんだよ」

「ほうほう」

「そうだっけー?覚えてないなあ」


 そりゃ天然かました本人は自覚がないもんな覚えてないよ。

 話を続ける。


「なんか聞いてみたりしても、そういうあなたはー、つって必ず質問は質問で返してきたり。話してるときもいっつもニコニコしてめっちゃこっち見てくるし」

「あ、ああー!」


 どうやらやっと合点がいったみたいだ。その話はやめてーといわんばかりに手をぶんぶんしてる。

 でも話は続ける。


「しまいにゃ本読むタイプでもないのに、話してる最中も五分ごとに分厚い本取り出して目の前で読み始めてさ。移動教室にも必ず重そうに持ってくんだよ」

「ほういつものさあやの奇行はすでに」

「流石にそいつが何なのか気になってあるときピッと取り上げて見てみたんだけどね。くくっ、題名何だったと思う?」

「えーなんだろう」

「それ以上は言わないでえ!」

「『ゾウさんでも分かるお友達の作り方』……、だってさ!あっはっはっは!!」

「うそお!うぇっへっへっへ!!!」

「言ったあ!!あううううう!」


 さやちゃんがうなってあたしの肩をポカポカ叩く。なるは机をバンバン叩いてる。


「もおーゆきちゃん!あの時は不安で藁にもすがる想いだったのに!」

「やあーでもあの本はないよー。取り上げてからは普通に話して面白かったし」

「そんなことないよ!一応あれのおかげでゆきちゃんとお友達になれたんだから!」

「そうだねえ。本の通りにお友達になろうよ、って誘ってみたらもう満開全開の笑顔だったもんねえ」

「ぶぇっひゃっひゃっひゃっひゃ!!!!!」


 あれでさやちゃんは素直ないい子だと思って付き合うことにしたんだよね。

 さやちゃんのおかげでオシャレとかいろいろ女の子らしいこと一緒にしたり教わったりして今になるわけだし。

 あの本は間違いなくクソだけど、引き合わせてくれたことには感謝だな。


 あとなる、いい加減うっさいぞ。





 16:40


 放課後、学生は部活の時間だ。テニス部ならテニスを、帰宅部なら帰宅を。みんな張り切ってやるもんだ。


 あたしたち三人グループは夕暮れの教室でダベっていた。でもただダベってるわけじゃあない。ここにはお紅茶とケーキがセットでついている。

 あたしらの部活はお茶研部。これが立派な部活動なのだ。


「樋口さん先週他校の生徒にまた告白されたらしいよー」

「おーさすがひぐっちゃん」

「すげーな。何人目だ。五人?」

「七人だねー。今年で」


 うん。何も生まないし何も育たない、他愛のない会話だけどこれも立派な部活動なのだ。


「恋愛してんねえひぐっちゃん。二人はどうよ、誰かおりゅ?」

「わたしはいないねー」

「……お、このケーキおいし」

「みんななしかあ。そりゃそうだよね、一緒にいないときのほうが少ないし」

「わたしはこの三人でいるのが今は一番かなあ」


 うましうまし。話にはテキトーにうなずいておく。

 すると、なるが口でピコーンとか言って席を立った。


「そうだ!ちょっと恋の練習してみよう!本番ははるか先だとしてもここで学んだことは糧になる、はい拍手!」

「ぱちぱちぱちー」

「練習って……。恋愛の練習なんてどうこの空き教室でやるんだよ」

「それはねえ、よしさあや!ゆっきーをホールドして!」

「はあーいぎゅー」

「あん?」


 さやちゃんに後ろから抱きすくめられる。普段やらない早業をこんなとこで披露すんな。

 そして、なるが口にモンブランの栗をくわえたままあたしに迫ってくる。


「恋愛といえばキス!キスの練習となれば間接キス!ほらチューしましょうねー」

「ばっ!?アホかっ!!?そんなん練習なるか!!」

「暴れなーい暴れなーい。次はわたしのイチゴだよー」

「ユッキーの初キスの味は栗の味だね!」

「なんかそれいやだ!は・な・せ!!!」

「セカンドキスはイチゴ味ー」



『おっ、おほんっ!おほんおほんっ!!』


 ゴチャゴチャしてたら外から盛大な咳払いが。その主はあかね。うちのクラスの担任で、部活顧問の今上あかね先生だった。


「あー、赤ちゃん先生おかえりー」

「赤ちゃん先生おかえりー」

「エー、が、学校でですね、そういうことは……」

「先生もまざる―?」

「まざりませんっ!でもケーキはもらいます」

「どうぞどうぞー」

「いただきますね七宮さん」


 そう言って用意された席にあかねも座る。いつもこんな感じだ。あかねは職員室での業務をある程度すませたらここに監督の名目で来てお茶をする。

 部費を使ってタダで飲食できるし、さやちゃんのセレクションは完璧なのだ。絶品がいつも味わえる。


「えーこのくらいならウチらの間じゃノーカンだと思うけどなー」

「間接キスまではオッケーだよー、友達ルールにもそう書いてるよ」

「「いやいや、そんなルールないって」」


 あたしとあかねの声がハモった。そのおかげであかねと顔を見合わせてちょっと笑い合う。


「じゃあこれならだいじょぶだよね。はいゆきちゃんアーン」

「えー、飽きないなあ。昨日も一昨日もやってんでしょ、はむ」

「もっと言えば私の知る限り毎日、してますね」

「食べさせっこするためにみんなのケーキの種類をバラバラにしてるんだー」


 そんなくだらない理由でケーキを選んでたのかい。うまいけど。

 なるもフォークに刺したケーキをここぞと差し出してくる。うまいけど。


「じゃあ次はゆっきーの番!」

「食べさせてー」

「つ、次はあたしかー」


 この子らの欲望は留まるところを知らない。このままではいつもの如く食べきるまでこの周回を繰り返すことになってしまう。

 てかあまりの甘々っぷりにあかねも傍でため息をついている。いかん、あかねの目がちょっとこわい。


「ほら、テキトーに取ってっていいからさ」

「えー、ゆきちゃんのおててから食べたーいー」

「当社比三倍のうまみになるんだよう」

「ん、んん。こまったなー」


 そして、あたしがフォークを動かす気がなさそうとみるや、なるは一つ提案をする。


「じゃっ、ウチとさあやのどっちかだけでいいから、食べさせたいと思った相手でっ」

「そうそう、だからゆきちゃんがどっちにアーンするか選んでー」

「ウチは待ってるから、はいアーン」

「わたしも信じてるよ、アーン」

「えぇ……」

「「アーン」」


 試しにケーキをすくって持ち上げて見せると、二人ともとたんにワクワク顔になる。

 フォークを右に寄せればなるが笑顔に、左にすいーっと動かすと今度はさやちゃんが笑顔になる。


 ちょ、この子らかわいすぎか。ショーのアシカじゃないんだから。

 でも後ろのあかねの目がフォークを近づけるたびにどんどん細くなってる。ヤバい。こりゃどっちかの口に入れた日にゃ目が消えてなくなるぞ。


 圧もあって選べずにいると、焦れた二人が徐々にちかづいてくる。あたしとの距離を無くして否応にも選ばせようという算段だ。


 どんどん折りたたまれていくあたしの腕。

 宙をさまようチョコケーキ。

 無くなっていく距離。

 細まる目。


 ええい南無三!



「「「あっ」」」


 ぱくり。あたしは持っていたケーキを自分の口にいれた。うまい。やっぱりチョコケーキが一番だ。

 ひとしきり味わって、飲み込む。


「このケーキを一番食べたがってるのはあたしだからね。だからあたしを選んだ。そういうこと、おわりっ!」

「もったいなーい」

「ヘリクツー!」

「屁理屈も通せば理屈になるんだよ」


 後ろのあかねの目も元通りになってよかった。これで万事解決だ。


 でもその手のケーキはなんなんですかね?

 あっあかねもアーンしたい?はいわかりましたおいしい。





 22:22


「ふぅ……」


 お風呂も入ったし、宿題もやったし、歯磨きしたしあとは寝るだけのゆっくりする時間がやってきた。

 あかねがすでにくつろいでるソファにダイブする。彼女はしっかり受け止めてくれて腕はあたしを包んでくれた。

 お互い座ってても身長差はまだ全然ある。年齢差というよりも個人差のせいかな。あかねはけっこう大きいし。でも胸がいい感じの枕になるから悪くない。

 あたしの髪をかいてくれてるあかねから、夜の会話が始まった。


「学校はどうだった?楽しい?」

「まーね。けっこうそうかも」

「そんなこと言っちゃって。あんなに青春してるのに」

「うっ、いやまあ。あの子らとの生活はまあたしかに楽しいよ」


 これは事実だ。きっとあの子らがいなければたとえ学校生活をもっかいやり直せるとしても、こんなに晴れ晴れとした日々にはならなかっただろう。

 でもあたしが不自由なく過ごせているのはそれだけじゃあないんだ。


 ホントにあたしが嬉しいのはね、


「あかねとこうして前と同じ関係でいられるから」

「あらそう、ふふふ」


 ちょっとクサいか?

 あかねも照れ隠しに頬を突いてくる。やめんか。今のあたしにその指から逃れられる力はないんだ。


「七宮さんに成瀬さん、いい生徒たちよねえ。いきなりお茶研部の顧問頼まれたときは驚いちゃったけど」

「まああかねなら断らないと思ったし、なによりかなり役得でしょ?」

「そうね、あんな部にゴー出した昔の自分にあっぱれだわ」


 体勢を変えて、あかねの腰に腕を回す。毎日のようにケーキを食べてるけどウエストはきゅっと細い。女になって分かったけどこれはすごいことだ。

 まあお腹をつまんだら流石に怒られるけど。


「私が来る前なんて恋バナなんてしちゃって、もうすっかり女の子」

「……聞いてたのね。やけにタイミングいいと思ったら」

「あんな中学生とイチャイチャしちゃって。元のままなら完全に犯罪よ犯罪」

「くっ」


 わざとらしいふくれっ面でからかわれる。ぐうの音もでない。

 ああいうことするのはあたしのキャラじゃなかったはずなのに。いつの間にかああいうポジションに押しやられてしまっている。これもすべてちみっこいこの体のせいだ。


 でもあたしのアレを犯罪というのなら、目の前の女教師はもはや大罪人だ。あたしをそのネタで揺すろうってんなら百年は早いぞ。

 これはアタシにもダメージがいく攻撃だが、そう言われればこう返すしかない。


 もうすでにドキドキし始めた心臓を感じながら、台詞を言う。


「きょ、去年の記念日……、ホテルで、あ、あんなことしたくせに…………」

「し、しー!ゆき、それ言っちゃダメー!」


 口を猛烈に塞がれる。この一言はあかねにはものすごーく効く。主に教師生命に効く。

 そのかわりあたしにも同じくらい返ってくる諸刃の剣。あの日の思い出がフラッシュバックしてしまうんだ。

 体温がカーッと熱くなって、ヘンな汗もでてるのを押して言葉を続ける。


「あの時、せ、責任取るって言ったよね……」

「取るから、取るから。ね、それ誰にも言ってないよね!?」


 まさか。こんなこと誰にも言うわけない。二人だけの秘密に決まってる。

 にしてもこの台詞を言うだけで、こんなに狼狽されるというのはなんかシャクにくる。

 まるであの日があかねの弱点みたいじゃないか。もうすこし、あたしの前くらいではドンとしていて欲しいものだ。


 もう紙も通らないぐらいくっつきあってるけど、まだ足りない。あかねの目を見つめる。


「じゃ、じゃあ証拠をみせてよ。恋人なら、さ」


 目を閉じる。それだけであかねは察したみたいだ。身体を支えてくれてる腕に力がこもる。

 鼓動を感じる。息遣いを感じる。興奮を感じる。熱を感じる。



 あかね息荒すぎ……。


 そう思った時に唇が重なった。時間を忘れるくらいについばみあっていて、気づけばあたしはあかねの下にいた。


 糸を引きながらやっと離れる。また見つめ合う。あかねはまだ足りないみたいなのは目を見たらわかった。再び落としてこようと顔を近づけてくる。

 まだ息整ってないのに。

 あぁ、また来る。来ちゃう。

 今に来る……。



 3……、


 2……、


 1……、



「待った」


 危うくくっつきそうになった唇を手のひらで差し止める。

 なんで、というあかねの顔に無言で時計を指さす。時刻は23時を回っていた。

 ちょっとだけ引き留めようとしてくるあかねの腕を払いつつ、下から抜け出す。


 パジャマの襟をパタパタさせて余熱を払いながら、一言。


「また弱みが増えちゃったら困るでしょ。あかね」


 くううう、とうめいてソファに転がるあかねを背にベッドに向かう。





 にしてもヤバかった……。

 もしセカンドキスを止めれてなかったら……、

 止まらなかっただろうな……。あたしも、あかねも…………。

みつる 名前の読み間違いがそのまま定着した

ひぐち クラスで一番の美人さん

エリザベス 英国から留学してきた女王さま

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