酒を以て集まる
歩きながら街角のガラスに自分が映るたびにその姿を確かめる。
何度も繰り返されるその行為で何が変わるわけでもない。しかしガラス張りの店の前を通るたびに確かめずにはいられない。
ジーンズに少しフレアになっている半袖のカットソー。足元は歩きやすいシンプルなスニーカー。
デートのためにおしゃれをしているわけではない。と言うよりもデート向きの服を今は持っていない。だからこそラフな格好で済むコースで助かった。
とはいえ知り合ったばかりの男性との初デート。この先どうなるかはわからないがなるべく良い印象を与えておきたい。
待ち合わせ場所に着いて周囲を見回す。まだ時間までに十五分ほどある。相手は来ていないようだ。
手近な建物の隅に寄り、携帯を取り出して目に入ったSNSアプリを開く。途端に大学の友人や同僚のキラキラした日常がスクリーン一面に映し出された。
無感情に何スクロールかして適当な投稿に「お気に入り」ボタンを押す。そうやっていくつかの投稿に目を通していると、人の気配が近づいてくるのを感じた。
「お待たせしてすみません」
チノパンにTシャツという格好の相手が小走りで駆け寄ってくる。合コンの時のネイビーのスーツとは違った爽やかスタイルだ。足元はスニーカーだけど一癖あるおしゃれなデザイン。
こだわり強そう。
ちらりと思いながらにっこり笑う。
「私が早めについてしまったので」
待ち合わせの五分前。彼が遅れたわけではない。
「今日は急に誘ったのに来てくださってありがとうございます」
「いえ、こちらこそお誘いいただけて嬉しいです」
そう言うと、彼が相好を崩した。
ああ、やっぱり笑顔が可愛いな、この人。
無表情だと少し近寄りがたいけど笑顔になると途端に人懐っこくなる。そういえば哲も同じようなタイプだ。
「お腹空いてますか? もし何なら少し歩きます?」
自然と二人で歩き始めながら彼が時計をちらりと見やる。
「お店に行きましょう。賢木さんおすすめの焼き鳥屋楽しみにしてたんです」
正直お腹はそこまで空いていないが、このまま歩いていても会話を続けられる自信がない。
待ち合わせ場所から彼にエスコートされながらしばらく歩いて足を踏み入れたのは飲み屋などが立ち並ぶ通り。
夜になったら赤い提灯が軒を連ねるだろうその通りは今は女性や親子連れが多く歩く明るい往来だ。
「ここです」
彼が指し示したのは渋い木造のお店。ぱっと見、開いているのかわかりにくいが店先にかかった木版には「商い中」の文字。そしてふんわりと炭の良い香りが漂ってくる。
「予約ができないお店なんです。すぐに入れればいいんですけど」
言いながら彼が店の引き戸を開けると中から「いらっしゃいませ!」と元気な掛け声が響いてきた。
店員とやりとりする彼の背中越しに店内の様子をうかがう。
薄く染みのついた壁にはメニューを書いた張り紙がずらり。所狭しと並べられている使い古されたテーブルの上には割り箸の束に塩、七味などの調味料。いかにも町の飲み屋だ。
デートに使うお店ではないよね。
別にお店選びに不満はない。高級フレンチなんかに連れていかれるよりはこういうお店の方が緊張しない。お財布の心配もせずに済むので楽は楽だ。
ただ一般的に初デートでこのお店を選ぼうとは思わないだろう。
これってデートじゃないのかな? それとも私の価値がこれぐらい?
不満ではなく率直に浮かんだ疑問に答えが出ないまま店員に促されて二人でカウンター席に着く。
「飲み物なににします?」
「生で」
流れるように答えてから「あ、しまった」と目を見開く。別の考え事をしていたので思わずいつもの癖が出た。
いくら休みとはいえ昼間から生ビールなんてはしたなかったかな。
恐る恐る隣を見るとしかし彼は少し驚いた顔をしてからにっこり笑った。
「石田さん、結構飲める方ですか? だとしたら嬉しいな。俺もお酒は好きなんで」
気を使ってくれたのかな。
それでも何だかさっきより若干打ち解けた雰囲気になった気がする。
ほっとしながらビールを頼む彼の横顔を盗み見ると、沙智の視線に気づいた彼がドリンクメニューを開いて沙智に差し出した。
「この日本酒が旨いんですけど、俺の知ってる限りここら辺ではこの店でしか扱ってないんですよ。もし日本酒飲めるなら後で試してみませんか?」
沙智も行きつけのバーのマスターに勧められて日本酒を嗜んでいるものの、彼の太い指が示した銘柄は初めて見るものだ。
「いですね。ぜひ」
俄然血が騒いで勢いよく顔を上げると彼の嬉しそうな視線にぶつかる。
「やっぱり石田さん誘って良かった」
顔をくしゃっとさせた彼につられ沙智も笑顔を見せたとき、カウンターの向こうから「お待ちどうさま!」とジョッキが二つ乱雑に目の前に置かれた。




